138、女神の城 〜猫のお散歩星?
「さぁ、どどーんと、始めるのじゃ!」
女神様はそう言うと、強く輝き始めた。そして星の力を使うときに座る特殊な椅子が、スーッと宇宙空間へと飛び出して行くように見える。
壁だけではなく天井にも床にも映る星が、高速で流れていくようだ。なんだか、この部屋全体が宇宙空間を、ありえない高速で飛行しているかのような感覚だ。
(こわすぎる)
僕は、何かに捕まりたいのに、何にも触れない。僕自身は動いていないはずなのに、平衡感覚がおかしくなる。
だけど下手に騒いで、女神様の負担になってはいけない。倒れそうになりながら、必死に踏ん張る。
ナタリーさんは、こんな現象に慣れているのか、平然としている。だけど、女神様に何かがあるとすぐに対処しようと、かなり集中しているようだ。
僕は、黄の星系の端にまで移動したように見えた。そして、それからジグザグに移動し、今度は背後から引っ張られるように戻って行くような感覚。
通って来た場所は、うっすらと光の道が残されているように見える。この部屋が、本当に行き来したのかもしれない。
(小さな星をつくるんだよね?)
イロハカルティア星とスチーム星の間に、休憩できる星を点在させたいと言っていたはずだ。
光の道は、イロハカルティア星とスチーム星を真っ直ぐに繋いでいるように見える。だけど、星になるようなエネルギーの集まりは、僕の目には見えない。
(ん? 何をしてるんだ?)
女神様は、両手をバタバタさせている。苦しいのだろうか。ナタリーさんは、冷静だ。ということは大丈夫なのか?
なんだか、バタバタ、ペタペタ? 女神様は変な動きをしている。だけど、光の道には何の変化もない。
「どどーんと、仕上げるのじゃ!」
女神様がそう叫ぶと、部屋全体がガタッと揺れた。
そして、身体全体にとんでもない衝撃を感じる。爆風どころではない。気を抜くと、うっかり圧死してしまいそうな息のできない状態だ。
僕は、部屋全体に、回復魔法を唱えた。女神様の邪魔をしないように、精霊様が使う回復の雨だ。緩やかな魔力と体力の回復効果がある。
この場所から、さっきの光の道へと、オレンジ色のエネルギー砲が撃たれたようだ。
その強烈な光に、視界が奪われた。目を開けても閉じても、オレンジ色の強い光だ。
光が収まってくると、やっと呼吸ができるようになってきた。部屋の床は元の床に戻っていた。
(女神様は!?)
特殊な椅子に座っていたはずの女神様の姿が消えている。
「女神様! もしかして……ナタリーさん!!」
「ライトくん、大丈夫よぉ〜。この雨のおかげかしら。さすが、術の発動が早いわね」
ナタリーさんは、こちらを向いて微笑んでいる。だけど、女神様の姿がない。
「だけど女神様は……まさか、消滅してないですよね?」
「うん? いろはちゃんなら、ここに居るわよ」
ナタリーさんは、宇宙空間を映し出している壁の方を指差している。だけど、どこに?
(あっ! 居た)
壁にへばりつくようにして立つ女の子。頭に猫耳はない。猫耳の少女よりもさらに小さな2〜3歳に見える女の子が、キラキラとした目で壁に映る宇宙空間を見ている。
「ライトくんのは精霊回復魔法よね。だから、いろはちゃんは、拒絶できなかったのね。こないだは、私の回復魔法を弾いちゃってたの〜」
(回復を拒絶?)
しかし、女神様の様子がおかしい。
普段なら絶対に反論してくるはずだ。ナタリーさんも、不思議そうに女神様を見ている。
もしかして、ダメージが大きいのか。だから、壁に寄りかかって、動けないのかもしれない。
「いろはちゃん? どうしたのぉ? 赤ん坊にはなれなかったから、拗ねてるぅ? だけど、とおってもチビっ子よぉ?」
生命エネルギーを使ったからだ。女神様の身体が、2〜3歳の幼女になっている。
「女神様……回復しま……」
「ふたりとも、何を騒いでおる。ほれ、よく見るのじゃ! 小さなかわいい星がたくさんできたのじゃ」
こちらを振り返ったチビっ子な女神は、満面の笑みだ。
(うわぁ、めちゃくちゃ可愛い)
まるで天使だな。キラッキラな笑顔で、宇宙空間の映る壁を指差している。
オレンジ色の光が通り抜けた軌道上には、確かに燃える小さなエネルギーの塊が点在している。
(うん? 何か、変だな)
小さなエネルギーの塊は、ジグザグに配置されていて、なんだか、肉球みたいに見える。
ここから、スチーム星へ、犬が歩いた足跡が宇宙空間に残っているかのようだ。
(肉球のハンコみたいな星?)
まさか、そんなわけないよね。燃えるエネルギーの塊が、なんだか乱反射しているのかもしれない。
「なんだか、不思議な模様が見えるわねぇ〜」
ナタリーさんにも肉球に見えるのかな。
「猫のお散歩星じゃ」
恍惚とした笑顔を浮かべるチビっ子。
「猫? 犬の足跡みたいだわよぉ」
「猫のふにゃふにゃな肉球じゃ。かわいいのじゃ。完璧なのじゃ。はぁ〜、妾は、ずっと見ていられるのじゃ」
(ちょ、大丈夫?)
「いろはちゃん、変な模様をわざと作ったのぉ?」
「完璧なのじゃ。天使ちゃん達のすみかじゃから、とびきり可愛くしたのじゃ! はぁ〜、かわいいのじゃ」
ナタリーさんは、首を傾げながら僕の方を向いた。
「なんだか、いろはちゃんが壊れちゃったわぁ。ライトくん、この雨を消してくれるぅ? 精霊魔法の影響で、妙におとなしいのかもしれないわ」
「は、はい、わかりました」
僕は、部屋の中に降らせていた雨を消した。
すると、女神様は、ハッと我に返ったようだ。
「なぜ、妾は赤ん坊に戻っておらぬのじゃ?」
「いろはちゃん、計算を間違えたんじゃなぁい? へっぽこ計算で消滅しなくてよかったわぁ」
ナタリーさんがそう言うと、女神様はキッと僕の方を睨む。
「ライトが、何かしたのじゃな!? 妾は、さっきの魔力値を下限設定して、すべての体内のエネルギーをマナ化して……」
(話が全然わからない)
キラッと宇宙空間が光ると、女神様は壁に視線を戻した。僕への説明や文句を中断したようだ。
シーンとした沈黙の時間が訪れた。
燃えていたエネルギーが急速に冷えて固まっていく。すると遠くから何かが飛んできて、その小さな星に突き刺さっていく。
小さな星に突き刺さった何かが星に吸い込まれると、チカチカと点滅した。
(神スチーム様の魔道具かな)
確か、通行の邪魔になるといけないからと言っていたっけ。
女神様が、壁をペタペタ触ると、小さな星が動く。自由に軌道を変えることができるんだ。
「完璧じゃ。かわいいのじゃ。猫がお散歩しているのじゃ」
また、恍惚とした笑みを浮かべるチビっ子な女神様。僕の使った精霊魔法のせいじゃなさそうだな。
「ライトくん、ダメみたいね〜。変な模様の星に操られているのかしらぁ。ちょっと、城のクリスタルの確認をしてきてくれる? 私は、いろはちゃんを見張っているわぁ」
「はい、ナタリーさん、わかりました」
僕は、女神様の私室から出て、クリスタルのある部屋へと歩いていく。
見た感じでは、肉球の星は20個以上は、あったよな。小さな星だったけど、星を創り出すには大量のマナエネルギーが必要だ。
だから女神様は、あんな子供の姿になってしまったんだ。
これからまた眠らないで、魔力値を増やし、力を伸ばそうとするんだろうな。
だけどリュックくんが言っていたように、女神様は妖精族だ。だから、青の神を超えるチカラを持つなんて、やはり厳しいことなんだろう。
青の神ダーラ達の侵略戦争で、奴らの侵入を許してしまった星の結界の甘さを、女神様は悔やんでいた。
そして、なんとか奴らを追い返し、侵略戦争はいったん終結したけど、いつまた再発するかはわからない。
侵略戦争後に、黄の星系全体の回復魔法とともに星の回復保護結界魔法を撃ち、女神様は赤ん坊になったはずだ。そこから12〜13歳の姿まで成長したのだから、以前よりもかなり魔力値は上がっていると思う。
(まだ、足りないと思っていたのかな)
あぁ、そうか。青の神ダーラが言っていたっけ。
『イロハカルティア、おまえの小細工は見抜いた。次に会うときには通用しない』
僕と相打ちになったとき、そんな言葉が頭の中に響いたんだ。ただの捨て台詞だと思った。
だけど、青の神ダーラは、女神様が魔力値を下限設定するという意味不明な方法を知ったんだ、
女神様は、自分の生命エネルギーを使うことによって星の保護回復魔法を撃ち、そして赤ん坊から成長することで魔力量を増やした、
おそらく、どの程度の魔力量が増えるのか、魔導系の青の神には、予想できるのだろう。
(だから女神様には、2度目が必要だったんだ)
青の神ダーラの予想を超える成長をしないと、次に侵略戦争が起こったときには、確実に負ける。
(あっ……)
いま、ナタリーさんが僕を、女神様の私室から出したのは、やはり女神様の身体に大きな負担がかかってしまったからだろうな。
クリスタルを見て、僕はそう確信した。




