137、女神の城 〜女神イロハカルティアの取扱説明書
「コーヒー牛乳だけじゃなくて、フルーツパフェもじゃ! こっちじゃ」
女神様は、そう言いつつ、私室から出て階段を上がっていく。クリスタルのある巨大な部屋に向かっているようだ。
ナタリーさんと一緒に、仕方なく付いていく。
女神様がコーヒー牛乳と言っているのは、カルーアミルク風味の10%回復の魔ポーションのことだ。
そして、フルーツパフェと言っているのは、ファジーネーブル風味の30%回復の魔ポーション。こちらは、あまり数を作れないから、販売はしていない。
他に、マルガリータ風味の30%回復のポーションもある。これは体力を回復するポーションだから、ある程度の量産はできている。だけど、魔王クラスが使うと戦乱が激化しそうだから、通常販売はしていない。バーでは売ってるんだけど。
「女神様は、また赤ん坊からやり直したいのでしょうか」
「いろはちゃんには困ったものねー。でも、そこまでの魔力は使わないと思うわよぉ〜」
「休憩所の小さな星って、理解できないんですけど」
「だから、邪魔にならないように、神スチーム様に隠してもらうことにしたんじゃない?」
「なんか、神スチーム様を騙して利用しようとしているような……」
「そうね〜。でも神々は、常に騙し合いをしているわよぉ」
確かにそうだけど、創造神という立場を利用して、黄の星系に加わった神を、アゴで使ってるような気がする。
まぁ、それくらいの腹黒さがないと、黄の星系を統べることができないのかもしれないけど。
クリスタルの横に設置されている階段を、どんどん上がっていく。クリスタルは、かなりのマナが貯まっていた。
半年以上前の、黄の星系全体への回復魔法にほとんど使ったはずだ。だけど、しぼんで小さくなったはずのクリスタルは、侵略戦争が起こる前の大きさにまで回復している。
ただ、クリスタルの中に貯まっているマナは、まだ半分くらいだな。だけど、すごい回復スピードだ。何もしなければ、クリスタルにマナが満タンになるには、何千年もの時間がかかるのに。
「ナタリーさん、すんごい回復してますね」
「そうなの〜。大半は、いろはちゃんが注いでるわ。また、赤ん坊からやり直したけど、100年前とは違って今回は、下限設定した魔力値が高いから、回復スピードも早かったのよぉ。だから、成長が鈍化しないように、毎日何度も、移してたわぁ」
(下限設定? なんだっけ)
そういえば、なんだか難しい話だったな。魔力値は、枯渇気味にしておく方が、魔力量の容量が増えやすいし、魔力も高まる。だから、魔力量は半分以下にしておくとか何とか言ってたっけ。
「はぁ、なるほど。だから、こんなにクリスタルにマナが貯まってるんですね」
女神様に視線を移すと、クリスタルに触れていた。すると、クリスタルの中に、淡い光がどんどん入っていく。女神様の身体の中から、マナを移しているんだ。
クリスタルのあまりにも美しい輝きに、思わず見惚れてしまう。見ているだけで、なんだか元気になってくる。これは、クリスタルの輝きの力かな。
「ライト、うぐぐっ……」
(何か小芝居をしている)
「はぁ、いろはちゃん、何をやってるのぉ? 苦しいふり?」
「チッ! オババは黙っておるのじゃ! ライトなら、慌てて、たんまりとフルーツパフェを出すのじゃ」
なぜ普通に、30%魔力回復の魔ポーションを渡せと言わないのだろう。女神らしく、命じればいいのに、変な小芝居をするんだよね。
まぁ、でも、その理由はもうわかる。以前の僕は、この小芝居にウンザリしていたけど、今は違う。
僕は、女神様の方へと近寄っていく。
そして、カルーアミルク風味の10%回復魔ポーションと、ファジーネーブル風味の30%回復魔ポーションを、両手に持つ。
「さぁて、女神様、どちらが欲しいですか」
「フルーツパフェに決まっておる! 妾は、いま、クリスタルの補充をしておるのじゃぞ」
「じゃ、右か左を選んでください。透視をしちゃダメですよ。ズルですからね」
ラベルを隠すように持ち、両手を差し出した。
(やっぱりね〜)
女神様は、やはり妖精族なんだな。遊びや悪戯を仕掛けると、うずうずワクワクするみたいだ。
「右じゃ!」
僕は、右手を開く。カルーアミルク風味の10%魔ポーションだ。
「はい、どうぞ」
「のわっ!? コーヒー牛乳ではないか。フルーツパフェが良いのじゃ! 妾から見て右だと言ったのじゃ!」
文句を言いつつ、魔ポーションを飲み、クリスタルに触れている。10%でこんなにもマナが注がれるのか。以前とは、あまりにも違う。
「全然、貯まらぬではないか! もう一度じゃ」
「はい、じゃあ、右か左どっちですか?」
「右じゃ!」
「女神様から見て右ですか?」
「うむ、そうじゃ!」
僕は、左手を開く。また、カルーアミルク風味だね。
「なっ、なぜじゃ!?」
「入れ替えましたからね〜」
「うぬぬ……」
唸りながらも、魔ポーションを飲み、クリスタルに補充。
「もう一度じゃ!」
「はい、右ですか?」
「左じゃ!」
また、カルーアミルク風味の魔ポーションを引いた。
(わざと間違えてるのかな)
「わざと間違えるわけないのじゃ! ライトがどっちにフルーツパフェを持っているか、自分でもわかっておらぬではないか」
「僕の頭の中を覗くかと思って、僕自身もわからないようにしています」
「うぬぬ……」
この遊びが気に入ったのか、何度も何度も繰り返し、クリスタルのエネルギーは、満タンになった。
魔ポーションがあれば、星のエネルギー庫は、こんなにすぐに回復できるんだ。これは以前の女神様にはできなかったことだよね。クリスタルが満タンになる前に、魔ポーションが尽きてしまう。
それほど、女神様の魔力量がガツンと増えたんだ。消滅のリスクがあるのに、赤ん坊になってやり直しをすることで、自分の魔力を成長させるなんて……。
「ライトくん、なんだか変わったわねぇ〜」
「そうですね。100年前とは比較にならないほどの魔力量ですよね」
そう答えると、ナタリーさんは首を傾げた。
(うん? 違うの?)
「ふふっ、いろはちゃんのことじゃなくて、ライトくんのことよぉ。なんだか、随分、大人になったわぁ」
「えーっと、はい、姿は大人に戻りましたよ?」
「そういうところは変わらないわねぇ。ふふっ。ライトくんも赤ん坊からやり直したから、成長したのねぇ〜」
(あぁ、女神様の取り扱いかな)
そう考えると、ナタリーさんは頷いている。うん、そうだな。僕は、女神様が何をしてほしいのか、ほんの少しだけわかるようになった気がする。
「いつまで、そんなとこにおるのじゃ! どどーんと、始めるのじゃ!」
いつの間にか階段を降り、女神様は僕達に叫んだ。すると、ナタリーさんは、僕の腕をつかみ、階段から下へと飛び降りる。
(うわっ)
着地の寸前で浮遊魔法を使ってくれたけど……びっくりした。クリスタル横の階段は、非常階段のような簡易な物だ。マンションの非常階段から転落したような感覚に、ヒヤリとした。
「あら、ライトくんは、前世の記憶をたくさん思い出してるのね。だから、すこし変わったのかも」
「今は、かなり前世の記憶が鮮明ですね。だから、他の星との交易を思いついたんですよ」
すると、ナタリーさんは、ふわりと微笑んだ。
「タイガもね。前世の記憶を呼び起こすために、毎月のように、自分が死んだ世界に戻るのよぉ」
「えっ? タイガさんは、昭和の日本に、仕入れに行ってるんじゃないんですか?」
「それもあるけど、自分を見失わないためなんじゃない? 私は、遠い前世のことなんて、何も覚えてないけど」
確か、ナタリーさんは、女神様と年齢がほとんど変わらないんだよな。つまり、イロハカルティア星ができて、すぐの転生者。何億年前なのかわからないけど。
女神様の私室へ戻ると、女神様は、星の力を使うときに座る特殊な椅子に座っていた。
僕達が、部屋に入ると、扉は自然に閉められロックされたようだ。
壁だけではなく、天井にも床にも星が見える。なんだか、宇宙空間に浮かんでいるかのような感覚だ。
「はぁ、ライトくん、いろはちゃんは、またやる気だわ」
「えっ、赤ん坊に戻る?」
「さっき、クリスタルを満タンにしただけで補充をやめたでしょう? 嫌な予感がしたのよねぇ」
「満タンで、いいんじゃないですか?」
「ダメよぉ。星の回復魔法を使ったときは、クリスタルからマナがあふれていたもの。あれでは、今の貯蔵量の10%くらいだわ」
「えっ、補充はわざと少なめにした?」
ナタリーさんは頷き、どこからかファジーネーブル風味の30%回復魔ポーションを取り出し、自分で飲んでいる。何かが起こったときに、対処する気だ。
僕も、この場所に連れて来られたということは、そういうことか。僕も、アイテムボックスから、ファジーネーブル風味の魔ポーションを取り出した。
(マズイな、あと2本しかない)




