136、女神の城 〜女神イロハカルティアと神スチーム
生首達のワープで、女神様の城に移動した。
(はぁ、邪魔された気分だよな)
「あっ、ライトさん、元に戻ったんだね」
虹色ガス灯広場にある、診療所の先生だ。
「はい、だいたい戻りました。いろいろとすみません」
僕は、ここで、めちゃくちゃ拗ねたり泣いたりしていたことを思い出した。穴があったら入りたい。
「あはは、イロハちゃんがライトさんに振り回されているみたいで、斬新だったよ」
「僕が、振り回してました?」
「あぁ、あんなにハラハラしている女神様は、ここしばらく見たことがなかったな。面白かったよ」
「ふふっ、それならよかったです」
僕は、軽く会釈をして、女神様の私室のある城へと向かった。早く行かないと、また、ぎゃんぎゃんうるさいもんな。
細い通路を通り、城の門を開ける。
門の先は、美しく居心地の良さそうな中庭になっている。中庭の木々や花は、いつも手入れされているように見えるけど、女神様自身が整えているのかな。
白を基調としたシンプルな建物が、女神様の城だ。
建物の中心には、巨大なクリスタルがある。城のエネルギー庫であり、ここから、イロハカルティア星に散らばる小さなクリスタルへ動力が送られている。
小さなクリスタルは、地上のあちこちを繋ぐ転移魔法陣を動かしているんだ。僕は、転移酔いをしてしまうから利用しないけど、魔法があまり使えない人族の重要な移動手段になっている。
宝珠や宝玉によって集めたマナは、この巨大なクリスタルに貯められるんだ。黄の星系を創るためにも使われた、膨大な魔力の源を貯めることができる。
コンコン!
女神様の私室の隣の物置部屋の扉を叩いてみたが、返事はない。
(あれ? いないの?)
すると、女神様の私室の扉が開いた。
「ライトくん、こっちよぉ〜。あら、すっかり元に戻っちゃったわねぇ。もっとたくさん抱っこしておけばよかったわぁ〜」
ナタリーさんだ。彼女はいま、女神様の代行をさせられている。星の保護結界が消えたのに、女神様はいろいろと理由をつけて、逃げまわっているようだ。
「ナタリーさん、いろいろと失礼しました。なんだか、めちゃくちゃイラついてしまったんですよね」
「うふふっ、大丈夫よぉ。ライトくんのあんな姿って貴重だったわぁ〜。さぁ入って〜」
(ナタリーさんしか居ないのかな?)
「はい、失礼します。あの、女神様が……」
「しっ! 扉を閉めてから喋るのじゃ!」
(いるじゃん。あっ、壁が……)
女神様の私室の壁全面に、宇宙の様子が映し出されている。いつ見てもプラネタリウムみたいなんだよな。
「何か、作業中でしたか」
(祭りの準備じゃないのか)
「いろはちゃんは、新たな転生者を探してたみたいよぉ。でも、ライトくんが〜」
「ライトが邪魔をしたのじゃ!」
(いや、呼びつけたのは女神様だよね)
この部屋では、女神様は猫耳の姿ではない。空に映る20代後半の姿でもない。12〜13歳くらいに見える。星の再生魔法を利用して、赤ん坊からやり直したみたいだな。
そして、全盛期の姿が13歳くらいだっけ。星と共に神は生まれる。その最も魔力値の高い状態だ。
「ライト、さっき、ヲカシノに言うておったことじゃが、クマも一緒に行くのか?」
「あー、他の星への行商ですか。えーっと、女神様の許可が必要でしたか」
チラッと、ナタリーさんに視線を移すと、彼女は意味深な笑みを浮かべている。どちらなのか、全くわからない。
「妾がやらせているということになると、面倒なことになるのじゃ。じゃが、強欲な商人が他の星に荒稼ぎに行くなら、妾は関係ないのじゃ」
(強欲な商人って……)
「具体的な方法は……」
「知っておる。クマが、怪しい動きをしておったからな」
ベアトスさんから聞いてるんだ。怪しい動きって、何だろう? それに、女神様は今、何をしてるんだ?
壁には、黄の星系全体の地図のような物も、映っている。女神様は、何かを探しているみたいなんだけど?
ドンと映し出された星。その一部が拡大されていく。
(あれ? ここって、スチーム星?)
何かの呼び出し音のようなものが聞こえる。あっ、神スチーム様が、画面に映し出された。
『こ、これは、女神イロハカルティア様!』
(ガチガチに緊張してる)
いつもよりも若い姿なのに、女神様だとわかるんだ。
「神スチーム様、お久しぶりですね。今、少しよろしいかしら?」
(女神様が女神みたいな話し方をしてる!)
女神様は、パッとこちらを向くと……ジト目だ。うるさいということかな。しゃべってないのに。
『は、はい、大丈夫です。いかがなされました?』
「転移事故の件、ありがとうございます。お礼を申し上げるのが遅くなり、失礼致しました。いま、スチーム星の竜人さん達には、神族の街でゆっくりしていただいています」
『あ、いや、それはご丁寧に』
女神様がどんな顔をしているのかは、ここからでは見えないけど、神スチーム様が顔を赤らめていることから、予想はできる。
「私の後ろにいる者の顔は、そちらから見えますでしょうか?」
(えっ? 僕?)
『あぁ、はい。美しい女性はナタリー様ですね。もう一人の若い男性は……』
神スチーム様が焦っている。
「彼は、神スチーム様にお世話になったライトですわ」
『えっ、ええっ!?』
そりゃ驚くよね。会ったときは、5〜6歳の子供の姿だったもんな。
「つい先日、やっと記憶や姿が戻ったようです」
『そ、そうでしたか。は、はぁ』
「それでですね。ライトが、宇宙船に憧れを持ったようなのです。迷宮都市をそのまま宇宙船にしてしまう魔道具技術の高さに、私も驚きましたわ」
(はい? 憧れ?)
『たいした技術ではありませんよ。あはは、女神イロハカルティア様にそう言っていただけると、嬉しいです』
しばしの沈黙。きっと、この沈黙は作戦だよね。女神様は何かを交渉する気だ。
「神スチーム様、ライトがポーション屋だということはご存知でしょうか」
『ポーション屋? いや……』
「ライトは、体力を回復するポーションや、魔力を回復する魔ポーションを、魔道具を使って作っています。彼の前世の記憶を具体化した不思議な味のポーションになるのですよ」
『魔道具で、回復薬を作るのですか?』
(食いついた)
魔道具に関しては、絶対的な自信を持っている神スチーム様だけど、魔道具では普通、ポーションは作らないよね。
「ええ、そうなんです。ライトは、お世話になったお礼を兼ねて、スチーム星へ、魔道具から進化した魔人と共に、ポーションの行商に行くと言い出しました」
(まだ、言ってないよ)
『魔道具から進化した魔人!?』
「はい、そして、ライトと同じ神族で最も魔道具に精通している者も、神スチーム様と魔道具の話をしたいと言い出しまして……」
(絶対、嘘だな)
『なんと! イロハカルティア様の神族イチの魔道具職人がですか』
また、微妙な間をあけている。きっと、微笑んでるんだろうな。
「そうなのです。ただ、ライトは転移魔法が苦手です。また、魔道具職人も長距離移動は苦手です。そこで、イロハカルティア星からスチーム星までの区間に、休憩所にできる小さな星をいくつか創りたいのですが、構いませんか?」
(休憩所の小さな星?)
休憩所があっても、僕は無理だ。女神様は、小さな星を創りたいのかな。何の遊びだろう?
『おぉ、もちろん、構いません。かなり距離が離れていますから、高速の宇宙船でも何日もかかってしまいますよ』
「ありがとうございます。では、宇宙空間に、とても小さな星をいくつか創ります。あわよくば、他の神々から邪魔だとお叱りを受けないために、その……」
また、意味深に沈黙している。
『わかりました。小さな星が冷える前に、魔道具を仕込みましょう。休憩所に何かがぶつかっては大変です』
「まぁっ! ありがとうございます。図々しいお願いでしたわね」
『お安いご用ですよ。お任せください』
「小さな星ができましたら、また、ご連絡致しますわ」
手をひらひらと振り、女神様は、神スチーム様との通信を終えた。
くるっと、僕の方を向くと、女神様は手をひらひらさせている。
「えっと、何ですか?」
「何ですかじゃないのじゃ! 妾が星を創るのじゃから、ほれほれ、たんまり持っておるじゃろ」
(同一人物だとは思えない)
「いろはちゃん、また、変なことしないわよね?」
ナタリーさんにそう言われて、女神様は明らかに動揺している。
「なっ、何も変なことはしないのじゃ」
「もうすぐ、全盛期の姿に戻ってしまうとか何とか言ってたわよね? 変なことしないわよね?」
「た、たいした魔力は使わないのじゃ。それに、城のクリスタル貯金箱を増やさねばならぬから、取れるときにもらっておくのじゃ!」
(だいたい予想がついてきた)
ため息をつくナタリーさんは、僕に向かって軽く頷いた。
なぜ、魔ポーションを渡さなきゃいけないのか、理解できないんだけど……まぁ、いっか。
金土はお休み。
次回は、1月9日(日)に更新予定です。
よろしくお願いします。




