134、ハロイ諸島 〜ライトの力試し
「広場でポーションの大販売会をする約束を、もう常連さんにしちゃいましたよ」
僕がそう言うと、猫耳の少女はポカンとしている。あー、その情報は知らないんだ。ぐちゃぐちゃにした店を片付けろと言われると思ったのかな。
(あっ、ニヤッと笑った)
女神様は、腹黒そうな笑みを浮かべている。まぁ、いいんだけど。
「ねーねー、ライトのポーション? ワタガシの広場? 大販売会って、あたしも行っていい?」
魔王サラドラさんは、そういえば、いろいろな物を燃やすからと、出入り禁止にしていたっけ。子供の姿の僕に、必死に、神族の街に行きたいアピールをしていたよね。
「魔王サラドラさんは、いろいろな物を燃やしてしまうから困ります。でも、名探偵サラドラさんなら歓迎しますよ」
「そう? あたし、名探偵サラドラちゃんだよ?」
(サラドラさん、必死だな)
「ふふっ、大販売会でたくさん人が集まると、迷い子になる子供もいるので、名探偵サラドラさんは助かります」
「あーはっはっは、迷い子なんて、名探偵サラドラにかかれば、チョロすぎるわよっ」
魔王サラドラさんは、目を輝かせている。
「サラドラ、その祭りに行くのなら、この戦いは妾の勝ちじゃぞ? よいのか?」
猫耳の少女は、ほれほれと挑発している。
「いいよっ。あたしは、名探偵サラドラちゃんだから、魔王のケンカには興味はないわっ」
(いや、サラドラさんも魔王ですよ)
すんなり負けを認めた魔王サラドラさんの態度に、猫耳の少女は、ふんと鼻を鳴らした。挑発をスルーされて、拗ねているのかもしれない。
「ふむ、じゃあ、妾の勝ちじゃな。ライト、その祭りはいつやるのじゃ!?」
「祭りじゃないですよ? 今夜、ポーションの大販売会です。店の前の自販機がずっと売り切れていたから……って、話を聞く気がないんですね」
もう、猫耳の少女は姿を消していた。
「イロハちゃんなら、慌てて転移してったよ。ワタガシに行ったみたい」
魔王サラドラさんは、目をパチクリしていた。なぜ女神様が消えたのか、わからないらしい。
僕としては、予定通りだ。たくさん人が集まると言うと、女神様は必ず祭りにしてしまう。だけど、こちらから頼んでも、準備してくれないんだよね。
だから、祭りのようなイベントをしたくても、祭りいう言葉は、僕からは言わないようにしている。
「たぶん、何か企んでいるんじゃないですかね。海の色がチョコレート色になったままなのに……」
「イロハちゃんって、相変わらず、腹黒だよねっ」
そう言われても、返事に困る。
「あっ、サラドラさん、青い狼は、来ませんでしたか? ティア様の護衛をしていると思っていたんですが」
「うん? あー、守護獣かな? 精霊ルーちゃんを止めに行ったよ」
赤いワンピースの少女は、ビシッと小高い丘を指差した。『眼』の力を使って見てみると……うわぁ、やらかしてる。
「あれって、キャンディですよね」
小高い丘に生えている木々が、カラフルなキャンディに変わっている。精霊ヲカシノ様の魔法だ。
「戦闘狂でしょ? あたし、アイツはパスだから。じゃ、先に神族の街ワタガシに行ってるよ〜。あっ、スウちゃんも誘っていい?」
「はい、黒魔導の魔王スウさんは、いつもワタガシに買い物に来てもらってるみたいですけど」
「じゃあ、ポーションの大販売会も行くよね。お得なのかな」
「値引きはしませんよ? バーで売っている価格です。じゃないと、転売されたりして、いろいろと揉めるので」
「わかったよっ。でも、魔王は誰もお金に困ってないから、大丈夫だよ。じゃ、スウちゃんを迎えに行ってから、ワタガシに行くね〜」
そう言うと、魔王サラドラさんも、スッと姿を消した。さすが魔王だな。こんなマナの不安定な場所からでも、地底に転移できるんだ。
僕は、生首達を呼んだ。そして、小高い丘の上へと移動した。
◇◇◇
「あっ、ライト!」
ワープしたのは、青い大狼の姿のアトラ様のすぐそばだった。他にも、何体かの守護獣がいる。
彼らは、僕の姿を見て、ホッと安心したようだ。大人の姿に戻ったからかな。
「アトラ様、これは、どういう状況ですか?」
「精霊ヲカシノ様があの姿だからさ、そういうことだよ」
バッと高く跳躍した精霊ヲカシノ様は、少年の姿ではなかった。20代前半に見える戦闘系の姿だ。
対峙しているのは、精霊ルー様ではない。悪鬼族の魔王だ。この人、めちゃくちゃ馬鹿力なんだよね。
無人島には、何かの保護をしてあるのか、崩れることはないだろうけど。でも、悪鬼族の魔王は、赤鬼になってる。完全な憤怒状態だ。
「精霊ルー様は?」
「魔王がたくさんいるから、帰ると言って消えちゃったよ」
「そっか。魔王というより、人がいっぱいだからですよね。あちこちに、監視の城兵もいるみたいだし」
「うん、そうかも。あたしに、後はお願いって言われたから、あたし達も傍観者だよ」
他の守護獣も、迷惑そうな顔をしている。
「でも、精霊ヲカシノ様が暴れたら、守護獣6体では、止められないですね」
「でしょ? 居なくてもいいと思うんだけど」
(守護獣は、精霊の命令には逆らえないよな)
「じゃあ、争いを止めてきます」
「えっ? ライト、危ないよ? 覚醒しないと」
「大丈夫です。ちょっと、試してみます」
僕が微笑むと、アトラ様もふわりと微笑み返してくれた。
(なんだか幸せだな)
緩みそうになる頬を引き締め、僕は、剣を装備した。
「精霊ヲカシノ様、ちょっといいですかぁ?」
「うん? ダメだよ。今、ボクは忙しいからね〜」
「今夜、ワタガシの広場で、ポーションの大販売会をするんですけど〜」
僕は、そう言いつつ、二人の間に入った。
精霊ヲカシノ様はすぐに動きを止めたけど、悪鬼族の魔王は止まらない。
ガチッ!
僕は、悪鬼族の魔王が振り回していた大剣を、弾いた。受け止めたかったけど、無理だったから、咄嗟に風弾を出して、大剣を弾いたんだ。
(よし、いける)
僕は悪鬼族の魔王の首元に、剣を突きつけた。スピードは、僕の方が速いみたいだ。
「ひゅー、やるじゃん。さすが、大魔王の座を狙うだけあるね〜。まぁ覚醒したら……えっ? してないの?」
精霊ヲカシノ様は、僕の顔を覗き、大げさに驚いている。
すると悪鬼の魔王の顔が、なぜか青くなった。ヲカシノ様が大げさなことを言うからだ。剣を突きつけられたくらいで、悪鬼族の魔王が恐怖を感じるわけがない。
「神族のライト……復活したのか、うっかり者の死霊」
(まだ、その二つ名を言ってるよ)
悪鬼族を、昔、うっかり殺してしまって蘇生したからだよな。あの頃は、悪鬼族の心臓が右にあるなんて知らなかったんだ。
「へぇ、ライトさん、けっこう強くなったじゃん。ボクは、悪鬼族の魔王より、ライトさんと遊びたいなぁ」
精霊ヲカシノ様の目が輝いている。彼には、絶対に勝てない。たぶん剣術は、精霊最強だ。
「精霊ヲカシノ様、それより、準備をお願いします」
「うん、何の準備?」
「さっきも言いましたが、広場で、今夜、ポーションの大販売会をするんです。魔王達も来ます。ハロイ島に住む、他の星の神々も来ると思いますから……」
「へぇ、それは楽しみ」
精霊ヲカシノ様は、好戦的な笑みを浮かべている。
「湖上の街の付近の草原で、小競り合いが起こると困るんですよ」
「いいよ〜。ふふっ。ヤンチャな人は、ボクがお仕置きしてあげるよ」
精霊ヲカシノ様はキョロキョロしている。
(たぶん、目印を見失ったよね)
「草原へは、僕が送ります」
「うん? 天使ちゃん? ワープワームは、けっこう揺れるでしょ」
「そうでもないですよ」
そう話していると、生首達がハラハラと空から降ってきた。ハラハラ雪の演出、ほんと、好きだよね。あちこちから、天使ちゃんだと言われて、ヘラヘラしてるよ。
「悪鬼族の魔王さんも、ハロイ島へ行きます?」
「いや、俺は、ここでの戦いで格を上げるので」
(だから、魔王達が集まってるんだ)
思惑通りだけど、戦いに集中しすぎている。ハロイ島の門に、何かが起こっても無視するかもしれないな。やはり、一筋縄にはいかないか。
「ライトさん、あの3種だけを売るの?」
「メインは、あの3種ですね。モヒート風味の10%回復ポーションと、カシスオレンジ風味の火無効付き1000回復ポーションと、パナシェ風味の1000回復クリアポーションです」
「なっ? 10%回復ポーションなんてものがあるのか」
(いまさら、何を……)
悪鬼族の魔王が、なぜか目を見開いている。悪魔族と交流のない種族には、知られていないんだ。
「地底では、体力10%回復は、悪魔族が販売しないようにしているみたいだよ〜。クリアポーションは有名だけど。毒や呪い解除できるもんね」
「それを販売するのか? 1本金貨何枚だ?」
悪鬼族の魔王がこわい。
「銀貨1枚ですよ」
「な、なんと!」
悪鬼族の魔王がめちゃくちゃこわい。
「ふふっ、欲しかったら、今夜、買いに行きなよ」




