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130、湖上の街ワタガシ 〜『ライト』の下僕

「じゃあ、竜さん、ママをこの星のアンデッドにしてください」


 青の星系からの旅行中に、侵略戦争が起こり、帰れなくなった子供のひとりがそう言った。


 僕の中で眠っていた『ライト』が提案した選択肢の中から、『ライト』が一番喜ぶものを選んだよな。彼が張り切る気配が伝わってくる。


 死んだ母親と離れたくない子供達は、これしか選べない。もう身体が腐ってきてしまっているから、この星のルールに関係なく、蘇生もできない状態だ。


『アンデッドの何になるかは、その女性の魔力次第だ。リッチにはなれないけど、いいかな』


「守り神にはなれない……」


 子供達は、戸惑いの表情を見せている。彼らの星では、死んだ人は、守り神と呼ばれるリッチになるからだよな。


『それが嫌なら、他の選択肢を選べ』


(焼却も消滅も嫌なんだよな)


 僕としては、焼却して、新たに生まれ変わる方がいいと思う。でも彼らは、呪詛神の星の子だから、根本的な考え方が違うようだ。



「アンデッドでお願いします。どんな種族でも……良くないけど、いいです」


 子供達の中で、一番大きな子がそう言った。だけど、その弟くんは、不満げだ。


「もし、ただの死霊になってしまったらどうするんだよ、兄ちゃん」


「ママは、魔力が高いから、それは無いはずだ」


「でも、ただの死霊になったら……焼却する方がマシじゃないか」


(死霊は、ダメなのか)


 僕は、半分死霊なんだけどな。漆黒の竜の姿をした『ライト』の感情が伝わってくる。怒ってるかと心配したけど違うようだ。



『おまえ達に教えておく。この星のアンデッドは、すべてが魔王カイ様の下僕だ。だから魔王の加護を受け、進化していくアンデッドも少なくない』


「えっ? 進化?」


「竜さん、本当ですか」


 子供達が食いついた。信じられないという表情だな。そうか、彼らの星では、アンデッドは進化しないのか。


『あぁ、本当だ。そして俺がアンデッド化させると、魔王カイ様ではなく、俺の下僕になる。俺は死霊だ』


(あっ、ガッカリしてる)


 子供達は、明らかに別の意味で戸惑っているようだ。死霊の下僕だなんて言われたら嫌だよね。


「魔王カイ様は……」


「そんなこと言っちゃダメ」


 魔王カイ様に、アンデッド化して欲しいんだよね。『ライト』は、なぜこんな話をしたんだろう? やはり、焼却を選ばせたいのかな。



『おまえら、目の前にいる街長が何者か、わかってないみたいだな。俺達は、青の神ダーラを星に追い返したんだぜ。魔王カイ様には、そんなことはできない。俺達は、魔王を越える特殊な死霊なんだ』


(あちゃ、魔王カイさんに叱られるよ?)


「えっ……青の神が捕獲しようとしている神族じゃない?」


「ちょ、どうする?」


「でも、ダーラ様の敵だよ?」


「だけど、もう、星には戻れないじゃん」


 子供達のコソコソ話が聞こえてくる。


(まぁ、簡単には決められないよな)



「今、決めなくても大丈夫ですよ。冒険者登録をして、生活できるようになってから、ゆっくり考えてください」


 僕がそう言うと、急に子供達は焦り始めた。


「竜さん! ママをこの星のアンデッドにしてください!」


(なぜ、そうなる?)



『あぁ、わかった。種類は、何になっても知らないからな』


 子供全員が頷くのを確認し、漆黒の竜は、女性の遺体にブワッと黒い霧のようなものを吐いた。


(心地いい霧だな)


 街の子供達は、少し離れている。なんだか寒そうだ。冷たい霧だからかな。青の星系の子達は、平気な顔をして見守っている。


 女性の身体が、黒い霧のような何かに包まれ、形が無くなっていく。霧の中に溶け込むというよりは、霧が女性の身体に入り込んでいるようだ。


 そして、撹拌するような風が起こり、その直後、時が止まったかのような静寂が訪れた。


(ニクレア池みたいだな)



「わぁっ!」


 子供のひとりが叫んだ。


 何も形がなかった霧が、徐々に形を作り始めた。そして、女性の姿に変化した。普通の人間に見える。


 だけど、人族ではない。


(グールかな)


 ゾンビの一種だけど、極めて人に近い。でも、肉食なんだよな。人族を喰うかもしれない。


「ママ!」


「なんだか、若くて綺麗になってる!」



『やはり見た目重視で選択したらしいな。魔導系の長所が消えているよ。言っておくが、この星の人族を喰うなよ? 闇の補給なら、この街にいれば困らない』


「は、はい! ライト様!」


 様呼びされて、漆黒の竜は嬉しそうに笑ってる。そして、スーッと僕の身体の中へと、戻ってきた。



『翔太、ナイスフォローだったぜ』


(うん? 僕は何もしてないよ?)


『コイツらが迷っていたとき、怖い笑顔を張り付けて、やめておこうっ言ったじゃん。あれで、みんな焦ったみたいだぜ』


(へ? 怖い笑顔だった?)


『あぁ、ぶるっとしちまう感じだな。猫耳の女神様も、その怖い笑顔には、いつもぶるっとしてるぜ』


(あー、営業スマイルね。ふぅん、そっか。ティア様が、ぎゃんぎゃんうるさいのは、ぶるっとさせられて怒ってるのかも)


『たぶん、仕返しじゃないの? あはは。じゃ、俺、疲れたから寝る』


 そう言うと、『ライト』は満足そうに気配を消した。




 部屋の中の騒ぎも、やっと収まってきたかな。


「じゃあ、皆さん、冒険者ギルドに登録しに行ってきてください。それから、散らかり放題の1階をなんとかしてくださいよ」


 街の子供達は、不満げだな。散らかっていると言ったのは、失敗だったかもしれない。


「僕は、これから、クマちゃんマークの工房に行ってきます。戻ってきたときに、放ったらかしになっているものは、宝物もゴミも、全部、消し炭にしますからね」


「ええ〜っ! ライトさん、ひど〜い」


「1階のこと? 2階は?」


 子供達は、慌て始めた。


「1階は、夜はバー、昼間はカフェですよ。秘密基地になっていては、営業ができないですからね」


 ぴゅーっと部屋から飛び出し、階段を駆け下りる子供達。なんだか、女神様と似た動きだな。真似しているのかもしれない。



「あ、あの……」


 部屋に残った青の星系から来た子達は、戸惑っている。グールとして生まれた母親もだな。


「案内を子供達に頼もうと思っていたけど、片付けに必死かな。僕が案内しますよ」


「えっ? 街長様が」


 グールになった母親が慌てている。


「ふふっ、貴女は、僕の下僕じゃないので、普通にしてください。僕は、様呼びをされるのは苦手なんです」


「えっ……」


 彼女は、混乱しているようだ。説明が足りないか。


「僕は、二つの闇を持つ半分アンデッドなんです。貴女を生まれ変わらせたのは、もう一人の僕です。もともと別の人間だったんですが、今はこの身体に二人が同居しているんです」


「あっ、それで、話し方が違うのですね」


「ええ、少し違いますね。普段は、もう一人の僕は眠っています。だから、あまり会うこともないと思いますよ」


 やっと納得してくれたみたいだな。



「じゃあ、ご案内しますね。とは言っても、すぐそこの塔なんですけど」


「えっ、あの……侵略者の星の者が……」


(あぁ、それが不安なのか)


「それは、貴女達とは関係ないことです。冒険者登録をして、ミッションを受けて自分で稼いでください。じゃないと、貴女や子供達の服を買ったり、遊んだりできないです」


「えっ? 遊び?」


「ママ、女神様の猫が、一緒に遊んでくれたよ」


「この街には、遊ぶものがたくさんあるよ」


「イロハカルティア星では、子供は元気に遊ぶのが仕事だって言ってた」


 グールになった女性は、これまでにないほど戸惑っている。彼女達の星では、遊びがなかったのかもしれない。


「遊びだなんて……」


「猫ちゃんが、仕事は、遊ぶためにするものだって言ってたよ」


「そうそう、神へ貢ぐ必要もないの」


 子供達は、母親に必死に説明している。そっか、彼女が亡くなった後に経験したことを話したいんだ。


「イロハカルティア星の女神様は、エネルギー集めはされないのかしら」


「うん? わかんない」


 子供達の視線が、僕に向いた。どう説明しようかな。この子達の星では、働いて何かを神に献上していたみたいだな。



「女神イロハカルティア様は、妖精族です。だから、この星の草木が元気に育てば、自然とエネルギーが集まるみたいですよ」


(嘘ではない。宝珠の話はしないだけだ)


「へぇ、だから、広い草原が広がっているんだ」


「じゃあ、星が汚れないように努力すれば、女神様にエネルギーを献上できるのですね。わかりましたわ」


 彼女も子供達も、しっかりと何度も頷いている。


 やはり、この話でよかったみたいだ。何もしなくていいと言うと、逆に不安になるだろう。


「冒険者ギルドには、街を綺麗にするミッションもあります。さぁ、ご案内しますね」


 僕が、階段を降りていくと、片付けをサボっていた子供達が慌てている。ふふっ。



 店を出て、シンボル塔へと向かう。チラッと背後を確認すると、やはり彼らは、この塔の見た目が怖いみたいだ。


(一緒に来てよかった)


 僕達は、冒険者ギルドへと入っていった。



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