13、女神の城 〜天使ちゃんカフェ
「これは……」
僕は、広場に漂う強い血の臭いに、言葉が続かない。戦乱は終わったばかりだ。ということは、この場所も攻撃され、多くの負傷者が出たんだ。
ここは、女神様の城の一部なのかな。広い広場には、いくつかのガス灯が並んでいる。あっ、ここが虹色ガス灯広場か。
ロバタージュでの、猫耳の少女とレンフォードさんの会話を思い出した。ここが待ち合わせ場所だ。
そして、雨を降らせていると少女は言っていた。この不思議な霧雨は、あたっても服は濡れない。魔法の雨かな。
広場が落ち着いてきたと言っていたのは、負傷者のことだろうか。だけど、こんなに臭いがひどいということは、まだ流血している人が大勢いるのかな。
「ライトさん、こっちだよ」
「あ、はい」
この臭いのことを、子供達に尋ねるわけにもいかない。僕は、手を引かれて、広場を離れた。
たくさんの建物が整然と並ぶ道を、子供達の行列が歩いて行く。僕を取り囲んでいた子や、ベッドに寝ていた子だけじゃなく、なぜか、だんだん増えていってるんだよね。
知り合いを見つけると声をかけている子がいるみたいだ。うーん、僕のおごりだから? お金、持ってないんだけど。
「着いたよー」
ログハウスのような可愛らしい小屋だ。天使ちゃんカフェという看板が出ている。
(うん? 天使?)
看板に絵が書いてあるけど、天使っぽさはない。赤黒いモコモコの上に、色白の丸い女の子の顔が描かれている絵だ。
カランカラン
「いらっしゃい。どわっ、いっぱい来たな〜。ティアちゃんが、10人くらいって言ってたけど、26人おるやんか」
「ミサさん、こんにちは〜」
「はーい、こんにちは。で、どの子がライトなん?」
40代くらいに見える少し怖そうなオバサンだ。子供達が、僕を指差した。ひー、オバサンの視線が僕に向いた。
「へ? こんなに、ちっこいんか。だから、あのバカがあんなに騒いどったんやな。ライトさん、うちのことも、わからんか?」
(こ、こわっ)
僕が恐る恐る頷くと、ミサさんは、ふふんと鼻を鳴らした。怒ってるわけではなさそうだ。
「うちは、ライトさんと同じく女神様の番犬をしているタイガの娘なんや。あー、タイガってのは、アホな脳筋って意味やねんけどな〜」
「きゃはは」
子供達が、ドッと笑った。
「まぁ、適当に座って。みんな、レッドスノウ目当てで来たんやろ? すぐ用意するわ〜」
「やったー!」
もう一人の上品そうなオバサンが、優しく子供達を二階席に誘導している。二階は貸し切り状態だな。
僕は、ミサさんに抱きかかえられて、二階席に移動した。急な階段だから、自力では無理だと思われたのかな。
「ライトさん、彼女は、私とパーティを組んでいるセイラやで。警備隊のレンフォードさんの嫁や」
「えっ? レンフォードさんの……」
「何や、レンさんのことは思い出したんか」
「いえ、ギルドで、いっしょだったから」
「ふぅん、そうなんや。まぁ、カースさんの術やから、心配せんでも大丈夫やで。そのうち、記憶も戻るやろ」
「はい、そのカースさんもわからないんですけど」
「そうなん? あー、まぁ、あんまり言い過ぎるんもマズイらしいけど、信頼できる人や。ライトさんを裏切ることは、ありえへんで」
ミサさんは、一階へと降りていった。毒舌で怖そうだと思ったけど、笑顔は人情味があるというか、あたたかい雰囲気の人だな。
「ねぇねぇ、ライトさんって、本当にライトさん?」
「ミサさんが言ってたから間違いないよ」
ミサさんが下に降りると、子供達の視線が僕に集中した。みんな、戦乱後なのに元気な笑顔だ。あっ、いや、数人は元気がなさそうだけど……ベッドで寝ていた子達かな。
「ぼく、なにもおぼえてないんだよ。それに、こんなチビだし」
「大丈夫だよ。ライトさんがチビの間は、俺たちが悪い大人から守ってあげる」
10歳くらいの子供達は、トンと自分の胸を叩いている。任せておけってことかな。
「チビの中に紛れていれば、どれがライトさんかわかんないだろ? ここには、いろんな奴が来るんだよな」
「ありがとう。たよりにしてます」
僕がそう言うと、子供達は、嬉しそうに笑った。
「はい、お待たせ〜」
「うぉぉ、すげぇ! レッドスノウだ!」
子供達のテンションが一気に上がっている。次々と運ばれてきたのは、バニラアイスが乗った赤いかき氷? いちごの香りがする。そして、白いソースと黒いソースがついていて、子供達は、慎重にかき氷にソースをかけている。
僕の席には、お子様ランチのようなプレートが置かれた。
「ライトさんは、丸二日、何も食べてへんねやろ? まずは、ごはんやで」
「ありがとうございます。あれって、かきごおりですか」
「せや、氷いちごに、練乳とミルクチョコソースをかけるんや。練乳は、特殊ルートで昭和時代の日本から仕入れてる。氷は、万年雪のルー雪山の氷を使ってるから、なかなか溶けへんねんで」
(えっ? 日本の練乳?)
「へぇ、まさに、レッドスノウ、あかいゆきってかんじですね」
「うん? 天使ちゃんの姿をイメージしてるんやけど……今のライトさんは、天使ちゃんもわからんよな?」
僕は、コクリと頷いた。
「まぁ、そのうち思い出すやろ。この記憶は、絶対にカケラに封じてあるはずや」
僕は、お子様ランチを食べてみることにした。生まれ変わって初めての食事だ。子供向けなのか、薄味にしてある。それでも僕の胃は、初めての食べ物に驚いているみたいだ。
(うん、美味しい)
ミサさんは、お子様ランチのプレートを持って、何人かの子供に配っている。お腹を空かせている子がわかるのかな。
今の僕には、このプレートは、量が多すぎる。僕のフォークが止まったことに気づいた隣の席の子が、ジーッと見ている。
(食べたいのかな?)
「ぼく、もうたべられないよ」
「じゃあ、ケーキボールくれる?」
「うん、どうぞ」
「やったー」
「えー、あたしも欲しいのに〜」
(ケンカが始まってしまった)
「ちょっと、やめなさいよ! ライトさんが泣きそうな顔してるよ」
(はい?)
「あっ、ほんとだ。怖かったのかな、ごめんなさい」
「だから、シャインくんも泣き虫なんだ」
「ちょ、バカ、おまえ……」
「シャインくん?」
僕が聞き返すと、子供達は慌てている。僕の息子の名前らしい。100年も生きていたら、子供がいてもおかしくない。だけど、何も覚えていないのがつらいな。
ふと頭の中に、アトラ様の首を傾げる姿が浮かんだ。でもアトラ様って、子供がいるようには見えなかったよな。その子の母親は誰なんだろう?
「ライトさん、今の話は、なしでー!」
(めちゃくちゃ焦ってる)
「はい、わかりました」
僕がそう言うと、子供達は、ホッとしている。ふふっ、なんだか、猫耳の少女と同じくらいに必死なんだよな。
「あら、にぎやかねぇ〜。お姉さんもご一緒してもいいかしらぁ?」
二階席に、やってきた女性。年齢不詳だな。妙に色っぽい。なんだか少し懐かしいような気もする。
「ナタリーさん! うん、いいよー。レッドスノウ、まだあるかなぁ?」
「ふふっ、氷は、今日はやめておくわぁ。温かい紅茶の気分なのぉ」
色っぽい女性の視線は、僕に向いた。そして、にこりと微笑み、僕の向かいに椅子を運んできた。
(えーっと、どうしよう)
「うふっ、ライトくん、すっごくかわいくなっちゃって〜。抱っこしてもいいかしらぁ?」
「えっ……あの……」
「あっ、ごめんなさいね。びっくりしちゃったわねぇ。私は、ナタリーよ。ライトくんと同じく、いろはちゃんのお世話係なのよ〜」
(お世話係……確かに)
「めがみさまのばんけん、ですか」
「うふっ、そうなのぉ。いろはちゃんの代行をさせられちゃってるわぁ」
(女神様の代行?)
ミサさんが、紅茶を運んできて、ナタリーさんの前に置いた。
「ミサちゃん、タイガに来るようにと言ってあるんだけど、二階だと気付かないのかしらぁ?」
「あのアホは、どっかで火遊びしてるみたいですよ」
「あらぁ? 浮気中かしら? それとも、本当に火遊びかしらぁ」
バタバタと、階段を駆け上がってくる音が聞こえた。
「遅くなりました! ちょっと、虎がケンカふっかけてきたんすよ〜。ミサさん、なんとかしてくださいっす」
現れたのは、30歳前後に見える剣士風のイケメンだ。タイガさんではないのかな? 言われていたイメージに合わない。爽やかなアイドル系なんだけど。
「ジャックさん、また虎が? シャルを行かそか? ひどいようなら、マーシュに言うてもええけど」
「いや、マーシュさんを使うと、精霊ルー様が、ぶち切れるっす。シャルロッテに頼んで欲しいっす」
「わかった。ちょっと言うてくるわ」
「あざっす。今、ライトさんがいないから、もう大変っす」
そう言って、彼は、ハッとした顔でキョロキョロしている。
「ジャックくん、ライトくんなら、ここよぉ〜」
「へ?」
イケメンさんは、僕の顔を見て……固まってしまった。




