129、湖上の町ワタガシ 〜死んだ母親と守り神
「とりあえず、部屋をちょっと綺麗にしましょうか」
(もちろん、遺体は避けるけど)
僕がそう言うと、子供達は母親の遺体を守ろうとしたのか、立ち塞がった。僕は構わず、室内全体にシャワー魔法を使った。
「えっ? な、何?」
「火水風の弱い複合魔法ですよ。皆さんと室内を洗いました。その遺体には使ってませんから安心してください」
「臭いがなくなってる」
「身体もサッパリしたかも」
子供達は、スンスンと臭いを嗅ぎ、驚いた顔をしている。珍しい魔法だからだな。魔導系の青の星系の子としては、興味があるみたいだ。
「お母さんの身体は、どうしますか?」
僕は、残酷な質問をした。
遺体をどうするかと言われても、子供達には答えられないだろう。この星に旅行にきて、侵略戦争に巻き込まれ、この女性は自分の星から来た者に深い傷を負わされたんだ。
子供達は、うつむいてしまった。だけど、いつまでもこのままではいけない。
「ライトさん、ティアちゃんは、いいって言ってたよ」
街の子供達が、庇おうとしている。
「うん、この子達は、ここに居てもいいけど、亡くなったお母さんをこのままにはしておけません。何か術をかけてあるようだけど、腐ってきてますからね」
「でも……」
反論しようとした子は、言葉を飲み込んだ。このままではダメだと、わかっているんだ。
「皆さんは、そのうち自分の星に帰りますよね? お母さんも連れて帰りますか」
追い出すような言い方になってしまったけど、尋ねておくべきことだ。
(あー、涙が……)
すると、成人に見える男性が口を開く。
「街長さん、この子達が帰る場所などないだろう。自分の母親を殺した奴らの元に帰るわけがない。しかも、父親の生死も不明だ」
彼は、怒りに震えているようだ。
「青の星系のどの星かは知らないけど、かなり遠い。子供だけで帰ることはできないですね」
「距離の問題じゃない! 帰っても居場所がないってことだよ」
そう怒鳴り、彼はハッとした表情を浮かべ、頭を下げた。彼も、移住してきたとは言っているけど、戻ることができない状況なのかもしれない。
(だから、女神様は……)
「じゃあ、皆さんは、この街の住人ですね。ようこそ、湖上の町ワタガシへ」
僕が、ふわりとやわらかな表情を浮かべて子供達を見回すと、恐る恐る顔をあげている。戸惑っているようだな。
さっき僕が、追い返すような言い方をしてしまったためかもしれない。安心させるには、やはり、受け入れられたという実感が必要だろうな。
これまでの僕とは、違う発想だ。今までなら保護してあげようと考えた。だけど、僕は生まれ変わって、子供の感覚が少しわかったんだ。子供は、大人が思っているほど子供ではない。
「皆さんには、この街の冒険者ギルドの登録をしてもらいます。この街のギルドには、子供でもできるミッションがたくさんあります。この街で暮らすなら、自分の手でお金を稼いでください」
(まだ、イマイチかな)
すると、街の子供達が口を開く。
「だから言ったじゃん。ギルドに行けばいいの」
「そうそう。私達もミッションをやってるよ」
「ボクも。ボクは、ティアちゃんよりお金持ちだよ」
「なぜティアちゃんは、貧乏なの? たくさんミッションをしてるよね?」
「ティアちゃんは、稼いだお金をすぐに、パァッと使っちゃうもん」
「ナタリーさんからもお小遣いをもらってるんでしょ?」
「それも、すぐに使っちゃうんじゃない?」
「あはは、だよね。みんなをお店に連れて行って、貸し切りにするのが楽しいみたいだもん」
「あれなら、すぐに無くなっちゃうよ」
子供達は、女神様のこの街での暴れっぷりを披露してくれている。
(ふふっ、やっぱりね)
これも、女神様の教育なんだろうな。お金を稼いだら、食べ物に困っている子供達に、パァッとご馳走するようだ。
この部屋で半年以上引きこもっていた子供達に、食料を運んでいたのは、街の子供達だろうな。
「さぁ部屋から出て、ギルド登録していない人は、行ってきてください」
「でも、ママが……」
遺体のそばから離れたくない子もいるようだ。
(どうしようかな……)
青の星系の人でも、ニクレア池は受け入れるだろうか。魔族の聖地だもんな。魔導系の他の星の人は、当たり前だけどこの星の魔族ではない。
「ライトさん、ニクレア池は? この屍を放り込んでおいたら、そのうち、アンデッドに生まれ変わるでしょ?」
街の子供は、地底のこともよく知っている。いや、魔族の子かな。
「うーん、ニクレア池でアンデッドに生まれ変わるには、核があれば大丈夫なんだけど、他の星の人は、どうかな。このまま焼却して、新たに生まれ変わる方がいいかもしれません」
僕がそう言うと、子供達は母親の遺体を守るように、移動している。焼却されたくないんだ。
「ライトさん、それは、あたし達も言ったけど、この子達は嫌だって」
「この子達の星では、死んだ人は土に埋めて、アンデッドになるんだよ。この街で土に埋めてもアンデッドにならないから、嫌なんだって」
(うん? ゾンビ化させるの?)
すると、一番大きな子供が口を開く。
「死んだ人は、村を守るんだ。土に埋めて消えたら、守り神に変わったってことなんだ。だから、ママは焼いてはいけない。消滅してしまう」
(守り神?)
「ライトさん、この子達が言ってるのは、リッチのことだよ。この子達の星の神もリッチだって、ティアちゃんが言ってた」
女神様は、そんなことまで聞いていたんだ。リッチの姿をする青の星系の神……。呪詛を振り撒くあの側近の顔が浮かんだ。
「もしかして、呪詛神かな。青の神ダーラの側近の、よくしゃべる神」
僕の言い方が悪かったのか、子供達はギクッとしている。星の名前を言わないってことから、青の神ダーラに関わる神の星から来たのだとは察していたけど。
「ライトさん、ティアちゃんは、いいって言ってた」
僕が排除すると思ったのか、街の子供は、口々に同じことを言っている。女神様に、そう言えと言われていたのかもしれない。
「どの星の住人でも、この街は受け入れています。大丈夫ですよ。だけど、お母さんはどうしようかな」
(このまま、ずっと保管するのかな)
でも、それは、死んだ母親にとっても苦痛だろう。子供達も前に進めない。可哀想だけど、乗り越えなければいけないことだ。
シーンと静かになってしまった。
アンデッドの魔王カイさんに、相談してみようか。でも、それで片付くことなら、女神様が既に対処しているよね。
『翔太、俺達には金色の玉があることを忘れてないか?』
(ん? ライト? 金色の玉で、魔弾を撃って神々を追い払ったよね。だけど、この人達を追い払うんじゃないよ?)
『あはは、翔太は全然わかってないな〜。ニクレア池の金色の玉だぜ?』
なんだか『ライト』は楽しそうだけど、僕には意味がわからない。ニクレア池の底に沈んでいた魔石の抜け殻だよね。あ、玉になるのはニクレア池と合うものだと言ってたけど……。
(もしかして、金色の玉で、蘇生ができるの?)
『翔太、ニクレア池では蘇生はできないだろ。奇跡の池、新たな命を授かる神聖な池だぜ』
(あっ、じゃあ、リッチを作れる?)
『うーん、その女性の能力では、リッチにはなれないよ。適当なアンデッドになる。やってみようぜ。俺、下僕をつくりたかったんだ』
(ちょ、ちょっと待って。ライトの下僕になるの?)
『何を言ってんだ? アンデッドは、すべて、魔王の下僕じゃん。魔王カイ様が、俺が作ったら俺の下僕だって言ってたぜ』
(えー、ちょっと待って。あの子達に聞いてみる)
『翔太が話すと、長くなるから俺が話すよ』
『ライト』がそう言うと、僕の身体からぶわっと、闇があふれた。僕の闇じゃなくて、『ライト』の闇だけだな。
子供達は、ビクッとしている。街の子供達は、逆にワクワクしてるんだよね。
「この闇は、僕の……」
『俺から話すってば!』
(あれ? 変な念話だ。みんなに聞かせている?)
『ライト』は漆黒の竜に姿を変えた。狭い部屋の中での竜は、ど迫力すぎる。
「わっ、もうひとりのライトさんだ!」
魔族の子にそう言われ、漆黒の竜は頷いている。魔族の子からすると、『ライト』は、もうひとりの僕という感覚なんだ。
『その死体の女性は、このままだといずれ消滅するよ。キミ達の母親は消えてもいいと言っている。だけど、キミ達は嫌なんだよね?』
漆黒の竜にそんなことを言われたら、返事できないよ。
『ふぅん、そうか。でも、死体を星に連れ帰っても、守り神にはならない。死んだときに、他の守り神が迎えに来なかったんだからな』
(えっ? 考えが見えるの?)
子供達は、うつむいてしまった。
『選択肢は、3つだ。焼却か、消滅か、この星のアンデッド。キミ達はどれを選ぶ?』
「えっ、この星のアンデッド?」
『あぁ、死んだ場所に魂が縛られるからな。アンデッドになれば、どこにも行けるけどね。さぁ、選べ』




