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128、湖上の街ワタガシ 〜店の2階に隠れていたのは

「マスター、バーの方は、ちょっと汚れているかもしれません」


 銅貨1枚ショップの店員さんが、半笑いというか変な笑みを浮かべている。


「うん? あぁ、ずっと半年以上、営業してないもんね。大丈夫、僕が掃除するよ」


「もしかして、まだ見てません?」


「照明も消えていたし、すぐにこっちの店に来たからね。扉の開け閉めで、ほこりがすごいことになっているのかな?」


「いえ……」


 店員さんは、他の店員さんに何か合図をしている。


(みんなが変な笑いを?)


 僕が声をかけた店員さんが、手に何かを持って、僕を先導するかのように、バーの方へと移動する。



 灯りをつけて、店員さんは、大きなため息をついた。僕も、その惨状に、言葉を失った。


「ここは、自由に開放していたみたいですから」


「そうですか、しかし……足の踏み場もないですね」


 バーの店内は、とんでもなく散らかっていた。


(はぁ、女神様か……)


 街に住むチビっ子達の秘密基地にしていたらしい。親を亡くした子もいるためかな。


「ライトさん、2階もたぶん……」


「あはは、僕もそんな予感がしています。様子を見てきますね」


「じゃあ、私は、少し片付けておきます」


「いえ、子供達に聞かないと、どれが大切なものかわからないから、そのままで大丈夫ですよ」


 そう答えると、銅貨1枚ショップの店員さんは、苦笑いを浮かべながら、店へと戻っていった。




 僕は、店の奥の階段を上がっていく。


 店の2階には、簡易宿泊所として、5室の部屋があるんだ。シャインが1室を使っているから、貸しているのは4室かな。それ以外に、2階の突き当たりにはリュックくんの私室がある。


 そして、3階が僕達の部屋なんだけど、一番広い部屋は、リュックくんの物置部屋になっている。


 リュックくんは、魔法袋に保管できない魔道具も集めているから、部屋にはガラクタを詰め込んでるんだよな。


『ガラクタじゃねーぞ』


(ふふっ、リュックくんには宝物かもしれないね)


『おまえ、なんかオレのことを子供扱いしてねーか?』


(リュックくんは、僕の魔力で育ったんだから、僕の子供みたいなもんじゃん)


『オレは、魔人だぜ? 親なんて、いねーぞ』


 そう文句を言いつつ、ちょっと嬉しそうな気配は漂ってくる。リュックくんは魔人には珍しく、たくさんの感情を持っているもんね。


 女神様が作った魔道具が進化して魔人になったから、やっぱり基本的な性格は、女神様に似ている。お互いに、それを指摘されるのが嫌みたいなんだけど。



 そんなことを考えていると、リュックくんは、スッと姿を現した。僕の肩には、左肩に肩ひもだけを残してるんだよね。


「ライト、これ、渡しておく。オレは、ちょっと地底に行ってくるから」


「うん? 何をしに行くの?」


 リュックくんから渡されたのは、大容量のベアトスさんが作った特殊な魔法袋だ。その中には、さらに僕の私物の魔法袋がいくつも入っている。


(ダーラとの決戦前に、リュックくんに預けた物だな)


「おまえに渡されたポーションを持っているのは、邪魔だからな」


「そっか、デイジーさんを迎えに行って、アマゾネスに送り届けるのかな。デイジーさんは、家出したみたいだけど」


「ふん、魔族の中に置いておくわけにはいかねーからな。本気で家出するなら、王都じゃなくて、この街だろ」


「そう、わかったよ」


「あ、さっさとクマに言って、大容量のポーション置き場を造らせろよ」


 そう言うと、リュックくんは、姿を消した。


 自分の無事を娘達に知らせに行ったんだよね。デイジーさんは、ドラゴン族のマリーさんが預かっているはずだ。




 さて、僕は、2階の部屋を確認しようか。『眼』のチカラを使うまでもなく、貸している4室には、定員を大きく越える子供達がいることは、わかっている。


 まず、一番手前の部屋から、ノックしていく。だけど、出るなと言われているのか、誰も部屋からは出てこない。ジッと息を潜めているようだ。



 コンコン!


「誰もいませんかぁ? おかしいな〜。じゃあ、1階の店に置いてあるものは、全部消し炭にしてしまおうかな」


 バン!!


 4室の扉が同時に開いた。


「マスター、捨てちゃだめだよ」


「みんな居なかったから、鍵のかかってない部屋は、ケトラが使っていいって」


「休業してたじゃないか」


「ご、ごめんなさい」


(ちょっと酷いな)


 チビっ子だけかと思っていたけど、年齢には幅がある。成人している人もいるようだ。しかし部屋の中は、1階以上にごみ屋敷だ。



「ここを使っていたことを怒っているんじゃないよ。いろいろな事情があったんだと思う。だけど、めちゃくちゃ臭いんだけど、何をしているんですか」


「あ、あう……」


(あっ、ゴミだけじゃないか)


「ちょっと、入りますよ」



 手前から二つ目の部屋に違和感を感じた。僕は、僕を阻止しようとする子供達を、半分霊体化してすり抜ける。


 子供達が、必死に隠そうとしていた臭いの原因は……遺体だった。だいぶ前に亡くなったのか、肉が部分的に腐っている。


 大きさや服装から考えて、成人の女性だろうか。『診て』みると、怪我を負っていたようだ。あばら骨が皮膚から飛び出ている部分がある。


 侵略戦争で怪我を負って、ここに逃げ込んできたのか。ポーションの自販機を置いているから、ここに来ればポーションが手に入ると思ったのかもしれない。


 決戦の前に、かなりの数のポーションを店に置いておいた。だけど、必要な人の手には届かなかったんだ。


(僕が居れば、救えた怪我だ……)


 すべての人を救うことなんて、できない。だけどこの人は、数本のポーションがあれば、生きていられただろう。



「この人は、誰の知り合いかな」


 静かにそう尋ねると、僕を阻止しようとしていた子供達の目が揺れた。ここにいる全員か。


「私のママだから……でも、私のパパは、この星にはいなくて……」


 不思議な色の目をした女の子が、そう呟いた。


(うん? 他の星?)


 僕は、ゲージサーチをしてみる。その女の子は、体力が1本、魔力が2本。遺体の母親も同じだな。部屋の中にいる他の子達も、他の星の住人だ。


 おそらく、魔導系の青の星系の住人。だけど、侵略戦争に子供を連れてくるということは、考えにくい。その前から、この街にいたのかな。



「ライトさん、ティアちゃんが、いいって言ってた」


 部屋の外にいる子達は、事情を知っているみたいだな。


「うん? どういうことですか」


「ライトさん、神族の街は、誰が住んでいてもいいんでしょ?」


「ええ、共存の街ですからね」



 さらに、人が集まってきた。成人に見える男性が口を開く。


「街長さん、ですよね?」


「はい、街長のライトですよ」


 話しかけてきた成人に見える男性は、体力が2本、魔力が1本。彼も、他の星の住人かな。イロハカルティア星で生まれた人は、種族に関係なく、ゲージは1本ずつだからな。


「その人達は、青の星系から観光で来ていたんだ。旅行中に侵略戦争が起こって、しかも、その人達の星の軍隊が海岸沿いの人達の集落を焼き払ったから……」


「ライトさん、おばさんは僕達が囲まれたときに、逃がしてくれたんだよ! でも……」


 この街の子供がポロポロと涙を流した。


 そうか、他の星からの門があるハロイ島は、かなりの被害があった。海沿いの王国の漁港町は、真っ先に襲撃されたんだったよな。


「ティアちゃんは、いいって言ったよ」


(匿うこと、かな)


 女神様なら、そう言うだろう。だから、この街の子供達が、ここに案内してきたんだ。



「そうでしたか。キミを逃がしてくれたときに、この女性が、自分の星の軍隊にやられたのかな」


 その子供は、大きく頷いている。


 遺体のそばにいる彼女の子供達も、ポロポロと涙を流している。



「侵略戦争の間は、俺達を見る目が、みんなヒリヒリした感じでさ。俺は、侵略戦争の前に移住してきたし、赤の星系だけど、スパイじゃないかと疑いの目で見られて……」


 成人に見える男性が、悔しそうにそう言った。


「誰が敵なのか、最初はわからなかったからですね。青の神ダーラは、最初は、配下の赤の神を使って、攻撃を仕掛けてきましたから」


「だが、ティアという猫は、俺達の言葉を信じてくれた。そして、侵略戦争に無関係な奴らを広場の中に集めて、心配いらないと励ましてくれたんだ」


「そうでしたか。その頃は、僕はもう街を離れていましたから……今は、どうですか? 街の人達は変わりました?」


「ずっとここに隠れていたから、わからない」


 子供達は、意味がわからないのか、首を傾げている。


「たぶん、ライトさんが戻ってきたから、大丈夫だよ。みんな怖くて、他の星の人が信じられなくなってたから」


 街の子供達は、互いに頷い合っている。


(あぁ、もっと早く、この街に戻るべきだった)



「僕は、青の神ダーラと相討ちになり、戻ってくるのに時間がかかってしまいました。失われた時間は戻せない。でも、もう心配しないで大丈夫ですよ」


 僕がそう言うと、子供達は、ホッとした表情を浮かべた。



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