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127、湖上の街ワタガシ 〜チチ風味の治癒の足湯

 湖にかかる橋を渡り、僕は、神族の街ワタガシへと戻ってきた。うん、やっと戻ってきたんだ。


(懐かしいな)


 この街は、僕が街長を務める街だ。巨大な湖の上に浮かんでいる。女神様の魔力で造った街だけど、僕の知識や記憶が使われたんだ。


 だから、この星にはない不思議な街になっている。


 街の中央には、城壁のような物に囲まれた円形の広場がある。その中心には、この街の象徴となるシンボル塔があるんだ。


 塔は、ガラス貼りのオフィスビルのような外観をしている。1〜3階はギルド、4階は安い定食屋、5〜6階が治療院、7〜9階は役所、10〜11階を展望レストランにしてある。


 そして地下には、地下牢もある。この地下牢は、あとから付け足したものだ。



 中央広場から、放射状に整然とした道が伸びている。それぞれの通りには、その特徴に合わせた名前がついているんだ。


 基本は、石造りだけど、街のイメージは、平成時代の日本だ。だから魔族も、魔王でさえ、この街に驚く。この世界にはないものを多く取り入れているためだ。


 異文化に興味を示す種族もいれば、逆に怖れる種族もいる。女神様は、神族の街をこの星の住人が驚くものにしたかったのだろう。


 特にオフィスビルのような塔は、高い建造物がないこの世界では、異様に見えるらしい。


 塔は、11階建てだけど、巨大な種族を考慮して、1つの階の天井の高さは、人族の屋敷の倍にしてあるから、実質22階建てか、それ以上の高さがあるんだ。



 僕は、中央広場に向かって歩いていく。


 中央広場の城壁の内側には、建物がずらりと並んでいる。そのひとつが、僕の家であり店でもあるんだ。



「あー、街長、久しぶりじゃないか」


「こんにちは〜。ちょっと地底に引きこもってたんです」


「大魔王を狙ってるという噂は、本当だったのか」


「あはは、あれは、ただの噂ですよ」


 馴染みの顔が、嬉しそうに手を振ってくれる。当たり前の光景だけど、今の僕には、新鮮に感じる。



「マスター、やっと戻ってきたの? あの戦争以来ずっとバーがお休みだから、変な噂が広がってたよ」


 僕をマスターと呼ぶのは、僕が経営するバーのお客さんだ。


「変な噂ですか?」


「そそ。マスターが、青の神に負けて消滅したってさ……。でも、地底で暴れているという噂もあったから、無事だと思ってたよ。帰ってきてくれてよかった」


「ご心配をおかけしました。近いうちにバーを開店しますね。ティア様が、いろいろぶっ壊していないか心配ですけど」


「ティアちゃんは、最近、よく走り回ってるのを見るよ」


「ソフトクリームの機械は、ぐちゃぐちゃにされたんですけどね」


「あはは、マスター、開店までに数日かかりそうだね。知り合いに宣伝しとくよ」


 バーのお客さんは、ホッとした様子だ。僕が消滅したという噂もあったみたいだな。



 女神様が、街の中を走り回っていたのか。たぶん、ムードメーカーとしてだろう。街長である僕が、半年以上ずっと街を離れていたからだよね。街の人達が不安にならないように、女神様が頑張っていたんだ。


 神族の街を利用する半数以上の人は、猫耳の少女のことを女神イロハカルティア様が飼っている猫だと思っているんだ。


 だけど、この街で働く人の大半は、ティア様の正体を知っている。だから、きっと、元気に盛り上げようとしていたのだと思う。




 中央広場に戻ってきた。


 足湯は、相変わらず人気のようだ。僕が離れていても、ちゃんと維持できていたみたいだな。


 大きな石造りの泉の水は、ポーションなんだ。広い泉は治癒の足湯と呼ばれる温かいポーション、上の噴水部分は冷たいチチ風味のポーションになっている。


 足湯は、持病や疲れを癒やすために作ったのに、子供達が、足湯で泳いでいるのが、もはや常態化してしまっている。


 上の冷泉は、怪我が治るポーションだから、たまに飲んでいる人がいるんだよね。だけど効果は、大したことない。


 他のポーションより回復効果は低いけど、無料だからということで、利用する人がそれなりにいるようだ。




「あっ、ライトさん、ティアちゃんは?」


 チゲ平原のパーティに来ていた子供達だ。女神様は、ハロイ諸島の無人島に行ったはずだ。たぶん、海岸にいたアトラ様達が、護衛をしてくれていると思う。


「ティア様は、無人島を偵察に行ったみたいですよ」


「ええ〜、じゃあ、あたしも行く」


(いや、待って!)


「ハロイ諸島の荒れた海を子供は越えられないよ」


「あたし、魔族だから、大丈夫」


 僕は、学んだんだ。今までなら、危険だからと禁じていた。だけど、それではダメだ。自分に自信のある子は、隙を突いて、行ってしまう。



「皆さん、無人島に行きたいんですか?」


「えっ? 行きたい!」


「ぼ、ぼくも!」


 僕のいつもの反応とは違うから、ちょっと子供達が驚いている。


「じゃあ、僕の店の掃除を手伝ってください。そのアルバイト代として、僕が連れて行ってあげますよ」


「わぁっ! ほんと?」


「手伝うよっ!」


「あの海を越えるの? 子供は越えられないのに、行っていいの?」


 子供達の目は、キラキラと輝いている。



「護衛と一緒なら、子供が行っても大丈夫です。だけど、その辺の護衛じゃ不可能ですよ。魔王クラスじゃなきゃ、みんなを安全に案内できないですからね」


「ライトさんは、魔王クラス?」


「でも、普段は、シャインくんより弱いって……」


「ば、ばか! 街長だぞ? 神族だぞ」


「だって〜」


(子供は正直だよな……)


 半年以上、チビっ子をやっていたからこそ、僕は、子供達の視点が少しわかるようになってきた。以前の僕は、全くわかってなかったんだ。



「僕は、青の神ダーラとの決戦で、一度死んで生まれ変わったから、以前とは少し違うんですよ」


 そう言うと、子供達は、ハッとした表情を浮かべた。


(あー、失敗したかな)


 大切な人を失った子もいるんだ。以前の僕なら、なぐさめの言葉をかけていた。でも、今は違う。


「あの戦乱で、たくさんの人が犠牲になりました。いま、生きている人達は、生かされたんです」


「生かされたの?」


「わかんない」


 ちょっと難しい言い方だけど、女神様も、同じようなことを言うと思う。きっと子供達には、前向きに考えさせたいんだ。



「大切な人を亡くしたことは悲しいことです。だけど、いずれ、その魂は再びこの世界に、新たな命として生まれてきますよ。その時までに、今いる僕達が、より良い世界を作っておいてあげたいですよね」


「良い世界って何?」


「リッチな世界?」


「違うだろ。わかんないけど」


「ティアちゃんは、自由が大切って言ってた」


「みんなが自由?」


 子供達は、考えている。女神様は、やはり、いろいろな考えるチカラを与えているんだ。



「僕は、神戦争のない時代、だと思いますよ。ティア様は、みんなが自由にやりたいことができる世界にしたいんだと思います」


「えー、ライトさん、無理だよ」


「神戦争は無くならないよ」


「みんなで考えだけど、無理だったもん」


 女神様が問いかけたのだろうな。子供達からアイデアをもらうためもあるだろうけど。



「僕は、ちょっと思い付いたんですよね〜」


 そう言うと、子供達の目がキラキラと輝いた。


「ライトさん、そんなに強くなったの?」


「大魔王になるって言ってた」


「でも、大魔王でも敵わない神は、いっぱいいるよ?」


 へぇ、すごいな、この子達。


「違いますよ。僕は、そこまで強くなってません。でも、別の方法を考えたんです。魔族のような、チカラこそすべてではなく、腹黒作戦です」


「きゃはは、腹黒作戦〜」


「ティアちゃんのこと、タイガさんが腹黒って言ってた」


「じゃあ、ティアちゃんの作戦?」


「あはは、ティアちゃん作戦!」


(腹黒の意味がわかってるのかな?)



「さぁ、その前に、店を開けないといけないので、お手伝いをお願いできますか」


「えっ? なんで?」


(はい? さっきと違う)


「ぼく、お腹へったから、帰る」


「あたし、足湯が空いてるから泳ぐっ」


「じゃあ、水着を取りに帰らなきゃ」


「早く、行こっ!」


「ライトさん、ばいばい」


 子供達は、バタバタと走り去ってしまった。店の掃除を手伝うアルバイトをして、無人島に行きたいんじゃなかったのかな。


(僕は、まだまだだな……)


 話をコロコロ変えたから、ティア様を探していたことを忘れてしまったのかもしれない。


 まぁ、危険な場所に連れて行くことがなくなって、よかったかな。話題をコロコロと変えれば、ごまかすことができるのか。また、僕はひとつ学んだ。




 カランカラン!


 懐かしい扉を開けた。


 扉の先には、僕が経営するバーがある。そして、左側へと進むと、異世界版の100円ショップ、銅貨1枚ショップがあるんだ。



 バーの方は、閉店中だけど、銅貨1枚ショップは、営業中だ。僕は、銅貨1枚ショップへと足を進めた。



「あっ、マスター、やっと戻ってきたんですね」


「うん、任せっぱなしでごめんね。バーの開店準備を始めるよ」




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