125、ハロイ島の草原 〜リュックくん、復活!
海が茶色いんじゃなくて……海に茶色い目印が?
「精霊ルー様、あれって……」
「あのバカ、海には海流があることを忘れてるのよっ。たぶん、海面をチョコレートに変えたんだよ」
(まじか……)
「じゃあ、精霊ヲカシノ様は、迷い子になってしまいますよね。チョコレートが流れてしまう。それに、チョコレートの海では、魚が……」
僕がそう言いかけたときには、もう遅かった。パッションピンクが遠ざかっていき……海が凍った。
(うっそ……)
精霊ルー様が、海を凍らせてしまった。だけど、荒れた海は、表面が凍っても……。
バキバキッ!
なんだかすごい音が聞こえる。
「ライト、あたし、ちょっと、海の様子を見てくるよ」
「は、はい」
アトラ様まで海の方へ行ってしまった。海の色のような鮮やかな青い狼なのに、海岸に立つ彼女は、とても目立つ。海の色がヤバイな。
表面が凍っていた海面も、割れたりぶつかったりして、チョコレート色の氷山が生まれているようだ。
(魚が死んでしまう)
女神様は、このことを想定していたのだろうか。ただ、煽っていただけのようにも聞こえたけど……。
「あーあ、オレは知らねーぞ」
「だよね、僕も知らないよ。リュックくん、何とかしてきてよ。うん? ええ〜っ!? リュックくん!!」
僕の隣に座っている銀髪のイケメン。彼は、魔人化した魔道具『リュック』だ。
「あぁ? オレは、やだ。カースが行けよ」
すると、姿を消したはずのカースが現れた。
「おまえ、バカだろ。俺には無理だ」
「ちょ、ちょっと、リュックくん、いつ魔人化したの? 第2進化したばかりだよね?」
「おまえの魔力が戻ったんだから、オレも戻るに決まってるだろ。異空間ストックを増やしすぎて、動けなかっただけだ」
立ち上がり、フンとふんぞり返る姿は、その辺のモデル顔負けなくらいカッコいいんだよね。
女神様が作り出す魔人は、罪人を処刑するための処刑人だけど、リュックくんは、魔道具から進化した魔人だから、少し違うんだ。
女神様が作った魔道具リュックを、僕の魔力で育てたから、僕に欠けた能力を補う役割を担っている。
以前の僕は、神族のチビっ子よりも戦闘力が弱かったから、リュックくんは、めちゃくちゃ強いんだ。
ただし、僕が得意な回復魔法は使えない。そして、魔人が暴走しないようにと、女神様は、すべての魔人は主人からしかエネルギーを得られない仕様にしてあるようだ。
だから、魔道具『リュック』は、ポーションを作るけど、リュックくんにはポーションは効かないんだ。
(あれ? もしかして……)
「リュックくん、弱くなってない? 僕は、生まれ変わって、以前よりもマシな感じに……」
「は? オレは初期化してねーっつぅの! 初期化してたら、こんなにポーションを作ってねーだろ。言っておくが、その1000倍はあるからなっ」
「へ? 何?」
「ポーションだ、ポーション! おまえ、ダーラとの決戦前に、かなり、いや、頭おかしいんじゃねーかと思うくらい薬草とイーシアの水をぶっ込んだだろーが」
「そうだっけ? あ、作れなくなるといけないから、異空間ストックをたくさん頼んだよね?」
「異空間ストックがいっぱいあるって言ってるのに、さらに作れとか泣きそうな顔して言ってたじゃねーか」
(いや、泣きそうな顔は、していないはず)
「何本くらいある?」
「知らねー。異空間ストックは、今のオレには1,000エリアしか使えねー。1エリア分が、それだ」
リュックくんがそう言うと、カースがギョッとした顔をした。
「カース、何?」
「いや、普通、異空間ストックって、3エリアまでしか持てないだろ。それが神々の常識だ。じゃあ、俺の荷物も……」
「預からねーからなっ! カース、話を聞いていたか? オレは、異空間ストックが増えすぎて、繋ぎ止めるだけで必死なんだぜ?」
「だけど、魔道具なら成長するんだろ?」
「腹黒女神が、もうアレを渡すなと言ってるからな」
「氷のクリスタルの花か。おまえの電池だっけ? だが、主人の魔力値が上がれば、成長するだろ」
「確かに……そうかもな」
二人の視線が突き刺さる。いや、そんな期待をされても、困るんだけどな。
僕は、大容量な魔法袋の中身を確認した。
(これの1,000倍あるの?)
よく使う3種がほとんどだけど、種類別に表示されるから暗算できない。たぶん数百万本は、入っている。
数万本の移し替えをしたと思うけど……残りはリュックくんかな。動けるようになって、異空間ストック1エリア分を移し替えたんだ。
「おまえ、ポーション屋に戻れよ」
「えーっ、せっかく大人の姿に戻ったんだから、閉店中だったバーを開けなきゃいけないのに」
「魔導学校の講師をやめれば、ポーションの行商をする時間くらいあるだろーが。バーは、夕方からだろ?」
「ちょっと、リュックくん! 昼間に行商して、夜から朝までバーを経営してたら、僕、過労死するじゃん」
「半分アンデッドだろーが。それに、ニクレア池の金玉をゲットしたんだから、死ぬわけねーだろ」
「ちょ、金色の玉だよ?」
「だから、オレは、金玉って言ったぜ?」
(ダメだ、伝わらない)
リュックくんには、下品だという感覚はないんだよね。女神様が、うんこを連呼するのと一緒か。はぁ、女神様が作った魔道具だから、理解させるのは不可能だ。
まぁ、女神様の場合は、子供達が笑うから、連呼するようになった気はするけど。
「リュックくん、人前で、それ、言わないでよね」
「当たり前だろ。ニクレア池の金玉持ちってことは、アンデッドの上位神クラスだってことだ。そんな極秘情報は漏らさねーから安心しろ」
(えっ? 上位神クラス?)
魔王カイさんって、めちゃくちゃすごいんだな。
「そんなにポーションが余ってるなら、俺、少しもらってく。ここに出して」
カースがそう言うなら、好きなだけ持っていってもらおう。僕は、大容量の魔法袋から草原に、3種を出し……。
「ライト、おま、バカだろ」
(失敗した……)
リュックくんが、シュルッと紐のようなものを出し、大容量の魔法袋を支配して、途中で阻止してくれた。
「あはは、全部持っていってくれてもいいなって思って、つい……」
草原一体には、ポーションの山ができていた。魔法袋が大容量すぎることを忘れて、3種オールアウトの指示をしてしまった。
「ライト、おまえの頭の中、まだ幼児だろ。はぁ……」
カースは、ポーションの山の、ほんの一部分だけを自分の魔法袋に入れた。
「カース、遠慮しなくていいよ」
「そんなに入らねぇよ、ったく」
カースは、呆れ顔を浮かべて、スッと消えた。僕は、草原に山になったポーションを、再び魔法袋へと収納した。
リュックからの移し替えと違って、これは一度でできるから便利だ。しかし、かなりの魔力を消費する。
すると目の前に、女神様の魔ポーションが出てきた。5本もあるじゃん。
「ちょ、リュックくん、何?」
「飲んどけ。今の動作で、おまえはこれ以上の魔力を無駄にしたんだぜ」
「罰ゲーム?」
「学習だ。カースが言うように、まだおまえの頭の中が幼児だからな」
「ひどいな〜」
(まぁ、でも、飲んでおこうか)
女神様の魔ポーションも、リュックくんは大量に渡されているはずだ。少しでも減らす方がいいよね。
しかし、胃薬味の魔ポーションは、3本で嫌になる。魔力値1,000しか回復しないから、飲んでも全く回復した感覚はない。
身体が大人になったことで、魔力値も戻ったのかもしれない。5〜6歳の姿の頃に比べて、かなり増えたのだろう。
「リュックくん、復活記念に、ポーションを配ってきたら?」
「は? オレには、作ったポーションの所有権はないぜ。オレの私用の分は少しもらってあるけど」
(そういえば、そうだった)
魔道具から進化した魔人が悪さをしないように、女神様が厳格に定めている規律だ。
「じゃ、リュックくんの私用鞄を出して」
僕がそう言うと、リュックくんは、草原に、いくつもの鞄を出してきた。僕の指示が悪かったな。
「ガラクタ入れの鞄はいらな……」
「ガラクタじゃねーよ!」
(ふふっ、怒った)
リュックくんは、チマチマと魔道具を集めているんだよね。それに、地球に行ったときは必ず本を買ってくるから、日本円とか、換金するための宝石も持っている。
リュックくんの私用のポーション入れを覗くと、クリアポーションが数本入っているだけだった。
「じゃあ、デイジーさんへのお土産と、ローズさんへのお土産と、そそっかしいミューさんが怪我をしているかもしれないから、念のためと……」
理由をつけて渡さないと、魔人へ所有権は移せないんだよね。女神様が、一律で決めていることだから、これは従うしかない。
「ちょ、多すぎねーか? 腹黒女神が何か言ってくるぞ」
「大丈夫だよ。女神様は、ウチの店のソフトクリームの機械をぐっちゃぐちゃにしたばかりだから」
「ふぅん、じゃあ、しばらくは、近寄って来ねーな」




