124、ハロイ島の草原 〜女神様の演説
「ちょっと、カース、まだあるかな?」
僕は、さっきから、ずっとポーションの移し替えをしている。リュックの中身が無くなるとすぐに、異空間ストックから補充されて満タンになるんだ。
「俺が知るわけないだろ。リュックに余裕ができたら、リュックが移し替えをするんじゃねぇのか?」
「あー、うん、そうだけど、この魔法袋は、前にリュックくんが支配したくないって言ってたから、移し替えしてくれないんだ」
(そう、そんな記憶も戻ってきた)
「ふん、大容量だから、それ自体が古代兵器並みの魔道具かもな。リュックと互角の魔道具なら、支配できないだろう」
カースは、ふふんと嫌味な笑みを浮かべた。
(リュックくんをライバル視してるのかな?)
僕は、せっせと移し替えをしながら、そんなことを考えていると、カースは、ぷいっと背中を向けた。やはり、女神様に似てきたよね。
カースに見守られながら、せっせと移し替えをしていると、ふいに背後に気配を感じた。
「ねぇ、さっきから何してるの?」
(わっ! 懐かしい!)
パッと振り返ると、キョトンとした愛しい顔が、僕の手元を覗き込んでいる。
「アトラ様!」
「ふふっ、なぁに? ライト、元に戻っちゃったね」
「えっ? 元に戻ってはいけなかったですか?」
彼女は、僕の頭をなでなでしている。
(うん? どうしたんだろう?)
「元に戻らないと困るけど、ちっちゃなライトは、可愛かったから」
「あはは、そうでしたか。アトラ様とイーシア湖で会ったときは、僕はロクに話せなかったですよ?」
「でも、かわいかったもん」
(ふふっ、かわいい)
少しムキになるアトラ様の方が、よっぽどかわいいんだよね。
「それで、ライトは、こんなところで何をしてるの?」
「リュックくんが喋らなくなったんで、カースが限界だって言うから、ポーションの移し替えをしています」
「そっかー。リュックくん、ずっと無理してたみたいだもんね」
(やはり、そうなのか)
僕は、ひたすら移し替えをしていく。リュックくんは、僕のサポートをしながら、たくさんのポーションを作り、そしてこれほどの量を維持していたんだもんな。
「アトラ様は、僕の様子を見に来てくれたんですか?」
「うん、それもあるけど、この草原の警備かなぁ」
そう言うと、彼女は、青い大狼に姿を変えた。
「警備ですか?」
「うん、精霊ヲカシノ様が、いま、店の前でクッキーを撒いているからね〜」
(なるほど、草原が手薄になるんだ)
星の門には、検問をする兵はいるけど、続々とやってくる訪問者が、おとなしい人ばかりだとは限らない。
目の前に、パッションピンクのツインテールが現れた。目がチカチカするんだよね。
苦手なのか、カースがスッと姿を消した。
「ライト、元に戻ったのー!?」
「はい、精霊ルー様、草原に出てくるなんて、珍しいですね」
「あのバカが、広場で騒いでるんだから、仕方ないでしょ。あたしが警備してあげないと〜。守護獣だけだと厳しいもん」
「ルー様、ありがとうございます」
なんだかんだ言いつつも、この街を守ってくれるんだよね。
「それに、今から演説するんでしょ? きっと、間違えて、この草原にバカが集まるよ」
(演説? あー、女神様のお知らせか)
ふと、周りを見渡すと、何体かの守護獣が草原に散らばっていることに気づいた。
そっか、みんな、警備に集まったんだな。
ピューッ!
くるくると遊んでいるような不思議な風が吹いた。これは、女神様が空に映る前の予告のようなものだ。
守護獣達は、あたりを見回している。アトラ様も、僕の側で、あちこちに視線を走らせている。
精霊ルー様は、空を見上げてボーっとしているんだよね。だけど、彼女はコミュ障だから、人が増えてくると落ち着きがなくなる。
僕は、ポーションの移し替えのスピードを上げた。しかし、もう、どれだけ移し替えただろう? いつもリュックくんが、移し替えをしてくれていたから、この作業の大変さを思い出したのは100年ぶりだろうか。
(リュックくんのありがたみがわかる)
ピューッ!
再び、不思議な風が吹いた。
(そろそろだな)
空を見上げると、女神様が空に映っていた。生まれ変わった直後は、これを屋外シアターと勘違いしたんたよね。
冷静に考えれば、スクリーンではなく、空に映っているんだから、映画ではないと気付くはずだけど。
赤ん坊だったことで、僕は、混乱していたからなぁ。
『コホン、皆様、女神イロハカルティアです。今日は、皆様に大切なお知らせがあります。地底の人にも聞いてもらうようにと連絡をしましたが、地上に来ていただいてるでしょうか』
(あー、だからか)
この草原の警備は、早すぎるかと思っていたけど、魔族や魔王が、このハロイ島に来ているからだ。
僕は、『眼』の力を使って、神族の街ワタガシ以外の島の様子を見ていく。
(うわぁ、うじゃうじゃいるよ)
事前に、女神様が地底に連絡したからか、ハロイ島に現れないような魔王までがいる。
さすがに、大魔王メトロギウスは来ていないようだな。地底を離れると、襲撃されると思っているのだろう。だけど、彼の側近の姿はある。
『主要な人は、来ていただいているようですね。では、このイロハカルティア星すべての住人に、お知らせいたします。ハロイ島にある星の門についての件です。もう、あの門ができて100年になりますが、私は、大変なことに気づいたのです』
(うん?)
なんだか、門に欠陥があるように聞こえる。
『このイロハカルティア星は、黄の星系の中心となる星です。そして、星の門は、このイロハカルティア星の玄関口、星の象徴とも言える重要な場所です』
(なんか、煽ってる)
『それなのに、名前がないのです!』
(お笑いなら、コケるところだ)
だけど、魔族達は、誰も笑っていないようだ。名前がないことを、大変だと思っているのかな。
いや、違うか。女神様がこれから何を言おうとしているかがわかって、ウズウズしている?
『そこで、星の門の名前をつける権利を、この星の門を守る力のある人に授けたいと考えました』
(あっ、盛り上がってる)
地底から出てきた魔王や魔族が、目を輝かせているようだ。女神様がそう誘導しているんだろうけど。
『ですが、門の前でケンカをされても、星の門を利用する人達の通行の妨げになります。そこで、荒れた海に囲まれた無人島で、門の名前をつける権利を競って頂こうと考えました。強き者でなければ、その島には、たどり着くことさえできません』
(最後のセリフが効いたね)
女神様は、魔族の思考を完璧に把握しているんだ。その上で、自分が思い描く方向に誘導していく……。
ハロイ島に、話を聞きに来ている魔族の中には、雄叫びをあげて興奮している人もいるんだよな。
『なお、この名前の権利は、1年間とします。毎年、定めた時期に、荒れた海に囲まれた無人島で、競ってもらうことにします。そうすることで、そのときに一番強い人に、名前を決めてもらえるからです』
(あーあ、煽りすぎじゃないかな)
ハロイ島のあちこちで、魔力の暴走事故も起きている。魔族達が興奮を抑えられないんだ。
『まず、最初の期間は、本日から10日とします。既に無人島には、見届け人としての神族が待機しています。10日間、競ってもらった結果、最も優れた人の名を公表しますね。では、良き名前をお待ちしております』
にこやかに手を振り、女神様の姿は空から消えた。
「ライト、なんだか、守護獣の中にも、頑張る気になっちゃってる人もいるよー」
アトラ様が困った顔で、そう教えてくれた。
「女神様は、ちょっと煽りすぎですよね? なんだかまるで、この星で一番強い人を決める選手権みたいに聞こえました」
青い大狼は、うんうんと頷いてくれる。
「ライト、大変だよぉ。あのバカがやる気になってる〜」
僕の視界がパッションピンクに染まった。
(ルー様、近すぎる……)
「精霊ルー様、そのバカって、もしかして」
「広場でクッキーを撒いていた、精霊の中で一番バカな奴だよっ。だけど、きっと、無人島にはたどり着けないよね」
「えっ? 精霊ヲカシノ様は、めちゃくちゃ強いじゃないですか」
すると、彼女は、ニヤッと笑った。
「あのバカは、方向音痴だもん。通り道ぜんぶをお菓子に変えないとわからなくなるんだよ?」
あー、確かにそうだった。じゃあ、大丈夫かな。
僕が安心していると、アトラ様が焦った顔をしている。たどり着けないから、精霊ヲカシノ様は参加しないはずだよ?
「ライト、大変だよっ」
「アトラ様、大丈夫ですよ。精霊ヲカシノ様は、ハロイ島から出て行かないですよ」
だけど、青い大狼は、首を横に振っている。
「ぎゃぁあ、ライト、どぉすんのぉ?」
なぜか精霊ルー様に、マフラーで首を絞められた……。
「ルー様、苦しいです。落ち着いてください」
「だって〜、あれを見てよっ」
彼女が指差す先には……うん? なぜ海が茶色いんだ?




