123、ハロイ島の草原 〜リュックの第2進化
チゲ平原での子供会議は、お開きとなった。それと同時に、チゲ平原で続いていたパーティも終了を告げられた。
迷宮都市は、チゲ平原に置いておくようだ。チゲ平原の地面に固定するために、女神様の城から、何十人もの人が派遣されている。
この迷宮都市は、スチーム星の神が独自の技術を使って、巨大な宇宙船に作り替えたものだ。古い門の近くのチゲ平原は、宇宙船置き場としては最適だと、僕も思う。
子供達との話し合いは、僕としては、大きな収穫があった。
僕が提案しようとしたことと、同じ結論に導かれたけど、子供達が参加したことで、きっと神族の街ワタガシでは、積極的な協力が得られることになると思う。
門の命名権だなんて、僕にはそんな発想はなかった。それに、他の星の人だけの店という発想も。
「ライト、竜人さん達を、ハロイ島に連れていくのじゃ。神族の街ワタガシには、ドラゴン族のマーテルもいるのじゃ」
猫耳の少女は、僕を見上げて、手をブンブン振り回しながら、そう命じた。なぜか威嚇のポーズなんだよな。まぁ、昨日までは、僕の方がチビだったためかもしれない。
「わかりました。ティア様は、城に戻るのですね」
「ふむ、じゃなきゃ、お知らせができぬからな」
そう言うと、猫耳の少女は、姿を消した。
「じゃあ、ハロイ島へ戻る人は、送ります」
僕は、遭難者や、パーティに来ていた人達に声をかけた。
「綺麗な竜人さんと一緒?」
「はい、竜人さん達も、神族の街ワタガシに招待しますよ。この星で一番、魔道具の工房が密集している街ですし」
「クマちゃんマークの工房は、いっぱいあるよね」
子供達がそう言うと、スチーム星の住人達は、目を輝かせている。ロバート達が、うっかり神スチーム様の指示をしゃべってしまったことを、大人達は知らない。
「へぇ、魔道具の工房ですか。スチーム星も魔道具は、発展しているんですよ」
「スチーム星の技術は、宇宙船でわかりますよ。僕は、魔道具のことは、あまり知らないので、興味があるなら工房を訪ねてみればいいと思います」
(芝居が上手いな)
スチーム星の人達は、興味津々な観光客のように振る舞っている。ロバート達からの話を知らなかったら、気づかないくらい自然だ。
僕は、人数分の生首達を呼んだ。
迷宮都市の中でも、ふわふわと遊んでいたようだけど、アイツらは、ワープワームだ。僕は、主にワープ移動にしか使わないけど、他のワープワームの所有者は、偵察や諜報に利用している。
だから、いつまでも迷宮都市に居させるわけにもいかない。迷宮都市の人達は、僕に見張られていると感じるからね。
戸惑うスチーム星の人達に、子供達が生首達のクッションに乗るように指示している。
神族の街ワタガシの子供達は、女神様に世話をされているからか、世話好きなんだよな。無防備すぎる気もするけど。
「父さん、みんな乗ったよ」
「ルシア、了解」
僕が最後にクッションに乗ると、ふわりと僅かに浮上し、目に映る景色が変わった。
◇◇◇
(あぁ、懐かしい)
チゲ平原の草原とは違う緑の草原が広がっている。そして大きな湖の上に、神族の街ワタガシがある。
「さぁ、皆さん、神族の街ワタガシですよ〜。身分証のない竜人さん達は、ご案内します」
ルシアが、生首達のワープで移動してきた人達を、誘導してくれている。ふふっ、シャインも張り切って誘導しているね。
(もう、二人の記憶も、ちゃんと戻ってる)
大切な家族の記憶だ。愛しい気持ちと、失くさなくて良かったという安心感で、なんだか涙が出そうになる。
「すごい! 湖に浮かぶ街なんですね」
「島じゃなくて、浮かんでいる?」
仕組みが気になるのか、スチーム星の大人達は、湖を覗き込んでいる。
「浮かんでいるのですね。湖の底にも街がある」
「どんな魔道具を使っているんだろう」
琵琶湖よりも大きいかもしれない湖の湖底には、神族だけの湖底都市がある。これは、ワタガシで働く人達の住居として利用されている。
湖の上に女神様が作った街が、僕が街長を務める神族の街ワタガシなんだ。湖に浮かんでいるんだよね。
街の中央には高い塔があり、その近くには、女神様が学長を務める魔導学校がある。学びたい人は、種族に関係なく、街に住むことができる。
最近では、他の星から移住してきた神々まで、魔導学校に通っているようだ。この星の文化を学びたいのか、知り合いを増やしたいのか、まぁ、理由は様々だろうな。
この魔導学校こそが、女神様がこの街を作った一番の理由なんだと思う。すべての人が身分や種族に関係なく、互いに笑える場所。それに、基本的な学問を身につけることで、何が悪いことなのかを教える場所だ。
「やぁ、ライトさん、戻ったね」
ふわっと甘い香りをさせて、僕の背後から抱きついてきた人……。まぁ、匂いでわかるんだけど、これ、やめてほしいんだよな。
以前、アトラ様が変な誤解をして、ややこしくなったことがあった。彼が変なことばかり言って、彼女をからかうからなんだけど。
「精霊ヲカシノ様、それ、やめてくださいって言いましたよね?」
「ふふっ、そんな前のことなんて、忘れちゃったよ。みんなも、おかえりなさい。あとで、クッキーを撒きにいくね〜」
「わぁっ! ヲカシノ様だぁ!」
「クッキー、待ってる。どこで撒くの?」
「足湯のある広場だよね?」
子供達や遭難者の女性達が、彼のクッキー話に食いついた。
「うん、足湯の近くは怒られるから、ライトさんのバーの前にしようかな」
「わかったぁ。待ってる」
10歳くらいの少年の姿をした彼は、この場所を守ってくれている精霊ヲカシノ様だ。幻想の世界ヲカシノ山にいる精霊なんだけど、最近は、ずっと、このハロイ島の門を守ってくれている。
見た目が、アイドル系のかわいいイケメンだから、神族の街ワタガシでは、ヲカシノ様のファンクラブができているそうだ。戦闘狂なんだけどな。
そういえば、ドラゴン族の城に預けてきた、アマゾネス国のミューさんも、ヲカシノ様のファンクラブの会員だったはずだ。
僕が経営するバーに立ち寄ると、彼女はいつも、ヲカシノ様ファングッズを見せてくれるんだよね。
アマゾネスの王女デイジーさんの母親のことも、思い出した。現女王のローズさんだ。彼女も、この街の魔導学校の卒業生なんだ。
ローズさんは、リュックくんと、この街で出会ったんだよね。まさか魔人のリュックくんが、誰かに恋愛感情を抱くほど成長するとは思わなかった。
(ふふっ、なんだか、楽しい)
こんなことを考えていると、リュックくんはすぐに怒ってくる。魔人には感情がないと言われていたけど、リュックくんは特別なんだよな。
(あれ? 変だな)
そういえば、リュックくんがいつからか、何も話さないんだよな。まさか、かなりの負担をかけてしまったから、壊れてないよな?
リュックくんは、僕の魔力で育った魔道具だから、僕が生きている限り、消滅することはないはずだけど……。
地底のニクレア池で、僕の姿が戻った後、僕からかなりの魔力を吸収していた。もしかして、リュックくんは、飢餓状態だったのかもしれない。
(リュックくん!)
そう呼ぶと、肩にリュックが現れた。ずしりと重い。
草原にリュックをおろして、ふと、形が変わっていることに気づいた。登山に行くときのような大きなリュックだ。
「あっ、リュックくん、これ、第2進化の姿じゃん」
そう呼びかけても返事がない。
(どうしたんだ? ちょ……)
僕は、嫌な汗が出てきた。もしかして、本当に壊れて、ただの魔道具リュックになってしまったんじゃないだろうか。
リュックを開けてみると、中身はぎっしりと入っている。どうしようか。とりあえず、店に……と思ったけど、重くて持てないんだよな。
重力魔法を使うか。だけど……。
「ライト、中身を出してやれよ。限界を超えたみたいだぜ」
「カース!! そうなの?」
目の前に、カースが現れた。なんだか、面白そうな顔をしている。
「ふん、記憶も、だいたい戻ったか。いろいろと絡まってたから、苦労したぜ」
「そっか、ありがとう。リュックくんは、どうなってんの? 壊れてないよね?」
「は? どうすれば壊せるのか、俺が知りたいぜ。ただ、異空間へのストックが増えすぎて、その維持だけで限界らしいな」
そう言うと、カースは、ポンと袋を放り投げてきた。
(魔法袋かな)
「カース、これ、くれるの?」
「は? おまえの魔法袋だろ。俺は、こんなに魔力を取られる魔法袋なんて持ってないぜ」
装備してみると、グンと魔力を吸われた。あぁ、これは、帝国側で見つかった大容量の魔法袋だ。普通の人が装備すると魔力切れで倒れるから、呪具だと言われていたものだ。
「確かに、これは、僕のものかも」
「長い間、使わないと使えなくなるって言って、リュックが俺に預けてたんだ」
「そっか、ありがとう」
僕は、リュックの中身の移し替えを始めた。




