121、チゲ平原 〜ニクレア池での決意
「女神イロハカルティア様は、腹黒ではない!」
スケルトンが、怒鳴った。いつもの念話ではない。普通に怒鳴ったんだ。
(びっくりした)
「魔王カイさん、優れた策士のことを神族の間では、腹黒と呼ぶのですよ」
『ふん、そうか、それなら良い』
スケルトンが向きを変えると、ニクレア池に映る自分の姿が見えた。もう子供ではない。見慣れたはずの姿だ。
なぜか20歳くらいの姿から、全然成長しなくなったんだよな。半分アンデッドだからなのかな。クールで渋い大人のバーテンダーになるには、あと何百年かかるんだろう?
(ふふっ、なんだか懐かしい悩みだな)
ニクレア池の輝きは、僕にいろいろな声を届けてくれる。
侵略戦争で犠牲になった人達の声、そして、地底で繰り返される勢力争いで死んでいった人達の声。
やはり、魔族の国の多くの住人は、黒魔導の魔王スウさんと、同じ考えのようだ。戦乱でいつも犠牲になる、弱い魔族の願いかな。
普通に正攻法で考えると、答えのないクイズになってしまう。だから、今までの僕も、ずっと悩んでいたんだ。
(たぶん、逆転の発想が必要だ)
この地底は、外からの侵略者に入り込まれると、地上からは気づくのが遅れる。その間に、知能が高くない魔族は、簡単に操られる。
だから、戦闘力の高い魔族は、地底に押し込めておくべきではない。目立つ場所で、勢力争いをさせればいい。
あわよくば、その戦闘力を、有事の際には星を守るための戦力として利用したい。
だけど、他の門があるハロイ島での派手な戦乱は困る。とすれば、その周りの島々、ハロイ諸島だな。
スケルトンは、ジッと僕を見ている。
僕も、あえてこの場所からは動かない。念話を使わなくても、会話をしなくても、この場所で考えたことは、彼に伝わる。
ニクレア池に眠る人達も、僕の心の声を聴いているのだろうか。時折、相槌を打つかのように、水面が揺れる。
(やはり、ここは居心地がいいな)
ガサッと魔物が飛び出してきた。すると、瞬時にスケルトンが、消し炭にしている。すごい反射神経だ。
スケルトンは、何もなかったかのように、僕の方を向いた。続きを促されているようだな。
少し離れた場所から、チッと舌打ちが聞こえた。さっきの魔族か。舞い戻ってきて、魔物をけしかけたらしい。
(やはり、キリがないよな)
脳筋な魔族達は、チカラで押さえつけて、おとなしくさせても、一時的なことだ。きっと、すぐに力を持てあまし、そして爆発する。
だから、派手に暴れる場所を提供できれば、地底は、小競り合い程度になるはずだ。
(うん、ハロイ諸島だな)
スケルトンに軽く会釈をすると、彼はスッと姿を消した。僕が立ち去ることを察したようだ。
僕は、生首達を呼び、ミミット火山を経由して、チゲ平原に戻った。
◇◇◇
「うんこもりもりじゃぞっ!」
(はい? 今度は、何をしてるんだ?)
チゲ平原には、大量のピクニックシートが敷き詰められている。草原の緑に映えて、とても楽しそうな雰囲気なんだけど。
「ロバート、あたしのお店にも来てよぉ〜。ジュース屋さんだよっ」
草原の中にいると、ロバートは見つけにくい。綺麗な草原のような緑色の竜だもんな。逆に、ドーマンは晴れた青空の色だから、めちゃくちゃ目立つ。
どうやら、ハロイ島の神族の街から、さらに子供達を大量に呼び寄せているようだ。スチーム星の住人に慣れさせるためかな。
「何をしているんですか?」
僕が尋ねると、子供達の視線が集まった。
「あっ、ライトさんだっ。久しぶり〜、あのねー、綺麗な竜人さんが遊びに来てるから、お店屋さんごっこだよ」
「久しぶりじゃないよ? 昨日は、チビだったよね?」
「ライトさんがチビなわけないじゃん。チビは、シャインくんだよ」
「あれ〜? おかしいな」
子供達は混乱している。僕が生まれ変わったことを知らない子もいるんだよな。
視界の端で、そろりと逃げようとしている猫耳の少女。
(また、何か、やらかしたのか)
「みんな、ティア様を捕まえてくれる?」
「鬼ごっこ?」
「きゃはは、いいよっ」
「のわっ!? ライトは、ひどいのじゃ!」
ぴゅーっと走り出す猫耳の少女を、子供達が追いかけていく。草原では、スチーム星の子供ふたりが、呆然としているんだよな。
「ロバート、ごめんね。お店屋さんごっこの邪魔をしたかな」
「えっ、えっ……あ、あの……」
僕が近寄ると、緑色の竜は、ジワジワと離れていく。あー、そっか、この姿を知らないんだよな。
「僕は、ライトだよ。スチーム星では、僕を避難所まで運んでくれたでしょう?」
「えっ? いや、ライト? もっと小さくて、そ、その……」
(完全に怖がってるか)
「これが、僕の本当の姿なんだ。昨日までの姿は、僕の子供の頃の姿だよ。ちょっと事情があって、この姿に戻れなかったんだ」
「そ、そうなのか? 大人だから、あんなに強かったのか」
チゲ平原での襲撃のことを言ってるのかな。あれで、スチーム星の大人達にも、ビビられていたもんな。
「ふふっ、ありがとう。僕は、目が青くなるとわりと強いんだ」
「今は、青くないぞ?」
「うん、今は、ロバートと同郷のマーテルさんより、めちゃくちゃ弱いよ」
僕がそう言うと、緑色の竜は、やっと笑った。
「だけど、スチーム星の大人より強い」
空色のドーマンが、何かを見せた。チカチカと白い光の照明器具? サーチの魔道具かもしれない。
それを見て、ロバートも頷いている。
「魔道具かな」
「これは、警報器なんだ。点滅したら、近寄ってはいけないって、神スチーム様が言ってた」
「危ない人がわかるんだね。僕も、昔、似たような魔道具を持っていたよ。これとは違って三色なんだけどね」
すると、ロバートは、にゅっと、顔を僕に近づけた。
「クマちゃんの魔道具か?」
「あぁ、クマちゃんマークじゃなくて、もっと安いものだったよ。ベアトスさんのことを誰かに聞いたの?」
そう尋ねると、二人とも頷いている。
ベアトスさんは、僕より随分と先輩の神族だ。魔道具を作ることで、彼の右に出る者はいないんだ。
彼は、見た目がクマっぽい気のいいオジサンだから、クマと呼ばれている。彼の魔道具には、クマちゃんマークが付いているんだ。
僕と似ていて、彼の魔道具も進化して魔人化している。ちょっと、性格的に難ありだけど、かなり強い魔人なんだよね。
「俺達、クマちゃんマークの人に会いたいんだ。神スチーム様は、イロハカルティア星の魔道具事情を知りたいって言っていて……あっ」
ロバートは、しまったという表情をして、草原に倒れた。草原と同化しているように見えて、どこが頭かわからない。
空色のドーマンが、焦った顔をしている。
神スチーム様は、密偵のようなことを住人にさせているようだ。まぁ、別に、よくあることだけど。
「ロバート、どうしたの? ドーマンも、そんな変な顔をしなくても大丈夫だよ。ベアトスさんは忙しい人だから、なかなか捕まえられないかもしれない。彼の工房でよかったら、あちこちにあるよ」
「えっ? あー、うん」
僕の意図を読み取ろうとしているのかな。なんだか、二人とも険しい表情だ。竜の姿でも、やはりロバートは、特に表情が豊かだよな。
「ライトさん! ティアちゃんを捕まえたよっ」
「のわっ、何なのじゃ! 妾は、何もやらかしておらぬぞ」
(うん? 何?)
「ティア様に、ちょっとお話があるんですが」
「嫌じゃ!」
「はい? 何が嫌なんですか」
「また、ナタリーに告げ口をして、妾のお小遣いを減らすつもりじゃろ!」
なんだか、芝居くさい。子供達は、ヒソヒソと内緒話をしている。
(はぁ、またか、仕方ないな)
「ティア様、さっき、うんこもりもりじゃという言葉が聞こえてきたんですけど」
「ライトの気のせいじゃ」
「ハロイ島の僕の店から、ソフトクリームの機械を盗みましたね?」
「のわっ!? ぬ、盗んでおらぬ。妾は、ちと、持ってきただけじゃ」
子供達は、ハラハラした様子で、僕と女神様のやり取りを見守っている。竜人くん二人は、ポカンとしてるんだよね。
「誰かに許可はとりましたか?」
「ライト、バカじゃろ。いま、店は休業中ではないか」
「休業中の店から、こっそり持ち出して、アイスクリームをヒート魔法で溶かして、ソフトクリームの機械にぶち込んだんじゃないでしょうね?」
「うぬぬぬ……見ておったのじゃな? 天使ちゃんの姿はなかったはずじゃが?」
はぁ、即席の芝居をやらされる身にもなってほしい。だけど、子供達がハラハラしているから続けるしかない。
「ティア様、それを泥棒と言うんですよ? 勝手に持っていっちゃ、ダメですよ」
「のわっ、妾は、みんなのために……」
「ティア様!」
「ごめんなさいなのじゃ。ライトは、しょぼいのじゃ!」
これが、子供達の教育の一環らしい。まぁ、この小芝居をするようになってから、治安は良くなったんだけどね。
「ティア様、本当に、お話が……」
「嫌じゃ!」
(はい?)
猫耳の少女は、ぷいっと顔を逸らした。
皆様、いつもありがとうございます♪
金土お休み。
次回は、12月19日(日)に更新予定です。
なお、先週から、新作を始めました。
「まだスローライフは始まらない 〜天界から追放されたい転生師は、リストラされる夢を見る〜」
そろそろ、雰囲気がわかるかと思います。よかったら覗きに来てください♪
序盤は、主人公は、めちゃくちゃ不機嫌です(笑)が、少しずつ変わっていきます。毒舌幼女は、幼女ではありません。今後、主人公に深く関わる存在になっていく、かもしれません。あたたかく見守ってやってください。




