120、ニクレア池 〜魔王カイとの話
大魔王メトロギウスや、彼を襲うために集まった襲撃者達は、次々とニクレア池から離れていった。まぁ、僕から逃げていったんだと思う。
ニクレア池には静けさが戻っている。
池の様子を見に行こうと、僕はくるりと向きを変えた。これまで見えていた景色とは、随分と違うように見える。大人は、子供よりも視野が広いんだな。
(なんだか、逆に変な感じ)
僕は、ニクレア池へと歩いていく。やはり、まだ、この身体に慣れないな。たぶん、もともとの姿に戻っているはずだけど。
肩が熱い。ずっとリュックくんは、魔力を吸収しているんだよね。それほど枯渇した状態だったのかな。
『ライト、どうするつもりだ?』
ニクレア池のほとりには、スケルトンがいた。ニクレア池に、僕が何かすると思ったのかもしれない。
「魔王カイさん、ずっと見てたんですか?」
『あぁ、だが、闇を使わないなら、魔王カイも参戦してやってもよかったのだが』
「この場所で、闇を放出するとマズイかなと思って……」
『そうだな。魔王カイがここにいるのも、ニクレア池をおまえから守るためだからな』
(ちょ、何それ)
「悪い影響が出てしまいますね。結界強化のために、ここにいたんですね」
『ふん、おまえの深き闇には、魔王カイの結界でも、簡単に破壊されかねないからな。その姿に成長して、記憶も戻った今、おまえはどうする?』
魔王カイさんは、僕が大魔王になるかと尋ねているのかな。だけど、そんな気がないことは、知っているはずだ。
魔族は、子供には優しいけど、大人は警戒する。彼も、そうなのだろうか。だけど、僕の中に眠る『ライト』に金色の玉を渡したということは……。
「魔王カイさん、貴方こそ、どうするのですか? 『ライト』に、金色の玉を渡した理由は、何ですか」
(まさか、引退しないよね?)
直球すぎる質問に、スケルトンは、カタカタと音を立てて歩き回っている。コミュ障の彼を追い詰めるような、嫌な言い方をしてしまったのかもしれない。
『アンデッドの魔王カイは、アンデッドを見守る義務がある。だが、おまえの中にいる死霊は、消えたがっている』
「えっ? 『ライト』が……」
聞き返すと、スケルトンは、カクカクと頷いた。
『おまえは、生まれ変わったことで、死体に宿し命の不安定さが無くなった。すなわち、おまえの不安定さを支えるために、これまで頑張っていた死霊の役割は、完全に無くなったのだ』
「そ、そうなんですか? なぜ……」
『なぜだと? そんなこともわからぬか!』
魔王カイさんの怒りによる圧がすごい。僕は、思わず身構えてしまった。なんだか、敵視されているような気もする。
彼にとって守るべき存在は、僕ではなく『ライト』なんだ。まぁ、当たり前だ。アンデッドの魔王なんだもんな。僕は、これまで、勘違いをしていたんだ。
(ちょっと、寂しい……)
「僕は、『ライト』のことが必要です。ずっと一緒に戦ってきたし、この身体は、そもそも『ライト』の物です。地球から転生してきた僕を、女神様がこの身体にぶち込んだんですよ? その指導をしたリッチは、魔王カイさんでしょう?』
また、嫌な言い方をした。魔王カイさんは、異常な女神信仰者なのに。
重苦しい雰囲気だな。言い過ぎだかもしれない。スケルトンは、ダメージを受けたのか、片腕が妙にカタカタしている。
『確かに、女神イロハカルティア様から、闇属性の神族をつくりたいと相談を受けた。もう300年ほど前のことだ』
「えっ? 300年?」
僕が転生してきたのは、100年ちょっと前だよな。僕は、一番最初の闇属性の神族だと聞いている。
いや、違う。女神様の番犬と呼ばれる側近になるチカラがある神族では、僕が一番最初だったかな。
光属性の神族の中にいると、闇属性の神族はダメだったんだ。他の星の神に奪われる人も多かった。
過去に何があったのかは、ほとんど教えられていない。僕には、他人の考えを覗く力がないのは、そのためだろう。だから、念話の能力も低い。
(知られたくない失敗があるんだ)
あー、そういうことか。だから、魔王カイさんは……。
『ようやく察したか。その通りだ。これまで多くの失敗を繰り返してきた。だから、魔王カイは、死人に宿してはどうかと進言した。だが、それも失敗だった』
「えっ? 僕も失敗なんですか」
『あぁ、おまえの中に眠る死霊が消滅すると、生まれ変わったおまえも、当然消滅する。結局、魔道具を使って自己転生をさせても、無駄だったということだ』
(うん? 自己転生をさせた?)
「ちょ、青の神ダーラとの決戦で、僕が自分の生命エネルギーをすべて使って撃った究極の魔法は……」
そういえば、戦乱を終わらせるために、いい方法があると言い出したのは、女神様だ。リュックくんに特殊な仕掛けをしたのも女神様だ。僕の記憶については、カースが引き継ぎを引き受けていた。
(もしかして……)
『そう、魔王カイが、女神様に進言したことだ。自己転生をさせれば、二つの闇がうまく融合して一つになるだろうと進言した。だが、融合しなかった。それは、おまえが、拒否したためだ』
「僕が、拒否? 『ライト』が消えたら嫌だと思っていることですか」
『そんな感情は、知らん。おまえが、死霊を受け入れることを拒んだから、融合しなかった。それどころか、さらに悪化したではないか』
「何が悪化……」
『わからぬか? おまえは、生まれ変わったことで、普通の神族と同じ身体になっただろう。死人に宿りし命では成長できなかった、体力と物理攻撃力を得た。女神様が調整をしていた魔法攻撃力も、女神様の干渉が消えてしまった』
「確かに強くなっていますけど……」
『おまえは、自分のことしか考えない自己中心的で傲慢な神族になった。融合しなかった死霊の居場所がどこにある!?』
スケルトンの怒りは、さらに激しくなっている。僕は、完全に……いや、違う。僕は、『ライト』に消えないでほしいと願っていることで、『ライト』を苦しめているんだ。
僕が、自己転生のときに、『ライト』の闇との融合を望んでいれば、彼は、僕の身体から解放されて、新たな人生を始めることができたのかもしれない。
(うん、そうか、それで合っている)
ニクレア池の輝きが、僕にそれを教えてくれる。僕が、『ライト』を縛り付けているんだ。
『ふん、大人の身体になると、少しは考えることができるようになったらしいな。おまえのせいで、その死霊は、おまえの中に閉じ込められている。あまりにも不安定なのに、消滅を許されず、身体の支配もできない』
「僕は、どうすればいいのですか」
『知らん! 金色の玉を授けたのは、死霊の寝床としてだ。おまえには扱えない玉だ。魔王カイにできることは、もうこれ以上は無い!』
「寝床? あー、『ライト』は金色の玉を使った魔弾を、嬉しそうに試していました。僕には扱えない『ライト』だけの武器だからですね。魔王カイさん、ありがとうございます!」
僕がそう言うと、スケルトンはクルリと背を向けた。照れたのだろうか。
魔王カイさんが与えた金色の玉は、ただの武器ではない。『ライト』にしか扱えない玉は、彼の寝床であり、彼だけの居場所だもんな。
それに何より、『ライト』にしか扱えない強力な武器は、『ライト』にとっての大きな存在理由になる。
『ふん、おまえは、最後の失敗作だ』
「えっ? 失敗作? ちょ、他の闇属性の神族も……」
生意気な後輩アダンも闇属性だよな。アイツも、不安定なんじゃないのか?
『魔王カイは、その後、女神様に、アンデッド化した魔族を使う方法を進言した。あの闇竜には完全に融合している』
「そうなんですか? アダンは、めちゃくちゃ不安定ですよ」
『それは、その神族の性格の問題だろう。転生としては、何の問題もない、完璧な状態だ。自己転生させても不安定なおまえとは違う』
(うーん、痛烈だよね)
だけど、それほど、魔王カイさんが僕を……僕の中に眠る『ライト』を気にかけてくれているのだとわかる。
『で、おまえは、どうする?』
スケルトンは、首を傾げている。問われている質問の意味は、いくつも考えられる。だけど、たぶん……。
「僕は、大魔王にはなりません。だけど、神族として、地底の激しすぎる戦乱は止めます」
『ほう? どうやって止める? 魔王カイは、これ以上、協力はしない』
(うん、もう十分だよね)
「魔王カイさんが、ニクレア池の魔石の抜け殻を使って、僕の力を地底に広めてくれたことで、しばらくは派手な戦乱は起こりませんよね?」
スケルトンは、カタカタと動く。返事をしているのかは、わからない。
「だから、その間に、次の手を打ちます」
『ほう? 何をする? 大魔王にはならないのだろう?』
「チカラは、戦闘力だけではありませんよ。それに、他の星からの影響を排除しなければ、同じことの繰り返しです。僕も、女神様のように、腹黒作戦でいきます」




