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119、ニクレア池 〜最後の記憶のカケラ

 鳥系の奴らも、すばしっこい獣系の奴らに加勢するように、大魔王メトロギウス狩りに参戦している。 


 魔法を実質的に封じられている大魔王側は、圧倒的に不利だ。数も、彼は十人弱の護衛しか連れていない。


 カースが、僕と引き合わせるために、ニクレア池に大魔王を誘い出したようだ。リュックくんが言うように、助けてやる必要がある。


(クライン様のお爺さんだもんな)


 一応、この戦いに参戦する正当な理由はある。もし、大魔王が殺されたら、僕の主君が悲しむ。


 まぁ、簡単にやられるようなこともないだろうけど。



 目を閉じて、スゥハァと深呼吸をする。そして、ゆっくりと目を開けると、見える景色が青く染まっていた。


 僕の目には、すべてのものがスローモーションに見えている。動きの速い獣系の魔族も、遅く見えている。


(よし、覚醒も問題なく使える)


 僕の手には、剣が現れた。リュックくんが預かってくれている闇耐性のドワーフの剣だ。子供の身体には、少し長いけど仕方ない。




「ニクレア池の近くで、何をやっているんですか!」


 僕は、笑みを浮かべて、そう叫んだ。リュックくんが、僕に笑えと言うんだ。その方が怖いらしい。


 だけど、こんな5〜6歳の姿をした子供が叫んでも、誰も怖がらない。逆に、魔族特有の、子供を気遣う視線が向けられた。


(リュックくん、効かないじゃん)


『じゃあ、やるしかねーな。おまえのことだから殺さないよーにするんだろーけど、3時間ルールだ。まぁ、ニクレア池にぶっ込んでアンデッドを量産してもいいかもな』


(3時間ルールって……女神様みたいなこと言うよね)


『は? あんな腹黒と一緒にすんじゃねーぞ。3時間ルールは、この世界の常識だろ。うっかり殺しても、3時間以内なら蘇生が使える』


(ふふっ、リュックくん、ムキになっちゃって〜)


『おまえなー、はぁ、そんなつまらないところばかり、記憶が戻ってるのか』


 それも、女神様に言われたセリフに似ている。でも、これ以上リュックくんをからかうと、拗ねるよね。



『おい、そろそろ行けよ。3時間ルールを大魔王に使うことになるぜ?』


(うん、わかった)


 リュックくんは、意外にも拗ねていない。成長したのかもしれないな。


 僕は、ダッと地を蹴った。



 キン!


 大魔王メトロギウスを背後から狙っていた飛び道具を、僕は剣で弾き返した。


「グヘェッ! な、何……」


 変な声をあげて、飛び道具を投げた魔族は、倒れた。ゲージサーチで確認する。


(うん、死んでないね)



「なっ? お、おまえ」


 大魔王メトロギウスが、僕が援護に入ったことに気づいた。そして、僕の正体もわかったのかな。


 次々と襲ってくる奴らは、まだ、僕が誰なのかわかっていないみたいだ。



 飛び道具は剣で弾き返し、空から襲ってくる魔族には、氷の刃を飛ばした。


 こんな攻撃魔法なんて、以前の僕には使えなかった。だけど、今ならできる。覚醒して戦闘力が上がった状態なら、攻撃魔法の威力も、半端なく上がるようだ。


(僕、なんか、強くない?)


『ふん、そのために、赤ん坊からやり直したんだろーが』


 リュックくんは、そう言いつつ、なんだかソワソワしている。


 未来予知の映像は見せてこない。だから、僕が危険な状態ではないと思うんだけど……どうしたのかな。



 ガキン!


 次々に襲ってくる魔族は、僕を大魔王の護衛だと判断したらしい。次第に、攻撃が僕に集中するようになってきた。


 僕は、次々と剣を受け流し、氷の刃を飛ばし、致命傷にならないように気をつけながら、大魔王への襲撃者の動きを封じていく。


(なんか、楽しいかも)


 まるで、踊っているかのような気分になる。身体は、軽く自由に動く。子供の姿だから、攻撃もかわしやすい。


『チッ、おまえ、楽しそーじゃねーか』


(うん? リュックくん、何?)


『なんでもねーよ。はぁ、早く大人になってくれ。オレも自由に暴れてー』


 なんだか、リュックくんのため息が聞こえる。


(もしかして、うらやましいの?)


『ふん、オレの方が、まだまだ強えからなっ』


 なぜか拗ねてる。


 まだ、第一進化しかしていないからかな。僕の魔力値が増えないと、リュックくんは進化できないんだ。




「お、おまえ……」


 だいたいの襲撃者が動けなくなったところで、大魔王メトロギウスは、僕を指差してワナワナしていた。


 そろそろ、カースの幻術が解けてきたのか、僕が青い目をしているからか、大魔王の配下達も襲撃者達も、目を見開いている。



「そろそろ、収まったかな」


 僕は、覚醒を解除した。目に見える視界が普通の色に戻った。だけど、手に持つ剣は、消えてないんだよね。でも、腰には、鞘が装備された状態になっている。


 僕は、剣を鞘におさめた。



「お、おまえ……まさか、ライトか?」


「はい? あぁ、僕が子供の姿だから、わからないんですか。そうですよ、メトロギウス様」


 そう答えると、大魔王メトロギウスは、クッと悔しそうに顔を歪めた。その瞬間、キラリと光るものが、彼の身体から僕へ向かって放たれた。


 一瞬、攻撃かとヒヤリとしたけど、これは違う。他の誰の目にも見えていない光だ。



 僕は、手を伸ばし、その光を掴んだ。



 次の瞬間、大量の映像が頭の中に飛び込んできた。


(あぁ……そうだ……)


 思わず、涙があふれそうになる。


(やっと戻ってきた、愛しい記憶……)


 僕はうつむき、スゥハァと深呼吸をした。すると、掴んだ光が、パッと強い光へと変わり、僕の全身を包み込む。


(うわぁ……熱っ、いや、痛っ)


 僕を包む強い光は、大魔王メトロギウスには見えているようだ。彼は、警戒して数歩、後退した。


 大魔王だけじゃないな。他の魔族の目にも見えているらしい。大魔王の配下は、彼を守るように盾となり、襲撃してきた魔族は、ひたすら目を見開いている。



 光が収まると、僕の視点は高くなっていた。



「クッ、うっかり者の死霊だ! ニクレア池で、アンデッドと戦うなんて、不利どころではない」


 倒れていた一人が叫んだ。プライドが高いんだよな。簡単にやられたのは、ここがアンデッドの魔王の領地だからだと言いたいみたいだ。


「は? バカか。神族のライトだぞ。子供の姿をして油断させるとは、卑怯なアンデッドらしい手口だな」


 別の襲撃者が、そんなことを言っている。油断させるつもりはなかったんだけどな。



「ライト、おまえが魔王カイを利用して、俺をここに誘き寄せたな? だが、大魔王の地位は渡さんぞ。ここにいる者達が、おまえの行動を見ていた証人だ。姑息な真似をしやがって! さすがはアンデッドだな」


(はぁ、結局、こうなるよね)


「メトロギウス様、何を言ってるんですか? 僕は、いま、やっと、最後の記憶のカケラを見つけたんですよ。わざわざ子供に化けていたわけではありません」


「何だと? おまえ達は、信用できるものか! 腹黒女神も、他者をあざむくために、ガキの姿をしているではないか」


(女神様と一緒にしないでほしい)


 だけど、なんだか懐かしい感覚だ。大魔王メトロギウスには、何を言っても、悪い解釈しかされないんだよね。


 いや、逆か。僕との敵対関係を演出しているのかもしれない。彼こそ、女神様以上に腹黒だもんな。



「助けてあげたのに、そんなことを言うんですね。メトロギウス様、貴方には、感謝の意を述べるという技能が、著しく欠落していますよ」


 僕は、そう反論しながら、付近全体に回復魔法を使った。


(痛っ、地味に痛いよ)


 地面に落ちているストローが、ビュンと飛んできて突き刺さる。だけど、確かに僕の身体に吸収されていく。


 肩から、グンと魔力を取られる感覚……リュックくんが戻ってきたみたいだ。姿は現していないけど、僕から、グングンと魔力を奪っていく。


 魔石の抜け殻のストローは、魔力を帯びているのかな。それを僕の身体が吸収するから、リュックくんが僕から魔力を取っているんだ。



「おまえ、なぜ、ゴミを吸収する? アンデッドといえど……」


 大魔王メトロギウスは、そこまで言って、口を閉ざした。その理由がわかったらしい。


「メトロギウス様、僕は、ゴミ拾いをしているつもりはありませんよ。負傷者の回復をしただけです」


「嘘だ! おまえは、いつもなら負傷者の身体に、直接手を入れて回復していたではないか。こんな風に、全体の回復魔法を使うということは、金色の玉を持つことを誇示しているのだろう」


(あーいえば、こーゆーよね)


 他の魔族も、僕を睨んでるんだよね。あぁ、そっか。今の言葉は、大魔王メトロギウスの洗脳だ。襲撃者達は、悪魔の言葉に耳を傾けてしまったんだな。


「メトロギウス様、襲撃者達を手懐けるために、僕を利用しないでもらえますか。ほんと、いつもいつも、いい加減にしてくださいよ」


 僕が営業スマイルを浮かべてそう言うと、彼は一瞬、その表情を固くした。やはり、笑って文句を言うと、効果があるんだな。



「ふん、行くぞ」


 大魔王達は、スッと消えた。ワープワームが迎えに来たのかな。



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