118、ニクレア池 〜大魔王メトロギウス
僕はいま、地底のミミット火山で透明化と霊体化を使い、気配を消している。
ここは、魔王サラドラの領地でもあり、生首達の地底でのすみかでもある。だから、生首達は、地上からこの場所へ、自由にワープしてくることができるんだ。
僕が気配を消していても、生首達の族長さんだけは、僕の居場所がわかるらしい。たくさんあるワープワームの族の中で、ワーム神と呼ばれるコイツらの長だけのことはあるね。
『ライトさま、まいりましょう』
僕の近くに、族長さんがワープしてきた。生首達は僕がどこにいるかわからず、キョロキョロしてるんだよね。だけど、族長さんに指定されて、僕が浮かんでいる真下に、生首達のクッションができている。
「うん、わかった」
僕は、透明化と霊体化を解除し、生首達のクッションに着地した。
その次の瞬間、僕は、ニクレア池の近くにワープしていた。
「陰湿なアンデッド! 魔王カイ、出て来い! おまえのふざけた念話のせいで、地底は大混乱だ。ゴミをばら撒き……」
怒鳴っていた男の声が、途切れた。僕が突然現れたからかな。見たことのない顔だけど、なんだかイラッとする。
見た目は、中年のちょい悪系だな。クライン様の何代か祖先にあたるお爺さんなんだよね。その割には、若く見える。
僕の顔を見て、その男、大魔王メトロギウスは、固まってしまったかのように動かない。
「お、おまえは、誰だ? なぜ、そんな姿を……」
(うん? 変かな)
すると、リュックくんが言うとおりに話せと言ってきた。また、そういうのをやるの?
カースがリュックくんに、何かを指示しているみたいだ。カースが、なぜ直接僕に言ってこないのかは、謎なんだけど。
「大魔王メトロギウス様、何をわめき散らしているのですか。ここは、神聖な場所、ニクレア池のほとりですよ?」
「なっ? お、おまえは……アンデッドなのか? なぜそんな姿をしている。俺に、何かの術をかけたか」
(全く意味不明だよ)
「そんなくだらない質問に、答えるつもりはありません。立ち去りなさい」
僕がそう言うと、その男は、ワナワナと震えているようだ。そして、あたりを警戒するかのように視線を走らせている。
「おまえは、何者だ?」
(子供の姿だから、わからないの?)
「はい? 逆に尋ねます。僕の姿が貴方には、どう見えているのですか」
僕は、全く意味不明なまま、リュックくんに言われたとおりにしゃべる。
「おまえは、幼き頃の俺ではないか。いや、違う。その身体は捨てた。自己転生をしたのだからな。その身体では、大魔王にはなれぬ」
(どういうこと?)
「ふっ、何を寝ぼけているのですか。僕のことがわからないのですか? あぁ、ニクレア池のゴミが放出されたことで、この辺りには、貴方の古き記憶が漂っているのかもしれませんね」
僕は、何を喋らされているのかわからない。だけど、効果は大きいようだ。大魔王メトロギウスは、頭を抱えている。
そして、何かの魔法を使おうと、手に魔力を集めたのに、すぐにそれを散らしてしまっている。
(あっ、あれがゴミ?)
ニクレア池の底に溜まるゴミは、魔石の抜け殻だと聞いていたから、丸いイメージだった。だけど、どこからか飛んで来たのは、ストローのような管状の物だ。
散らした魔力に吸い寄せられるように、シュッと飛んできて、地面に刺さった。魔力を散らさなければ、身体に突き刺さりそうだな。
「クソッ、魔族の国をこんな……」
「ですが、今、地底は静かですよ。魔王カイさんが、ニクレア池のゴミを使うのはそのためです。貴方も、静かな中で、少しは考えなさい」
自分で言ったことの意味がわからない。魔王カイさんは、ただ、魔石の抜け殻をエネルギー代わりに使っただけだと思うけど。
「つまらんことをしやがって! 魔法を封じられたも同然だ。この隙に、脳筋どもが俺の地位を奪いにくるではないか」
(大魔王は、魔導系なのか)
魔石の抜け殻をばら撒けば、魔導系の人達は、魔法を使えなくなるってことかな。
魔法を使うと、魔力に吸い寄せられたゴミが身体に突き刺さり、魔力を奪われる。これを使えば青の星系の神々も……いや、そんなに大量の魔石の抜け殻がないか。
「それなら僕が、しばらくの間、護衛でもしてあげましょうか?」
(はい? ちょ、リュックくん)
「おまえのような得体の知れないアンデッドなど……」
「じゃあ、立ち去りなさい。この場所は、貴方のような人が来る場所ではありません」
「な、なんだと? クソッ、魔王カイは、どこだ! まさか、おまえが魔王カイか?」
(はい? なぜ……あー、知らないんだ)
魔王カイさんが、普段どんな姿をしているのか、知る人は少ない。僕も、まさか、あのよく会う紳士的なスケルトンが、魔王カイさんだったなんて、知らなかったもんな。
「魔王カイさんの姿を知らない者に、何かを教えるつもりはありません。立ち去りなさい」
だけど、大魔王メトロギウスは、立ち去らない。僕の言葉に従う気はないのだろう。
「おまえの名は?」
「はい? 大魔王メトロギウス様、どうしたんですか? 頭は大丈夫ですか」
僕は、リュックくんの言葉に従って、バカにするかのように、冷たく言い放った。知らないよ? 大魔王にそんなことを言って……。
「なっ? おまえ、俺にそのような口を……。クッ」
彼の視線が、僕から逸れた。
キン!
いきなり剣を抜いて、何かを弾いたみたいだ。投げ道具のようなものが、近くの木に刺さっている。
(全然、見えなかった)
あんな攻撃を剣で弾けるなら、大魔王メトロギウスは、魔法がなくても大丈夫じゃないのかな。
少し離れた場所に、大魔王の配下がいたようだ。次々と飛び出してきて、襲撃者達との小競り合いが始まった。
『ライト、なんか、おもしれーことになってるじゃねーか』
(リュックくん、わけわからないんだけど)
『あはは、俺もあまりわからねー。ただ、おまえの姿は、アイツの幼児期の姿に見えるらしーぜ。カースの幻術だ』
(えっ? 僕の姿が変わってるの?)
『あぁ、ニクレア池付近のマナの濃い霧を上手く利用してるんだろーな。メトロギウス自身には何の術も使ってねーから、大魔王でさえ、見抜けないらしーな』
(そうなんだ)
『大魔王は、幻術を受けていると思って、術者をサーチしようとしたからな。ぷぷっ、もう少しで、串刺しになるとこだったのに、惜しかったぜ』
(まぁ、すぐに魔力は、散らしてたもんね)
『ってか、サーチしようとする方が、バカなんじゃないか。この辺は、抜け殻ゴミだらけなのが、わかっているのに』
あー、魔王カイさんは、だから、抜け殻ゴミを使うのかな。念話をして、こういうクレーマーが来ると困るから、ニクレア池付近を守るために、ばら撒くのかもしれない。
まぁ、実際の理由なんて、本人にしかわからないだろうけど。女神様の指示かもしれないし。
キン!
たまに、こっちにも、飛び道具が流れてくる。とても動きの速い獣系の魔族だな。
『おっと、加勢する気だぜ。脳筋なくせに、こういう悪知恵が働くのかよ。感じ悪りぃな』
空から鳥系の魔族が近寄ってくる。魔法が使えない状況だから、羽があると有利なんだな。
だけど、悪魔族も羽があるはずだけど、飛んで逃げるわけにはいかないのかな。
『当たり前だろ。逃げたら、大魔王の座から転落するぜ。くくっ、ワープワーム持ち以外は、ワープもできないよーだな』
(大魔王には、ワープワームないの?)
『あるはずだぜ。だけど、偵察に使ってるだろーから、大量の配下を移動させる余裕は、ないんじゃねーか』
なんだか、大魔王側が不利っぽい。増援を呼べないからか。
『ククッ、もうそろそろじゃねーか?』
(うん? リュックくん、何が?)
すると、大魔王メトロギウスが、僕の方に近寄ってきて、口を開く。
「おい! おまえ、俺の護衛をするとか言っていたな? 好きな褒美を取らせる。しばし、雇ってやる」
(はい?)
「素直に、助けてくれと言ったらどうです? メトロギウス様」
僕は、リュックくんの指示に従って、面倒くさそうな顔を作った。
「なっ? なんだと? もう、おまえには頼まん!」
(あっ、怒った)
リュックくんの言うとおりにしたら、勝手に引き下がってくれた。しかし、これって、一体、何をやってるんだろ?
『ライト、助けてやれ』
(はい? リュックくん、僕には無理でしょ)
『テキトーに、闇撃を使えばいいじゃねーか』
(魔法を使うと、ストローが刺さるじゃん)
『は? おまえに刺さるわけねーだろ』
(うん? 半分アンデッドだから?)
『いやいや、おまえ、金の玉を持ってるだろ。抜け殻が飛んできても、吸収するだけだぜ。だから、魔王カイは、最強なんだ。魔導系を封じれば、脳筋の攻撃はそもそも効かねーからな』
(へぇ、そっか。じゃあ、いけるかな)
『そろそろ、助けてやらねーと、本当にやばそうだぜ。カースが、ここにおびき寄せたからな。一応、助けてやる必要がある』




