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117、チゲ平原 〜答えのないクイズ

 チゲ平原でのパーティは、夜通し続いていた。迷宮都市の広場がメイン会場になっているようだ。多くの人の出入りがある。


 夜遅くになると、ほとんどの人は、迷宮都市の宿を利用していたようだ。だんだんと、広場から人が減っていった。



「ライト、寝られへんのか?」


 やっと雑務から解放されたタイガさんが、手にエールの瓶を持って、僕の側にやってきた。


(気遣ってくれてるのかな)


「いえ、そういうわけじゃないです。僕は、眠らなくても大丈夫みたいなんで」


「まぁ、おまえは転移酔いで、しょっちゅう寝とるからな」


「それは、関係ないと思いますけど」


 すかさず反論すると、タイガさんは、フッと笑った。僕は、まだ、5〜6歳の姿をしているけど、彼は僕を普通の大人として扱ってくれる。


 まぁ、女神様も猫耳の少女の姿だから、見た目は気にしないのかもしれないな。



「ライト、なんか、ずっと考えごとをしているような顔をしとるやないけ? 祭りを無視した子供が難しい顔をしとると、なんか気になるで」


(やはり、気遣ってくれてるんだ)


 だけど、そう言うタイガさんも、なんだか浮かない表情をしている。まぁ、こき使われて疲れたのかもしれないけど。


「まぁ、いろいろと記憶も戻ってきたので、以前の僕が悩んでたことも、思い出したんですよね」


「あぁ、答えのないクイズやな。どうにもならん」


「以前も、僕はタイガさんとこの話をしてましたね」


「せやな。祭りの後には、俺もふと考えてまうわ。みんなが楽しそうにしとる顔を見たら、次の祭りも無事にできるんかってな」


(確かに……祭り気分が逆に……)


 エールをグイッと飲み、タイガさんは、ふーっと息を吐いた。やはり、この繰り返しに疲れているんだ。


 女神様は、この星の住人が笑えるように、相変わらず道化を続けている。というより、道化の状態でいることの方が、女神様自身も、楽しいのかもしれないな。


 だけど、女神様も、以前の僕に、たまに弱音をはいていたことがある。どうにもできないことだから、悩んでも答えは出ないんだ。



「いっそ、世界の創造神が、青の星系を解体させてくれたらええんやけどな」


「不公平なことは、されないんじゃないですか? 赤の星系も、黄の星系も、解体になりますよ」


「ふん、創造神に、そんなチカラはあらへん。思念のみの神やからな。創造神にチカラがあるなら、とっくに、こんな神戦争は無くなってるはずやで」


(まぁ、確かに)




 空では、赤い太陽は沈み、黄色い太陽が昇ってきた。朝になったんだな。


「ライト、俺はそろそろ寝るわ」


「えっ? タイガさんも眠るんですか?」


「おまえなー、こんなとこにおったら、また朝メシの手伝いとかさせられるやんけ」


(あー、なるほど)


「めちゃくちゃ、こき使われてましたもんね」


「ふん、ほんまなら、おまえがやる仕事やで。子供の姿をしとるから、何もやらされへんだけや」


 ぶすっと膨れっ面をして、タイガさんは、広場から離れていった。迷宮都市の中からは、出ないみたいだな。




 ぽつんと、一人になると、やはり同じことを考える。


 青の神々を抑えるチカラのある絶対神は存在しない。100年前なら、赤の星系の神々も、かなりのチカラを持っていた。だから、青の神々と赤の神々との勢力争いが激しかったんだ。


 だけど、今は、黄の星系が大きくなってきたから、青の星系の神々の目は、女神イロハカルティア様に向いている。


 青の神ダーラが、絶対神になりたいんだ。


 いっそ、従ってしまう方が平和になるかもしれないと、考えていた時期もある。


 だけど、女神様は、それはできないと言っていた。


 そもそもの考え方が違うんだ。黄の星系は、非戦の星。中立の星だから、他の星との争いはしないというスタンスだ。


 一方で、赤の星系は武闘系、青の星系は魔術系の、争いを好む種族なんだよな。


 青の星系に従うということは、このイロハカルティア星の住人が、神々の勢力争いの戦乱に利用されることになる。


 それだけじゃない。黄の星系に属する他の星をも、青の星系の戦乱に巻き込むことになる。


 だから、女神様は、従わないんだ。黄の星系の創造神だから、黄の星系に属する人達のことも、守る義務があると、言っていた。だけど、そのためのチカラが足りないと……女神様は、誰よりも一番悩み苦しんでいる。


(やはり、答えのないクイズだよね)




 広場には、人が増えてきた。


 昨夜、しっかり遊んだ人達は、元気いっぱいの明るい顔をしている。飲み明かして朝を迎えた人達との違いが、見ていて面白い。


 ジャックさんの姿も見える。やはり、その表情は、タイガさんと同じだな。女神様の側近は、みんな、答えのないクイズに悩んでいるんだ。



「ライトさん、ずっと、ここに居るみたいっすね。何をしてるんすか?」


 ジャックさんが、明るい表情で僕に話しかけてきた。


「おはようございます。僕は、昨日、一気に記憶が戻ってきたから、ちょっと頭の整理ですよ」


「あぁ、なるほどっす。だけど、かなり抜けてるんすよね? カースさんが……あっ、来たっす」


 ジャックさんの視線は、チゲ平原の草原に向いている。振り返ると、顔色の悪い男がいた。



「おまえ、こんなとこで俺を待ってたのか」


「カース、おはよう。迷宮都市に引きこもってろって、言ってたじゃん」


「ぷっ、真面目な子供かよ」


 ぷぷっと吹き出すカース。はぁ、まぁ、いいけど。


 だけど、ジャックさんには、軽く頭を下げている。礼儀正しいというより、これは、カースが距離を取ってるということだ。


 ペンラート星の住人は、敬語を使うのは、相手を警戒したり、親しくしないという意思の表れらしいから。



「もう、大丈夫だな。まぁ、こんだけ戦力が固まってたら、誰も来ねぇな」


(うん? 何のこと?)


 カースは、あちこちに視線を走らせている。侵略者がやってくることを警戒してるのかな。


「カースさん、大丈夫っすよ。昨日のライトさんの覚醒で、一気に状況は変わったみたいっす。女神様も、ライトさんの反抗期ってことで、あちこちの星に発信してるっす」


(えっ? ちょ……)


「闇持ちの側近ライトが、チカラを取り戻した情報だけでも効果はあるはずだが……ぷぷっ、反抗期のガキなら、神々は怖くて近寄れねぇだろうな」


 カースは、面白そうに笑っている。本当に表情が豊かになったよね。めちゃくちゃ無愛想だったのに。



「ジャックさん、このガキは、連れて行きますよ。後は、適当によろしく」


「了解っす。スチーム星から来た人達が慣れるまで、もうしばらく、このチゲ平原ではパーティを続けるみたいっすから、古い門の心配はないっす」


 ジャックさんの言葉に、カースは軽く会釈している。やはり、距離があるんだよな。



「おい、おまえの配下は……あぁ、来てるな」


 カースがそう言った瞬間、空から赤黒い雪がハラハラと降ってきた。チゲ平原全体に降っているようにも見える。


(ちょ、どんだけ来るんだよ?)



「わぁっ! 天使ちゃんだっ!」


 早起きしていた子供達が、キャッキャと騒いでいる。空から降ってきた生首達は、嬉しそうにヘラヘラしているんだよね。



「タイミングも悪くないっすよ。広場にいる人達も喜んでいるっす」


「ふん、二日酔いくらい、自分で治せばいいんじゃないか」


(あぁ、酔っ払いか)


 生首達は、大人達からも、呼ばれている。そして、ヘラヘラしながら、治癒の息を吐いているんだ。


「あっ、竜人さん達が、ビビってる」


 広場に出てきたスチーム星の人達が、生首達を見て固まっている。魔物の襲撃に見えるよね。



「天使ちゃんだよ? 火の魔物だけど、怖くないよ」


「ライトさんの配下だから、治癒の息を使うの」


「酔っ払いさんがいっぱい居るから、ライトさんが呼んだんだと思うよ」


 子供達が、スチーム星の住人に説明してくれた。


 そういえば祭りの翌朝には、生首達は、いつも勝手に、やってくるよね。


 酔っ払った人達に治癒の息を吐くと、ありがとうって言われるから、来るんだろうな。


 生首達は、人族に、かわいいとかありがとうと言われるのが好きみたいだ。


 空気中からマナを集めるために、手を広げるようにクルクルと回る姿も、子供達には人気なんだよな。アホの子ダンスと、僕は命名しているけど。


 治癒の息を吐いて、ありがとうと言われ、クルクルと回って、かわいいと言われる。だから、生首達は、いつまでもやってるんだよね。




 目の前に、キリッとした顔の生首達が現れた。族長さん達だな。


『ライトさま、もうすぐ、だいまおうメトロギウスが、ニクレアいけに、いどうします』


「そう、ありがとう。カースが頼んでいたのかな」


『はい、まぞくのくにのもんをとおらずに、サラドラのミミットかざんをけいゆして、ニクレアいけに、ごあんないします』


 カースの方を見ると、ニヤッと笑った。大魔王を何かで誘導したってことか。


 僕の足元に、生首達のクッションが現れた。僕は、そのクッションに足を乗せた。



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