115、チゲ平原 〜ゴーレムを脱いで
チゲ平原に置かれた迷宮都市の広場には、たくさんの人が集まっていた。屋外の立食パーティのような感じだ。
「さぁ! パーティじゃ。みんな、たくさん食べて楽しむのじゃ。好き嫌いせずに、いろいろな物を食べるのじゃぞ? 食べ物の中から、宝の鍵が出てくるやもしれぬぞ」
(宝の鍵?)
女神様がそう演説すると、ワッと歓声があがった。なんだか、また、妙な遊びを仕込んでいるみたいだ。
「宝の鍵を食べちゃったら、どうするのかしら?」
黒魔導の魔王スウさんが、苦笑いで僕に尋ねてきた。そんなことを聞かれても、僕にはわからない。
「スウさん、鍵は食べても大丈夫です。近寄ると宝箱が開くし、宝箱が開くと鍵は消えます」
シャインは、ニッコニコな笑顔で、そう説明した。シャインも、女神様の仕掛けにワクワクしているらしい。
女神様は、ほんと、子供の扱いが上手いよね。遊びを仕掛けることで、種族に関係なく、仲良くさせようという作戦らしい。
様々な料理を乗せたワゴンが、広場に次々と現れた。
子供達だけじゃなく、腹ペコな大人達も、わいわい騒ぎながら、料理を取りに行っている。
ひときわ大きなワゴンが登場した。そこには、不思議な料理が乗っている。
(あれは、もしかして?)
ワゴンを押して、彼らが向かったのは、広場の端だった。そこには、竜人の子供二人が座っている。
ロバートと、もう一人はドーマンだっけ? ロボットのような見た目の巨大な姿だから、立ち上がることを遠慮しているのかもしれない。
彼らの近くには、ゴーグルをした大人達がいる。大人は、小型化できるから、人と同じサイズなんだよな。
「ライト、こっちに来るのじゃ!」
猫耳の少女に、腕をむんずと掴まれた。そして、女神様は、そのまま僕を、竜人達がいる方へと連れていく。
(紹介しろってことかな?)
僕達が近寄っていくと、スチーム星の住人達は、少し緊張したように見える。
「みんな、ちゃんと食べておるか?」
猫耳の少女は、僕の腕を掴んだまま、彼らに話しかけている。
「はい、あの、貴女は……」
「うむ、妾は、ティアちゃんじゃ」
「は、はい、ティアさん、あの……」
「ちがーう! ティアちゃんじゃ!」
(また、言ってる)
「えっ、あ、ティア……ちゃん。あの、貴女はイロハカルティア星の女神様なのでしょうか」
ゴーグルをした人が、恐る恐る尋ねている。あれ? 素性がバレていないのかな。女神の猫って言うだろうけど。
「そうじゃ。妾は、女神イロハカルティアじゃ」
(あれ? 名乗った)
すると、スチーム星の人達は、慌てて頭を下げている。女神様は、こういうのは嫌いなんじゃないのかな。あっ、でも、他の星の住人だからか。
「じゃが、それは、妾の城での話じゃ。地上や地底では、猫で通しておる。だから、今はティアちゃんなのじゃ」
「その姿も……」
「うむ。猫耳の獣人に変身する魔道具じゃ。本気で変身するときには、ライトの変身ポーションを使うのじゃが、普段は、これじゃ」
「は、はぁ。なぜ、獣人の姿をされているのでしょう?」
(僕も、それは不思議に思っていた)
「なっ? なぜか、じゃと? 猫の方が可愛いからに決まっておるではないか」
(はい?)
「神スチームの城にある女神イロハカルティア様の肖像画は、非常に美しく、気高く凛とされていて、皆、憧れております」
へぇ、そんな肖像画があるのか。まぁ、女神様は、しゃべらなければ美人だし、しゃべらなければ上品だし、喋らなければ……痛っ。
なぜか、腕をつねられた。勝手に考えを覗いて怒るのって、悪い癖だよね。
「そんなに気取っておっては、楽しくないのじゃ。それに、猫の方が可愛いじゃろ?」
「は、はい、かわいらしくて……」
(無理矢理、言わせてる)
「ティア様、そういうことは、押しつけるものじゃないですよ。猫よりも犬がかわいいと思う人もいますから」
「のわっ? ライトはひどいのじゃ。いくら嫁がワンコだからって、猫のかわいさを否定するとはひどいのじゃ!」
(はい?)
「アトラ様は、ワンコではなく、狼です!」
「ワンコか、ニャンコかといえば、ワンコじゃろ」
はぁ……何だろう、この会話。スチーム星の人達が、呆気に取られているじゃないか。
「犬と狼を一緒にしないでください!」
僕が少し強い言い方をすると、猫耳の少女はニヤリと笑った。嫌な予感がする。
「おぉぉお、ライトは怖いのじゃ。妾はちびりそうなのじゃ」
(芝居くさい)
「ティア様、料理を前にして、そんなことを言っていると、スチーム星の人達に呆れられますよ?」
「ちびりそうなことを言うライトが悪いのじゃ!」
チラッと、スチーム星の人達に視線を移すと、やはり戸惑っている。だけど、巨体の子供達は、ちょっと楽しそうだな。
「おぬしら、そんな被り物を着てないで、脱いだらどうじゃ? ごはんを食べにくいじゃろ」
「あの、これは我々を守るゴーレムなのです」
ゴーグルをつけた大人達が、慌てているようだ。
「ふむ、ノームの魔王が作るゴーレムを元にして、神スチームが改良したようじゃな。じゃが、イロハカルティア星では、そんなものは着ている必要はないのじゃ」
「あ、あの、ですが、子供達はこの星の住人を恐れさせるような姿をしていますから……」
「脱いでみればよいのじゃ。それでダメなら着れば良い。そのゴーレムを着たままだと、宝の鍵が、上手く作動しないのじゃ」
(何? その理由)
ほれほれと急かされ、ゴーグルを身につけた人達が服を脱いだ。ゴーレムの中にも服を着ている。ということは、普段、くつろぐときには、ゴーレムは脱いでいるのかな。
子供達は、困った顔をしているんだよな。何も身につけていないのだろう。まぁ、普通に竜の姿かな。
「ババア、何を脱がしとんねん。変態ちゃうか」
大きな壺を抱えて、タイガさんが近寄ってきた。
「なっ? 妾は破廉恥ではないのじゃ!」
「おまえな、こんな場所で服を脱げって言うとるやないけ。変態やで」
「のわっ? へ、変態でもないのじゃ!!」
タイガさんは、大きな壺を置くと、中に何かをドボドボと入れ始めた。あー、この匂いって……。
「スピンの匂いがする」
「これは、ドラゴン族のマーテルからの差し入れや。おまえらの星のおこちゃま向けのジュースやって、言うとったで」
(だけど、壺に入れる?)
子供達二人は、互いに顔を見合わせて、キョロキョロしている。
「なんや? ゴーレムが邪魔なら、その中から出てきたらええねん」
「だけど、小さな種族は、俺達の見た目を怖れるから……」
「は? 何を言うてんねん? おまえらみたいな、クッソ弱い竜を、誰が怖れるんや?」
(ちょ、タイガさん……)
子供達二人が互いに頷くと、ロボットみたいな体に、ピシッと割れ目が入った。パッカリと割れた中からは、予想通り、細長い竜が現れた。
「へぇ、そんな色をしとったんか。珍しいな。地底におる奴らは、マーテル以外は、みんな汚ったない色しとんで」
(ちょ、タイガさん……)
「ふむ。その姿なら、宝の鍵もバッチリじゃ。変なゴーレムはない方が良いのではないか?」
猫耳の少女も、満足げに頷いている。タイガさんも、女神様も、考えていたことは同じなんだな。生まれ持つ姿をゴーレムで隠す必要はないんだ。
「どっちが、ロバートか、わからなくなったな」
僕がそう言うと、草色の竜が僕の方を向いた。
「こっちがロバートだよ。もう、スピンを飲んでるのがドーマン」
「そっか。その姿の方が見分けやすいね。ロバートは草原の色で、ドーマンが空の色だもん」
僕がそう言うと、ロバートは嬉しそうに笑った。
「もっと、デカイのかと思っとったけど、それなら、ハロイ島の神族の街の広場で寝とっても、気にならんな」
「タイガは、バカなのじゃ。広場で寝ておったら、誰かに踏まれてしまうのじゃ」
「は? タトルークの爺さんが、寝とるやないけ」
「あやつは、踏んでもよいのじゃ! この子達は、踏んだら可哀想なのじゃ」
猫耳の少女が騒いでいるためか、チビっ子達も集まってきた。すると、スチーム星の住人は、身構えている。子供達が怖れると思っているんだ。
「わぁっ! おっきな人が、竜になってる」
「綺麗な竜。かわいい〜」
「つるんとしてる。触ってもいい?」
好奇心旺盛なチビっ子達に囲まれて、ロバートとドーマンは、戸惑っているようだ。
「みんな、こっちの草原みたいな色がロバートで、空みたいな色がドーマンなのじゃ。仲良くするのじゃ!」
「ドーマンって綺麗だね」
「ロバートは、つるんとしてるよ」
触れ合いは大切だけど、触りすぎじゃないのかな?
「おまえら、触りすぎちゃうか。ババアの変態が移ったんか」
「きゃはは、ティアちゃんって、変態なの?」
「あはは、変態なんだ〜。変態って、何?」
(わからずに喋るんだよね)
「うんこモリモリとか、言うとるやろ」
「きゃー! きゃはは、うんこパフェ〜」
「ロバートとドーマンも、うんこパフェ食べる?」
(やめなさい、戸惑ってるよ?)




