114、チゲ平原 〜魔王スウの願い
黒魔導の魔王スウさんから、『ライト』が魔王カイさんから貰った金色の玉の正体を聞いて、僕は、少し不安になった。
金色の玉は、アンデッドの魔王の力がないと使えないらしい。でも、『ライト』は僕の中に眠る闇なんだよな。金色の玉に吸収されて、彼が消滅してしまったらどうしよう。
僕の不安に気づいたのか、魔王スウさんは、少し戸惑っているみたいだ。いや、違う。僕に話したいことがあるんだったよな。
「スウさん、魔王カイさんのその念話って、僕がアンデッドの魔王と同じ力があると、魔族の国全体に知らせたってことですか」
僕がそう尋ねると、魔王スウさんは、少し考える素振りを見せた。
「うーん、わかんないよ。ライトさんのことを知らせたけど、魔王カイさんが、自分の力を誇示したつもりなのかもしれない。金色の玉を、魔王カイさんはいくつも持っているはずだからね」
(そっか、金の玉は、ひとつじゃないんだ)
僕は、ちょっと安心した。魔王カイさんが『ライト』に魔王の地位を譲る気なのかとか、死期が近いのかとか、いろいろ心配してしまったもんな。
そろそろ、彼女の話を聞く方がいいよね。僕の疑問を解消してもらうばかりじゃダメだもんな。
「それで、スウさん、僕に何か頼みごとがあるんですよね?」
話を急に戻したためか、魔王スウさんはギクリとしている。そして、素早くまわりを確認したようだ。
「あはは、うーん……」
(話しにくいのかな)
「なんとなくは、わかるんですけど、それが合っているかがわからないから」
僕がそう言うと、魔王スウさんはフッと笑顔を見せた。
「あのね、もう嫌なんだ〜。100年前に神族の街ワタガシができてから、だんだんそう思うようになったの。あの街……ライトさんが長をする街なら、他の星の神も魔族も人族も、普通に暮らしているじゃない? なぜ、地底は、戦乱ばかりなんだろうって思って」
(うーん、困ったな)
まだ僕は、そこの記憶があまり戻っていない。僕が街長をしているということは、生まれ変わってから、何度も聞いて知っているけど。
「魔族は、チカラこそ全て、という精神だからですよね」
「うん……でも、ライトさんが大魔王になったら、神族の街ワタガシみたいに、平和な国になるんじゃないかな」
「えっ……」
黒魔導の魔王スウさんは、僕から視線を外した。
(彼女も魔族なのに?)
そっか、魔王スウさんの城は……ゴミ屋敷状態を演出しているけど、いろいろな種族が共存している。
彼女は、決して弱い魔王じゃないけど、だからと言って、大魔王になろうという野望もないんだ。
そんな魔族は、チカラこそ全て、という世界で暮らしていることに違和感があるのかもしれない。
これまでは、そんな世界しかなかったけど、地上に神族の街ができたから、彼女の考えが変わったんだ。
(あっ、神族の街は、女神様の理想の街なんだっけ)
うん、そっか。種族に関係なく、みんなで楽しく暮らしたいという女神様の理想を集約した街を見たから、魔王でさえ、考えが変わったんだ。
僕に味方をして、タイガさんの作戦に乗ってくれた魔王達は、女神様のことが好きだったり、神族の街に遊びに行くのが楽しいだけかと思っていた。
まさか、魔族の国全体を変えたいと思っていたなんて……いや、そっか、そういうことも言っていたっけ。
僕は、記憶が一気に戻ってきたことで、生まれ変わってから感じていたことを忘れそうになっている。
(忘れちゃいけない)
カースが僕の記憶をカケラにして、徐々に思い出すような仕掛けを作ったのは、僕への負担を考えてのこともあるだろうけど、それだけじゃない気がする。
たぶん、カースからのメッセージだ。記憶がなかったときに感じたことを、忘れるなということだ。
強くなりすぎた僕が忘れていた視点を、僕に教えているのかな。直接、言えばいいのに……まわりくどいことをしちゃってさ。
(女神様のことも、か)
以前の僕なら、女神様が子供達に接する姿は見ていたけど、あんな風に接することで、子供達がどう感じるかは、本当の意味で理解できていなかったと思う。
だけど、生まれ変わることで、それを実際に体験することができた。ただ、女神様も、僕を側近として見ていたから、扱いが雑だったんだけどな。
お互いに、学ぶ点が多かったのかもしれない。女神様は、そういえば、僕が地底に逃げたことに、落ち込んでいたみたいだもんな。
「あ、あの、ライトさん、ごめんね。気にしないで。なんだか、無謀なことを言っちゃったよね」
「えっ? あ、いえ、大丈夫です」
僕が考えごとをしていたから、魔王スウさんに誤解させてしまっている。僕に、こんな話をしたことを、後悔しているのかもしれない。
(はぁ、僕は、まだまだだな)
「でも、よく考えたら、この星だけの問題じゃないよね。他の星から、侵略者が来るもの」
「中立の星系の創造神の星ですからね」
「そうね〜。ティアちゃんって、あんな感じなのに、すごいわよね」
なんだか、話が……世間話みたいになってきた。魔王スウさんは、このまま、この話を終わらせたいのかな。
だけど、本心をさらけ出したんだよね。僕に話すのを戸惑っていた。僕がこのまま流してしまっては、いけない気がする。
「スウさん、僕は大魔王にはならないけど、その点については、考えてみます。きっと女神様も、戦乱はなくしたいはずですから」
「えっ……ふふっ、ええ」
一瞬驚いたような表情を浮かべたけど、魔王スウさんは、とびきりの笑顔を見せた。
(やはり、これを待っていたんだ)
僕が何とかする……そこまでの強い言い方はできない。だけど、やはり、同じことの繰り返しは、阻止しなければいけないと思う。
もし100年ごとに、大きな神戦争が起こることになったら、この世界すべてが崩壊することに繋がるかもしれない。
(これって、以前の僕も悩んでいたっけ)
答えの見えない問題だ。だけどこのままだと、みんなが疲れて、壊れてしまう。
(あー、だから、女神様はパーティばかりするのか)
きっと、女神様が一番、悩んでいるはずだよね。
「父さん! 買ってきました!」
シャインが、ニッコニコな笑顔で、草原から戻ってきた。ルシアも、久しぶりの屋台だからか、楽しそうにしている。
「シャインくん、兄妹で、お買い物?」
魔王スウさんは、サッと切り替えて、笑顔を作っている。
「はい、スウさんの分もあります!」
「ふふっ、何かな?」
シャインは、手にたくさんの袋を持っていた。買ったものを魔法袋に入れないのは、彼がすぐに忘れてしまうためだ。
だけど、アトラ様は、買ったものは手に持って帰る方が楽しいと教えていたっけ。実際に、ワクワクしながら戻ってくるから、それが正解なのかもしれないな。
「スウさんには、これをあげます」
シャインは、綿菓子の袋を魔女っ子に渡した。
(なぜ、綿菓子があるんだ?)
たぶん、タイガさんが、昭和時代の日本から持ち込んでいるんだろうけど……まぁ、祭りといえば綿菓子かな。
「わっ、これって、神族の街ワタガシの綿菓子ね?」
「はいっ! 特別に、イチゴサイダー味なんです」
「赤い綿菓子だね。こんなの見たことないよ」
「チゲ平原が赤いから、特別に作ったみたいです」
「へぇ、限定品なんだ。すっごく嬉しい! シャインくん、ありがとう」
魔王スウさんにそう言われて、シャインは照れて赤くなっている。しかもニヤニヤしてるし。ふふっ、やっぱり男の子だな。
そういえば、魔王スウさんの城の私室には、神族の街で買ったという駄菓子がたくさんあったっけ。
「父さんには、これです!」
シャインが僕に差し出したのは、ソースの匂いがする容器だった。中を開けてみると……。
「えっ? 焼きそば?」
「はい、不思議な鉄板で大量に作ってたんです。見たことのない食べ物だから、ルシアが……」
「たぶん、父さんの故郷の料理でしょ? きっと、父さんは懐かしいんじゃないかって思ったのよ」
(この子たちは、なんて良い子なんだ!)
「シャイン、ルシア、ありがとう。びっくりしたよ。紅しょうがまで乗ってるし、完璧だな」
「その赤いのに辛い変な食べ物のこと? 兄さんが味見をして、涙目になっていたよ」
(つまみ食いをしたのか)
ルシアにバラされて、シャインが慌てている。ふふっ、こういう光景も、以前はよく見ていた気がするな。
「父さん、食べないの?」
シャインは、なぜか待て! をさせられているような顔をしている。僕が食べ残した分を食べる気だな。
「食べるよ。懐かしいなって思ってたんだ」
割り箸も付いている。しかも、安っぽい割り箸だ。この方が、お祭り気分が高まる。
僕は、割り箸を割って、焼きそばを少し食べてみた。ちょっと甘めなソースだな。紅しょうがもよく合う。
『さぁ! パーティを始めるのじゃ! 皆の者、広場に集まるのじゃ』
突然、女神様の声が、頭に響いた。
(まだ、始まってなかったのか?)




