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113、チゲ平原 〜黒魔導の魔王スウの話

 チゲ平原では、迷宮都市の周りの草原には、まるで夏祭りのような屋台が並んでいる。


 あっという間に、とんでもない数の人がチゲ平原に集まって来ていた。遭難者が見つかったことで、やって来た人達が多いみたいだな。


 見たことのある人もチラホラいる。だけど、向こうは僕に、全く気づかないみたいだ。まぁ、今の僕は、5〜6歳児の姿をしているからね。


 カースが僕に、迷宮都市に引きこもっていろと言ったからか、女神様は、僕が草原へと出ていくことを禁じている。だから、どんな屋台が並んでいるのかを、見に行くことができないんだ。



「父さん、僕のこともわかりますか」


 迷宮都市の門の近くで、外の草原を眺めていると、不安そうな表情で、シャインが僕の顔を覗き込んできた。正直なところ、まだ、いろいろな部分が欠けている。


「わかるよ。シャインは、泣き虫で、いつもケトラ様に泣きついていたよね。それを母さんに見つかって叱られていたっけ」


 僕がそう言うと、シャインはパッと顔を赤くしている。もじもじと恥ずかしそうにしているけど、嬉しそうだ。


 ケトラ様がシャインを甘やかすことを、よく、アトラ様が怒っていた。ほんのワンシーンだけ、頭に浮かんだんだ。


「僕は、最近は、そんなに泣いてないです」


(いやいや、ブルーくん、涙を溜めてたじゃん)


「そう?」


 僕がそう尋ねると、シャインは、真面目な顔で頷いている。ふふっ、涙を溜めても頬を流れなければ、セーフだと思っているのかな。



「シャイン、草原の屋台では、何を売っているのかな」


「たぶん、神族の街ワタガシのお祭りストリートみたいな感じです」


(お祭りストリート?)


 シャインが普通に話す言葉にも、僕の知らないものがあるんだよな。確かに、僕の記憶はいびつな感じになってしまっている。


「そっか。ティア様が、僕は迷宮都市から出るなって言うんだよね。ちょっと、ルシアと一緒に見てきてよ」


「はいっ! 偵察してきます」


 僕の方へと近寄ってきたルシアは、今の話が聞こえていたらしい。僕に微笑み、駆け寄ったシャインと一緒に、草原の方へと歩いていく。


 シャインとルシアは、双子なんだよな。今の僕は、そのあたりの記憶も怪しい。だからなんとなく、ルシアを遠ざけてしまう。子供達には、記憶が欠けていることを、知られたくない。




 ドドーン!


 突然、チゲ平原に花火があがった。


(ちょ、何やってんの?)


 女神様の城では、祭りの度に、よく花火が打ち上がる。タイガさんが、昭和時代の日本に仕入れに行くついでに、買ってくるらしい。


 だけど、地上で花火を打ち上げるのは、初めてじゃないかな。ハロイ島でも、僕の記憶にある範囲では、なかったと思う。


(だから、か)


 女神様が、僕に草原に出るなと言ったのは、花火の準備を見つかると思ったのかな。


 だけど、ずっと太陽が沈まない地上で、花火を打ち上げても、本当の美しさはわからないんだよね。女神様は、この花火の音が好きみたいだけど。




「な、何の音なの!?」


 黒魔導の魔王スウさんが、少し怯えたような顔で、僕のところにやってきた。


「草原で、花火を打ち上げているみたいです」


「何なの、それ? 花の火? 確かに空に突然、火が散っていたけど……でも、何の魔力も感じない不気味な火だったよ」


(不気味なのか)


 だから、女神様は気に入っているのかな。


「魔法じゃないですよ。花火職人が作る芸術品なんです。だけど、空が暗くないと、本当の美しさは見えないんですけどね」


「じゃあ、地底なら、花の火は美しいの?」


(地底は、ずっと夜だもんな)


「そうですね。色鮮やかな花が、空に一瞬だけ咲いたように見えますよ」


「へぇ、だけど、地底では無理ね。何かの攻撃だと思って、魔導塔から大魔王メトロギウスが、迎撃してしまうと思う」


(まぁ、そうだろうな)


「花火は、この世界のものじゃないですからね」



 ふと、魔王スウさんは、真面目な表情を浮かべた。僕に、何か話があって、近寄ってきたのかな。


「ライトさん、大魔王になる?」


「へ? あれは、そういう作戦だっただけですよ? 僕には、そんなつもりはないです」


「でも、たぶんライトさんが大魔王になれば、地底で花の火を見ることができるよ」


「スウさん、突然、どうしたんですか?」


 僕がそう尋ねると、彼女は、感情の読めない笑みを浮かべた。何か、困っているのだろうか。



「ティアちゃんは、あんな調子だからさ〜、でも、女神様は、あれでいいと思うの。だけど、このままだと、同じことの繰り返しだよ」


 魔王スウさんが何を言いたいのか、正確にはわからない。想像はできるけど、どこまでのことを考えているのかが、わからないんだ。


 魔族の国で、頻繁に繰り返される大魔王争いのことなのか、もしくは、他の星系の神々から攻め込まれることだろうか。両方かもしれないけど。


「スウさん、あの……」


(僕に、何か頼みたいんだよな)


「あはは、こんなとこで話すようなことじゃないね。あっ、大変! ティアちゃんが中央の広場に移動したみたいだよ」


 魔王スウさんは、誤魔化すように笑っている。だけど、本当の笑顔じゃないんだよね。


「僕に、何か話したいことがあるんですよね?」


「うーん……パーティの日に話すようなことではないかも」


「パーティが終わったら、次、いつ話せるかわからないですよ?」


 僕がそう言うと、魔王スウさんの表情から、笑顔が消えた。変な言い方をしてしまったのだろうか。


 しばらく、無言の時間が流れた。


(迷っているのかな)


 やがて、魔王スウさんは、覚悟を決めたように僕の方を向いた。



「さっき、魔王カイさんが、魔族の国全体に念話を流したの。ライトさんに、金色の玉を渡したって。だから、ニクレア池に沈むゴミを放出したよ」


(えっ? 全く意味がわからない)


「スウさん、僕は、魔王カイさんのその行為の意味がわかりません。確かに、僕の中で眠る『ライト』は、魔王カイさんから、金の玉を貰ったと言っていましたけど」


「そうなの? ニクレア池に沈む玉だよ?」


(だから、何?)


「ニクレア池は、死体を放り込めば、アンデッドとして生まれ変わる池ですよね? 今の僕には、その程度の知識しかないです」


 そう話すと、彼女は、信じられないものを見るような目をしている。


「そっか、ライトさんは、ニクレア池から、記憶のカケラが出現しなくなったんだっけ。なるほど」


 女神様の話を、すぐ近くで聞いていたもんね。



「はい、ニクレア池には何が沈むんですか」


「あの池は、新たな命を授ける奇跡の池なの。だけど、そのためには、対価を支払う必要があるわ。それが池に沈むの」


「対価?」


「そう、魔王カイのチカラで生まれ変わる。だから、魔力をすごく使うじゃない? 対価としては、死んだ身体に備わっていた核に貯められたエネルギー、つまり魔石を支払うの。新たな身体には、新たな核が与えられるからね」


「そっか、核は魔石になるのか」


「人間なら、魔石にはならないよ。チカラのある魔族だけね。そして、ニクレア池の中で、魔石は変化していくの。ほとんどは池の中に溶け出して、抜け殻のゴミが底に溜まっていくんだけど、ニクレア池と合う魔石は、玉に変わるから」


「へぇ……玉、って丸くなるんですか」


「知らないよ〜。アンデッドにしか扱えないもの。たぶん、クリスタルみたいなものじゃない?」


(エネルギー庫ってこと?)


「はぁ、それで、金の玉って、何か特別なものなんですか」


 あれ? また、めちゃくちゃ驚いた顔だ。



「ライトさん、使ったんでしょ? 魔王カイさんの念話で言ってたよ。ライトさんが、金色の玉を使って、空に浮かぶ何十人もの神々を一気に撃ち抜いたって」


(あー、『ライト』が使った魔弾だ)


「そうですけど……僕じゃなくて、もうひとりの『ライト』だから……」


「えっ? 人格もあるの?」


「はい、ありますよ。普段は、『ライト』は眠っていますけど」


「そうなんだ。えっとね、魔王カイさんは、今までに金色の玉を誰かに授けたことはないんだよ。アンデッドの魔王の力がないと使えないみたい。ただのアンデッドが触れると、金の玉に吸収されるらしいよ」


「そんなに危険なんですか」


「うん、だと思うよ。私達も、触れるとただでは済まないもの。魔力を吸い取られて死ぬかも」


「えっ……」


(ちょ、『ライト』は大丈夫なの?)



「魔王カイさんは、魔族の国全体に念話を使うときって、ニクレア池のゴミを利用するんだよ。だから、すべての戦乱は止まるよ」


「ゴミって、魔石のエネルギーの抜け殻?」


「うん、だけど、生身の私達が触れると魔力を吸い取られるの。玉とは比較にならないけど、かなりダメージは受けるよ。ゴミは魔法に寄ってくるから、みんな一斉にすべての魔法を解除するの」


「なんか、すごい」


「魔王カイさんが念話をするなんて、百年に一度もないことだけどね」


(だから、魔王サラドラさんは、ここに居るのか)



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