110、チゲ平原 〜ライトの覚醒と、くさい芝居
僕は、迷宮都市を取り囲む奴らに意識を向けた。かなりの数がいる。だけど、チゲ平原には、僕が放った漆黒の闇が広がっている。
「ライトさん、あ、あの……」
さっき炎を放った黒魔導の魔王スウさんが、遠慮がちに声をかけてきた。いや、遠慮がちというより、ビビっているのかもしれない。
僕の視界は、今、青く染まっている。覚醒中だ。おそらく、通常時とは比較にならないほど、戦闘力が上がっているはずだ。
「はい、魔王スウさん?」
「どうするつもりなの?」
「迷宮都市を取り囲む奴らを、排除します。神は居ないようなので、星に帰す方法がわからないですけど」
「そ、そう。消し去るのかと思った」
(うん? 消し去る?)
「さっきの魔王スウさんの炎魔法、びっくりしましたよ。空から落ちてきた奴らをすべて跡形もなく消してしまうなんて」
すると、彼女は、首を横に振っている。
「ライトさんが消したんでしょ? 私が使ったのは、炎バリアだよ。迷宮都市には、氷の結界があるけど、風の流れがおかしくなったから」
「えっ? バリア?」
そういえば、迷宮都市の方に向かって、炎を放ってたっけ。だけど、その炎はもう、かき消されている。
「ライトさんが、すべてを消してしまったのでしょ」
「いや、僕じゃないです。そもそも、神しか殺す気はなかったし……」
「でも、消えたよ?」
ドカドカッ
僕達のすぐ近くに、何かが乱暴に放り投げられたように、転がった。
(えっ? 人?)
ほとんど全員が負傷している。さっき消えた、空に浮かんでいた神々とその配下だ。
「あっ、現れた。な、なぜ? あっ……」
魔王スウさんは、何かを思いついたように、僕の背中に視線を走らせた。
(もしかして、リュックくん?)
ピューッと、不思議な風が吹いた。
「また、さっきみたいな、変な風だよ」
確かに、不自然な風だな。何か、注目を促しているみたいに、クルクルと、砂ぼこりが舞う。
倒れている神々やその配下達は、なぜか動かない。じわじわと回復しているみたいだけど、動けないのかな。
『おぉ〜、怖いのじゃ。ぶるぶるぶる〜』
(はい? 女神様の声?)
周りを見回しても、猫耳の少女の姿はない。気のせいだったのかな? だけど倒れている神々も、動かないけど、目はキョロキョロしている。
『おぬしら、イロハカルティア星に報復に来たのか? ライトを捕まえろと、アホの神ダーラに命じられたのじゃろ。なんと可哀想なのじゃ。おぬしらに死ねと命じた冷徹な悪魔じゃ』
(芝居くさい……)
魔王スウさんは、首を傾げている。女神様の芝居だとは気づいていないみたいだ。
『おぬしらの目の前におる子供をよく見るのじゃ。青い目をしておる神族に近寄ると危険じゃ。アホの神ダーラが消滅したときも、青い目のライトにやられたのじゃぞ』
(なんだか、話の方向が……)
『ライトが子供だと思って油断したのじゃろ。アホの神ダーラが今ならいけると、そそのかしたか。妾が、おぬしらを異次元に隠してやらねば、今頃は、チリになっておるところじゃ』
(女神様が隠したの? 嘘っぽい)
『ささ、はよ、帰るのじゃ。子供のライトは、反抗期なのじゃ。妾の言うことを全く聞かぬ。じゃが、アホの神ダーラを消滅させたときよりも、力が増しておる。知らぬぞ、妾は、二度は助けぬ。知らぬぞ』
だけど誰も動かない。女神様の腹黒作戦は、通用しないんじゃないの?
『魔王スウ、ちと、ライトの闇を回収させよ。こやつらは、ライトの深き闇に拘束されて、身動きが取れぬようじゃ』
「えっ? 私? えーっと、ライトさん……」
魔王スウさんは、オロオロしている。だけど、僕は、拘束なんてしてるつもりはないんだけどな。
「女神様、僕は、何もしてませんよ? この人達を撃ち落としただけです」
『のわっ! 聞いたか? 皆の者、ライトは反抗期なのじゃ。チビのくせに、なんじゃ、そのバカ丸出しの魔力は? おぉ〜、怖いのじゃ、怖いのじゃ』
(うん? なんだか、様子が……)
倒れた神々が、焦り始めている。もしかして、本当に動けないわけ?
『翔太、俺達の闇の中では、俺達に敵意ある者は、麻痺してるぜ。そこに、カースが術を被せてる。あー、ちなみに、コイツらを一瞬、異次元へ放り込んだのは、リュックだ』
(そ、そうなんだ)
この身体のもともとの持ち主『ライト』からは、楽しそうな気配が伝わってくる。
『ライト』が生まれた名もなき集落が、伝染病で焼かれるキッカケになったのは、青の神だ。だから、彼は、すべての元凶である青の神ダーラを恨んでいる。
(もう、100年も経つのにな)
たまに『ライト』は、不安定になるんだよな。だけど、アンデッドの魔王カイさんが、『ライト』に何かを与えたみたいだ。それで、あんな魔弾を撃てるようになった。
魔王カイさんが、何かを与えた意味……。その玉って、もしかして、魔王カイさんの魔石じゃないのかな。
まさか、魔王の座を『ライト』に譲るつもりなのかな。それとも、魔王カイさんの死期が近い? いや、だけど、死なないからアンデッドなんだよね?
『おぉ〜、知らぬぞ、知らぬぞ』
(うん? 催促かな)
僕が無言で立っていることで、神々の恐怖が限界に近づいているのか……カースが、そう演出しているんだよね。
「ライトさん、闇を回収したら?」
魔王スウさんが、目配せをしながら、そんなことを言っている。あー、誰かからの念話を受けたのかな。
カースは、僕に、全く接触してこない。たぶん、サーチを警戒しているんだ。カースは、完璧主義なところがあるからな。
(えっ……そっか、そうだったな)
ふっと思い出すことは、カースが、そう誘導しているのかもしれない。
『そろそろ、いいらしーぜ』
(リュックくん! わかった)
僕の手には、剣が現れた。あれ? リュックくんの剣じゃなくて、これは……昔、僕が使っていたドワーフの剣だ。リュックくんが、僕の荷物を預かってくれていたんだな。
僕は、その剣を高く掲げた。
すると、チゲ平原に広がっていた漆黒の闇は、ものすごい勢いで、剣に吸い込まれていく。
バチバチとイナズマを帯びた剣は、漆黒に染まっていった。これを使って攻撃すると、やばそうだな。
「拘束がゆるんだ! 退却だ!」
「中立の星の神族が、そんな危険な剣……お、おまえ、非戦の星だろ!」
「バケモノを相手にするな! ダーラ様は、まだ、ここまで、こんなにも回復されていない」
「バカか! 情報を与えるな!」
(なんか、いろいろ言ってる)
チゲ平原では、転移も使えないらしい。バタバタと数百人、いや数千人が、必死に逃げていく。少し離れた場所で、やっと転移魔法が使えたみたいだ。
剣で回収した闇は、僕の身体の中に戻ってきた。そっか、闇耐性のある剣を経由して、僕は闇を回収していたっけ。
目に見える景色は、普通の色に戻った。覚醒が解除されたみたいだ。
僕の中に戻ってきた『ライト』は、上機嫌で眠りについた。魔王カイさんから与えられた玉を試す機会を、待っていたらしい。
(金色の玉か……)
魔王カイさんの魔石じゃないよね? ドラゴン族の魔石は、岩みたいな色や黒いものが多い。死なないと魔石は身体から出せないよな。
(じゃあ、大丈夫か)
いや、でも、アンデッドって死なないけど、死んでいるともいう……。モヤモヤして、なんだか落ち着かない。
ピューッと、強い風が吹いた。
すると、赤い土の地面から、スルスルと輝く草花が生えてきた。そして、瞬く間に、草原へと変わった。
(すごい、女神様の力だよね)
僕には、こんなことはできない。どの魔王もできないよな。改めて、星と女神様の生命が繋がっているのだと感じる。
「うまくいったのじゃ! これで、邪魔な奴らは、全部追っ払えたのじゃ」
目の前に、猫耳の少女が現れた。さっきは、城にいたはずだよね? じゃないと、星の操作はできない。
「女神様、あの……」
(やはり気まずい)
どんな顔をすればいいか、わからない。
「なんじゃ? ライトは、まだ忘れておるのか。妾は、この姿のときは、ティアちゃんじゃ! ほれ、言ってみるのじゃ」
「えっ……あ、はぁ、ティア様、覚えています」
「ちがーう! ティアちゃんじゃ!」
(はぁ、また、始まった)
「ティア様、ちゃん呼びを強要するのは、やめてください。それに、さっきまで、城にいましたよね? 地上に降りてくる許可はもらったんですか? ハロイ島以外は、勝手にウロつかない約束でしたよね」
「の、のわっ? ライト、頭でも打ったのか?」
「打ってません」
「妾にケンカを売っておるのか? 妾は買うぞ? 買ってやるぞ?」
「ティア様、ケンカは売り切れです。ナタリーさんに言いつけますよ」
「うぬぬぬ……すっかり思い出しておる。つまらないことばかり思い出しておる……」
ワナワナと震えている猫耳の少女……。だけど、その表情は、穏やかだ。僕は、とんでもなく心配をかけていたんだな。
「じゃが……」
「はい?」
「なぜ、チビなのじゃ?」
(そんなの知らないよ)




