109、チゲ平原 〜戦乱の記憶
転移の渦から出て来た人達は、次々と空に浮かんでいく。
さっき、黒魔導の魔王スウさんが言っていたけど、空に現れた人達以外にも、既に囲まれているんだよな。一体、どれだけの数が、チゲ平原に集まってくるんだ?
(あれ? なんだか変な感覚……)
僕は、こんな光景を、以前にも見たことがある。そう、どこかの室内でも……そして外でも……。
急に頭がガンと殴られたように痛くなってきた。目の奥が、おかしい。目を閉じると、すごいスピードで景色が流れている。
(な、何? 何かの術?)
僕の顔色が悪いのか、魔王スウさんは、少し慌てているようだ。魔女っ子の帽子を脱いで、僕の顔を覗き込んでいる。
彼女は、僕を心配してくれているというより、身の危険を感じているのかもしれない。あの帽子は、戦闘の邪魔になりそうだもんな。
「ちょっと、ライトさん、大丈夫? 倒れそうな顔をしてるよ。転移の渦を見ても、ダメなのね」
「えっ? あー、そうなのかな。わからないです。急に頭が痛くなってきて」
「ちょ、私だけじゃ、もう絶対に無理だよ〜。周りからじわじわと近寄ってくる奴らだけでも、無理っぽいけど、空に浮かんでる奴らの半分以上が、私より魔力値が高いもの」
「青の神も、何人かいるかもしれませんね」
「何人かじゃないよ、少なくても十数人はいるよ」
(えっ……そ、そんなに?)
だから、魔王スウさんは、こんなに焦っているんだ。他の星の神が十数人なんて……。
(くっ、頭が痛い、それに……)
僕は、得体の知れないものが地の底から這い上がってくるような、ぞわぞわとした恐怖心を感じた。
空に浮かぶ奴らが恐ろしいのではない。何か、変な感覚なんだ。地中に何かがいるのかな。いや、それも違う。
何だろう……いろいろな場面が見える。リュックくんが見せる予知とも違う。場所がコロコロと切り替わるんだ。
(生首達かな? いや、でも、おかしい)
頭に浮かんでは消えていく戦闘シーンには、僕らしき姿がある。今の子供の姿ではなく、アトラ様とイーシアに居た頃の姿……。
このチゲ平原が、炎で真っ赤に染まったり、圧倒的な力を持つ誰かが現れたり……。その誰かが、僕を欲しがる。だけど、女神様の腹黒い作戦で……。
(あのときも、おとりにされたっけ)
さらに、その誰かは、ハロイ島にも現れた。招かれざる客……最も招かれざる客。
だけど、顔は見えない。なんだか悪魔のようだな。認識阻害なのか、記憶の中でも顔が見えない。
(頭が痛い……)
『古い門を開いて、おまえ達を導き入れると予想していた。ククッ、やはり中立の星だな。あまりにも甘い』
突然、頭の中に声が響いてきた。念話だ。魔王スウさんが、空に目を移した。空に浮かぶ一人が、話しているのかな。
「門が完全に閉じないように、アイツらが何か仕掛けをしたみたいだよ。だから、ハロイ島の門からは入れない奴らが、次々と……」
魔王スウさんは、全く余裕のない表情だ。顔面蒼白……彼女の方こそ、今にも倒れそうだ。
空に浮かぶ奴らは、魔力値が高いって言ってたっけ。ということは、青の星系だよな。魔導系の神々に、黒魔導の魔王が敵うわけないんだ。
『カースが出てくるかと予想していたが、居らぬようだな。ペンラート星の幻術士は、負ける戦いからは、逃げ足が早いらしい』
わざと、嫌な言い方をしているのだろうか。カースを捜しているみたいだな。見つからないから、挑発しているのかもしれない。
さらに、空に浮かぶ数が増えてきた。僕は、嫌な汗が出てくる。どうすればいいんだよ?
(いや、落ち着こう)
迷宮都市の中には、ジャックさんもいる。
そういえば、チゲ平原での戦乱の後、カースは僕の配下になったんだっけ。
だけど、ずっと上から目線で、無愛想なんだよな。カースは、とんでもなく天邪鬼な性格だし、口が悪い。
でも、それは、気を許しているということらしいんだ。
ペンラート星の幻術士は、基本的に礼儀正しく振る舞う。だけど、それは、誠意ではなく敵意なんだっけ。
他の星系の神々に捕まったとき、ペンラート星の住人の特徴を聞いたことがある。
だから、カースは、僕には敬語は使わないし、いつも偉そうに、上から目線で話している。それは、彼が心を開いているという証なのだそうだ。
(あれ? 僕の記憶……)
記憶のカケラに触れたのだろうか?
でも、何も気づかなかった。それに、カースも姿を現していない。
だけど、カースは、基本的に姿を見せない。その場にいても、幻術を使って、完全な認識阻害ができる。
(と、いうことは……カースは近くにいる?)
『フッフッ、女神イロハカルティアも、まだ、我々に気づいていないらしい。正規の門に釘付けか? アハハハ』
次々と空に増えてきた奴らは、もう数えられない数になっている。
(でも、誰も来ないって、どういうこと?)
チゲ平原の上空が、こんなことになっていることに、女神様が気づかないわけがない。
そもそも、僕をおとりにして、ここに侵略者を集めようとしているんだよね? それなら、そろそろ、ガツンと軍隊を派遣して来てもいい頃だ。
ハロイ島にある門で、暴れている奴らがいるのだろうか。もしかして、こちらに戦力を割く余裕がないということなのだろうか。
女神様の城には、城兵がいる。そうだ、僕も、一つの隊を任されている。ジャックさんの隊が最も戦力が高い。
ここにジャックさんがいるから、ジャックさんの隊が来るだろか。僕の隊は、どちらかといえば、隠密諜報系に優れた人が集まっているもんな。
(次々と、思い出してくる)
いろいろなことを思い出してくると、激しい頭痛は、少しずつおさまってきた。
この場所に、カースは、何かを仕掛けていたのかもしれない。だけど、かなりの記憶が戻っても、僕の身体は、5〜6歳児のままだ。
「ライトさん……来る!」
魔王スウさんが、消え入りそうな声で呟いた。
迷宮都市を取り囲むように、たくさんの人が姿を現した。空に浮かぶ奴らと合わせると、何百人、いや、何千人か。
(かなり、ヤバイ。でも……)
迷宮都市には、強い結界バリアが張ってあるようだ。奴らが、迷宮都市に入ろうとしても、弾かれている。
こちらに向かってくる奴らには、魔王スウさんが、氷の刃を飛ばしている。命中すると次々と倒れるけど、なんせ敵の数が多すぎる。
彼女は、応戦を諦めて、自分と僕にバリアを張った。だけど、空からの魔弾で、簡単に彼女のバリアは破壊された。
「ライトさん、ごめん、無理すぎる」
顔面蒼白なのに、僕を見捨てて逃げようとはしないんだ。今度は、炎を使って応戦している。
『強固な結界の中にいると見せかけて、実はその外にいるのか。ククッ、護衛は魔王だな? 大魔王を狙っているという噂は、事実らしいな』
(はい? いまさら?)
空に浮かぶ奴らは、僕がライトだとは気づいていなかったのかな。
空に浮かぶ奴らが、僕の方へと、ゆっくりと降りてくる。頭の中がチリチリしてくる。やばい、マズすぎる……。
ぷちんと、何かがキレるような感覚を覚えた。
(えっ? 恐怖で血管が切れた?)
そして、僕の目に見えるものが、青く染まっていく。
「ライトさん……目が青いけど、えっ?」
魔王スウさんは、目を見開いている。なんだか、僕を怖れるかのように、一歩二歩と離れていく。
(あぁ、この感覚……)
僕の身体からは、ぶわっと漆黒の闇があふれ出した。キラキラと光る何かも見える。
『翔太、なんだか俺まで小さくなってるぜ』
(えっ? 『ライト』なの?)
『あぁ、逆に安定したな。俺が消滅しないから、魔王カイ様が金色の玉をくださった』
(うん? 玉? 金色の……うん?)
『翔太、おまえ、今、変なことを言おうとしただろ。俺が玉を持つってことだぜ』
(全くわからない)
『ちゃちゃっと片付けるぜ。おまえが撃ち手だ』
(うん?)
この身体の持ち主『ライト』が、なんだか張り切っている。任せておこうか。
それに、僕はとても落ち着いているようだ。
目に見えるものがすべて、青いフィルターをかけたように見えている。そして、すべての動きが、スローモーションに見える。
(覚醒状態だ)
僕が放った漆黒の闇は広がり、チゲ平原を覆い尽くしている。
地上にいる奴らは、イロハカルティア星に隠れて、この瞬間を待っていた侵略者だ。空に浮かぶのは、青の星系の神々とその配下らしい。
僕は、空に浮かぶ奴らをすべて、ターゲティングした。
そして、両手を空に向けた。
『翔太、完璧だぜ。俺を放て』
もう一人の『ライト』の合図で、僕は腕を振り下ろした。すると、キラキラと光っていた何かが、魔弾となって、一気に飛んで行く。
「ぎゃあぁ〜」
「な、何だ、うぎゃあ」
空から叫び声が聞こえてくる。
漆黒の闇から放たれた魔弾が、空に浮かぶ奴らのほとんどを射抜いた。
ぼたぼたと、空から落ちてくる奴らに、魔王スウさんが、炎を放った。
すると、奴らの姿が消えた。
(えっ? スウさん、怖っ)




