107、チゲ平原 〜迷宮都市の宇宙船、着陸
僕達を乗せた迷宮都市の宇宙船は、イロハカルティア星からの不思議な光に包まれた。
そして、スーッと引力に引き寄せられるように、星の門のない方向へと進んでいく。
レンフォードさんもジャックさんも、安心した表情で、宇宙船の操縦をやめてしまっている。
(ちょ、操縦士!)
一方で、補助をしているスチーム星の住人は、このまま突っ込むと無事では済まないと、頭を抱えているんだ。
「うわぁ! 激突する!」
彼らが叫んだ瞬間、宇宙船の進路に、星の門が現れた。不思議な光は、この門に誘導していたみたいだ。
僕達の乗る宇宙船が門を通過すると、淡い光は消えた。それと同時に門も消えたらしい。
スチーム星の住人達が、同時に複数の、魔道具の計器らしきものを操作している。状況把握に必死のようだ。
「竜人さん、もう大丈夫ですよ。誘導光が、この宇宙船を捕まえましたから、適切な場所に着陸します」
レンフォードさんが穏やかな表情で、そう説明した。
「そ、それは女神イロハカルティア様のチカラですか」
「いえ、女神様は何もしていません。宇宙船を誘導しているのは、ライトの配下ですよ」
(あっ、カース?)
「女神様が誘導しているなら、俺達は、こんなにのんびりしていられないっすよ」
ジャックさんも、笑顔を向けた。
「あっ、女神イロハカルティア様がチカラを使ってくださると、緊張するからですね」
スチーム星の住人は、神スチーム様の前だと緊張するのだろうか。
「あはは、確かに、ある意味、緊張するっすね。女神様は、雑っすからね」
(確かに、逆の意味で緊張するよね)
ジャックさんの言葉に、スケルトンからは、抗議の視線というか……ダークなオーラが漏れている。
女神信者の魔王カイさんは、女神様がバカにされたと感じたみたいだ。でも、事実なんだけどな。
だけど、人命に関わることなら、女神様もキチンと対応するんじゃないのかな。
誘導光に包まれた宇宙船は、大気圏に突入した。だけど、衝撃も何もない。ただ静かに進んでいく。
だけど、この宇宙船は、ハデナの地下にあった迷宮都市だ。こんな大きな船が着陸できる場所なんて、あるのかな。
(あっ、海に浮かべるのかな?)
窓から外を見ていると、この宇宙船が向かう先には海はない。逆に、大きな街が見えてきた。
「だ、大丈夫なんですか。大きな街がありますよ」
僕は、思わず叫んでいた。
「あはは、ライト、あれは、ロバタージュだよ。どうやら、ロバタージュの南に誘導しているみたいだね」
レンフォードさんは、まるで、空の旅を楽しんでいるかのように見える。ロバタージュには、レンフォードさんが所長を務める警備隊があるよね。
僕は、まだ、ろくに歩けなかったときに、警備隊の入り口の階段で、ぺちゃりと転んだことを思い出した。猫耳の少女が、僕の足の長さを考えずに、手を引っ張ったからだ。
(女神様、焦ってたなぁ)
今思えば、女神様も必死だったのかもしれない。
星の再生保護結界が消えると、侵略者がまた入ってくることがわかっていた。それなのに、侵略戦争をいったん終結に導いた僕が、赤ん坊になってしまっていたんだから。
(今も、まだ子供だけど)
「あぁ、やはり、チゲ平原を選んだっすね」
ジャックさんの声で、再び窓の外を見ると、すぐ真下には、真っ赤に見える赤土の平原が広がっていた。
草も生えていないのか。いや、平原を整えたような跡が見える。巨大な宇宙船の着陸場所を、用意したんだ。
「赤い土ですね」
「火山が近いからっすよ。ここは、火の魔物の巣だらけの密林状態になっていたっすけど、カースさんが蹴散らしたみたいっすね」
(すごいな、カースって)
「たぶん、魔王達が協力しているよ。黒魔導の魔王が手を振っているよ」
レンフォードさんが、手を振り返している。
魔女っ子のコスプレのような服を着た女性と、全身パッションピンクの服を着た女性がいる。髪もピンクだな。
魔女っ子は、黒魔導の魔王スウさんだ。パッションピンクの女性は知らないな。
「あの、ド派手な女性は……」
「うん? ライトさん、忘れてるっすか? 彼女に、覚醒をさせてもらったんじゃないんすか」
「覚醒?」
僕が首を傾げると、ジャックさんに代わって、レンフォードさんが口を開く。
「ライトは、二つの闇を持つだろう? ライトは怒ると、そのバランスが崩れてしまっていたんだ。俺と、初めてミッションで、ヘルシ玉湯に行ったとき、堕ちた神と戦って、ライトは暴走したんだよ」
「えっ……暴走?」
「うん、そのおかげで、あの化け物を倒し、ワープワームの支配権を手に入れたんだよ。天使ちゃんと呼ばれている火の魔物は、もともとは、ヘビ頭の気持ち悪い化け物に従っていたんだ」
「そ、そうなんですね」
「一度目の暴走は、たいしたダメージにならなかったみたいだけど、次の、ハデナの迷宮での暴走は……ライトは、あやうく消滅するところだったみたいだよ」
「二度目の暴走?」
すると、レンフォードさんは、ジャックさんの方に視線を移した。ジャックさんは、頷き、口を開く。
「ライトさんは、神殺しをしたんす。しかも、かなりの相手っすよ。タイガさんが途中で止めたから、消滅を回避できたらしいっす」
「えっ……神殺し……」
「暴走すると、すべてが赤く染まって見えると、ライトさんは言ってたっす。自我を失いかねない危険な状態っす。神殺しの後、長い時間、トリガの里で静養してたんすよ」
「トリガの里?」
「王国側の守護獣の里っす。二度目の暴走の結果、ライトさんは気を失ったまま、長い時間、青き大狼アトラの家で眠ってたっす」
「えっ? アトラ様の家?」
「その前後に、結婚の約束をしたんじゃないんすか? 精霊トリガとも、里で会ったと聞いてるっすよ」
そ、そうなんだ。僕は、そんな大切なことまで忘れてしまっているんだ。アトラ様が、僕を長い時間、介護してくれたのか……めちゃくちゃ嬉しい。
「ライトさんは、闇の状態が不安定になったから、氷のクリスタルを取り込むために、精霊ルーの雪山へと向かうことになったんすよ。それを、ライトさんに教えたのが、精霊トリガっす」
「氷のクリスタル?」
「そうっすよ。精霊ルーが、ライトさんを氷のクリスタルを使って覚醒させたっす。だから、暴走して自我を失う心配はなくなったんす」
「じゃあ、精霊ルー様のおかげなんですね。平原にいるのも、宇宙船の着陸を心配して来てくれたのかな」
そう尋ねると、ジャックさんは、微妙な表情を浮かべた。
(うん? 違うの?)
「いや、たぶん……いや、うん。精霊ルーのことは、俺には無理っすから」
ジャックさんは、まるで助けを求めるように、レンフォードさんの方を向いた。
「ちょ、俺も無理ですよ? 精霊ルーのコミュ障は有名ですから……。調子の悪いときに近づくだけで、命の危険を感じますからね。精霊ヲカシノがいない場所では、会いたくないな」
(精霊ヲカシノ? なんか、聞いた名前だな)
僕が首を傾げていると、スケルトンが目の前に現れた。
『精霊ヲカシノがいるのか?』
なんだか、カタカタと……アンデッドの魔王カイさんは、怒りに震えているようだ。
「いえ、精霊ヲカシノは、ハロイ島の門を守っているから、ここにはいません。精霊ルーがいるみたいです」
『ふん、引きこもりコミュ障の精霊ルーか。精霊のくせに、一部の者としかロクに話せないとは、嘆かわしい』
(魔王カイさんも、コミュ障だよ)
迷宮都市の宇宙船は、チゲ平原に着陸した。誘導光ってすごいな。ほとんど、衝撃はなかった。
「精霊ルーが、この地と宇宙船を繋ぐんっすね。氷のクリスタルを船の下に敷いたみたいっす」
「地面から、火の魔物が湧いてこないようにしたのか。だから、氷のクリスタルなんですね」
僕には、よくわからない話だ。だけど、精霊ルー様が、すごい力を持つ精霊だということは、わかった。
「迷宮都市は、チゲ平原に突然現れた都市になってしまうね」
宇宙船の前方の操縦席は、何かに覆われ、外が見えなくなった。そして、都市部分からは、歓声が聞こえてくる。
迷宮都市の天井が、開いたみたいだ。
スチーム星の住人達が、宇宙船の姿を迷宮都市に戻したようだ。しかし、すごい魔道具の技術だよね。魔道具なんていうレベルじゃないかも。
「父さん、みんな、もう外へ出てるよ」
ルシアが迎えに来てくれた。
「うん、じゃあ、僕達も降りようか」
僕が手を出すと、シャインは、ルシアの方へ駆け寄って行った。なんだか、少しショックなんだけど。
「ルシア、僕、ちょっと……」
シャインは、目に涙を溜めている。
「あはは、ルーちゃんがいるからね。兄さんは、ほんと、精霊様のおもちゃだよね」
(うん? おもちゃ?)
シャインが嫌がっていることは、伝わってくる。
「シャインくん、カースさんがいるから、大丈夫っすよ」
(あっ、カースもいるんだ)
まだ、その姿は見えない。だけど、僕は、少し気分が高揚するのを感じた。




