105、イロハカルティア星へ 〜迷宮都市の宇宙船
ジャックさんは、なぜか落ち着いている。ノームの魔王ノムさんも、平然としているんだよね。
(ちょ、レーザーだろ? 魔導砲なんだよね?)
あと数分で、このスチーム星は、爆破されてしまうんじゃないの?
僕は、胃薬味の魔ポーションにむせて、涙が出てきた。話したいのに声にならない。
「ゲボゲボッ」
すると、ジャックさんが背中をさすってくれた。
「ライトさん、大丈夫っすか?」
「だ、大丈夫です。それより、なぜ平気な顔をしているんですか。レーザー系の魔導砲が、この星に向かっているんですよね」
僕がこんなに慌てているのに、ジャックさんは首を傾げている。
「仕上げが終わったよっ。変なゴーレムだけど、そういう種族に見えると思うよっ」
赤いワンピースの少女が、近寄ってきた。そして、空を見上げて、首を傾げている。
「魔王サラドラさん、魔導砲が……」
「うん? もう来るの? この時代のスチームちゃんが、撃ち落とすって言ってたよっ」
(えっ? 魔導砲を撃ち落とす?)
「神スチーム様は、そんなことができるのですか」
「うん、まぁ、この星全体が、魔道具みたいなものだからねっ。だけど、爆風が来たら嫌かも」
するとジャックさんが、神スチーム様から預かっていた魔道具を取り出した。
「俺達は、着弾前に、元の時代に戻るっすよ。サラドラさん、住人には……」
「うん、みんな、あっちに行ってるよ。この塔付近でいいんじゃない? イロハカルティア星の人は、みんな中にいるよ」
「じゃあ、俺達も建物に入るっすよ」
ジャックさんがそう言うと、次の瞬間、遭難者達がいる部屋へと移動していた。誰かのワープ魔法かな。
「忘れ物は、ないかなー」
魔王サラドラさんは、なんだかワクワクしているみたいだ。
(ちょ、僕は不安しかないんだけど)
僕の手に誰かが触れた。ルシアだ。
「父さんと兄さんは、手を繋いでおくよ。二人とも、泣きそうな顔をしてるんだもの」
「えっ……あはは。ルシア、ありがとう」
窓の外には、大量のだるまゴーレムが居るのが見えた。確かに、そういう種族に見える。
床に魔法陣が現れた。
ジャックさんが、魔道具を使ったみたいだ。
空に、何かが見えた。
(げっ? 魔導砲じゃないのか)
大地から、モヤモヤと霧のようなものが立ち昇っていく。バリアなのかな。
そして、空に向かって、一筋の光が突き進んでいくのが見えた。
(迎撃の魔導砲?)
僕がハラハラして見ていると、床の魔法陣が強く輝いた。その次の瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
(うっぷ、気持ち悪い)
僕の意識は、そこで途絶えた。
◇◇◇
(う、うぅ……何? ハンバーグ?)
頭が痛い。また転移酔いだな。いや、タイムトラベル酔いか。
僕は、上体を起こし、必死に回復魔法を使う。
(ふぅ、頭痛はマシになった)
ここは、どこだろう? 普通のベッドに寝かされていたみたいだ。宿屋のように見える。スチーム星の宿なのかな。
ベッドから降りようとすると、ベッドのすぐ下では、水色のモフモフが眠っていた。
(ちょ、降りられないじゃん)
ベッドの足元の方から、降りようとしたけど、床には、たくさんの皿が並んでいる。匂いの原因は、これか。
ガチャリと、扉が開いた。
「あっ、父さん、起きたんだね。何か食べる?」
ルシアは、服を着替えている。一瞬、アトラ様に見えて、僕はドキッとした。
「うん、食べようかな。だけど……」
僕が、シャインを起こさないようにと、ベッドから降りる場所を探していることに、ルシアは気づいたみたいだ。
「兄さんのことは、踏んでも大丈夫だよ。ちょうど、肉が焼きあがったって……」
ルシアの『肉』という言葉に、シャインの耳は、ピクリと反応した。そして、水色のモフモフは、ふわぁ〜っとあくびをして、人の姿に変わった。
そんなシャインの様子に、ルシアは、ニヤニヤしている。シャインが起きると、わかっていたみたいだ。
「あはは、兄さんは、起こしても踏んでも起きないけど、『肉』って言ったら起きるんだよね」
(やはり……)
「うーん、ルシア、焼き串?」
「サイコロステーキじゃない? 父さんも起きたから、一緒に行ってきたら?」
「うん! そうする」
シャインは、すっかり目が覚めたらしい。僕の手を握って、ズンズンと歩いていく。
そんな僕達の後ろを、ルシアが笑いながらついて来る。まだ、記憶は戻っていないけど、なんだか、心があたたかくなってくるようだ。
シャインは、僕の手を引いて、部屋の外へ出て、さらに建物からも出ていく。
(ここは、見たことがないな)
スチーム星の街並みは、確か、何もかもが巨大だったよな。ロボットみたいな住人は、子供のうちは、人化というか小型化ができないって言ってたっけ。
でも、この街は、僕達のようなサイズに合わせて作られているようだ。
(あっ、でも、ロボットみたいな人もいる)
シャインが向かったのは、大きな広場だった。そこには、巨大なロボットみたいな住人が、二人座っている。
地面に座っていても、周りの建物から、頭が飛び出しているように見える。
(うん? あの子)
僕が、気づいたときに、彼も僕に気づいたらしい。神に仕える村に生まれたのに、何もできない子だとか言われていたよね。
名前は、確か…… ロバートだっけ?
「あー、小さい生き物! イロハカルティア星の神に仕える村の子なんだろ?」
(覚えてくれてる!)
「はい、ライトっていいます。確か、ロバートさん?」
「うへぇ、ロバートだよ。すっげ〜、小さいのに頭がいいんだな」
(名前、合ってた)
「ゴーグルをした人が教えてくれたんですよ」
「そうか。あはは、大人は、みんな怖いからな。でも、おまえが帰るって聞いたから、俺、ついて来たんだ。こっちは、ドーマンだ」
もう一人のロボットみたいな人は、さらに背が高そうだ。二人だけなのかな。いや、大人は、小型化できる。
広場には、ゴーグルをつけている人が数人いるようだ。子供は、この二人だけなんだな。
僕が、彼らと話していると、シャインが、何かを持ってきた。満面の笑みなんだよね。肉だろうな。
「父さん、もらってきました。あっ、竜人さんの分は、もらってないです」
(竜人さん?)
すると、巨大なロボットのような二人は、手を振っている。
「俺達は、そんな焼いた塩辛い物は、食べられないから」
(あれ? 竜人さん?)
どう見ても、ロボットみたいだよね。シャインから、皿を受け取り、パクリと食べた。あれ? これって、普通に……美味しい。うん?
『ライト、そいつらと話せるのか』
目の前に、突然、スケルトンが現れた。その瞬間、ロバート達は立ち上がり、逃げるようにして離れていく。一歩が大きいから、もう、どこに行ったか、わからないな。
「魔王カイさん、怖がられていますね。あの子達は、まだ子供なんです」
『ふん、そんなことは知っている。なぜ、竜人を乗せているのかを知りたいだけだ』
スケルトンは、カクカクと歩き回る。ちょっとイラついているみたいだ。だけど、アンデッドの魔王カイさんは、迷宮を守っていたんじゃないの?
(それに、竜人って……)
「魔王カイさん、あの子達は、スチーム星の住人です。竜人というのは……」
『は? スチーム星は、竜の星だろう? 神スチームが、イロハカルティア星に連れて行けと言ったらしいが、なぜ、そんなことになった? 弱い竜人は、何の戦力にもならん』
(うん? イロハカルティア星に?)
「魔王カイさん、僕、さっき起きたばかりで、意味がわからないです。というか、貴方は、迷宮を守っていると、魔王二人が言ってましたけど?」
すると、スケルトンは、くしゃりと崩れるように、シャインが置いた空き皿の中に倒れた。な、何?
『チッ! バカが来る。魔王カイは、ここには居らん』
(はい? それで皿に?)
「やっほー、ライト、やっと起きたわねっ」
赤いワンピースで、ビシッといつもの決めポーズの少女。
「魔王サラドラさん、僕、かなり寝てました?」
「うん、スチームちゃんの城に戻って、砂漠の迷宮を掘り出して、スチームちゃんが迷宮都市を宇宙船に作り替えて、バイバイまたねって言って、迷宮都市の人達と、迷い子見つかりましたパーティをして、竜人ちゃん歓迎パーティをして、それからえっと……」
(は、はい?)
少女の頭の上の花が、ピコピコと激しく動いている。
「あ、あの、いま、僕はどこにいるんですか?」
「うん? 迷宮都市の宇宙船の中だよっ。たぶん、明日くらいに、イロハカルティア星に着くみたい」
「えっ? 宇宙船!?」
「うん、転移だと、ライトが寝るでしょ? イロハカルティア星に着いたら、すぐに動けないとダメなんだって」
ちょっと、待って。迷宮都市が宇宙船に? 神スチーム様は、確かに魔道具を作る能力が高いらしいけど……。
「僕のせいで、宇宙船?」
「うん? この人数の正確な転移が、イロハちゃんにはできないからじゃない? あーはっはっは。時間調整もしてるから、昨日、次元をぶわって越えたよっ」




