104、スチーム星 〜青の神の誤解
「なっ、なんだと?」
竜人を狙って手に魔力を集めていた襲撃者は、僕が一瞬で駆け寄ったことに焦って、僕に魔弾を放った。
ガチッ!
僕は、当然、手に持つ剣で叩き斬る。
パンと破裂音のような音と衝撃波が広がった。だけど、リュックくんの鎧のおかげで、僕は無傷だ。
「狩りの時間は終わりだと、さっき僕は言いましたよね? 貴方達の中に、神はいますか?」
「な、なんだ? この子供は」
僕が、魔弾を撃った男に左手に持つ剣を突きつけたことで、ヘラヘラしていた襲撃者達の表情は、変わった」
僕は、ゲージサーチをしてみた。襲撃者達は、魔力のゲージが2本ある。やはり、青の星系からの侵略者だ。
魔導系だから、スチーム星の住人を狙うんだよな。
「竜が雇っている他の星の傭兵か?」
もう、僕をあざわらうような視線はない。
「神がいたら、どうするというのだ?」
離れた場所にいた緑色のローブを着た男が、すぐそばにワープしてきた。
(コイツは、神?)
リュックくんに問いかけても返事がない。強力な思念傍受でもされているのかな。
「神は、自分の星に帰ってもらいます。ここは、神スチーム様の星ですから」
僕がそう答えると、緑色のローブの男が、こんな至近距離で、何かをぶっ放した。
僕は、その風圧で、後方へと吹き飛ばされた。
(び、びっくりした)
だけど、リュックくんの鎧を身につけた僕は無敵だ。一応、念のために、回復魔法を唱えた。ほとんど回復しないから、やはり、ほぼダメージ無しだね。
突然、リュックくんが僕に映像を見せてきた。
緑色のローブの男が、建物に炎を飛ばし、魔王サラドラさんがそれを相殺する炎を使う隙を突いて、白い髪の男が、竜人を連れ去る?
白い髪の男の映像が強調されるかのように、チカチカと古い白黒映画のように点滅した。
(要注意人物なんだね)
だけど、リュックくんの返事はない。
「傭兵か何か知らないが、邪魔をするな」
緑色のローブの男は、おとりだ。全く目立たない白い髪の男が、何かをやらかす。
僕は立ち上がり、走った。
緑色のローブの男に向かうフリをして、すぐに進路を変えた。白い髪の男が、何かの術を詠唱している。
「ちょっと、何なのよっ!」
赤いワンピースの少女は、緑色のローブの男の挑発に乗り、身体の周りに炎の玉を浮かべている。
あの男は、サラドラさんに任せればいいよね。
白い髪の男の身体から、ぶわっと何かが放たれた。僕は、それを包むイメージで、魔力を放った。
すると、空中に、網が現れた。
(竜の捕獲のための魔法だったのか)
だけど、僕が放った魔力に包まれ、空中で止まっている。まるで、時が止まったかのようだ。
「くっ、時の神か! 妙なモノに擬態しやがって」
(はい?)
僕の方をいまいましげに睨む白い髪の男は、僕に向かって、黒い何かを飛ばしてきた。
(うわっ、直撃をくらった)
ねっとりとした粘着質な何かだけど、何のダメージも受けない。それどころか、逆に、疲れが吹き飛ぶような、不思議な感じだ。
(ヤバイ薬なのかな)
なんだか、ハイテンションになるような麻薬のようなものかもしれない。でも、おかしいな。僕には、毒は効かないんじゃないのかな。
ふと見ると、リュックくんの鎧が、黒い粘着質なものを吸収している。
(ちょ、変なものを食べちゃダメ!)
「な、なぜだ? なぜ、溶けぬ? 時の神……」
僕を見る白い髪の男の目が、だんだんと大きく見開かれていく。
「だが、時の神、これでしばらくは動けまい」
(時の神じゃないし)
空中に浮かぶ網は、いつの間にか凍って、地面に落ちて壊れている。シャインだね。目が合うと、少し得意げに見える。ふふっ、上手くできたね。
しかし、すごい魔力だな。粘着質な網だから、凍らせると脆くなるのだろうか。
緑色のローブの男が放った炎は、魔王サラドラさんが、楽しそうに、身体の周りに浮かべた炎の玉で、相殺している。
サラマンドラの炎は、まるで生き物のように自在に動くようだ。それが、炎の妖精の力なのかな。
赤いワンピースの少女の圧倒的な力に、緑色のローブの男は、信じられないモノを見るような目をしている。
再び、リュックくんが僕に映像を見せてきた。
白い髪の男が、この地下全体を地上へと移動させる? いや、地上と地下を入れ替える魔法みたいだ。
(どうするの?)
リュックくんは、何も言わない。同じ映像が再び流れた。そして、地上の空が見える。何かが来る?
白い髪の男に視線を戻すと、淡い光をまとっている。これは、リュックくんは、放っておけと言っているのかな。
すると、建物から、ジャックさんが飛び出してきた。
「ライトさん、その男は青の神、呪詛神っす! 斬ってくださいっす」
「えっ?」
僕は、剣を構え直した。
「フフフ、もう遅いわ。大地転換!!」
ぐらりと回転するような感覚に立っていられず、僕は、ひっくり返った。
(ちょ、何?)
空に穴が空いたような……いや、僕は、穴に落ちている?
「父さん!」
シャインが狼に姿を変え、僕を掴んだ。僕は、水色のモフモフに抱きかかえられ、回転の気持ち悪さに耐えた。
◇◇◇
「父さん、大丈夫ですか」
「あぁ、うん、シャインありがとう。僕、真っ暗な穴に落ちそうになったよね」
「次元の狭間です。でも、リュックくんが準備をしてくれていたから、誰も吸い込まれなかったみたいです」
「そっか、よかった」
(それで、リュックくんは、ずっと無言だったのかな)
辺りを見回してみると、白い髪の男も、緑色のローブの男達も、姿を消していた。逃げたのかな。
僕は、魔法袋から、胃薬味の魔ポーションを、地面にどっちゃりと出した。シャインは、嫌そうな顔をしている。
(胃薬の臭いが嫌いなんだよな)
「シャイン、ちょっと飲んでおくよ」
「は、はい」
シャインは、人の姿に変わり、僕から少し離れた。やっぱり、胃薬の臭いが嫌いなんだね。
(僕も嫌いだけど)
僕は、地面に座り、魔力1,000回復の魔ポーションを次々と飲んだ。リュックくんは、かなりの魔力を使ったはずだ。僕が回復しないと、僕から魔力を吸収できない。
「ライトさん、焦ったっすよ。白い髪の男、むちゃくちゃするっすね。青の神の中でも厄介な、呪詛神のひとりっすよ」
ジャックさんが、僕の隣に座った。
「ジャックさんも、よかったらどうぞ」
「いや、女神様の魔ポーションは、いらないっす。俺、剣士っすから」
(ジャックさんも嫌いなんだ)
ジャックさんは、辺りを警戒するように、キョロキョロしている。地下にいた人達は、地上に出てきて、大混乱中だろうな。
でも、地上と地下を入れ替えたなら、地上にいた侵略者達は、地下に閉じ込められたんだよね。
おそらく、多重結界は消えただろうから、すぐに地上に上がってくるかもしれないけど。
「ジャックさん、空から何か来ると思います」
僕は、魔ポーションを飲みながら、そう話した。
「何かって、何すか?」
「リュックくんの未来予知なんですけど、地下と地上が入れ替わった後、空から何かが来るみたいなんです」
すると、ジャックさんは、空を見上げた。『眼』のチカラを使っているのかな。無言で、集中しているようだ。
僕は、もう限界なんだけど、頑張って胃薬味の魔ポーションを飲み続けている。
ジャックさんが空を見上げたときに、肩にリュックが戻ってきた。きっと、リュックくんが、僕から魔力を吸収し始めているんだ。
「やっと、終わったぞ。今は、あのバカが仕上げをしている」
ノームの魔王ノムさんが、建物から出てきた。
「お疲れ様でした。普通の魔ポーションですが、よかったらどうぞ」
「なんだ、ライトの魔ポーションじゃないのか。人間の薬は臭いからな」
「女神様に貰ったものなので、マシだと思いますよ」
僕がそう言うと、魔王ノムさんは、小瓶を手に取った。そして蓋を開けて、グイッと飲み干した。
「うむ、まだマシか。飲めなくはない。だが、1,000しか回復しないのだな。ライトの魔ポーションなら、1本で10%回復できるのに」
(魔王ノムさんも魔力が高いんだな)
「僕は、生まれ変わってしまったので、まだ、あまり魔ポーションは作れないんですよ」
「ふむ、そうか。まぁ、ライトが現れるまでは、10%回復の魔ポーションなんてものは、存在しなかったからな。うむ? ジャックは、何をしている?」
ずっと、空を見上げて集中するジャックさんを見て、何かを察したのか、魔王ノムさんも警戒し始めたようだ。
魔ポーションを飲むスピードが上がっている。ゴーレム作りで、かなり消耗したみたいだな。
「あっ、ライトさん、来るっすよ。あと、数分っすね」
ジャックさんは、痛そうにこめかみをグリグリしている。僕は、パナシェ風味のクリアポーションを渡した。
「助かるっす。『眼』を使いすぎると、キツイっすね」
「ジャック、何が来る?」
「この星を潰す気らしいっす。レーザー系の魔導砲っすね」
(えっ?)
「ゲボッゲボッ」
(くっ、魔ポーションが変なとこに入った)




