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4、森

 目覚めると天蓋付きのふかふかのベッドの中だった。

 少し埃臭いがふかふかで、心地が良い。布団がめっちゃいい匂いがする。洗剤は何を使っているのだろうか。

 きっと高い柔軟剤を使っているんだろうな。実際、布団自体はそこまで埃臭くない。埃臭いのはこの部屋自体なのだろう。

 というか俺はなんでここにいるんだっけ?確か林に入ったら館があって、なんか精悍な美少女がいて、帰るべき場所がないと帰れないんだっけ?そんで俺は……。


「は!」


 起き上がって辺りを見渡す。閉められたカーテンからはほんの少しだけ光が漏れている。今は朝だろうか。

 薄暗くてよく見えないが、そこまでここは広くないことがわかる。寝室、という言葉が合う内装だ。

 あれを食べて気絶した俺は運び込まれたのか、体に異常は……ないな。胃がきりきりと痛む以外に目立った不調はないようだ。

 今になって思い返してみると、迂闊に食べるべきじゃなかったな。異界の食べ物といえば食べたら戻れなくなるのが定石だ。あ~今からでも外に出てしまおうか?

 でも出られないんだよなこの林。それも嘘である可能性が大いにあるけど。

 そう考えるとフィリスのことも胡散臭く思えてきた。帰るべき場所がないと帰れないってんのも、異常な事態にかこつけた嘘かもしれないし。妙に口が上手いのも怪しいな。

 もしかしたらフィリスが言っていたことは全部デタラメで、異界なんてものはなく、明るくなったら普通に外に出れたりして。

 まぁ、今はまだ暗いから明るくなったら機を見てこっそり抜け出してしまおう。


 ドアがノックされ、部屋が明るくなった。


「大丈夫か?いやいや、料理をするのは久しぶりでな。すまんすまん」


 そう言いながら入ってきたのは俺より少し低い身長の美少女だ。そのロリロリな見た目に相反して、切れ者上司みたいな口調をしている。

 フィリスはコップが乗ったお盆を右手に持ち、左手をドアの横にあるスイッチに置いていた。この屋敷、やっぱり電気通っているんだ。


「ほれ、飲め。安心しろ。今度は普通の水だ」


 コップの中には透明な水と氷が入っている。


「俺……ほんとに帰れるんですよね」

「疑ってるのか?まあ無理もないな。どれ、カーテンを開けてみろ」


 そう言うとフィリスは部屋の奥に下がった。それどころか、部屋を出て廊下まで下がった。

 ええ……そう言われると途端に怖くなるな。開けた瞬間、「ドッキリ大成功」の看板を持った父親がいたりしないだろうか。そうなったらブチ切れるな。

 夏場は暑そうな分厚いカーテンを開けて、窓の外を確かめる。

 曇った空に……木だ。木がたくさん生えているが何かがおかしい。どの木にも葉っぱがついていない。林の木々はあんなに青々としていたのに。


「なんだあの木……」

 

 トトロに出てくる巨木より太くて高い木がある。もちろん、その木も枯れたように葉がついていない。ここからそう遠くない場所だ。なんだあれ?スカイツリーよりでかいぞ。


「あれは世界樹と呼ばれている。あ、お前が住んでた世界の伝承のやつとは呼び方が同じだけで別物だからな。ニーズヘッグとかはいないぞ」

「え、ここは一体?」

「だから異界と言っておろうが。お前がいた所でこの光景は見られんだろう?」


 頬をつねっても痛いし、「やっほー」と叫んでも返答はない。

 一陣の風が頬を撫でる。肌寒いな。まるで秋みたいだ。

 元居た所ではこれから夏本番って時期だったのに。


「よし、わかったな。言っても無駄だろうが落ち込むな。ここに来て戻れなかった奴はいない。唖然としているとこ悪いが早速仕事を教える」


 窓の前で唖然としている俺に廊下からフィリスが大きめの声で呼びかけてくる。

 なんで近づいてこないんだ。声張るくらいならこっち来いよ。


「おい、すまないがカーテンを閉めてくれないか?私は肌が弱いんだ」

「あ、はい」


 そういうことか。でも曇ってるし、朝だし、日光はそこまで強くないはずだが、肌が弱い人ってそれくらいでもダメなんだろうか?

 そういうもんか。詳しくないのに疑るのも疲れるから止めよう。

 今は、フィリスの言うことを聞きながら、戻る方法を考えた方が得策だな。

 その後、コスプレ喫茶でしかお目にかかれないような執事服に着替えて一階の長いテーブルがある部屋に連れてこられた。昨日、妙なものを食わされた場所だ。


「まずはこの屋敷の内部の把握も兼ねて、清掃をしてもらう」

「はーい」

 

 フィリスの手には箒と塵取り。フィリスが持つと歴戦の指揮官みたいだ。

 俺とフィリスの周辺には水の入ったバケツとか雑巾とか、その他もろもろの掃除用具が広げられている。

 この屋敷、結構広かったよな。掃除なんて今日一日で終わるか?


「ほれ、まずはトイレだ!この屋敷にある10のトレイをピカピカにするんだ」

「トイレを?じゃあここに集合した意味は?」

「ない……雰囲気だ」

「フィ、フィリスさん……」


 俺たちは一番近いトイレに向かった。広げられた掃除用具の中から長い柄のブラシと、新品の雑巾、あと、まめピカを持って。

 

 ……異界とはなんだろうか?俺はあまりアニメは見ない方だが、最近流行りの異世界転生だとかの存在は知っている。

 その辺りの世界観だと剣と魔法のファンタジー、と言った感じか。今の所、俺のいた世界にないという点ではあのでっかい木だ。

 だが、この屋敷は色んな部分が現代化している。コンセントがあるし、まめピカくんは日本語で書いてある。あとひじきがある。

 まず、フィリスの「ここは異界」という言葉を信じるとしよう。そうなると、この屋敷の現代化が引っかかる。目立つ。

 もしかして、現代技術が普及してる系の異世界か?それにしてもここは木しかないぞ。大丈夫か。

 

「トイレ掃除の基本は恐れないことだ」

 

 とフィリスは言う。なんでも本当に使用人は一人もいないらしく、この屋敷の清掃も管理も一人で行っているらしい。

 そんな彼女の清掃への熱は強い。常に部屋を散らかしっぱなしの俺は黙ってフィリスの言う通りにするしかない。

 柄のついたブラシで汚れ一つない真っ白な便器を磨く。


「ほれ!洗剤のかけすぎだ!妙な臭いが残るだろう!」

「は、はい」

「もっと腰を入れて!」


 結構厳しくない?部活の熱血顧問みたいになってるし。

 腰を入れることで更に綺麗になることはないだろ!


「これ……全然汚れてないんですけど、磨く必要あります?」

「ある!痴れ者がっ!」

「ええ……」


 これまでにないほど叱られたんですけどー!

 真っ白な便器を磨き、塵一つない床を雑巾で拭う。それにしても綺麗だな。一人だからあまり汚れてないのはわかるが、埃が少ないのは本当にすごいと思う。

 磨いて磨いて磨いて、拭いて拭いて拭いて。ピカピカだったトイレがピカピカになったような気がする。

 疲労感もすごい。作業中、フィリスは何をするでもなく俺が磨く様を眺めていたので、圧がすごかった。精神的な疲労が半端ない。


「……上出来じゃないか。次だ」

「うわあー」


 一瞬、フィリスがあくびをしていた。真面目そうな雰囲気を出しているフィリスでも眠くなることはあるだろうか。

 それから俺はこの屋敷にある10のトイレをピカピカにした。さすがに10もやってると肉体的にも疲れてくる。

 終わる頃には外もだいぶ明るくなっていた。でも曇ってるから暗いなぁ。木に囲まれていることも関係しているんだろう。

 フィリスは……。


「フィリスさん?大丈夫ですか?」


 フィリスは時間が立つごとに目をこすったり、あくびをする回数が増え、ついには壁にもたれて眠ってしまった。

 まるで棒みたいだ。こんな直線に寝ることできるんだ。異界人ってすごいなぁ。


「あ?ああ。……私はそろそろ寝よう。あー掃除はしといてくれ。私の部屋と三階から上には、ふぁ~入るなよ」

 

 よろけながらフィリスは三階に上がっていった。フィリスは昼夜逆転してるみたいだ。見た目に反して不健康だな。

 この屋敷って三階より上あるんだ。あれ?この屋敷って外観は二階建てだったような……。いや、記憶が曖昧だな。

 外で確認してみようか。フィリスは寝てるみたいだし。

 

 両開きの扉には鍵が掛かっていなかった。簡単に外に出ることができた。

 外は明るいが、枯れ木に阻まれて先がどうなっているかわからない。少なくとも住宅街は見えない。

 屋敷はやっぱり二階建てだ。三階も、三階より上の階も見当たらない。

 屋根裏部屋か?でもフィリスはちゃんと三階に続く階段を上っていたしなぁ。

 気になるぅ。ちょっと見に行くくらいなら……やめておくか。

 その日は暗くなるまで廊下の掃除をした。

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