3、料理
飯を食わせてやると言われた俺は一階の長いテーブルがある部屋に通された。フィリスは待ってろと言った後、奥の部屋に入っていった。あそこには台所があるのだろう。
この部屋も中々豪奢で、長いテーブルには等間隔に蝋燭が立っている。この蝋燭の先には普通の火が灯っている。天井のシャンデリアは見る限り全てLEDっぽいから、あくまでこの蝋燭はおしゃれなのだろう。
椅子はたくさんあったが、お誕生日席に座るのは申し訳なかったので、そこ以外の適当な椅子に座って待っていると、フィリスがカートを押して部屋に入ってきた。カートの上にはいくつかの食器が乗っている。
フィリスは俺の前に食器を並べてくれた。
「飯だ。待たせたな」
「はぁ……これは?」
まず一つ目はおわんに注がれた粘性の黒い液体だ。ぶくぶくと気泡が立っている。
次に黒い棒状の何かが四本。大きさ、太さはうまい棒と同じくらい。食物にあるまじき無機質な光沢を放っている。
小皿には黒くて小さな毛のような……これはひじきか?ひじきだわこれ。
最後に純白の白米。漫画のように山盛りに積まれている。
突っ込みどころはたくさんあるが、異界ではこれが当たり前なのかもしれないのでとりあえずこれは何か質問してみた。
「なんですか、これ?」
「いやー久しぶりに料理をしたのでな。奮発してしまったよ」
望んだ回答は返ってこなかった。会話できないんか。
ひじきと白米はいいとして、残りの黒色物体二品がとても不安だ。無機質で無臭。
これ、食うのか?
「どうした?食わないのか?」
いつの間にかフィリスは俺の向かい側の席に移動していた。
フィリスは自信に満ち溢れた表情で俺と料理を眺めている。嫌がらせでは……ないようだ。少なくともその表情から悪意は感じられない。
俺は今からこの少女の家に厄介になる。経緯は意味不明だが今はこの状況で頼れるのは彼女だけ。機嫌を、損ねては、いけない。
食うしかない。
「いただき……ます」
箸を持ち、力を込めて手を合わせる。
まずはジャブでひじきと白米からいこう。
箸でちょっとつまみ、口に放り込む。
口の中に広がる磯の香り。ひじきオンリーなのでそれ以外には何も言うことがない。
次にひじき一色になった口の中を洗い流すために白米を掻き込む。慣れ親しんだ味だ。日本人に生まれて良かったことはいくつかある。その一つが白米だ。本当に主食が白米でよかったと思う。
そして、改めて思う。
すっごい和食。
最初見た時は黒色物体に気を取られていたが、よくよく考えると外観も住んでる人も完全に「洋」のこの場所で、出てくる料理と言えばパンとか皿に乗ったちっちゃい料理とかそんなもんだと思ってた。
「どうだ?うまいだろ?」
「……うまいっす」
「フフ。そうかそうか。おかわりもあるぞ」
フィリスは嬉しそうだ。笑った顔もまた精悍だ。その腕にはひじきが大量に入った寸胴鍋がある。
おかわりってそっちか。普通米の方じゃないのか?凄まじいな。
さて、ひじきと米は大丈夫だとして……明らかにビジュアルがダメな方を食べるとするか。
「そっちの方も自信作だ」
フィリスはますます自慢げだ。
うまい棒の形をした棒状の黒色物体からいこう。うーん。この質感。やっぱり有機物とは思えない光沢を放っている。金属じゃないだろうな。
意を決して口に運んだ。
「どうだ?うまいか……おい!大丈夫か!」
あれ?なんだか意識が遠のいていくような気がする。体が動かない。
「やっぱりだめだったか。行けると思ったんだが」
騙された。と思う余裕もなく、俺は白目をむいて力なく倒れた。