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2、異界

 屋敷の中は思った以上に「屋敷」だった。高価そうな壺に、多分価値のある絵画が映えるように並べられている。天井には煌々と光るシャンデリアぶら下がっている。あのシャンデリア、よく見たら蝋燭じゃなくてLEDだ。現代的だな。

 ずんずん進んでいく少女の後を恐る恐るついていくと、応接間のような部屋にたどり着いた。

 ふかふかのソファがテーブルを挟んで向かい合うように並んでいる。


「ほれ、座れ」

「はぁ」


 辺りを見回しながらソファに腰を沈める。

 あーすごいこのソファ。すごい沈む。家のベッドより快眠できそう。


「お前、名前は?」

道橋(みちはし)紀葉人(きよと)です。白亜紀の”き”に葉っぱの”よう”に人と書いてきよとです」

「きよと、か」


 何か納得したような顔をしている。最初から知っていたかのような口ぶりだ。


「ここはどこなんすか?林に入ったら抜け出せなくなったんですけど」

「どこと言われれば私の屋敷だ。ああ、お前からすれば”異界”にある私の屋敷だな」

「え?」

「あの林は異界に少しだけ繋がっている。運が良ければ入り込むことができる」


 どうりで林が異様に広く感じた訳だ。俺の方向感覚が狂いすぎてたんじゃなくて、そもそも違う場所にいたってことか。

 運が悪いの言い間違いではないだろうか。


「帰るには?」

「帰る方法を聞いているのか?それなら簡単だ。帰りたいと願いながらもと来た道を辿れば良い。自らが帰るべき場所があるならばな」

「あ、ああ?」

「ここには帰るべき場所のない者がよく迷い込む。理由はわからん」 


 帰るべき場所?やけに抽象的な表現だな。

 ああ……なるほど。家出したから帰るべき場所がないのか。

 というかそんなファンタジーな世界なんだここ。


「お前は大方、家出と言ったとこだろう?原因は親子喧嘩か?」

「……」

「図星のようだな」


 綺麗に図星を突かれた。

 別に家出したことを叱られた訳じゃないし、親と喧嘩したことを咎められたということでもないが、改めて言われるとしゅんとしてしまう。


「何があったか言ってみろ。言うだけで自分の行動に整理がつく」

「いやぁ……はい」


 なんで赤の他人に家庭事情を話さなくちゃいけないんだという気持ちに一瞬なったが、あまりにも毅然で真剣な態度に見えたので話すことにした。

 もしかしたら自分の話に賛同してくれるかもしれない、と思ったからだろうか。


「実は——」


 俺は家出した経緯を話した。

 親と折り合いが悪くなったのは去年の三月、家で進路について話し合った時からだ。あの時、俺の成績が悪いことを初めて叱られた。今まで何も言わなかった癖に。

 それから何度も成績について言われたが、やる気は全くでなかった。むしろ言われれば言われるほど反発した。無理矢理入れられた塾も一回も行っていない。

 喧嘩がひどくなったのは今日から一か月前くらい、大会が終わって部活を引退してからだ。俺の周りのやつらも真剣に進路について考えていたから、親は焦っていたんだろう。

 俺は正直、進路については全く考えてなかった。勉強はもちろんダメだし、部活の成績も推薦を取れるようなものじゃなかった。だからと言って勉強する気にもなれない。信念も自信もないような俺はどんな道を選んでも、後悔しかしないような気がしてやる気がでなかった。

 だから俺は決断しなかった。担任教師に半ギレで叱られても、仲の良い友人に心配されても、父親と喧嘩しても、どこに行くとも何をしたいとも言わなかった。

 そんな感じで毎日だらだらしてたら、父親に本気でキレられた。あそこまで怒った父親を俺は初めて見た。そして「後悔するぞ」って言われた。それが何かカチンと来て出ていった。


「——という感じ、です」

「なるほどな」

 

 少女は俺が話している間、特に質問をすることもなく、黙って頷くばかりだった。

 俺はいつも以上に饒舌に話してしまった。話すのはどちらかというと苦手な方なんだが。この人の前では少し話しやすいような気がする。


「言いたいことはわかった。それを踏まえて一つ質問だ。お前のしたいことは何だ?」

「正直、よくわからないです。部活も勉強も好きって訳じゃないし……」

「なら、それをはっきりさせることだな。そうでなければ現世に帰っても意味はないだろう」


 金髪を揺らして椅子から立ち上がる。一挙一挙が優雅で美しい。


「それまでここに泊まるがよい。もちろん、タダではない。大きい屋敷ゆえ、使用人が足りてないんだ。さっそく働いてもらうぞ。いいな?」

「もし、また林に入ったらどうなるんですか?」

「おもしろい質問だ。行ってみるか?屋敷から出て帰って来た者はいないが」

「は、ははは」


 ここから逃げ出してもいいことはないようだ。まぁ戻れたところで家出状態だ。匿ってくれるというのならそれに越したことはないだろう。

 

「来い。お前に今日の仕事を与える……その前に私の自己紹介がまだだったな。私はこの館の主のフィリス。フィリス・クロフォードだ。よろしく」

「よ、よろしくお願いします」

「小さい返事だな。敬語を使うのならはっきり言った方がいいぞ。それはそれとして、だ。お前は今からこの館の使用人となる。それはいいな?」

「はい……はい!」


 言及されるのが嫌だったので返事を大きな声で言い直した。

 フィリスはそれを見て満足そうに頷いた。


「その意気だ。今日はもう遅いから仕事は明日教えることにしよう。部屋は、そうだな……上の階に使っていない部屋がある。その中から好きなのを選べ。おすすめは一番奥だ。案内するからついてこい」


 そう言って部屋を出ようとした時、俺の腹がなった。そういえばまだなにも食べていなかった。家出した直後は興奮で食欲なかったし。


「ほう。まだ飯がまだだったか。なら先に飯を済まそう」

「……はい」

 

 ちょっと恥ずかしいな。


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