第八話 仮想訓練
8 シミュレーショントレーニング
連日、気もそぞろに夜を待って、こそこそとシミュレータールームへ通っている。
相も変わらず、トレーニングモードの地上戦第一フェイズ。敵が反撃してこない設定のやつだ。
グローラーしかいない場所で只管射撃訓練をしている。
グローラーはゆっくり向かってくるだけで、反撃してこないし、回避行動もしない。動く標的だ。ちょっと的がでかい気もするけれど、今の俺には丁度良い。
射撃の時に照準器が定まらないのは、射撃姿勢の固定が悪いからだった。
照準を合わせるときには、魔力を流してしっかり機体を固定する。戦闘機動と同じ扱いだ。また魔力を流すことである程度視覚倍率の調整も可能だった。
射撃姿勢をしっかりと固定して、トリガーは軽く引く。
これがわかってからは、ちゃんと狙った所に当たるようになった。
射撃の補正設定は各自違うようで、繰り返すうちデータが更新され、小型情報端末に設定が蓄積されていく。射撃の精度はどんどん上がっていき、今では単射の場合は照準器とのずれは殆ど出ない。セミオートやフルオートといった連射の時には、どうしてもある程度のばらつきは出てしまうが、これは多分、リコイルのせいなのでそういうものだと割り切ることにした。全く当たらないというわけでもないしね。
魔導ライフルでの射撃も同様だ。
但しこちらは反動が大きいので射撃姿勢の固定に更に多くの魔力が必要だった。込める魔力の加減がわかると狙った場所に当てる事が出来るようになったのだけれど、どうやら機体負荷が大きいらしく、クールタイム毎に撃ち続けると五、六発で機体腕部に警告表示が出た。
威力が威力なので仕方がない気もする。
射撃間隔を空けると大丈夫なようなので、取り敢えず休み休み撃って練習した。
静止状態で当てられるようになると、次は移動しながらの射撃。
これが、とんでもなく難しい。
射撃姿勢の固定が悪いだけでも当たらないのだ。歩行時の上下動や、まして走行時の激しい上下動の条件下で当たるわけがなかった。
魔導ライフルはもっとひどい。
予想はしていたけれど、反動が大きい分、下手をすると機体バランスを崩して転倒まである。
何かヒントはないものかと、小型情報端末で学内のシミュレーションの記録データや軍のアーカイブを調べてみたけれど、俺の権限で閲覧出来るものの中には、移動射撃に関する物は驚くほど少なかった。
そもそも射撃は移動しながら行うものではないらしい。
軍でのマグスギアの運用も、並べて砲撃しているものが殆ど、戦闘中も何らかの遮蔽物に隠れて射撃する形ばかりだった。
いくつか移動の最中に発砲しているものもあることはあるけれど、牽制目的のばら撒きで、命中弾を期待するようなものではなかった。
上位機種だったから、隊長機だと思うけれど、それを操っている画像データでさえ同様の動きを取っている。
道理で学内のシミュレーターで殆どマグスギアを見掛けないはずだ。
魔導ライフルの威力だけ見れば、使ってる人がもっといても良いんじゃないかと思ってた。保有魔力量とかの問題だけじゃなく、他にも理由はあったわけだ。
移動射撃が出来ないということは、所謂引き狩りが出来ないってことだ。近接戦で大幅に不利になるマグスギアで、引き狩りが出来ないとなると、近接距離になるまでに射撃で撃破するか、少なくとも足を奪って移動速度を大幅に低下させるようなダメージを与える必要がある。回避運動をしながら突っ込んでくる相手にそれをするのはかなりの難易度だろう。
設計思想から、一対一で立ち回れるようには考えられていない感じだね。
俺ならば魔力のゴリ押しで逃げ回り、相手がへばったら狙撃するって方法は出来なくはない。ブースト移動で距離を取ったら、停止して構えて射撃。距離が狭まったら、また大逃げ。
リッターギア相手なら、相手の推進剤が切れるまで逃げれば、もうブースト移動はしてこないわけで、俺の方は実質的に魔力貯蔵槽が枯れる心配はしなくていいわけだから、何時までも逃げ続ける事が出来るだろう。
確かに出来るだろう。出来るだろうけど……。
「うーん。移動射撃が出来ないと、一気に効率が悪くなるなぁ。余りに泥臭くて、格好が悪いし……何とかならないものか……」
命中しない最も大きな要因は、移動時の上下動。
水平方向の揺れは、まだ修正出来るが上下は厳しい。
上半身を固定して、腰の位置を保つように移動すると何とか当てられる。但しGVに凄く変な動きをさせることになる。こう、膝を少し曲げて、ちょこちょこ足を出す感じだ。移動速度も通常の歩行以下。速度を上げようとすると、途端に揺れが激しくなる。
少なくとも、GVで上下動をさせずに走行するのは無理っぽい。
これじゃないねぇ。
ゲームやアニメなら移動射撃だろうがバンバン命中してたんだけど、あれはどうなってたんだろう?
いや、意外と地上戦設定のやつは少なかったかもしれない。
無重力空間で推進剤で移動してれば、上下動とかないか……。それなら何とか……。
「揺れなければ良いんだよね。水平に移動が出来れば良い。水平移動……」
うんうん考えていると前世の記憶が頭に浮かんだ。
そうだよ。揺れない水平移動をすれば良い。
ホバーで地上を高速滑走するやつがいたじゃないか。
思いついて直ぐに試してみた。
マグスギアに付いているのは移動補助用の風系統魔術を基にした魔導スラスターなので、ホバーじゃなくてブースト移動なんだけれど、脚部の魔導スラスターを重点的に使えば挙動は似たようなものだ。連続使用すれば、滑るように滑走する事が出来た。
でもこれ、結構魔力を食うので、他の人には無理だろうなぁ。
まぁ、俺は問題ない。
「…………いけるっ!」
走行しながら、射撃をしたい時にはブースト移動に移行し滑走。
これなら当たる。
後ろ向きに滑走しながら、標的の進行先に置いてくるように射撃する。
ちゃんと引き狩りが出来ている。
ただ、やはり魔導ライフルでは無理だった。
どうしても反動が大きすぎる。
滑走状態で核撃光槍とか撃つと、逆噴射状態になって転倒する。当たりもしないし、機体は壊れるし……これは無理。
魔導ライフルでの移動射撃は無理だったんだけれど、色々やっていて気が付いたことがある。
魔導ライフルの発射時の魔法陣が発生した時に、更に魔力を送り込むと威力を上げる事が出来る。
肘の部分に送り込んで無理矢理固定しようとしたら、間違ってそっちに流れて気が付いた……。
今でさえオーバーキル気味な威力のものを更に底上げしてどうするんだって感じだけれど、発見は発見だ。何かの役に立つときもあるさ。艦船のシールドをぶち抜くとか、アステロイドベルトの小惑星を砕くとか……。
取り敢えずの光明が見えた事で、練習を重ねる。
一番重要なのは、ブースト移動の安定。
どの体勢、タイミングからでも、どの方向にでも滑らかに移動するのが目標だ。
揺れが酷くなったり、大きく体勢を崩すようでは話にならない。
銃を構えたまま、フットペダルを踏みこんで魔導スラスターを起動させて滑走する。
右へ左へ、前へ後ろへ。
軽くジャンプしながらや、片足でも動けるように練習した。
動きはスケートやスキーに似ている。脚部を傾け、魔導スラスターの方向を調節し、カウンターをあてるように切り返す。
リッターギアでは推進剤を、マグスギアでは魔力を消費するので、これほどブースト移動の練習を積み重ねる者はいないだろう。まず、物理的に無理だ。推進剤はシミュレーターであれば出来ないことはないだろうが、通常は戦闘機動にあたる走行を経てブースト移動に移行するので、仮に推進剤だけ無制限でもやろうという発想にはならない。
極めれば大きな武器になるはずだ。
初めは転倒したり、大きく体勢を崩したり、魔導スラスターの出力が安定しなかったりしていたが、機体操作と魔力操作に慣れるにしたがってスムーズに熟せる様になった。
目が回るのを我慢して頑張ればフィギアスケートの真似事でも出来そうだ。やらんけどね。
一点問題になったのが、ブースト移動を連続していると魔導スラスターが突然反応しなくなって一定時間使えなくなること。どうやら組み込まれている魔法陣が連続稼働に耐え切れずオーバーヒートのような状態に陥るようだ。焼き切れるわけではなく、暫く冷却期間を置けば再使用出来るようにはなるけれど、加減がよくわからなかった。
仕方がないので、各魔導スラスターの温度を背部とか右脚部とかのブロック毎で平均化してグラフ表示するように設定した。仕組みとしては水温計みたいな物だけれど、簡易のブーストゲージとしては使えるだろう。
ブーストゲージを見ながら練習を繰り返す。
レッドゾーンに近づいたらブーストを切って歩きや走りに戻す。
ゲージを振り切ってしまわない限り、直ぐに安全圏まで回復するようだ。
でもこれ実機でやったら機体の魔導スラスターが傷むの速そうだな。通常の使われ方とは違うだろうから。
「よしよし。これだけ制御出来るようになれば、実戦でも移動射撃が出来るだろう」
なかなかに仕上がった。
既に第一フェイズのグローラーの動きぐらいなら、ジグザグ滑走中でも外すことはなくなった。
距離があれば静止して魔導ライフル。近付かれたら回避運動を含めて滑走しながら実弾で引き狩り。足が止まったら魔導ライフルでとどめ。
ここまで出来れば次のフェイズに行ってもいいだろう。
トレーニングモードの第二フェイズは敵が反撃してくる。
ゆっくりと移動するだけだったグローラーが、明らかな敵意を持って襲い掛かってくるようになった。
第一フェイズと違って、こちらの攻撃を回避したり、防御したりするし、頭部の二本の角を一本ずつ弓矢のように飛ばして反撃してくる。角の太さもあって、まるで大型弩砲だ。近付けばその堅い頭部を生かした体当たりや咬みつきまで敢行する。
角は二本撃ち切れば一旦無くなるのだけれど、どういう訳か暫くすると再生する。弾速は結構速いし、軸がずれていれば一、二発は斥力フィールドで弾けるが、真面に芯に当たれば一撃で装甲を貫通する。コクピットブロックの正面に当たれば即死だろう。
有効射程も結構あって、ラドグラ突撃銃でグローラーにきちんとダメージを与えられる距離だと普通に届く。つまりは、遠距離では撃ち合いになるのだ。
角は発射前に予備動作が存在するようで、直前に一瞬フリルが撓む。
それが見えた瞬間に横方向にダッシュして射線から逃れれば回避出来る。最低でも機体を捻って正面で受けないようにする必要がある。
何度か回避タイミングを計って、ブースト移動の切れ目とかの硬直さえ気を付ければ確実に避けられるようになった。
次は反撃だ。
はっきり言って、角を撃ってくる距離で撃たせてから回避し、その場所で静止射撃すれば何の苦労もなく倒せてしまう。近付きすぎて突進さえ食らわなければ楽勝だ。
しかしそれでは練習にならないので、敢えて突進の距離まで詰め、突っ込んで来たらバックダッシュしながら引き狩りをする。
体当たりを食らえば一発で大破するだろうからスリルはあるのだけれど、突進は真っ直ぐ最短距離で向かってくるので、こちらも真っ直ぐ下がって正面に弾丸を置いてくるだけで勝ててしまう。
練習相手には少し不足しだしているので、感覚を掴んだら更に奥へ進むことにした。
暫く進むと、グローラーとは違うシルエットの敵が現れる。
アラフランテ。
これもまた比較的メジャーな中級クリーチャーだ。
全体のシルエットは蠍に似ているが、鋏はなく足は六本、顔はのっぺりとしていて大顎を備えている。長い尾節の先には金属のような針を持ち、そこから魔術の矢を放つ。
全高は三メートルぐらいで、全長は尾節の先まで入れると七、八メートルといった所だろうか。
動きは素早く、必ず雌雄の番で行動する厄介なクリーチャーだ。
虫っぽい黒い外殻をしているが、そんなに堅くないのが救いだろう。
向こうも此方を認識したらしく、二匹揃って尾節を振り上げ魔術の矢を放ってくる。
右へブースト移動で躱しながら、ラドグラ突撃銃で応射。
「はっやっ!」
予想以上の素早さで左右に跳び避けられてしまった。
何に反応しているのだろう? まさか見えているのか……。
何処に眼がついているのか知らないが、動体視力は昆虫並みなのか。
動きを止めないように回避運動を心掛けながら狙ってみるが、やっぱり避けられる。
突破口が見出せず、気が付いたら完全に挟まれてしまい、死角からの魔術の矢が避けられずにあえなく撃破されてしまった。
魔術の矢は威力はそんなに高くはないのだけれど、あれだけ食らえばそりゃやられる。
何度も挑む。
一匹でも辛いのに、番なのがまたきつい。クリーチャーなのに連携してくるし……。
中級クリーチャーはシミュレーションじゃなければ、単機で立ち向かうような事は少なく、隊伍を組んで駆除するのが普通だ。単機だと難しいだろうか?
いいようにやられ続ける。
一先ず回避に専念して射撃ポイントを探る。
挟撃を受けると躱しきれないので、常に外側に回り込むように位置取りしながら、ぐるぐる回る。
大きく動いて躱すことになるので、直ぐにブーストゲージがレッドゾーンに。ブーストを解除して回復に努めようとすると、そこにもう一匹から魔術の矢が飛んで来てダメージを受け、動きが鈍ったところで蜂の巣にされる。
「うへぇ。一気に難易度上がりすぎでしょ……」
余りにもやられ続けたのでアプローチを変える。
相手が反応しない距離から、核撃光槍で一匹を排除。
一対一の状態にしてから練習することにした。
じっくり相手を観察する。
一匹であれば、ブーストゲージも十分持つので、回避し続ける事も出来る。
かと言って、こちらの射撃も当たらない。ぴょんぴょんと跳ぶ様に避けられる。移動後の硬直はないんかい……。
躱し躱されを繰り返していると、アラフランテに動きを学習されたのか、ブースト移動の移動先へ偏差撃ちされるようになり、徐々に被弾が増え、遂には負けてしまった。
勝ち誇るように大顎を開く姿が癪に障る。
なんてことだ…………。
それでも二対一よりは観察する時間が稼げるので、一匹排除してからの挑戦を繰り返す。
魔術の矢の発動のタイミングは明らかだ。尾節の針が振り上げられ狙いをつけるのだから。
そのタイミングで回避運動に入るのだけれど、避けた方向に尾針が追従して偏差撃ちされると避け切れない。
観察する。
攻撃の瞬間の動きを。尾節の動きを。回避動作の癖を。
跳びすさる位置は、距離は、タイミングは。
中級クリーチャーともなると魔術の矢ぐらいでは魔力は枯渇しないらしい。
いつまでも撃ってくる。
何処かに攻略ポイントがあるはずだと思っているが、よくよく考えると、これは別にゲームではないのだから、そんなものない可能性もある。純粋にシミュレートしているだけで、攻略させる意図は組み込まれていないのだから。
無理ゲー、なのか?
そんなことはないはずだ。
高々中級クリーチャーをこの世界の主力たるGVが倒せないなんて。
前世でやった色々な種類のゲームが思い浮かぶ。
現状は厳しい。
厳しいが……この、何とかして突破口を探そうと試行錯誤している時が一番楽しい時でもある。
攻略法の確立したゲームなど只の作業だ。
うん。楽しいねぇ。
やられるたび、情報を積み重ねる。
パターンを一つずつ記憶する。
散々負けて明け方になって漸く僅かな反撃ポイントを見つけた。
アラフランテは魔術の矢を発射する時は止まる。こいつでさえ移動射撃は出来ないのだ。ただ魔術の矢は発動に要する時間が短いので、止まるのはほんの僅かの時間だ。それでも確かにその時間は存在する。それが分かれば、反撃は可能だ。最悪でも相打ちには出来るはず。
もう一つ。
こいつは回避する時、一跳びでは硬直しないけれど、二連続で跳んだ後は僅かに硬直する。
射撃の練習ばかりが念頭にあって、単射でしか戦っていなかったんだけれど、フルオートでばら撒けばこいつでも避け切れない。耐久力はそんなにないので、フルオートでゴリ押しすれば殺す事は出来る。
実戦なら迷わずフルオートを選択するところだけれど、今やってるのは移動射撃や引き狩りの練習。ばら撒いて当てても意味はない。
実戦ならちゃんと勝てると分かっただけでも収穫か。
安心したところで、何とか単射で仕留められるようになりたいものだ。
結局、この日は、僅かな反撃ポイントを発見しただけでタイムアップとなった。
折り返します。
誰かの暇潰しの一助にでもなっていれば嬉しいです。




