第七話 マグスギア
7 マグスギア
日中は士官養成学校の教練過程を真面目に消化。
空いた時間で魔術式の改良や改変、開発。机上で術式の改良点を計算したりしているのだけれど、魔術式は個人によって違うし、俺が使っている術式や言語は不死者の王由来の現代にはないものなので、余人が見ても落書きか良くて前衛アートにしか見えず、何をしているのか推測できる者はいないだろう。
完成したら、意識下にある魔術領域に収められた魔導書の術式を書き換える。
半分幻影の様な紛い物のおにぎりならマナから創り出せるようになった。見た目と味、匂い、食感は再現されているが、カロリーは殆ど得られない。具の種類は、食べたことがあるものならば覚えている限り何でもいける。
個人的には食物から栄養を摂取していないのでこれでも十分なのだけれど、何か悔しいので追々完全再現を目指すつもりだ。
夕方は只管、魔力循環や魔力操作を繰り返し、素脈管の鍛錬。
暗くなってきたら『認識阻害』の魔術を掛けて寄宿舎を抜け出し、クリーチャー狩り。
借金はなくなったし、クレジットは初回の核結晶の売り上げで得た分で暫くは困らないので、満腹感で吸収が出来なくなるまで狩りをしたら、即『棺桶』経由で帰還し、シミュレータールームへ向かうという日々を繰り返している。ああ、棺桶の中の物品は買い揃えた。ちょっとお高い毛布に枕、バッテリー式のアンティーク調ランタン、小型情報端末などの小物を入れるチェスト。ランタンがバッテリー式なのはあの中に空気が存在しないからだ。あそこは俺にも良くわからないマナ由来の気体で満たされている。因みに全くの暗闇でも視界を得られるので、完全に雰囲気の為だけに買った。
シミュレータールームは横長の広い部屋で、壁に向かって並列にシミュレーター筐体が並べられ、非常灯を兼ねた足元の照明だけが灯っている。
夜中だし、入り口すぐの筐体だと廊下に光や音が漏れそうなので、少し奥の筐体に乗り込む。
筐体は前方が丸くなった箱型で、後側に設置されたハッチから搭乗する。ハッチには安全確認のために外から中の様子が確認できる窓が付いているが、前向きに乗り込むので操縦者の視界には入らないような工夫がされている。また防音もなされており、外との連絡用にはインターホンの様なものが備えられていた。
後部ハッチから乗り込み、座席を回り込むようにして席に着く。
ベルトで身体を固定し、小型情報端末のスイッチを入れると、シミュレーターの使用許可がおり、筐体に電源が入る。モニターが点灯し小型情報端末からの個人設定が読み込まれ、座席に組み込まれたモーターの駆動音が聞こえると座席とフットペダルの位置がセッティングされた。
正面のメインモニターにシミュレーションの設定選択画面が表示される。
士官養成学校のシミュレーターで選択できる機体は『ケレス』というリッターギアと『パラス』というマグスギアの二種類だけ。
実機訓練で乗る『ドロテア』とは違い、現役でゾロ公爵領軍に制式採用されている機体だ。
『ケレス』には『ジュノー』、『パラス』には『ベスタ』という上位機種もあるが、こちらは導入数が少なく、主に隊長機やエース機体とされているのでシミュレーターには登録されていない。隊長機などになると、機体セッティングはほぼ個人用に調整されるので登録のしようがないということもある。
ヨギ君は今までリッターギア『ケレス』しか選択したことはなかったが、俺は色々な事を勘案した結果マグスギア『パラス』を選ぶことにした。
リッターギアとマグスギアの違いはいくつかあるが、まず大きいのは補助動力として何を使っているか。
リッターギアには推進剤が積み込まれていて、推力として使われる。
地上なら通常機動で歩行し、操縦者の魔力をジェネレーターに注いで走行に移り、その状態でフットペダルを踏み込めば推進剤を使用して足部のバーニアから噴射、ブースト移動を行う、といった具合だ。
マグスギアには推進剤が入った燃料タンクの代わりに、魔力貯蔵槽が備えられており、そこからの魔力を機動補助魔術に割り振って使う。
先程の例に沿うなら、最後のブースト移動の推力には風系統の魔術が使われる。
機体設計の都合上、両方を備えるというわけにはいかないらしい。
この推進剤か魔力貯蔵槽か、というのが機体特性に大きく関わっている。
マグスギアが魔力貯蔵槽を備えているのは魔導ライフルを撃つためである。
魔導ライフルは魔力を流し込めば設定してある攻撃魔法を撃ち出せる兵器で、基本的に一丁の魔導ライフルが発動出来る魔術は一種類。つまりは魔術の種類ごとに専用のものが用意されている。その威力は大凡の実弾銃器を上回るが、必要とされる魔力量も多く、乱発は出来ない。
仮に操縦者だけの魔力でこれを撃とうとすれば、大多数の者が一発の発動で戦闘稼働限界を迎えるだろう。
魔力貯蔵槽は言ってみれば、これの為の補助魔力供給装置である。魔力貯蔵槽のお陰で、消費の軽い種類の魔術が搭載された魔導ライフルであれば、十発ほどの射撃が可能になる。
魔力貯蔵槽の魔力は操縦者の保有魔力と相互に補助しあえる物で、極端な話、魔導ライフルが撃てなくなっても良いのならば、戦闘機動に回して稼働限界時間を伸ばすことも可能だ。
しかし、魔導ライフルによる高火力が求められているマグスギアでは本末転倒と言わざるを得ないし、推進剤の代わりにも消費されていくので、その効果も思ったほどではない。
一見、操縦者の保有魔力を補える便利そうな魔力貯蔵槽だが、幾つかの欠点も抱えている。
まず、補給。
推進剤であれば、外からタンクに補給すれば良いだけだが、魔力貯蔵槽は外から補給することは出来ず、魔力貯蔵槽に設けられた魔力吸収板とマグスギアの特殊な機体装甲から周囲の魔力を吸収し、自然回復するのを待たなくてはいけない。経済面から言えば利点と言えるのかもしれないが、継戦能力や連続出撃能力においては大きなマイナスになる。
次に、機体装甲。
先程も述べた様に、マグスギアは魔力貯蔵槽の回復のため、特殊な素材で装甲を作る必要がある。これは、リッターギアのものと比べると、頑強さに劣り、防御力の低下を齎す。斥力フィールドは同等なので遠距離攻撃への備えはさほど変わらないが、斥力フィールドの影響が少ない近接戦闘では致命的だ。
そして機体構造。
マグスギアはその特性上、機体各部へ魔力を伝えやすい構造が必要だ。最たるものは魔導ライフルへの魔力供給機構である。それらは、どうしても造りが繊細に成らざるを得ず、更に出力系が占めるべきスペースを侵食してしまい、その分機体出力がリッターギアと比べると見劣りすることになる。魔力を注ぎ込み無理矢理に出力を引き上げることは可能だが、それは最大の長所である魔導ライフルの使用回数の減少に繋がってしまう。
これらの特性により、自然と近接戦を避け、実弾銃器と魔導ライフルを使った遠距離砲撃が主な運用となる。
マグスギアは砲撃戦の要であるので、ある程度まとまった数を必要とするのだけれども、遠距離砲撃のみであれば、反射速度が求められる近接距離での運用より遥かに操作難度が下がるため、比較的操縦技術の低い者が搭乗する事が多い。動けばそれだけ魔導ライフルの射撃回数が減るので、戦闘機動で動き回ることは少なく、固定砲台と揶揄されることもある。
その辺りの事情により、士官養成学校で人気があるのはリッターギアの方だ。
だが、この前の実機操縦の感覚から言って、今の俺の状態でも保有魔力が枷になることはない。
魔力貯蔵槽が操縦者の魔力と相互補完するというのなら、殆どの消費魔力を操縦者である俺が補えば良い。
剣術の適性が低いのも射撃がメインであれば問題にならない。
明らかに俺向きの機体なのだ。
メインモニターに選択した『パラス』が映し出される。
首が無くずんぐりした機体であった『ドロテア』と違って、細いスリットの奥にカメラアイを備えた頭部があり、全体的な印象は西洋甲胄を着込んだ騎士のように見える。両肩の装甲がやや大きく、それに比べ手足が細い鈍色の機体だ。
武装は実弾銃器と魔導ライフル、緊急用にコンバットブレードという名のダガーナイフ。
実弾銃器には、GVの装備としては一般的なラドグラ突撃銃。
魔導ライフルには、高火力長射程だが魔力消費が飛び抜けて高い核撃光槍が組み込まれている物を装備する。軍の平均的な操縦者が『パラス』に乗って使えば一、二発で撃てなくなる様な燃費の悪い代物だ。
機体設定が終わったら、次はモード選択。
モードは、所謂CPU戦であるトレーニングモードか対人戦の模擬戦モードがあり、各々に地上か宇宙かの環境が選べる。
模擬戦モードはオンラインになっていて、士官養成学校内だけでなく、各基地に備えられた訓練施設とも繋がっており、夜中であっても対戦相手に困る事はない。
一先ずトレーニングモードを選択。
環境は地上で敵が反撃してこないフェイズにする。
設定選択が完了したらシミュレーションスタートだ。
シミュレーターには機体起動キーはついていないので、本来ならそれが付いている位置にある開始ボタンを押すと、シミュレーターが僅かに振動を伝えてくる。ジュネレーターの起動を再現しているのだ。
この辺りがゲームとは違う。
シミュレーターとは言っても、軍の訓練用の物なので、こういう細かい挙動や環境設定による負荷、機動による機体負荷までほぼ現実に即した形で再現される。
各種スイッチを操作し、計器類を確認。起動準備を終了する。
両手で左右のジョイスティックを握り、フットペダルに足を掛け、ゆっくり魔力を流す。
魔力が魔力導管を通り、操作の肝である魔導回路が起動した。
「わくわくするなぁ。さて、んじゃ始めよう」
メインモニターにフェーズ開始のカウントダウンが表示される。
カウントがゼロになるのと同時に、メイン・サブモニターが一斉に周囲の景色を映した。
環境は地上の荒野。
開けた場所にポツンと立っている状態だ。
「まずは復習」
何だかんだ言って、俺になってからこの前の実機訓練が初めてのGV操縦。基本操作はヨギ君の記憶にあるけれど、彼はそう熱心に練習していなかったし、不死者の王の記憶にGVの操作方法なんてない。クリーチャーはGVを操作する側じゃなく、GVと戦う側なのだから当然だ。
つまるところ、俺は丸っきり素人だって事だね。新しい玩具を手に入れて、やり込む気満々の状態だ。何故にあの時代の人類はゲームにだけ妙に偏重して飛び抜けた適応能力を発揮していたのだろうか。
障害物のない広い荒野を走り回ったり、魔導スラスターによるブースト移動をしてみたりする。
ブースト移動を連続使用すると、滑るように移動していく。
景色が飛ぶように流れるが、思ったより振動は少ない。
シミュレーターとは思えない臨場感だ。コクピットハッチを開けたら風が入ってきそう。
やはり魔力に問題はない。いつまでも戦闘機動を続けられるだろう。魔力貯蔵槽も計器上は一ミリも減っていない。
まぁ、機体についている機動補助魔術用に刻まれた魔法陣が焼き付く可能性があるので、いつまでもというわけにはいかないと思う。
操作自体は問題ない。機体の制御OSが優秀なのだろう。ざっくりした操作でもちゃんと動く。
一通り、実機でした動きを繰り返した。
「次は射撃かな」
荒野を奥へ進む。
基本的に奥に行けば環境が変化するように設定されている。
何もいなかった荒野の真ん中にゆっくりとこちらへ向かってくる敵が表示される。
反撃を受けないフェイズ設定なので、ただの動く標的だ。
のっそりと大きなクリーチャーの姿が顕わになる。
グローラー。
魔境領域で比較的良く遭遇する中級クリーチャーだ。
特徴はその頭部で、前方に大きく突き出した二本の角と盾のように広がるフリル。パッと見た感じはトリケラトプスに似てるんじゃなかろうか。本物見た事ないけれど……。
GVの腰辺りまでの高さがあるので、全高は五メートルは超えていると思う。全長は更に倍。
力の強そうな六足で、全身を硬質で分厚そうな外皮が覆っている。
頭を下げて角を前に向かってくる様は、装甲車とか古代ローマのチャリオットを彷彿とさせる。
トリケラトプスは草食だった様に記憶しているが、こいつの顎は明らかに肉を食い千切る様な形をしている。大人しいって事はあるまい。
ラドグラ突撃銃を立射体勢で構える。
構え自体は制御OSがやってくれる。
射撃体勢に入ると、メインモニターに照準器が表示され、それを標的に合わせることで機体が狙いを定めるように出来ているようだ。
距離が少し遠いのか、照準器がフラフラと動いているが、練習なので気にせずトリガーを引いた。
まずは単射。
軽い衝撃とともに射撃音がする。再現が細かいね。
着弾点に土埃が上がる。
照準器の中心よりずれている。
何が原因だろう?
何度か撃ってみるが、その都度バラバラの方向にずれる。大外れはせず、照準器周囲には寄っているところを見ると、制御OSの補正は受けているようだ。
ってことは、俺の腕の問題か……。この辺りは要練習だな。
フルオートでばらまいて、無理矢理命中させてみる。
グローラーの頭部は見た目通り堅いらしい。僅かに傷をつけたが致命傷には至っていない。
頭部以外に当てるか、きちんと急所に当てなければ倒せないようだ。
それでも、連射を続けると、そのうちに撃破判定になって消えていった。
「うーん。下手すぎる」
一体何発命中したのかわからないが、百発の弾倉がもう幾らも残っていなかった。
次のグローラーの出現を待って、気分を切り替えながら、今度は魔導ライフルを構える。
種類によってその見た目を変える実弾銃器と違い、魔導ライフルの見た目はどれも大して変わらず、記憶を辿ればショットガンに似ている。変わるのは内蔵されている魔導刻印と呼ばれる魔法陣を刻み込んだ部分だ。魔導刻印は魔術の詠唱と魔術式、展開設定を肩代わりしてくれて、魔力を注ぎ込むだけで魔術を完成させてくれる。
マグスギアの腕の魔力導管を通じて魔導ライフルへ魔力を注ぎ、トリガーで魔導刻印へ送り込むとそこで魔術を構築、魔術発動体が組み込まれた砲身から魔術が発動される。
弾体はセットされている魔術で大きく変わる。
「取り敢えず撃ってみますか……」
大雑把に狙いをつけて、魔導ライフルへ魔力を注ぎ、引き金を引く。
ヴァン、という古いネオン管に通電した時のような低いハムノイズとともに、銃口の少し先の空間に魔法陣が投射され、そこから真っ直ぐにレーザー光線の様なものが飛んで行った。
発射の反動が機体に伝わり、銃口が跳ね上がる。
「うひょぉー」
余りに想像以上のものが飛び出したので、おかしな声が出た。
魔導ライフルの抑えが甘かったため銃口の跳ねがもろに影響し、白い棒状の光のビームは狙いを外れて飛んでいく。
狙ったグローラーの頭上を越え、視界の彼方にある岩山にぶつかると、それをビームの形に抉り取って貫通し、さらに遠くへと消えていった。
今のが核撃光槍の魔術か?
槍っていうか、ビームじゃん…………。
しかもかなりの極太である。
今と昔では魔術そのものが変化している上に、光系統に属するだろう魔術は種族特性により苦手で、どのような魔術かまるで想像がついていなかった。不死者の王としての記憶にない魔術。
「これは凄い」
この威力なら、俺でも真面に食らえばただでは済まないだろう。
驚いている内に近くまで来ていたグローラーに、今度は魔導ライフルをしっかり保持して撃つ。
距離も近かったので今度は命中し、グローラーは一撃で爆散した。
うん。威力は申し分ない。
弾速はそれなりだ。光の速さには到底及ばない。見てから避けるとかは流石に無理だろうけれど、発動時の魔法陣が見えると同時に射線から外れるとかなら回避可能かもしれない。距離にもよるか。
試しに空に向かって連射してみると、クールタイムがあるようで、十秒ほどは間が空いた。魔導刻印を介した魔術なので、おそらくどの魔術でも同様のクールタイムが必要だと思う。魔法陣が自壊しないように設定されているはずだ。
魔力は殆ど問題ない。全力で戦闘機動を取りながら射撃を併用すると、息継ぎがいるかもしれないって感じだ。
遠距離で魔導ライフル、中距離でラドグラ突撃銃ってのが良さそう。
ラドグラ突撃銃は出来れば引き狩りして距離が空けば魔導ライフルって感じかな。魔導ライフルでの引き狩りは、あの反動だと無理くさい。当たる気がしないし、下手をすると転倒しそう。
暫くは、停止姿勢での魔導ライフルと移動しながらのラドグラ突撃銃での射撃訓練が必要だ。
なぁに、他の人と違って、稼働時間も魔導ライフルの使用回数も気にする必要はないんだ。訓練効率は何倍も違うはず。
それに、何と言っても……これは、楽しい。とっても。
毎日、夜になるのが楽しみになりそうだ。
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