第三話 操縦桿を握る
3 操縦桿を握る
アルフォンス・グラスコード。
士官養成学校では数少ない平民階級のアールバン人。
卒業後には下士官となる軍学校は、常に広く門戸を開いていて、ぶっちゃけ募集年齢にさえ達していれば誰でも入学できるし、実際仕事に困って食い詰めた者が諦めと共に入る事も多い。軍は常に人手不足なのだ。
しかし、士官養成学校はその名の通り士官を育成するためのものなので、卒業後は士官待遇が約束されているし、ある程度の身分か軍に対する後ろ盾となり得るような人物からの推薦状が無ければ入学試験さえ受けることは出来ない。
このように誰でも入れるわけではないのだが、彼は平民であるにも関わらず、下部組織である軍学校で優秀な成績を収め、そこで推薦を得て入学試験を突破し、入学してきていた。
此処に入学してからもその才能は同期生の中では頭一つは抜けており、ここまで常に首席であり続けている。
アールバン人は男女共に中性的な見た目が特徴で、大抵スラリとした細身で金髪碧眼の整った容姿をしている。彼の見た目も一般的なアールバン人のそれであり、手寧な物腰と合わさると、ともすれば此処にいる誰より気品を漂わせているかのように感じてしまう。まぁ、絵に描いたような本物のイケメンだ。
成績優秀、眉目秀麗、口調も丁寧で人当たりも柔らかい。GVの操縦にも長けている。シミュレーターでの模擬戦では学内首位。次期エースパイロット候補だ。身分こそ平民だが、これでモテない訳がない。
同期の女性は多かれ少なかれ彼に好意を向けているし、学内にはファンクラブの様な物まであるのだとか……。
エレノアール様も例外ではなく、密かに想いを寄せているようだ。密かにとは言っても、彼女に思いを寄せている男共から見れば、それは最早確定情報。彼の前でこそ取り繕ってはいるが、言動の端々に好意は見て取れるし、時々アルフォンスを見ては頬を染めながら吐息を吐いていれば……ね。
そんなイケメンアルフォンスに対して男共の心中は穏やかなものではないが、彼は本当にもう中身までイケメンなのだ。女性関連以外では嫌う様な要素がないというのもそうだが、表立ってあからさまに拙い扱いをすれば同期の女性たちから総スカンを喰らいかねない。
男共は、いくら完璧な彼と言えど、好意を寄せる全員を持って行くことは出来ないのだから、と決まった相手とさっさと身を固めてくれることだけを祈っている始末だ。その際には、自分の想い人が選ばれませんように、とも。
そう考えると、イーラは根性があると言えるのかもしれない。
何とか彼に勝ってエレノアール様にアピールしようとしているわけだから。
どっちかって言うと、ヨギ君の同類だな。
彼も何とかアルフォンスに模擬戦で勝ってエレノアールに想いを伝えたいと願っていたからだ。別に告白ぐらい何の条件もなくとも出来ると思うのだけれど……思い込みの激しい彼の中の理解出来ないルールで、勝ったら告白、と決めてしまっていた。アオハルかよ。
遠い昔の気持ち過ぎて、俺にはもう理解出来ない感覚だわ。
ヨギにしても、イーラにしても、はたまたアルフォンスにしても、何がどうなって告白したとして、他国の王族とどうにかなる訳はないと思うのだが……恋は盲目って奴だろうか?
「ほら、これなら良いだろう? これをやるから俺に譲れ!」
イーラが俺にゴルフボール程の大きさの赤黒い結晶を放ってくる。
「賤しくも金策のために獣狩りの真似事をしてると噂になっていたぞ。どうせ娼館にでも嵌って仕送りを食い潰しでもしたんだろう。それは家に在ったものでそれなりの価値がある筈だ、それで十分だろ。有難く思えよっ!」
「おい、待てよっ!!」
「お待ちなさい」
イーラはそう言い捨てると、俺達の静止の声も聞かず、さっさと訓練機の操縦席へ飛び込んで行ってしまった。
足元にはクリーチャーの赤黒い核結晶。
拾い上げてみると、中々の大きさだった。中級ぐらいのクリーチャーのものだろう。
核結晶は魔術的に加工されると、魔導具の素材や原動力、魔術触媒と様々な用途で利用出来るため、狩人協会は勿論の事、商業ギルドや魔導具店等で良い値段で買い取ってくれる。クリーチャーの素材の中で最もお金になる部位だ。狩人協会に所属し、クリーチャーを狩ることで素材を得て生活する者達をクリーチャー狩りや獣狩りと呼ぶが、彼等の主な収入源がこれだ。
一般的には強く長生きした個体の物ほど大きく、種によって宿る要素が異なり、それは色となって表れる。要は、大きくて綺麗な色の物ほど高価だという事だ。
人族の生存圏に近い位置に生息するクリーチャーは、弱く小さいものが多く下級に分類されている。下級クリーチャーの核結晶は親指程の大きさで濁った色のものが多い。これだってそんなに安い物ではない。
人族の生存圏から離れれば離れるほどに強いクリーチャーと遭遇する確率は上がり、それらが持つ核結晶は大きくなっていくのだが、遭遇して生き残れるかどうかは分からない。
下級に分類されるものでさえ、ある程度以上のクリーチャーになれば、一般人の手には余る。クリーチャーを狩って核結晶を得るというのは、そう容易い事ではないという事だ。
中級ぐらいのクリーチャーとなると、クリーチャー狩りを生業とするそれなりの腕の者達が徒党を組まなければ討伐出来ないだろうし、何日も掛けて森や魔境に分け入らなければ遭遇すらも覚束ない。売れば確かにそれなりの値段にはなるだろう。
イーラは家から持ってきたとか言っていたが無断で持ち出していい物だったのだろうか?
伯爵家ぐらいになるとこんなものでもお駄賃レベルってことか。お金ってあるところにはあるものなんだなぁ。
「全く、あの方と来たら……」
エレノアール様が呆れて溜息を漏らす。
「正式に教官に訴え出て問題にするつもりならば、お口添えいたしますよ?」
核結晶を掌で転がして所在無げにしていた俺に彼女が言った。
「いえ、もう気にしません。そこまでするほどの事でもありませんし、無理矢理ですが代価もいただきましたから」
「そうですか。ならばもう言いませんが……困ったことになったら、おっしゃってくださいね?」
「ありがとうございます。それで、あの、エレノアール様……」
「何か?」
「俺、娼館通いなどしていませんからっ」
これだけは、これだけはヨギ君の名誉のためにも言っておかねばならない。
彼の金策目的は魔晶石購入。遠因は彼女なのだから……。
「っふふ。勿論そのようなお話、信じておりませんよ」
彼女は笑って列に戻っていった。
結構後ろの方から心配して来てくれていたようだ。
うん。確かに良い子だな。
イーラの暴挙を見ていた同期達はこの次に搭乗すればいいと言ってくれたのだけれど、結局、俺は列の最後に並び直した。一応対価を貰って交代した格好なのでね。
俺に対価を払ってまで割り込んだイーラは頑張ってアピールしていたようだけれど、エレノアール様はずっとアルフォンスの機体を見ていた。まぁそういうもんだよね。彼に幸あれ。
皆がへたり込む中、やっと順番が回って来て操縦席に乗り込む。
これはこれでおかしな注目をされる心配もなくて良かったのかもしれない。
座席に座りベルトを着け、胸ポケットに入っている手の平サイズの小型情報端末のスイッチを入れる。機体のOSが俺の個人設定を読み込んでくれるのだ。
この小型情報端末は、個人IDの管理や通信、財布機能、GVの個人設定、教練の成績や取得単位の管理、模擬戦のデータ記録、その他諸々の機能が盛り込まれた物で、この世界で何をするにも必須になるガジェットだ。壊れたりすると生活に支障が出るので、誰もが予備機を準備していて常にバックアップを取っているほど生活に密着している。俺の場合も予備を一つ棺桶に入れてある。あそこが一番安全だし、なくす心配が無いからね。
起動キーを差し込むとジェネレーターが始動を始め、コックピットハッチが閉じる。それと共に読み取った個人設定を基にして、座席とフットペダルのポジションの微調整がなされていく。
正面にはメインモニター、その左右にやや小さいサブモニターが設置され、周囲の情景を映し出す。
教え込まれた手順で各項目を確認しながら、ずらりと並んだスイッチ類を操作していく。
うん。ちゃんとわかるね。操作に関してヨギ君の記憶の欠損は無い様だ。
機体の正常起動を確認。
至る所に計器類とスイッチが付いているが、メインの操作は左右のジョイスティックと両足のフットペダル、ジョイスティックに付いた五つずつのボタンとトリガーで行うことになる。
基本設定や機体の調整を弄るような操作でなければ、動作中の姿勢制御などの細かい補正は機体OSが補助してくれるようになっているからだ。
ゆっくりと両手で左右のジョイスティックを握り、魔力の通りを確認する。
魔力導管を魔力が流れて行き、魔導回路が起動するのを計器で確認しながら、その感覚を把握する。
「さて……どんなもんかね」
既定の基本動作が終わるまでは教官から指示は出ないので、最初は自分のペースでやれる。
駐機姿勢から起き上がり、ゆっくり前進。駆動音が響き、機体の動きに合わせて振動が伝わってくる。
モニターに映る景色が流れる。思ったより揺れるね。
今までに経験したことのない視点の高さ。
離れた場所に小さく同期の訓練生たちが見える。
巨人になった気分だ。
「――――――――すごい」
感動だ。
前世では高い所が得意ではなかったはずだけれど、そんな事は欠片も頭を掠めなかった。
前進、後退、右旋回、左旋回。
魔力を消費しないただの歩行だけで凄く楽しい。ずっとやっていたい。
ヨギ君は操作マニュアルを良く読み込んで勉強していたので、知識だけは立派だったのだけれど、魔力量が少なくて搭乗時間が稼げなかったのと、運動が出来る人特有の不器用さで、操作がいつまでもぎこちなかった。
自分の身体を動かす時、いちいち動作毎にどう力を入れて重心はどうで何て普通は考えない。運動が出来る人ほど一度に多くの事を高度に制御しているので、その感覚のままそれを操縦に反映しようとすれば無理が出るに決まっている。
剣術が苦手だったのも同じ理由。身体の制御を突き詰めていたため、剣という異物を身体の延長として扱うことが出来なかった。不器用な上に融通が利かなかったんだね。
自身の身体操作と、GVの操縦は別物として切り離して行わなければいけないのだ。
この辺りが彼には分っていなかった。
彼の生真面目さが完全に逆効果だったわけだ。
その点、俺はこの手の事に慣れている。
いや、偉そうに言ったけれど、ゲームだよ。ゲーム。
昔これに良く似たゲームが流行ったんだ。
アーケードゲームだったと思うのだけれど、入り浸っていた記憶がある。全国の設置店舗と通信対戦が出来て、対戦成績がランキングに反映されるシステムだった。確か、二桁台までは行けたと思う。ゲームの名前や細かい設定なんかはすっかり忘れてしまったんでやや怪しいけれどね。
乗り込んだ瞬間は計器類やスイッチの多さに怯んだし、ヨギ君が持っていた操縦が難しいというイメージで警戒していたんだけれど、機体動作の補助や補正をしてくれているOSが優秀なのか、予想より動けている。簡単とまでは言わないけれど、これなら練習すれば何とでもなりそうだ。
次いで徐々に魔力を使いながら戦闘機動を試していく。
魔力の通りは少し悪い。この辺りは機体性能だろう。ドロテアは旧式のリッターギアだから。
そこは多めの魔力を流すことで強引にレスポンスを上げる。
以前のヨギ君には出来なかった事だ。
不完全な状態とは言え、そこは不死者の王として只人と比べるべくもないぐらいの魔力量はあるし、もっと言えばこのぐらいの魔力消費量なら流しっぱなしにしなければ、自然回復で直ぐに回復する。
普通の人族は、大気中や食物、飲料に含まれるマナを呼吸や摂取によって体内に取り込むことによって魔力を回復している。安静時には吸収効率が上がるので、就寝時が最も効率が良く、大抵一晩寝れば人族の器ぐらいであれば回復しきる。
だが、クリーチャーは心臓の代わりに核結晶という核心を持ち、その核結晶で自ら魔力を生み出しているし、その他の吸収も行っている。吸収効率も人族とは段違いだ。
この核結晶の有無は魔力を扱う上で決定的な差異を生み出し、これを持たない人族は魔術を行使するのに発動体を必要とする。
そもそも魔力関連において、人類とクリーチャーでは文字通り造りから違うので、較べる方がおかしいのである。
俺の場合は、クリーチャーであり、更には曲がり形にもその王種。その差は宜なるかな。
「ヨギ・オルレアン訓練生! 今日は頗る調子が良いようだな? 今後はそれで頼むぞ!! では、既定動作を終了とし、指示機動に移る。構えっ!」
夢中になっていろいろと試していた俺に教官から声が掛かる。
おっと。調子に乗ってやり過ぎた。
いつもなら既定動作が終わるぐらいには肩で息をするぐらいには消耗しているので、苦も無く戦闘機動を取り続けるのが不思議に見えたのだろう。明らかに出力も違うしね。
誤魔化せるような魔力量の差ではないのだけれど、元々保有魔力量ってのは数値化出来ているわけではなく、GVを何戦闘単位ぐらい動かせるかとか、どれぐらいの魔術を扱えるかとかで測っているので、急に稼働限界時間が伸びたとしても、操作のコツを掴んだとか、今までは理由があって隠していたんだとか勝手に理由を付けて解釈してくれる可能性が高い。人族は生来の保有魔力量が増えないとされているし、まず誰もクリーチャーに生まれ変わっただなんて発想は持たないからだ。
どうせ直ぐにバレるだろうし、ヨギ君の悲願であるアルフォンスに模擬戦で勝つという目標もあるので、隠し通すわけにもいかない。
徐々に力を見せて行くことになるだろう。
暫く教官の指示通りに操作して、三戦闘単位を過ぎたぐらいで終了とした。
いやぁ、堪能した。
教練だって言うのを忘れそうになるぐらい面白かった。
指示通り動くってのは、アーケードのロボットゲームのチュートリアルで遊んでいる気分だった。
実際のところはまだ全く問題なく動けるけれど、加減が良く分からないため、このくらいならば、と稼働限界を宣言して、機体を停止させた。
多少周囲が騒がしい気もするが、教官からは特に何も言われなかったので大丈夫だと思いたい。
どの道、俺のGV搭乗時間は全然足りていない。ヨギ君の稼働限界時間が短かったのもあるけれど、変な苦手意識を持っていたようで積極的に乗ってもいなかったようなのだ。練習しなきゃ出来る様にならないよなぁ……。これでどうやってアルフォンスに勝つ気だったのやら。
ああ、どうにもならなくなって、非常手段を試したのか……なんか少しわかったような気がする。
今のままでは騎士になるどころか、士官養成学校の卒業も危ういので、何処かで搭乗時間を稼いでおかねばならない。
GV搭乗時間は実機だけでなく、シミュレーターでも加算される。勿論シミュレーターを稼働させるにも魔力は必要なのだけれど、シミュレータールームは昼夜問わず常時解放されているので、人の居ない時間にでも籠れば何とでもなるかな。搭乗時間の管理は個人の小型情報端末がやってくれるので、誰かに許可を取ったり同席してもらう必要はないしね。
おっ、やべぇ。
これって皆が寝ている間、ゲームやり放題って事なんじゃね。
ちょっとワクワクしてきたな。




