第十四話 開戦
14 開戦
あれから程無くして、俺は無事に士官養成学校を卒業した。
卒業後は自動的に領軍に入隊。士官養成学校を卒業しているので階級は少尉からスタートだ。
配属先は第十四航路哨戒衛士隊。任務は星系内の航路の安全確保。要は、道の掃除屋さんだ。定期的に決められた航路を回って、クリーチャーや略奪者集団の排除を行う。
この世界でも、銀河は思うまま好き勝手に飛び回れるわけではなく、アステロイドやデブリ群、クリーチャーの巣や重力渦等の影響を加味すると、ある程度安全に進める航路というのは決まってくる。それはまるで宇宙に引かれた見えない街道のようなものだ。
それを保守するのは大事な仕事ではある。星系内の流通が止まってしまえば、忽ち日常生活に影響が出るのだから当然だ。
しかし、士官養成学校を卒業した者の中では、どちらかと言えば外れクジを引いた形になっている。学校での成績がそこそこだったからだろう。アルフォンスは近衛に入ったし、あのイーラですら領境の防衛基地に配属されたというのに……。
やはり遠距離射撃一辺倒ってのは、軍の上層部の人達に受けが悪かったんだろう。隊列を組んで射撃をするのがメインってのは下士官の戦い方だもの。しょうがないね。まぁ精々、近接武器を担いで特攻する上役の人達のための舞台造りにでも励みますかね。
あっ、エレノアール様は自国に帰られました。情勢が不安定で危ないからね。それはもう卒業式を待たずに慌てて呼び戻されてましたよ。噂では、アルフォンスに仕官しないかと誘いを掛けたとかなんとか……。彼が近衛師団に入隊したことから、断られたと思われる。さぞ傷心を抱えて帰られたことだろう。
俺は何故か、彼女の侍女さんにお別れのお菓子を貰った。
侍女さんもやっぱりラグドール人で王族につけられるほどの家柄なので、そういう見た目だ。アビシニアンに似た可愛い子だったけれど、何度も言うが俺にそういう趣味はない。
ヨギ君がエレノアール様に送っていた熱視線は、別の人に受け取られていたようだ。
まぁ、あれだ……知らんがな。
着任してから既に数か月。
今日も今日とて哨戒任務にあたっている。とは言っても、第十四航路哨戒衛士隊の母船『ネラトル』の中でグランヴァリエに乗って待機しているだけなのだけれどね。
航路哨戒衛士隊は一隻のフリゲート艦と三体のグランヴァリエで構成されている。
フリゲート艦ってのは、速度や機動性が優れていて小回りが利くけれど、装備しているシールドや艦砲は軍艦にしては最低限で貧弱そのもの。戦力の要となるグランヴァリエも三体までしか搭載できない。
ぶっちゃけると領軍の中で最も下のクラスの艦船だね。
巡洋艦に二隻ぐらいで護衛に付く駆逐艦を四隻ぐらいで護衛するような艦船って言えば、大体どれぐらいの扱いなのかわかるだろうか? 因みに巡洋艦の上には戦列艦があり、その上も存在する。
偵察や星系内の治安維持ならこれぐらいの戦力で十分ってことなんだろう。
部隊の隊長はレンドラン大尉で、フリゲート艦の艦長を兼ねている。
俺は彼の下でグランヴァリエ隊を率いる部隊長役。部下はサドラ伍長とクルックス伍長の二人。二人ともそこそこのベテランだ。お子さんもいるらしい。親子ほどの年齢差があり、多少やりづらいがちゃんと敬って指示に従ってくれている。
レンドラン大尉はどうやら父親の知り合いらしく、俺がそこそこの成績で卒業したにもかかわらず戦闘内容のせいで飛ばされてきたことに同情してくれていて、領軍で最近になって漸く配備され始めたマグスギア『ヘーベ』を分捕ってきて与えてくれた。
なので、この艦『ネラトル』の搭載機は『ヘーベ』一機に『パラス』二機というちょっとだけ豪華な組み合わせになっている。普通は最下級軍用機である御馴染みの『ケレス』と『パラス』の組み合わせしかない。
『ヘーベ』は、大手軍需企業イグジスとゾロ公爵領軍が独占契約を結んで開発された初のルドラ産高規格グランヴァリエ“RTGシリーズ”のマグスギア。ルドラの特産品でもあるオレイカルコス等の希少資源をふんだんに使い、出力、機動性、反応性と全てにおいてGIAシリーズである『パラス』はおろかその上位機種『ベスタ』さえも上回っている。
恐らくは独立戦争を視野に入れて秘密裏に開発された機体だろう。
もう何度かこれに乗って任務をこなしているが、良い機体だと思う。
乗ってみた感じ、こんな所で運用するような性能ではないと思ったので、レンドラン大尉はかなり無理をしたんじゃないかと心配したのだけれど、そもそも下士官が乗るマグスギアは『パラス』で、何かの折に士官が指揮を執るときに搭乗するのが上位機の『ベスタ』。初のルドラ産高規格ロットということで勢い込んで『ヘーベ』を造ったけれど、『ベスタ』すら持て余している現状では好んで乗ろうという人間は非常に少なく、工廠内で所在無さ気に飾って置かれていたそうだ。
余っているくらいなら『ベスタ』も併せて下士官を宛がっておけばいいんじゃないかと思うんだが、コストの問題でそれは駄目らしい。社員は重役より安い車に乗ってなきゃいけないとかそういう感じだろうか。馬鹿らしいが、お陰で俺に『ヘーベ』が回ってきたので良しとしよう。
お馴染みになってきた核撃光槍が宇宙型クリーチャーの指揮個体を撃ち抜く。
これを通常運用出来るだけで驚かれたので、二発までと決めて、それ以降は通常の実弾兵器を使うようにしている。学生時代のシミュレーターでは散々やらかしていたので、今更かとも思ったが、突っ込まれたことはないので、なるようになっているのだろう。魔導ライフルを乱射したりしていたのは、記録ミスとして処置されているのかもしれない。目立っても良い事はないので、どうこうするつもりはないが……。
レーダーや長距離通信を妨害する波動を発生させていた指揮個体が消滅したことで、此方の照準補正機能が格段に良くなる。
あの波動はクリーチャー間の連携にも使われているのか、途端にばらばらの機動を取り始めるクリーチャー共を僚機と一緒にラドグラ突撃銃で狙撃し沈めていく。
エイのような姿をした宇宙型クリーチャーは大顎の間から光弾を放って反撃してくるが、弾速は遅く、動きを止めなければそうそう当たるもんじゃない。三機とも余裕をもって躱せている。怖いのは体当たりだが、マグスギアを運用している以上、そんな距離に近付かせるわけがない。
正操縦士といえども移動射撃は難しいと言われているのだけれど、惑星上と違って無重力空間なら機体の上下動や大気の抵抗による振動はない。静止射撃が出来れば、慣性で移動しながら十分標的に命中させる事が出来る。相手も動くのでそこは腕の見せ所なんだが……。
『今ので、二匹目です。今日は隊長の奢りになりそうですな』
クルックス伍長がラドグラ突撃銃を振りながら言う。
『ふふふ。こっちも一匹仕留めた! 魚共めっ、今日は運がないな。面白い様に当たるぞ』
サドラ伍長も調子は良さそう。
俺は指揮個体を除けばまだ一匹も撃破出来ていない。当たってはいるのだけれど、突撃銃の銃弾ではなかなか致命弾にならないのだ。動きの鈍ったところを脇の二人に持って行かれている形。このままでは今月分の嗜好品引換券は彼等の物だ。
「やむを得ないな……」
徐に魔導ライフルに持ち替える。固まって逃げているクリーチャー集団を狙い砲撃。込める魔力にちょっと細工して核撃光槍の範囲を拡大。多少威力は落ちたものの、ただでさえ太い光線を更に一回り太くして巻き込めるだけ巻き込む。
光が過ぎ去った後、残っていた三匹のクリーチャーが揃って姿を消していた。
『……隊長。往生際が悪いですよ』
『そりゃ、反則ですわ』
これで本日二発目だから問題ない。
色々と怪しまれているけれど、部隊内では今更なのだ。
大尉を含めて、第十四航路哨戒衛士隊のクルーに面倒な詮索をしてくるような奴はいない。
本来なら今の規模のクリーチャーを排除しようと思ったのならば応援を呼ぶべきなんだが、御覧の通り何とかなっているからだ。多少おかしなところがあっても部隊の生存率には代えられない。気の良い連中だってのもあるのだけれど、みんな詮索しないことで現状の戦力が得られていることを良く理解しているのだ。戦果を出せるなら、細かいことは気にしない。
『……さて、任務完了だな。今回も俺の勝ちってことで、よろしく』
通信の向こうから、納得のいかない叫びが聞こえた。
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何時までも宙域の端っこで気儘に任務を熟していればいいだけなら良かったのだが、誰もが予想していたようにゾロ公爵当主ルシアン・ギネ・ゾロはガイア帝国に対し宣戦を布告。独立を宣言する。
この頃にはアスター星系内は完全に主戦ムード。度重なる嫌がらせで反戦派の動きが鈍ってしまい、帝国中枢の思惑通りに事が進んでしまっていた。公爵領軍の上層部はそんな思惑には気が付いていたものの、領民感情は抑えられず、最早引くに引けない状態だったのだ。
父アイザック・オルレアン准将麾下第三領軍艦隊を密かに進軍させ、アスター星系とガイア帝国の本土を結ぶ宙域――ゼランタス宙域にある多目的コロニー『セケトツー』に攻撃を掛ける直前のタイミングでの布告だった。
『セケトツー』はアステロイドベルトとクリーチャーの多発域を含む航行不能宙域に挟まれた航路上の隘路にあり、帝国本土からアスター星系を目指す時、ここを通らなければかなりの大回りを強いられる。距離は物資の損耗に繋がる。まして大規模な艦隊ともなればその必要物資量は跳ね上がるというものだ。
帝国正規軍と公爵領軍の戦力差は如何ともしがたく、航路の要所を抑えての防戦を基本にしなければそもそも戦いにすらならないのである。
どうしても此処を占拠する必要があったのだ。
それ故の奇襲。強襲。騙し討ち。
褒められた行為ではないが、ゾロ公爵領軍改めルドラ軍に他の選択肢はなかった。
多目的コロニー『セケトツー』は別に軍事要塞ではない。
帝国軍の軍事宇宙港を備えてはいるが、基本的には通商コロニーだ。アスター星系との通商上の中間拠点として、居住区や商業区、宇宙港を持っている。補給地点を兼ねた商取引の場。場所柄、関所砦としての役割も多少はあるので、帝国軍の軍事施設や簡易防衛設備は備えているが、それだけだった。
そこへ弩級戦艦一隻を含めた三十隻規模の第三ルドラ軍が強襲。
僅か数日で拠点の占拠に成功した。
ルドラ軍は『セケトツー』の軍事要塞化を急ピッチで進める傍ら、更に駒を進めることを選んだ。
軍事要塞化の時間を稼ぎたかったというのが本当のところだろうが、建前上は帝国側にある程度の出血を強いれなければ独立を維持できないからというもの。手を出せば無視出来ない損害が発生することを証明しなくてはならない。
第三ルドラ軍は後続で来た第二ルドラ軍に『セケトツー』を任せ進軍する。
「で、レンドラン大尉。この艦隊は何処を目指してるんです?」
「そりゃぁ『セケトワン』だろう」
我が第十四航路哨戒衛士隊は、『セケトツー』攻略戦での第三ルドラ軍の損耗に対する穴埋めとして招集され、組み込まれていた。航路哨戒衛士隊の殆どの隊が組み込まれたので、特に何等かの意図があって選抜されたわけではなさそうだ。純粋に直ぐに動かせる戦力が無かったのだろう。足の速いフリゲート艦でなければ、第三ルドラ軍の進軍の再開に間に合わなかったってところか。
この辺りからもわかるように、第三ルドラ軍は結構な継ぎ接ぎ状態。
更なる領土の切り取りが目的ではなく、単なる示威が目的だと言うのが透けて見えるようだ。半ば捨て駒のように扱われている気さえする。
ゼランタス宙域のアスター星系側の入り口が『セケトツー』であるとしたら、帝国側の出口にあるのが『セケトワン』だ。
『セケトツー』が通商目的の多目的コロニーだったのに対して、『セケトワン』は本格的な軍事コロニー。駐留している艦隊戦力も比べ物にならない。
「『セケトワン』の駐留艦隊とぶつかって勝てます?」
「……無理だろうなぁ」
「ですよね~」
「本格的な防衛設備を備えた軍事基地だし、駐留している戦力も多い。防衛宙域に踏み込めば進軍も撤退も出来なくなるだろう」
『ネラトル』のブリーフィングルームで手の空いたクルーを集めて状況の説明がされている。
正面モニターには円筒を二つ細い横棒でつないだ様なやや不安定な形に見える軍事コロニー『セケトワン』のホログラムが映し出されている。周りには同じような細い通路でつながった球状の防衛対宙設備が設置されている。
「立体図だけ見れば、脆そうな構造ですよね。この連絡チューブのところとか……」
「まぁ、その部分にシールドはないだろうな。だが、そんなところを狙える距離に近付くことはまず出来ない。当然、砲撃が届くような距離に行く前に防衛ラインに何度も掛かるようになってる。それを全て突破して、『セケトワン』自体が備えている防衛砲台を無効化する必要がある。その上で、目視で当てる自信があればいけるかもしれんが、そこまで艦艇が迫ったら普通は降伏するだろう」
「ちょっと思っただけですから、そんなに真面に返されても……」
ブリーフィングルームに笑いが広がる。
恐らく大尉もわかっていて返したんだろう。
この行軍にはどうにも死の影が付きまとっている。特攻隊の空気。
ありあわせの艦隊で示威目的で帝国正規軍の駐留する軍事拠点に攻撃する。どう考えても明るい未来が思いつかない。
少しでもそんな暗い雰囲気が和らげば、といった意図が感じられる。
「おそらく『セケトワン』のかなり手前で、向こうから進発した防衛艦隊と交戦することになる。情報では後二日後ぐらいだ」
モニターに進軍状況が図示される。
予想されるか接敵位置はゼランタス宙域の終わり、『セケトワン』の第三防衛ライン。右側はアステロイドベルトで塞がれているが、左側は開けている。隘路から出てくる艦隊を包囲して攻撃できる宙域環境だ。苦しい戦闘が予想される。
「我々航路哨戒衛士隊のフリゲート艦は、魚鱗の陣形の最外周、この艦は右後方を割り当てられている。各自確認しておいてくれ」
「了解!」
中央最奥に旗艦。魚鱗陣形の頂点を中心に巡洋艦を集め、敵が横陣で包囲を狙ってくるのを真ん中で切り裂き、そのまま中央突破する形だ。包囲を完成させるよりも抜けられることを嫌うだろうから上手くいけば敵陣営は崩れる。
俺達は最外側、旗艦は勿論のこと正中に配置された艦艇を守る文字通りの肉壁としての働きを期待されているようだ。
それでも右後方ってことは、上手くすれば敵が崩れた後に接敵する位置か。崩れもせずに包囲されたときはどうしようもないけどね。
予想された会敵時刻より一日程前。
俺の小型情報端末に軍の秘匿回線経由でパーソナルコールが入った。
通信相手はアイザック・オルレアン。父だ。
そして、この第三ルドラ艦隊の旗艦に搭乗している総司令官でもある。
「招集を取り消せなくてな……すまん」
その顔には疲れが滲み、いつもの鋭い青い瞳は力を失っていた。
「いや、仕方が無いよ。父さんが気にすることじゃない」
「こんな戦いに連れて行かなければいけないなんて……」
「それでもうちの艦のあの位置は、父さんの指示だろう? 後から参加させられた航路哨戒衛士隊の中じゃ一番マシな位置だと思うよ」
「気休めにもならんだろう」
「いいさ」
アイザックの立場では、これでも十分すぎるほどやってくれている。そう感じていた。
ただ、今の会話だと……。
「父さん。どこまでやる気なの?」
「…………艦隊司令部からは、しっかりとした打撃を与えて武威を示せと言われている。建前の上ではいつ撤退しても良い事にはなっているが、何の功績もなく下がることは許されないだろう」
「それって……」
「まぁ、派手に散ることを望まれているんだろうなぁ」
「……」
アイザックが苦笑を浮かべる。
「そんな顔をするな。取り敢えず、お前は私が散るまで粘ることを考えなさい。旗艦が落ちた後なら、逃げ帰っても問題にはならん。レンドラン大尉もわかっているはずだ」
「死ぬ気なの?」
「黙って死ぬ気はないさ。やれるところまではやる。そうだな。相手側に三割ほどの損耗を強いる事が出来れば撤退するつもりはある」
「三割……」
士官養成学校では、防衛で三割損耗させられるとその部隊は十分な戦闘力を保てないと教わった。負けとは言わないまでも明確な大打撃って事だろう。ただ、突撃側は正面戦力の一割を失えば突破力が低下し、一割五分の損耗で頓挫し潰走することになるとも教わった。
自軍が一割五分損耗する前に、敵軍に三割の損耗を負わせる。
数の多い帝国正規軍相手に対して、これは非常に厳しい条件だと言わざるを得ない。実質不可能に思える。
「それ以外で、生き残る道は?」
「そうだなぁ。相手側が何等かの理由で先に撤退し始めれば、その時点で無理に追撃せず撤収するだろうな。殲滅が目的ではないから」
そんなこと起こり得るはずもない。
言った本人もわかっているのだろう。先ほどの苦笑よりさらに力なく笑った。
「……お前だけでも。難しいことは分かっている。何としてでも粘ってくれ。親より先に死ぬなよ?」
悲痛な表情。泣いてしまいそうだった。
これだから軍人ってのは……。
「ああ。わかったよ。任せておいて。俺は往生際が悪いんだ。きっと父さんも……」
「はは。そうかもな。精々私の実力というものを見せてやろう。しっかり見ておくといい」
「くれぐれも俺を逃がすために死に急いだりしないで。ギリギリまでは諦めないでほしい。ちゃんと見てるから」
「ああ。わかった」
思ったよりも不味い事態のようだ。
適当に一当てすれば、それでいいものだと勝手に思っていた。
これはちょっと何か考えなければいけない。
アイザック《父親》を見殺しにするような事になれば、ヨギ君に申し訳が立たない。
――会敵まで後僅か。
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