第十話 ミーレスコープ
10 ミーレスコープ
この世界にはミーレスという職業がある。
前世の記憶に照らし合わせると、傭兵とか賞金稼ぎになるだろうか。実際にそう呼ばれることもあるし、更にグランヴァリエを使っている場合は黒騎士と呼ばれることもある。黒騎士とは主君を持たない騎士のこと。浪人や陣借り者とかと意味合いは同じである。国家・領地に所属する職業軍人や、企業・個人商会などに直接雇用されている護衛や私兵とは違い、ミーレスコープに所属し、個人の裁量で仕事をする個人民間軍事業者。
惑星上で、狩人協会に所属して仕事の依頼を熟したり、クリーチャーなどを狩る者たちが、クリーチャー狩りや獣狩り。惑星上だけでなく銀河へ出て、クリーチャーや武装した掠奪・強奪集団を相手取ったり、傭兵として何処かの星系軍に参加したり、ミーレスコープに寄せられた依頼を熟したりするのがミーレスである。
クリーチャー狩りは、極端な話、狩人協会に所属してクリーチャーを倒せるのなら、手ぶらでも始められる。当然自身の生き死には自己責任だが……。
それに比べると、ミーレスは銀河での活動が前提となっているので、航宙艦艇を所持している事が最低条件。過去の経歴はほぼ不問で、今現在懸賞金が懸けられておらず、航行可能な航宙艦艇を所持した上で、ミーレスコープに登録する事で晴れて名乗る事が出来る。
尚、航宙艦艇を所持していればなれはするが、宙域に出現するクリーチャーを相手取ろうと思えばそれなりの武装が必要になる。十分な武装を備えた戦闘艦艇というのはかなり高価だ。そのため、宙航能力を最低限備えた小型輸送艦艇に、グランヴァリエ等の戦力を搭載して活動を開始するのがスタンダードとなっている。結局、船とグランヴァリエの両方が必要となるのである。
初期準備費用のせいで敷居の高い職業であるミーレスだが、その母体であるミーレスコープは全宙域統合企業連合が管理する組織であり、そこへ所属するということは、全宙域統合企業連合が身分を保証するということだ。
全宙域統合企業連合とは、名前の通り人類種が進出している全宙域に数多存在する大小様々な企業が所属し、参加企業の中である一定水準以上の規模に達した企業の代表による合議制で運営されている巨大組織で、無理な価格競争の果てに商材やクレジットの経済価値を破壊したり、企業同士の無為な争いで共倒れが発生し、全宙連自体の影響力を損なったりしないように、最低限の公平で安定した商取引環境を保つことを目的として運営されている。
企業は勿論、一般の商人達もここから商業ライセンスを得ることでその庇護を受けている。全宙域の経済に多大な影響力を持つことは語るまでもないだろう。
その保証は、クレジットが何処ででも通用するように、全宙連の影響宙域であるのならば、何処でも通用する。
この世界で保証された身分を持っているというのは非常に重要だ。それがなければ、最悪の場合、宙域への侵入を拒否されたり、ステーションや惑星に入港出来ず補給が受けられなくなったり、武装艦に乗っていたのならば、施設や艦艇に近付いた瞬間に攻撃される可能性すらある。
素性不明の武装艦が近付いてくれば、略奪者や犯罪者扱いを受けて撃沈されても仕方が無いのである。
全宙連の身分保証だけなら金で商業権を獲得して、商人になる手もある。
だが、商業権は高いし、銀河を航行するのならば荒事は必須であり、自身が武力を持たないのならば、護衛や私兵を雇う必要が出てくる。武装商人というのもいないわけではないが、武装を備えた上に商品を輸送出来るだけのスペースを確保出来るような艦艇がどれだけすることか……。結局、ミーレスになった方が安くつくし、手っ取り早い。
領軍所属の軍人でいる間は、身分はゾロ公爵家延いてはガイア帝国が保証してくれる。
でもそれは、軍からの命令に縛られることを意味している。支配領域から無断で離れる事も出来ないだろう。自由に旅をするなんてことは不可能だ。
ミーレスコープは確かに全宙域統合企業連合が管理する組織ではあるのだけれど、その実態は互助組合に近く、ミーレスは個人事業主の扱いとなる。出される依頼は飽くまで商談の一種であり、受けるも受けないも個人の判断に委ねられている。ミーレスコープはミーレスをランク付けして管理しており、コープからの依頼を断り続ければ、いくら稼ぎが良かろうとランクが上がらなかったり、酷い場合は下がることもあり、活動するために必要な各種サービスの質が低下するので、全く何の拘束力もないわけではないけれども、その辺りは本人の選択次第であるので、非常に緩いと言わざるを得ない。全く依頼を受けなかったとしても、それによる報酬が得られないというだけで、ミーレスコープの不利益になることさえしなければ、除籍されることはまずない。宙域で活動できる武力を保持する者を簡単に除籍して、無法者を増やすわけにはいかないからだ。
何の柵もなく、自由に銀河を旅したい、となれば、ミーレスの身分を手に入れるのが一番便利と言える。
クリーチャーや賞金の懸かった強奪集団ってのは何処にでもいる。ミーレスならば、旅をしながら生活の糧を得ることも容易だろう。
まぁ、その内には……って話だ。
士官養成学校の卒業後は取り敢えず、領軍所属軍人になることは決まっているのだから。
士官養成学校のシミュレーターでの模擬戦は、あれからも問題なく勝ち続け、遂に下位陣を抜け出す事が出来た。
喜ぶべきではあるのだけれども、何とも言えない気分だ。
なぜなら、下位陣の間、対戦相手はほぼイーラと同じように棒立ちのまま、開幕の核撃光槍一発で片が付いてしまっていたからだ。移動射撃なんて一回もしていない。
ってか……何で誰も対応して来ないのよ?
初日にイーラがあれほど騒いだにもかかわらず、誰の注意も引かなかったようで、皆一様に呆然として、何が起こったのかわからない様子だった。これを見ると、曲がりなりにも魔導ライフルで撃たれたことを即座に把握していたイーラは優秀な部類だったのかもしれない。
次からは上位陣の下の方と当たるわけだが、何処までこの状態が続くだろうか。
夜、トレーニングモードの第二フェイズの方は、一匹ずつなら何とか対処出来るようになった。
回避運動しながら接近し、移動射撃で回避を強制させて、二連続の跳躍直後の硬直を狙う。
タン、タン、タタタンのリズムで三連射だ。
単射、単射、三点バースト射撃なので、厳密には五発撃ってることになるけれど、細かいことはいいだろう。三点バーストをきちんと頭部の真ん中に命中させると大体殺す事が出来る。簡単そうに言ったが、それぞれ回避運動しながらだし、ちゃんと狙わないと回避運動を強制させる事が出来ないので、難易度はかなり高い。
毎晩練習を続け、安定して出来る様になってきたので、番の相手をしてみる。
一匹ならいけるのだから、何とかなるだろうと思ったのだけれど、これが大きな間違いだった。
全く対処できない。
一対一なら主導権を握ったまま相手に回避運動を強制出来るけれど、一対二になった途端、主導権は向こうに取られっぱなしになる。
魔術の矢を躱しながらの精密射撃が必要になり、それも三連射となると……どうしてもその間の回避動作が鈍くなり、被弾する。被弾すると射撃の狙いがずれ、殺しきれない。最後の三点バーストまで辿り着けないのだ。
まだまだ練習が必要なようだ。
くそぉ。生身ならば楽に対処出来るというのに……。
大体、魔術の矢とか言われてるアラフランテのビーム攻撃も、本来の魔術の矢の魔術とは別物で、見た目が似ているってだけだ。本家魔術の方は威力は低いが追尾性能が高く、まず的を外すことのない必中の矢。回避可能な時点で別物なのだ。見た目も蠍擬き、攻撃も魔術の矢擬き。こんな模造品に負け続けるとは。
負け惜しみをぼやいても、シミュレーターで機体から降りれるわけもなく、蠍擬きにボコられる日々が続く。
寄宿舎の自室でビリーから買ってきた魔術触媒の下準備をしている。
今やっているのは炎の魔術に使う火燐灰を一回分ずつに小分けする作業。布の袋に入った火燐灰を適量とって、リップクリームサイズの筒に詰めてコルクで栓をしていく。
火燐灰は、比較的有り触れた触媒で、触媒を扱っている店なら大抵売っている。値段もこの一袋で五千クレジットぐらい。一回に使用する触媒の量は、使用する魔術や術者の技量によって異なるので、何回分とは言えないのだけれど、俺が望む分量だと十回分ぐらいにはなる。
俺は今回『焦熱弾』使用目的でそれに合わせたサイズの容器込みで購入したので、これだと一回五百クレジットって事になる。『焦熱弾』は着弾すると小規模の爆発を起こす溶岩球を撃ち出す魔術で、個人的な見解でいうのならば、派手な割には威力はそこそこといった感じ。グレネードランチャーの魔術版ってのが近い表現かもしれない。
併せて擬装用に魔術発動体になる指輪も購入してきた。
実際のところ、俺に発動体は必要ないし、触媒を使ってまで『焦熱弾』を発動するより、権能で攻撃するか、もっと単純に魔力操作による身体強化で殴った方が強い。でも、人前でそれらを使うと変な勘繰りを受ける可能性が高いし、罷り間違ってクリーチャーだと露見すると拙いことになる。そこで、人族の魔術師に擬装し誤魔化す為に色々購入してきた。どれぐらいの擬装効果があるかはやってみないと分からない。出来る事ならば使う機会がないことを切に願う。
小分け作業が一段落して、それらを片付けたら次の作業だ。
机の上には先達て手に入れた『シミュラクラの狐穴眼』が入ったガラス瓶が置かれている。
これを触媒にして『思考加速』の魔術を行使するつもりだ。
『思考加速』の魔術は、自己強化系の補助魔術の一つで、その効果は名前の通り思考速度を加速させるというもの。
タキサイキア現象というのを聞いたことがあるだろうか?
生命の危機に瀕するような危機的状況で、身の回りの全てがスローモーションのようにゆっくり見えるってやつだ。『思考加速』は疑似的なタキサイキア現象を引き起こす魔術。
通常の場合、効果時間は一分程。思考が加速するだけで、身体は加速するわけではないし、脳に負担がかかるので、使い所の難しい魔術ともいえる。
勿論、普通に使うわけではない。
もっと安価な触媒で十分発動可能な魔術を、『シミュラクラの狐穴眼』という希少な触媒まで使って行う理由は、この魔術を改変して身体機能の拡張をするためだ。
通常一分で効果が切れるこの魔術を、永続化し、必要な時にいつでも思考加速が出来るようにする。
この強化系補助魔術の永続化というのは、言ってみれば魔術的な肉体改造施術にあたる。魔術による感覚機能拡張。人の感覚を司る部分を精神体を弄る事で拡張肥大させる。感覚的には思考速度や情報処理能力を補助する外付けの霊的デバイスを取り付ける様なもの。人族に施せば、精神に変調をきたし、まず一日と耐え切れずに死亡するだろう。禁呪の類だ。
思考を自在に高速化するという効果だけを聞けば、良さそうに聞こえるかもしれないが、この手の補助魔術の効果時間が短いのにはちゃんと理由がある。
仮に人族が何処かの筋力を補助魔術で強化したとしよう。短い間であれば、施された身体も耐えられるし、普段とは比べ物にならない筋力を発揮出来るが、効果終了後は当然反動が起こる。酷使された筋肉は損傷するし、その損傷は付随する骨格や腱、神経や血管にまで及び、重度のトレーニングを行った後よりも酷い筋肉痛に見舞われることだろう。更に短時間でエネルギーを消費するため、使った分を補給する必要があり、暫くは同様の強化は受けられない。
効果時間の短さは、魔術の影響を受けた後に肉体が回復出来る範囲の損傷に収めるためのものであり、これを無理矢理に効果時間の延長若しくは永続化すれば、取り返しのつかない損傷や不都合が発生する。
この致命的な損傷や不都合を何とかするために、骨格の強化を行ったり、筋線維そのものを入れ替えたり、再生能力を付与したり、といった涙ぐましい研究がなされたのだが、それでは結局補助魔術の範疇から外れてしまうというのは、少し考えれば解りそうなものである。
これらの方向性は、最終的には人の合成獣化に行着き、魔術としての有用性が失われたので以降研究されることがなくなった。合成獣化云々は生物化学の範疇で、其方は其方で研究実験は継続していたようだが……。
強化系補助魔法の効果時間を延ばせば重い代償があるってのは分かったと思う。
『思考加速』の場合、その代償は脳に起こる。思考を加速するということは、時間当たりに扱う情報量が増加するということだ。増えた情報を処理するために、脳内を情報伝達パルスが飛び交い、脳細胞が過活動状態となる。
その状態が長く続けば、脳血流量が増加し、各種ホルモンが分泌され、結果として頭蓋内圧と温度が急上昇し、最後にはそれによって脳細胞が変性していき、果ては壊死する。変性した部位が広がっていけば、程無く全脳死に至る。
自在に効果を打ち切れるのならば、そうなる前に術式を止めればいいと思うかもしれないが、加速した時間感覚の中で発動時間を管理するのは至難の業だし、それなりに習熟する必要がある。脳の実質に痛みを感知する機能はない。変性し、壊死を起こした挙句に周辺への圧変化や血流の途絶が発生し、それが硬膜に感知されるまで自覚症状らしきものは発生し得ないのだ。当然その時には脳の変化は不可逆な状態に陥っている事になる。自覚症状が起きた時にはほぼほぼ手遅れな事柄に対して、習熟するほど練習する機会を作り出すのは不可能なのである。
どう考えても普通の人族には無理だ。
だが、俺には関係ない。
感覚拡張用の霊的な補助デバイスを増設したとしても何等影響を受ける事はないし、そもそもどちらかと言うと精神体寄りのクリーチャーであるのでその手の耐性はずば抜けて高く、変容するような柔な精神は持ち合わせていない。永続化して使い過ぎたとしても何らダメージを受けることもない。精々が通常よりも多くの魔力を消費する程度で事足りる。代償を気にせず、必要な時に必要な時間だけ発動させる事が出来るのだ。
この手の精神的な時間感覚の遅延は、積み重なると精神的な老いに繋がることがあるのだけれど、これに関しても不老不滅の身には関係がない。
問題は加速した思考の中では、例え魔力による身体強化を併用したとしても、十全に動く事は出来ないだろうということだけれど、全く動けないわけでもないし、通常はその速度での状況把握は出来ないわけなので十分なアドバンテージだと言える。
準備を整え、詠唱を開始する。
「――――グランダジ・オクロジ・ウズ・トロムプテンポン・アカセル・ペンサドレ・コンスタンタエフィコ・メンドゥナドゥ」
『シミュラクラの狐穴眼』を触媒に、改変した魔術式を展開、自己に転写していく。多少の無理は魔力量で補い強引に魔術を完成させた。
試しに、小型情報端末でアーカイブから検索した模擬戦の動画を再生しながら思考を加速させてみる。
時間が引き延ばされ、一秒が何倍もの長さになる。
加速させる程度によって、画像はどんどん遅くなり、終いには殆ど停止したかのような状態にまで持って行く事が出来た。そしてその状態では予想していた通り、この肉体が耐え得る上限で身体強化を施してもスロー再生レベルの動作しか出来なかった。まぁ、動けるだけ凄いことだ。万が一、足りないようであれば、素の肉体の強化改造に踏み切れば良いだけのこと……。
取り敢えず、今のままでも蠍擬きに眼にもの見せてやれるはず!
注意すべきは、せっかくの強化が肉体に定着し、魂に反映されるまで死なないこと、だ。
仮に今、この場で死んで肉体を再生すると、強化前の肉体に戻ってしまう。
魂が、精神体が、肉体に起こった変化を受け入れてその形を変えるまでは、強化も怪我や病気と区別がないからだ。
高い触媒が無駄になるってだけだと言えばそれまでなんだけれど……。
暫くは、狩りで無理はしないようにしよう。




