第15話 スキルに頼ると、基礎をおろそかにする。
都市ティムハンドは荒廃し切っておりました。何度もここの所有国が変わるような戦争をしているわけですからね……。巻き込まれると荒廃するのは自然の摂理か。
ぼろぼろの街並みを眺めながら、パール先生の身を案じます。うまく逃げられているといいのですが…… これじゃあ、探しなおしだね。それくらいこの街はボロボロになってる。
それでも元気にやっている冒険者ギルドに入ってみますと……みんな傭兵ですね、私は場違いだ。ま、人探しをしに来たんですからね。
受付に聞いてみましょう。
「あの、ここに住んでいたというパール先生は今どこにいらっしゃるかわかりますか?」
「パール? パール様かい? 難民キャンプで精力的に活動しているよ。難民キャンプはこの都市を出て20キロメートルほど南西に行ったところにある」
「そうですか、ありがとうございます」
ということで難民キャンプへ移動。パール先生は……というかこのすごくおいしそうな香りはなんでしょう?
匂いにつられてその場所に行ってみると、なんや凄い行列ができますね。
「あのすみません、この行列は一体何ですか?」
「お嬢さん最近ここに着いたのかい?これはパール様が御作りになった『かれぃらいす』というおいしい香辛料の入った料理を配給してもらう行列だよ。毎回こんな感じさ」
「そうなんですか。パール様にお会いになることって難しいんですかね?」
「いや、今頃昼寝してるんじゃないかな? パール様の邪魔したら難民キャンプ全員の恨みを買うことになるからね。お優しい方だけど気を付けてね」
場所を教えてもらってパール邸に向かいました。護衛のお方が家の前にいて、来た理由などを伝えました。パール邸、難民キャンプの中なのに普通の一軒家として立っています。
さてさて、お目通りすることが叶いまして。家の中ではお手伝いさんが精力的に働いていました。護衛さんからここまでみんなきつね族。こゃんこゃん。
「当主は中庭のあちらですーきつ寝してますので、ぶっ叩いて起こしてあげてくださいー」
中庭にいました。プラチナのような、銀のような、輝かしい神々しい表現ができないような色をした毛色。そしてしっぽを15~6本腰に抱えて、うつぶせに寝ている小さなきつね亜人が。
えっと……歩いて近くによればいいのかな? パール先生ー。
テクテクテク
ササササ
近づいていったら、うつぶせのまま動かれて距離をとってきました。え?
「パール先生?」
「寝てます、私は寝ているのです。ぐー」
堂々としゃべっとる……。
「えーと、要件をおっしゃってもよろしいのでしょうか」
「ぐー」
「起きてますよね?」
「寝てます。寝てるのです」
きょ、距離感がつかめない。
じゃあ、起きるまで私も日向ぼっこしてよう。ぐでー。よだれだらー。
「ふ、私を起こさず日向ぼっこにふけるとは、なかなかのつわものですね」
「あ、起きましたか?」
「起こしてくれないので起きました。へい、へい、だんす、だんす」
というとひょいっと起き上がって左右に移動するよくわからない踊りをし始めました。
この人大丈夫なんやろか。
「しっぽダンス、しっぽダンス、あそーれあそーれ。あなたも一緒に」
「し、しっぽだんす、しっぽだんす……」
よくわからない不思議空間が作られたところで、本題に入りました。
「んー、魔法棒術かあ。教えてあげてもいいよ」
「本当ですか! 付き合って踊った甲斐があった……!」
「まず能力解放含めてすべてのスキルジュエルを外して、運動で基礎能力の向上をすることをしようね」
「えっ、能力解放取り込んでいることを……」
「うん。あなたがそれを取り込んでいるくらい私には丸分かりなのだ」
ぴゃー。
まずは全てのスキルジュエルをとってもらうことから始まりました。
「それではこれからオペをします。シャキーン」
手術室の手術台に乗せられました。
これから取り除きを行うそうです。
「ちょっと緊張しますね……」
「大丈夫大丈夫。じゃ、とりまーす」
頭に手を置いたかと思うと、軽く頭を引っ張って。
スポッ。という音と共に一気に身体が重くなりました。
「こ、これは……」
「とれたとれた。ほら」
「お、おお……」
その両手にはいくつものジュエルが握られていました。これをスポッってとったのか……。
「じゃあこれはこのかごに入れておくよ。本当にすべて取ったからかなり身体が重く感じると思うけど、頑張って鍛錬すれば軽快に動き回れるようになるよ。しっぽダンスから始めよう!」
「あり……がとう……ございます……。あの、師事料金は……おいくらくらい……聞いて……なかっ」
「ん、えっと、そうだなー、毎日私のしっぽをブラッシングすること、炊事洗濯、難民の人の雑用、などなど。あとはなんか考えておくね」
かんがえてないんかーい。
**
スキル制のこの世界で、スキルがないってことはほとんど死んでいるようなものです。
発見されたことはないけど多分存在するだろうといわれている基礎スキル、筋力や素早さ、器用さなども恐らく抜かれたんだと思います。
常に心臓はバクバク、足は引きずるようにしか動かなく、フォーク一つ持つのに苦労します。
この状態でくねくね踊るしっぽダンスを強要されました。鬼か。
「牡丹ちゃん、がんばれ、がんばれ」
「死なないようにするのが精一杯です……」
「これも鍛錬鍛錬!」
ちなみに能力活性化がないから[りょうて]も機能が停止しているみたいです。反応がありません。精神的にもきついぜ……。
地獄の日々はひと月ほど続きました。地球でいう3か月。
これくらいから、なんとか体が思うように動き始めたのですが、雑用が始まりまして。これがきっついんだ。
まずパール邸の雑草抜きから始まったのですが、もう体力勝負、筋力勝負。雑草1つ引っこ抜くのに凄い力が必要でして。全力で引っこ抜いたら足を引きずるようにして移動して、また全力で引っこ抜く。一区画の雑草抜いたら全力で寝ないと疲れが取れません。きつい。
こんな芋虫以下の強さで、走らされたり、筋トレさせられたり、パール先生のブラッシングをこつこつと毎日行ったり、訓練というか、痛めつけられたというか。まあそういう感じであっという間に1年が過ぎましたわ。そして棒を使いながらの訓練が始まりました。スキルはもちろんありません。
棒術とか、そういうスキルがないのに訓練するので感覚で覚えないとついていけません。必死でした。
――――
「うしうし、牡丹ちゃんもいい感じになってきたね。転移してきたって話だけど、元の世界の感覚を思い出したんじゃない?」
「そうかもしれませんね……。今はスキル無しでもまあ動けます」
「じつはパールも転移してきたんだけど、この世界は普通の物理法則の上にスキルシステムがのっかっている感じ。みんなスキルシステムにばかり目が行くから、基本的な体の代謝観察がおろそかになっちゃってるんだよね。筋肉はスキルだけじゃなくて、痛めつけて超回復させても成長するんだよ。物理法則も科学的な探求はしているけど、スキルがある分だけずれているし」
「はあ」
「なので、牡丹ちゃんには根本的能力を鍛錬していただきましたっ! 今よりスキルを返しまーす」
「あ、はい」
パール様の指示した順番通りにスキルを取り込んでいきます。おお、ゆっくりとだけど着実に力がみなぎってくる。しかもなんか訓練開始前より、こう、澄んでる力というか! フィット感抜群というか! すごい! すごいよこれは!
「この感覚、以前とは比べ物にならない!」
「診断上の強さはBのままだと思うけど、根本的な強さはもっともっと上になってると思うよ。なんたってパール様が考えた方法なんだ、間違いはない!」
「パール様ばんざーいばんざーい!」
ただまあ、完全にスキル無しで、同じところに住み続けていたわけでしてね。
見つけた! 見つけた! 見つけた! 見つけた! 見つけた! 見つけた! 見つけた!
合体! 融合! 一つに! なろう! 取り込んであげるよマイプリンセス! 取り込んであげるよマイプリンセス! 取り込んであげるよマイプリンセス!
「ぶわぁぁぁ! 夢か……」
博士に見つかったっぽいです。この世界だと完全なスキル無しの存在って逆に特異ですから、見つけやすかったのかな……?
「パール様お世話になりました。私はこれで失礼しますね。師事代はないということですが、お礼の気持ちくらいは払っておきました」
勿論借金してですが。
「はーい。またおいでよ。パール寂しがり屋なので」
「はいっ! それでは!」
じゃあ、今滞在している国カオマース大公国の首都、クニグに行きましょう、クニグからロゼス王国首都への魔導飛行船が出ています!
ぶーんぶーん。
いやあ、長い期間世界情勢を調べなかったのですが……結構あれですね、あれ。
クニグがステアミナ神王国の攻勢によって陥落してました。えぇ……。




