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描かれた旅路

奏多はその声を聞いた瞬間、その音が耳朶をうった瞬間、まるで雷に打たれたかのような衝撃に襲われていた。


それはもはや、一種の声による暴力に近い。

圧倒的な威圧に、迸る尊厳に、その声はあり得ない程の力に満ちている。


その正義感に溢れた、脳内を直接殴ってくるような衝撃を与えた声を聞いた途端、彼は、近藤奏多という人間は、思わず安堵してしまっていた。


理由など、分からない。ただなんとなく、強いていえば、その声が含む「何か」に、ふと、助かるのだと、半ば無意識の中でそう考えていたのだ。


それは、奏多がかつての世界で聞いたどの声音よりも、尊厳に溢れているように思えたから。

そんな、ある種の威圧すら醸し出している声の主は、この部屋の入口付近に立っていた。


その人物は、女性ーーー否、少女とすら形容できるだろうな外見だ。

あまりにも若すぎる容姿に、奏多が感じた戦慄は計り知れない。


それ程までに、先程のあの声は蠱惑的な、カリスマ的な何かを漂わせていたのだ。

奏多には、声でひととなりが分かる特殊能力など持ち合わせていない。しかし、それは素人でも分かるような、無条件で人を付き従わせるような音色だったから。


自分と同年代、もしくは少しだけ年上程度のその少女が、「あの声」を放ったというのが、奏多は信じられなかった。


儚い印象を与える紫の艶やかな髪は腰まで届き、ヨーロッパの人々を連想させるような高い鼻と白い肌は、しかし人間とは思えないほど透き通っていた。

それは少女の中に神秘的な印象を産み出し、どこか危うげな魅力を作っている。

僅かにきつい目付きの中には尊厳と幼さという相反するものが同居してその紅く燃え上がる瞳を彩り、この少女の美しさを否応なしに高めている。


奏多が、今まで一度も見たことの無い程の美貌。どこか現実離れしたその少女に、周りの男たちですらも息を呑んだ。


男たちのような質素なローブではなく、貴族が着るような豪華な服を纏ってすら、その服は飾りに過ぎないと、あくまでこの少女を輝かせる要員のひとつでしかないのだと理解出来る。

服に着られている、等とは良く言うが、その少女は過剰にも思える程豪奢な服を完全に着こなしていた。


その圧倒的なカリスマに、少女が放つ尊厳に、奏多はただ呆然と突っ立っていた。

住む世界が、見ている景色が、何もかもが、奏多には到底計り知れない。どれだけの修羅を乗り越えれば、この域に達することができるのだろうか。


奏多に今まさに刃を振るおうとしていた老人が、少女の姿を視界に入れた途端、奏多の首筋すんでの所で動きを止めた。

そして、老人は無表情を歪めると苦しそうに歯ぎしりをする。


「魔術陣師、ティロス……!」


老人は苦虫を噛み潰したようにそう呟くと、奏多に向けていた刃の切っ先を下ろした。

それに奏多が一安心するのと同時、老人は目にも止まらぬ動きで周囲の男たちと連携し部屋の入口にいる少女を囲うように動いた。

少女を、中年の男たちが集団で襲うという傍目から見たらシュールにすら思えるこの状況だが、しかし男たちの表情は真剣そのものだった。


老人はさておき、他の赤ローブを纏った男たちは武道に精通しているようには見えなかったのだが、彼らの動きは確実に団体での殺し合いに慣れた動きだ。


この男たちも、恐らくただの初老ではないのだろう。


そんな、長年の経験を感じさせるような連携の取れた動きにも紫髪の少女は一切動じず、未だその紅蓮の瞳は男たちを睥睨している。

状況で見れば、不利なのは明らかに少女の方。

しかし、彼らは皆少女が放つプレッシャーに圧倒されていて、老人でさえも冷や汗を隠せずにいた。


少女の、まるで男たちの包囲網がなんでもないことのように振る舞う態度に老人は顔を歪めると、絞り出すように女に向かって問いかけを放った。


「何のようだ、ティロス……!」


「そちらの勇者……いや、失格勇者と言った方がいいか。いくら失敗と言えど、〈異世界人〉のスキルはこれまでの歴代勇者には存在しなかったものなのだぞ?異世界の者は時に我らの想像を超える。勇者ではないとはいえ、無闇に処分するな。」


失格勇者。女が言ったそれは、奏多に対しての的確な評価と言えるだろう。

だが、だからといって奏多がその事実を割り切れる訳がないのだ。ましてや、同年代の少女に、まるで蔑むように言われたその言葉に、彼がショックを受けないはずもなかった。


その響きに、込められた悪意に、心が軋むのを歯ぎしりでなんとか抑え込む。


「戯言も大概にしろ、ティロス。この失格勇者を逃がして、もし国民に……これが、知れ渡ったら、全て貴様の責任だ。王にも、そう報告しておくぞ。」


「老骨よ、勘違いをしていないか?」


老人の声音に宿るのは、どちらかと言えば恐れ、恐怖の類だった。この老人にとっては、奏多を殺さなければ、何か害があることは間違いないのだろう。

しかし、彼女は怯えるような態度の老人を蔑むように一瞥すると、堂々とそう言った。


「なんだと……?私の何が間違っているのだ?」


彼女のセリフに、老人が額に青筋を立てながら反論する。


「やはり、聞かされていないのだな。〈不死鳥の剣〉副団長でありながら王からも信頼を得られないとは、哀れな老骨よ。良いか?



ーー失格勇者の解放は、王命だ。」


そのセリフに、老人の表情が凍りつく。

瞳の中には、混乱や焦り、怒り等、様々な感情が渦を巻くように流れていて。


「わ、かった。私たちは、撤退しよう。」


絞り出すようにそう口にした老人は、顔を青くしたまま飛び出すように部屋を出ていった。


彼女のーーーティロスの言葉により、男たちは想像以上に早く退散した。

赤ローブの男たちも、みな悔しそうな表情を浮かべながらも老人の言葉に従い、奏多を一瞥することすらなく部屋を出ていった。


そうしてこの客室に残されたのは、奏多とティロスの2人だけ。



「あの……なんで、助けてくれたんですか?」



「さっき言ったとおりだ。異世界の者は時に想像を超える。失敗だと処分するには惜しい。」



この少女にそこまで言われたことが信じられなくて、縋りつくように口から出た問いは、その冷酷なほど無機質な声に打ちのめされた。


先程とは違う、冷たい、感情が感じられない声音だ。


その一言だけで奏多は、この少女が自分の事を道具としてしか見ていないことが理解出来てしまった。

命の危機が去ってこんなことを言うのも、傲慢ではあると思うのだが。


とにかく、命は助かった。ティロスの態度に微かな不安を覚えながらも、奏多はなんとかその気持ちを抑えていく。

そして、このあとどうすれば良いのか、また、これから何処で暮らしていけばいいのかが全く分からないこの状況に、今更ながら危機感を抱いていた。


奏多には、既に確信がある。



この国では、奏多は生きていくことなどできない。



「俺はこれから、どこでどうやって生きていけば良いんですか?元の世界には、戻れないんですか……?」



再び奏多の口から漏れたのは、ティロスに縋る様な問いだ。

もう、彼1人では何も分からない。奏多はこの女に救いを求めるしか、もうこの世界で生きていく術はないのだから。


それ程までに奏多は、この世界の中で小さな、本当に矮小な存在だった。



「すまないが、最先端の魔術工学ですら勇者……それに準ずる者の帰還方法は未だ解明されていない。かつて、とある魔術師がその方法を発見したのだが、そのお方は姿を消していて、術式も残っていない。この世界で暮らすにしても、我が国で暮らすことは貴様の心情的にも、あの赤ローブどもにとっても避けるべきだろう。

故に、近くの魔境であるフィラル大森林にいくといい。食料は渡してやるが、面倒を見れるのはそこまでだ。」



「そう、ですか。分かりました、ありがとうございます。」



元の世界に帰れない。それは、予想していた事だ。

項垂れながら、しかしそれでも妥協案を作り出してくれたティロスに対し、奏多は礼を言った。



「む……別に感謝など求めていない。それより、関係者に見られるとまずい。特に怪我はないようだから、早く行くぞ」



少女が僅かに面食らい急かしてくるのを見て、奏多は急いで準備を始める。


きちんとお礼を言っただけで僅かに照れているのを見て、あぁ、やっぱり女の子なんだなと、場違いな感傷を得て、彼はティロスに気付かれないようほんの僅かに頬を緩めていた。

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