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開幕即死

近藤 奏多 人族  Lv1



筋力 8 (1)



防御 3 (1)



体力 9 (1)



素早さ 7 (1)



神紋性能 E (10)



SP:0



ーーーーーーーーーー



称号スキル



〈異世界人〉(50)



ーーーーーーーーーー


羊皮紙に、丁寧な字で描かれていたこれが、奏多のステータス。


日本語が通じる時点で察してはいたが、書き込まれている文字も通常の日本語だった為彼は内心でほっと息をついた。

何故日本語が通じるのかは分からないが、それでも文字が読めないという最悪の事態になることは防げたのだ。その事にひとまず安堵し、そして奏多は改めてステータスを確認する。


基本的に、神紋性能や称号スキル、SPなどと書いてあるものを除けば、表示されているものは、おおかた彼の予想と同じものだった。


「身体能力は、そのまま自身の能力を数値化したものです。神紋性能とは、この世界に生きる全ての生物が所持するマナを吸収するための器官、〈神紋〉の性能を表しています。称号スキルに関しては、獲得するだけで自身に特殊な補正がかかる、いわば世界からの加護のようなものです。」


食いつくようにステータスが表記された紙を読み漁る奏多に、近くで見ていた老人がふとそう呟く。

スキルに関しては、彼も異世界もので多少見たことはあるのでなんとなく理解できたが、神紋性能というのは聞いたことがなかった。


(よくわかんないけど、俺の神紋性能?ってやつ相当低いんじゃないか……)


詳しい事は奏多には一切分からなかったが、このEという数値がよく見るSからA、Bと続いていくような表記方法であればこれは恐らく最底辺のレベルに位置するものだろう。

ましてや、称号スキルも一つだけで身体能力も目立った所はないように思える上、SPという欄に関しては何の説明も受けていない。


「あの、SPってなんですか?」


そう彼は質問するが、老人はその鉄面皮をほんの僅かに歪め、少し困った様子で首を傾げてこう言った。


「私は、このような表記など見たこともありませぬ。やはり勇者の特別なお力なのでしょうか……?

身体能力の数値の右にある()の枠も、私は存じ上げません……」


役に立たない。


内心でそう毒づいていると、その老人の言葉に反応した周囲の男たちも奏多のステータスを見ようと殺到する。 

自分の身体能力が見られることにどこか羞恥心を覚えながら彼はその男たちの反応を見るが、しかし彼らの反応は奏多が予想していたようなものではなかった。


「なぜ、これほど身体能力が低いのだ……?」


「神紋性能がEだぞ、一体どういう……」


「そんなことはどうでもいいだろう!称号スキルを見ろ!〈勇者〉が、ない……!」


「くそ、召喚時の手応えの無さから嫌な予感はしてたが、なんでこんなことが……」


男たちのざわめきから聴こえてくるのは、そんな何処か不穏な言葉ばかり。明らかに芳しくない反応に彼は眉をひそめるが、しかしもはやそのざわめきは抑えきれない程広がっていって。


老人はその様子を黙って見つめ抑える様子もない。

伝染する不安を前に、もはや奏多には今何が起こっているのかを把握することは不可能に近かった。

現状分かっているのは、自分のステータスが何かよからぬ方向に話を進めているということだけ。


やがて彼のステータスを見た周りの男たちは徐々に暗い雰囲気が漂い始め、赤ローブの老人は何故か冷たい目で奏多を見ていた。


理由の分からない緊張感が高まっていくのが肌で感じられて、その気まずい雰囲気に彼は逃げ出したくなるが、もはやこの時点で既に状況は後戻りできない程進展していたのだろう。


弱すぎるステータスと、ざわめく男たち。


状況が飲み込めず呆然とする奏多の耳元で、ふと、声が聞こえた。



「やはり、失敗か……」



ゾッとするほど冷たい、殺気に満ちた老人の声が聞こえ、次の瞬間には首筋に短剣が突き付けられていた。


老人の、あまりに突然すぎる豹変に、奏多は驚く間もなく 身動きがとれなくなってしまう。

その一瞬の動きは、一介の中学生だった奏多が目で追えるものでは到底なく、この痩せ細った老人が戦闘の達人であることは瞬間的に理解出来た。


一体、何が起こっているのだろうか。


奏多は、首筋に冷たい鉄の感覚を覚えながら、状況を理解できずただその事をひたすらに考え続けていた。

呆然とする奏多の周りを、まるで示し合わせたかのように周囲の男たちが取り囲む。彼らの顔には一様に殺気が宿っていて、一刻前とは比べ物にならない変貌に奏多の混乱は加速度的に増していった。


人を殺すために作られた道具が、確かな殺意を持って自分に向けられている状況に、彼は何も出来ずに動きを止める。

周囲の男たちは冷ややかな目線を彼に向けていて、その視線には落胆と失望が浮かんでいた。



「な、どういうことだよ!」



突然の展開についていけず、奏多はただ問いかけることしかできなかった。

ステータスを確認した途端このザマだ。首に当てられている無機質な鉄の感覚は未だ緩む気配すらなく、額から吹き出す汗は留まることを知らない。



「このステータスの通り、貴様は勇者ではない。ただの一般人だ。」



だからなんだ、勝手に召喚したのはお前らだろうが。

そんな、反射的に言いかけた老人への反論は膨れ上がる殺気に封殺されて、彼はその殺意を前に何もすることが出来なかった。


ついさっき死んだばかりなのに、また死ななければならないのか?


奏多の脳内にふとそんな考えがちらつき、静かな絶望が彼を支配していく。

しかし、ちらりと頭に浮かんだ舞香の顔が失望の間際で、その狭間で彼を奮い立たせていた。


なんとしても生き抜いて、元の世界に帰らなければならない。


突然召喚されて、何も分からないまま死ぬなんてみっともなさすぎるだろう。俺は、勇者ではないのかもしれないが、それでも殺す必要は無いはずだ。


奏多は、そんな思いつきの持論に縋り、流れ出る冷や汗を無視して老人と必死に交渉を試みる。



「ま、待ってくれ!」


反論を考えていても仕方がない。今はひとまずこの状況を切り抜けるべきだ。

そう判断し、自分に突きつけられた剣を視界の端に入れながら、彼はそれを突きつけている老人に話しかける。


「なんだ?」


「王は、玉座の間にいるんだろう?王と直談判させてほしい!」


「偽勇者に王が謁見している暇などない。消え失せろ。」


話が通じない。理知的な印象を受けた老人の瞳には隠しきれないほど膨れ上がった理由の分からない殺意が込められていて、それは奏多との対話を不自然なほど頑なに拒んでいた。


「頼む!解放してくれ!俺を殺してもいいことは無いだろう!?」


「すまないが、こちらにも事情がある。貴様を解放してしまえば、我らはリスクを負うことになる。ただでさえ勇者召喚の準備に莫大なコストをかけているというのに、そこまでされてしまえば我が国は大打撃なのだ。」



老人の意味深な発言に眉を顰めるが、しかし奏多はいつこの老人の堪忍袋の緒が切れるか分からない為、彼は自身の疑問を押しとどめて交渉に専念することにした。

先程までは瞳の奥に留まっていた闘志はもはや隠すことなく奏多に向けられていて、その闘志は完全に彼を殺すつもりで向けられているものだ。


迂闊な真似はできない。とはいえ、このまま何もしなくても殺されるだけ。何とか妥協案を提案しなくては。

 

そんな事を真っ白な頭で朧げに考え、奏多は生存本能に従って我武者羅に交渉を続けようとする。


「SPは?称号スキルは?俺には特別な力があるんだろう!?国の戦力にはなるんじゃないのかよ!」


「仕方がないから、死に際に教えてやろう。貴様の持つ称号スキル〈異世界人〉は「魔物を倒した際ドロップアイテムを入手できない代わりにステータスを強化する〈SP〉を獲得できる」というものだ。」


その、何処か嘲るような響きが込められた老人の言葉に、周囲の赤ローブを纏った男たちから冷笑が漏れる。

どうやら〈ステータス〉は、スキルの能力の詳細も把握出来るらしかった。


「ど、ドロップアイテム?が貰えないことの何が駄目なんだ!?十分使えるスキルじゃないか!」


「生憎だが、この世界ではドロップアイテムというのは貴様の想像以上に希少価値が高い。小国であれば高位モンスターのドロップだけで経済を回すことが出来る程価値は高く、なによりドロップアイテム自体がモンスターにもよるがステータスを強化する効果がある。故に、貴様のスキルの需要などないのだ。これで、分かっただろう?貴様はーー」


その言葉から先は、老人は語らなかった。ただ、言葉の代わりとばかりに振りあげられたのは、金属の輝きを放つ無骨な短剣。それは、確実に奏多を殺す気で振るわれていた。


老人の赤いローブが激しく揺れ、その死の匂いに、死んでしまう恐怖に、悔しさが込み上げてくる。

家が火に襲われ、兄に先立たれた舞香のためにも、彼は絶対に死んではいけない。


舞香に、一生分の悲しい思いをさせておきながら、異世界でこれほど簡単に死んでしまうなど、有り得るはずがない、あってはならない。

そんな奏多の執着に、だがしかし残酷なまでの現実は、その執着が叶うことを拒んでいた。

故に、迫る短剣は容赦なく彼を切り裂こうと弧を描いてーー。



本当に、このまま終わるのだろうか。


圧倒的な絶望感の中、再び諦観が脳を占める。

無力さが、自身の非力さが、奏多に重くのしかかっていて。


そして、奏多はーー



「ちょっと、待て」



大気を震わせて響く、その透き通る鈴音に。


不条理を討ち滅ぼすような、その凛とした声に。



彼は、近藤奏多という少年は、これ以上ないほど、救われたのだ。


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