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召喚

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もし良ければしてやって下さい……

「おお、成功したぞ!」



「やっと、やっとだ……!」



「勇者の降臨だ!」




朦朧とした意識が、微睡みを揺蕩っていた精神が、覚束無い思考が、突然耳朶を打った大きな声で急激に覚醒する。 


「ーー?」


奏多は元々寝起きが良い方ではなかったが、それでもこれだけ多くの声に囲まれていたらいくらなんでも起きる。

何せその声はどれも興奮している様子で、また一人や二人なんて少人数のものではないような多くの人々の声だったからだ。


状況の理解ができない奏多は、しかし背に伝わる冷たい感触で今自分が寝転んでいることを確認すると立ち上がる。

たったそれだけの動作だったがやけに身体が固く、全身の関節がかなり大きくごきごきと鳴る音が聴こえた。


それに堪えきれない不信感を感じながら、彼は身体をほぐすようにぐっと伸びをすると、目の前ーーー否、四方八方から今も聞こえてくる謎の声の元を確認するため下げていた視線を声の方へと向ける。


「……え?」


酷く重い身体を動かした彼の視界に入ったのは、なぜか地面にまで着くほど極端に長く、紅に染まっているローブを着た中年の、恐らく40代前半から50代後半程度の男たち。

およそ10人ほどいる男たちの誰もが一様に息が荒く興奮していて、その瞳には抑えられない歓喜が渦巻いていた。


その様子を見れば、自分を起こした声はこの男達だということは本能的に理解できるだろう。

ただ、それが分かったからと言って状況が改善する訳も無く、むしろこの意味不明すぎる現状に奏多の混乱は加速度的に増しているのだが。


ただ、その奏多の混乱も妥当なものと言える。

なにせ、皆同じ服装で、しかも日本ではあまり(というか全く)見かけない深紅のローブを羽織った中年の男性達に包囲されているのだ。

直前までの記憶の混濁と、寝起きなのも相まって、彼は今何が起こっているのか、自分の身に何が起きたのかを、一切掴めないでいた。

そして、そんな混乱に拍車をかけるのがーーー


「俺は、ここに来る前、何をしてたんだ……?」


この、よく分からない部屋に来る前の記憶が、奏多からはすっぽりと抜け落ちていた。まるで、記憶の一部に穴が空いたような喪失感は、彼に混乱と恐怖をもたらしていて。

自身の記憶の喪失を自覚しながら、彼は己を囲むように立っている男たちを観察する。パッと見の印象ではあるが、特に初老が多いように感じた。白髪が目立つ男が多く、また頬がこけているような者が大多数を占めている。


そんな、良くいえば知的、悪く言えば不健康な男たちが、歓声をあげながら彼を囲んでいる。

意味不明ではあるが、少なくとも、敵対的な態度ではないのは確かだろう。


とにかく状況を把握しようと、彼は周囲を見回し、そして視界に入ってきた光景に思わず愕然とする。

奏多がいたのは、石造りの無機質な印象を抱く部屋。


かなり広く、バドミントン程度なら余裕で出来そうな大部屋ではあったが、家具も何も置かれていない生活感が皆無な用途不明の空間だった。

壁には窓すらなく、錆び付いた木製のドアにつけられた蝋燭が辺りを不気味に照らしていた。


そして何より彼の目を引いたのが、足元に青紫色のチョークのようなもので描かれた謎の幾何学模様だ。

材質はよく分からないが、それは暗闇の中でどこか神秘的な輝きを放っていた。

少なくとも、日常生活で見ることはないようなその非現実的な光景に、彼は息を呑むと同時にその物体がなんであるかを本能的に推測する。


これはーーーライトノベルなどでよく見る、魔法陣、魔術陣と呼ばれるものだ。

奏多自身はあまりそういった類のものは読まなかったが、一度友人に借りたライトノベルでそういったものを見た覚えがある。


「だとしても、何でそれがここにあるんだよ……」


とはいえ、それが分かったところで何かが変化した訳ではない。未だに実感がわかない程のあり得なさすぎる現状に思わずごちると、男達の代表格だろうか、周りより少し歳をとった男が彼の前に歩み寄った。


髪は全て白に染まっていて、皺もかなり目立つ老人。

身長は奏多より少し低い程度で、隠しきれないほど曲がった腰はその老人にひ弱な印象を抱かせるだろう。


しかし皺だらけながらも吊り上がった目は鋭く、また瞳の奥には油断できない覇気が宿っていて、奏多はこの老人にどこか危機感を感じていた。

そんな、酷くちぐはぐな印象を受ける奇妙な老人は他の男と同じく真紅のローブを纏ってはいるが、やはり他と比べ圧倒的な存在感を放っている。


老人は一言も発さず、紅蓮のローブを引きづりながらゆっくりとこちらへ歩み寄ると、酷く嗄れた声で口を開いた。


「あなたは、勇者としてこの世界に召喚されたのです。どうか、この世界をお救い下さい。」


嗄れた声音が奏でたその言葉に、彼はようやくこの状況がなんであるのか、自分の身に何が起きたのかを、察し始めていた。












奏多がこうしてこの石室に運ばれる前の記憶、彼はそれを老人の言葉を聞いた瞬間に電撃が走ったかのように思い出す。


「ーーッ」


火事により崩落する天井からなんとか妹を庇い、その瞬間感じた猛烈な痛みと自分の肉が、皮膚が、内臓が焼ける音すらも鮮明に、彼の脳裏に浮かび上がっていく。

それは恐らく、一生彼に付き纏うだろうトラウマに近い光景。それだけのことを、彼は経験したのだ。


その地獄のような痛みが続いたのはほんの一瞬だったが、それでもあの崩落に巻き込まれた自分が無事な訳が無いということくらい彼も理解している。


想像を絶する猛烈な痛みに意識を失い、ふと気がついたらこの石造りの部屋にいて。

そして、日本ではまず見かけない深紅のローブを着た老人に勇者と宣言されていた。


字面にするとかなりカオスだが、それでも彼はこの状況に心当たりがあった。

あくまで仮設にすぎないが、それでもこの説通りだとすれば自分が置かれている今の状況にも一応の説明がついてしまう。


足元に描かれた謎の紋様も、この仮説を裏付ける根拠のひとつ。

彼自身も未だ現実味がわかないが、恐らく、これはーーー


「異世界召喚ってやつ、なのか……?」


それは、近年若者に注目を浴びるようになったジャンルのひとつ。平凡な少年少女が突然異世界に召喚され勇者として戦うような、ライトノベルなどでありがちな展開。

彼自身はそこまでそういったものが好きではなかったが、しかし奏多は現在14歳。中学2年生だ。


当然、中2であれば異世界ものにとても熱心なファンがいるのも珍しくはない。

そういった友達に影響され、奏多自身詳しくは無いものの異世界召還というジャンルに多少なりとも理解はあったのだった。


似たものとして異世界転生もあるが、彼は年齢が変わっていない為恐らく召喚なのだろう。


こういった現象の飲み込みが早いのは現代人特有ではあるが、それでもいきなりこんな所に召喚されたらいくらなんでも混乱は拭えない。

それに、異世界召喚にしては妙な事が多いのも彼の不安を掻き立てていた。


少なくとも彼は、火災の最中に崩落した天井に潰され、もし奇跡的に生きているにしても満身創痍の筈。しかし、身体は異常なほど重いものの傷は1つも無く、着ていたパジャマも燃えてボロボロだったはずなのになぜか元に戻っている。

炎に舐られ、あれだけ痛みを伝えていた右足は、まるで何事もなかったかのように平然と活動を再開していた。


奏多が知っている異世界召喚とは、元の世界の姿をそのまま異世界に移動させることだ。

その点、無傷の状態である今の彼の状況は召喚とは異なっている。


これだと、どちらかといえば「死に戻り」というジャンルに近いだろう。


とはいえ、意識を失っている時に治癒魔術的ななにかで治してくれたの可能性も無い訳ではないので断定はできないが、それは果たして着ていたパジャマも復元できるものなのだろうか。


そうして胸に僅かなしこりを残しながらも、今の彼にはこのまま熟考している余裕などない。

ひとまず、この老人がと話して現状の確認をしなければとまだ混乱の残る思考がぼんやり考え 、奏多は口を動かした。


「勇者……ってことは魔王とかがいるんですか?」


当然だが、いきなり世界を救えと言われてどう返して良いかなど平凡な中学生である彼に分かるはずもないので、質問に質問を重ねてみる。


これまで彼が見てきた異世界ものでは、少なくとも勇者として召喚されるなら、魔王がいるのはほとんど必須条件に近い。

実際、それ以外に勇者と呼ばれる存在を召喚する理由なんて他にないだろう。


無論、あくまでテンプレートとしての流れなので例外もあるが、彼が読んだラノベでは大体それが前提条件としてあったのだ。

この世界の世界観や、勇者召喚の目的などは全く分からないので彼にはなんとも言えないが、それはこの老人が教えてくれるものだろう。


故に、奏多は男の答えを待っていたのだが。


「それは、これから移動する玉座の間にて王から直々にお話頂けるでしょう。」



なぜか老人は、まるで仮面でも被っているかのように表情を一切変えることなくそう言った。

ようは、質問に答える気はないということだろう。


ただ、それでも突然こんな状況になれば質問を重ねて状況を把握しようとするのは人間として当たり前のことだ。

故に彼はその後も諦めずに様々な質問をしたが、老人には全く相手にされないまま目が覚めて早くも数十分が過ぎた。


無表情で、感情が感じられない不気味な老人への質問は諦め、仕方がないので彼はこの後行くという玉座の間でその王に聞くことにしていた。

召喚ものでも、王との謁見はよくあることなので特に驚かないが、それでもやはり緊張はするものだ。


「王の準備が整いました、どうぞ玉座の間へ。」


謁見が、始まる。

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