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絶体絶命

あの犬人との闘いから、およそ数十分が経った。


戦いを終えた奏多は近くに生えていた大木の根元に寄りかかり身体を休め、犬人との闘いの時に得た充足感に頬を緩ませている。


犬人にトドメを刺した際に感じた、己の身体から溢れ出るようなエネルギー。

あれこそが、俗に言うレベルアップというものである。


彼は自分のステータスを見ることは出来ない為ステータスがどの程度上昇しているのかは不明だが、今回のものも合わせて考えればかなりの身体能力の向上が期待できるだろう。


フィラル大森林で過ごしたこの6日間でレベルアップの感覚にはかなり慣れてはいたが、やはり自身の身体能力が上昇しているのことが自覚できるのは、命懸けでこの魔境を生き抜くしかない奏多にとってかなり救いとなっていた。


「そもそもレベルアップとは、魔物や動物など、この世に生を受けた物の生命活動を停止させた際に発生する〈神性粒子〉という物質を神紋が一定量吸収すると起こる肉体の成長なのだ。」


とは、ティロスの言葉である。

簡潔に説明すると、敵を倒した時に出る経験値を吸収すれば身体能力が上がる、という事らしい。


いつ殺されてもおかしくないこの状況において、レベルアップという現象は奏多にとって救いだ。

故に、行動パターンを完全に把握した犬人は彼にとっては格好の獲物である。


とはいえ、それでも犬人は魔物だ。

当然、舐めてかかれば命を失う可能性は充分にあり、また生き物を殺すという感覚に奏多が慣れることも無いだろう。


どうやらレベルが上がると必要となる経験値も増えるようで、初めて魔物に遭遇した2日目に比べるとレベルが上がりにくくなっている様に感じた事もあり、今回のレベルアップはとても助かる。


これから先、奏多は多くの魔物を殺すだろう。

この世界で生き抜く為にも、生き物を殺すという事には早急に慣れなければならない。


「そういや、俺はレベルアップだなんだって騒いでるけど、大蜥蜴はレベルアップってすんのか?」


異世界ものだと、こういった魔物はレベルアップを重ねると「進化」という現象が起こる場合がある。

現状、そういった事が起こってくれれば戦力的には大助かりなのだがーーー


「がるる?」


呑気に草を食む大蜥蜴を見るも、ただじっと見られていることに疑問を感じただけで、レベルアップや進化等の兆しは一切見えない。


「まあとはいえ、もし仮に進化して見た目が今よりごつくなったら、さすがにビジュアル的に困るんだけどな……」


無論、戦力が上がることは大歓迎なのだがーーー


「身体の痛みもだいぶ治まってきたし、そろそろ行くか……」


思考に沈んでいた奏多が、先程の戦いで地面に叩きつけられた際の痛みがもう大分引いてきたことにようやく気付く。

食料はもう明日の分しかないのだ。

早めに街を見つけなければ、遭難の危険性もあるだろう。


以前と比べてほんの少し軽くなった体で立ち上がり、軽く水を飲むと大蜥蜴に跨る。


魔物の死体は、何故か知らないがすぐに消える。

奏多が倒した為ドロップアイテムも残っておらず、故にもうここでの闘いの跡は残っていない。


あの国からの追っ手がくる可能性も考慮しもう一度痕跡を確認すると、奏多は大蜥蜴の腹を軽く蹴り、再び町をめざして進もうと前を向きーーー


「……は?」


突如、目の前に現れた黒い影。


かさかさ、かさかさと響く音は、本能的な不快感を催させ、その巨体は前にした人間に死を覚悟させる迫力を伴っていた。

「そいつら」は確実に奏多へと殺意を向けていて、数多の目が集まった複眼と目が合った途端、今すぐ逃げたい気持ちにかられてしまうのが自分でも理解できる。


だがーーー


「逃げれるはず、ねえか。」


〈巨大蜘蛛〉が、五体同時に自分を襲ってくる。


飛びかかってくるそいつらに、奏多は身体の奥底から沸いてくる恐怖を隠しきれなかった。

たった一体でも苦戦するはずの魔物が、一斉に五体。


絶望的な状況を認識し、背に氷を詰め込まれたかのように背筋が凍りつく。

冷や汗がどばどばと額から流れ、大蜥蜴も奏多の緊張を察したかのようにぐるぐると唸っていた。


「キ、シャアァァァア!!!!」


「おらぁっ!!!」


奇声を上げ、一番最初に飛びかかってきた巨大蜘蛛に、奏多は直前で引き抜いた鉄の剣を我武者羅に振り回す。

火事場の馬鹿力か、宙に描かれる剣閃はそれなりに鋭く、当たればいくら常外の力を持つ魔物でさえもそれなりのダメージを受けるものではあった。


しかしいくらパワーがあっても、所詮は剣の素人。

当然そんな攻撃はまともに当たるはずもなく、蜘蛛にとって致命傷にはなり得なかったが、それでも幸運なことに複数ある脚の1本を切り裂いた。


無論、そんなことでは行動に支障をきたすことすらない僅かなダメージだが、それでも牽制くらいにはなるはずだ。


足場が安定しない大蜥蜴の背から飛び降りると、奏多は足を切られ飛び退いた蜘蛛に脇目も振らず、更に飛びかかってくる別の蜘蛛に再び剣を振る。


振り抜いた鉄剣は中空に銀閃を描き、そして巨大蜘蛛の胴体を思い切りかっさばく。

弾性のある感触が剣越しに伝わり、直後蜘蛛の胴体から紅い血が盛大に噴出した。


とはいえ、彼らはそれなりに強い魔物だ。

この程度では死なないことは、奏多も経験で理解している。


激痛に悲鳴をあげる巨大蜘蛛にトドメを刺すことよりも包囲網から逃れることを優先した奏多は、仲間がやられて怯んだ蜘蛛の巨体を無理やり押しのけ、自身が出せる全速力で撤退する。


とはいえ、ただ逃げてしまえば数の暴力で大蜥蜴がリンチにされるだけだ。

故に、切り札を使う。


「お、らぁ!」


懐から取り出したのは、無機質な輝きを放つ黒い石。硬質な感覚を掌で感じつつ、奏多はその石を走りながら己の頭上へと掲げる。


途端、巨大蜘蛛の目付きが変わった。

走り去る奏多を無視し大蜥蜴を囲もうとしていた蜘蛛達が、一斉に彼の方へと殺気を向いたのだ。

浴びせられる猛烈な敵意に身震いしながらも、奏多はその石を蜘蛛たちに見せびらかしながら走る。


すると蜘蛛は先程まで囲んでいた大蜥蜴に一切目もくれず、奏多へと一直線に走り出していた。


巨大な蜘蛛が背後から集団で迫ってくる地獄のような状況で、しかし奏多はそれでも比較的余裕を持っていただろう。


理由は簡単で、単純に追いつかれないからである。


奏多の走る速度は明らかに人外の物で、足が大して速くはない巨大蜘蛛には到底追いつけるものではなかったのだ。


「ギュゴオオオオオオオオ!!!!」


奇声を上げながら迫ってくる蜘蛛は彼に追いつける気配もなく、ひとまず逃げ切ったと安堵するがーーー


「ぐ、ああぁあぁ!?!?」


蜘蛛の奇声ーーー否、「詠唱」により世界が呼応し、魔力の操作で顕現した火の玉が、逃げる奏多の右脚を容赦なく焼き焦がしていた。


脚に感じる激痛、炎に舐られる不快感で、保っていたスピードが一気に落ち、蜘蛛と奏多との距離が急激に縮まっていく。

あっという間に蜘蛛は奏多に触れられるまで近づくと、野生を感じさせるような酷く獰猛な声を上げ、彼を捕食せんと牙を向いた。


右脚を引きづりながら走る奏多は後ろも見ず、やけっぱちに剣を振るうが、そんなものが当たるはずもない。

少しだけ蜘蛛のスピードが落ちるが、それも焼け石に水だろう。


すぐに追いつかれ、そして鋭い牙が奏多を貫く直前。


「ぐる、ガァアアァァァァァ!!!」


獰猛に叫び突進した大蜥蜴が、巨大蜘蛛を吹き飛ばしていた。

巨大な蜥蜴が突っ込んできた衝撃で、蜘蛛の身体は跡形もなく変形し、あっという間に骸と化す。


さらにその強靭な爪を振り上げ近くのもう一体の蜘蛛を切り裂くと、彼を護るように叫んだ。


「強すぎだろ……」


目の前で行われる一方的な殺戮に思わず奏多はそう零し、大蜥蜴を警戒するあまり奏多を無視していた一体を鉄の剣で胴体ごと切り裂く。

瞬間、彼の身体に走る充実感。「レベルアップ」だ。


さらに後から追いついてきた手負いの一体にトドメを刺すと、大蜥蜴が残る一体へと同胞の血が染み付いた爪を振り上げる。


巨大蜘蛛には単体で自分より上位の相手に勝てる程の実力など無く、故に振り上げられた爪は蜘蛛にとって死刑宣告にも等しい残酷な一撃だ。


死に際、蜘蛛の頭の中に様々な感情が渦巻く。追い詰められてもなお生に縋りつく魔物の純然たる本能、仲間を殺された怒り、創造主への畏敬、それらが蜘蛛の中で混じり合い、溶け合い、やがて限界に達した思考が、考えることを放棄した野生の本能が、最悪の形で爆発する。


「キシャアアアアアア!!!」


死の間際に蜘蛛が発した奇声に、生きようとする意志に世界が呼応し、そしてそれは蜘蛛に強大な破壊を与えた。

仲間が奏多に放った一撃とは比べ物にならない大きさの火の玉が蜘蛛の外皮から射出され、大蜥蜴が振るおうとしていた爪を猛烈に、熱烈に焼き焦がす。


身体が至近距離から焼き焦がされる激痛に大蜥蜴は咆哮をあげ、やがて痛みのショックで動きが止まる。

当然蜘蛛がそれを見逃すはずもなく、大蜥蜴の厚い鱗に爪を振るっていく。


火事場の馬鹿力か、蜘蛛が振るう爪は辛うじて大蜥蜴の鱗を貫くが、それでも先程の火の玉と比較すれば大したダメージにはならない。

故に、産まれるのは蜘蛛の致命的な隙のみ。


「これで、終わりだぁ……ッ!」


爪を振るい、動きが鈍った蜘蛛の体を、足を引きづりながらも蜘蛛の背後へと忍び寄った奏多の鉄剣が斜めに叩き切る。

死力を尽くした巨大蜘蛛にはそれを避ける能力もエネルギーも無く、蜘蛛はあっけなく天へと召された。


血を吹き出し、生きる力を失った巨大蜘蛛を横目にしながら、彼は一目散に大蜥蜴へと駆け寄った。


「大丈夫か、大蜥蜴!?」


完全に、大蜥蜴の体を張った特攻に救われた。

彼が奮戦してくれなかったら、奏多は今頃蜘蛛の餌食になっていたかもしれないのだ。


だが、餌食にはならなかったものの奏多たちが負った傷は大きい。


まず、奏多が魔物をおびき寄せる際に使用した黒い石。

あれの名称は【誘魔石】といい、大蜥蜴が魔物を倒した際に一つだけドロップしたアイテムだ。

効果は魔物をおびき寄せるというもので、至極単純ではあるもののそれ故に扱いやすい。


ティロスからもこれに関する知識は教えられており、それなりにレアなアイテムである事からも大事な時に取っておいたのだがーーー


「もう、効果なくなったのか……」


この石を視界に入れた魔物をおびき寄せる、という強力な能力である誘魔石だが、おびき寄せる事が可能な魔物には限度がある。しかも、多用すると効果が失われてしまうのだ。

巨大蜘蛛はこれに反応する魔物の中では最上位のレベルである上にそれを複数体引き付けたのだから当然とも言えるだろうが、既に誘魔石は輝きを失っており、効果がなくなったのは明白だった。


故に、この石はもはやただ黒いだけの石ころに過ぎないのだ。


そうした貴重なアイテムの喪失の他、奏多や大蜥蜴の負傷も凄まじい。


奏多は右脚を焼かれ使い物にならない上、大蜥蜴は胸のひっかき傷、更にあの蜘蛛が死に際に発動した魔術に脚を焼かれている。


胸の傷は大したダメージではないが、前脚のダメージはかなり深刻だ。

恐らく、もう奏多を乗せて歩ける状況ではない。


彼も自分で歩かなければならないだろう。

だが、そうなると一気に進むスピードが遅くなるのは明白で、今も気配すらない街へと辿り着ける確率が更に低くなる。


かなり絶望的な状況に心が折れかけるが、ひとまずは怪我の応急処置をしなければいけない。


足を引きづりながら近くの木陰にもつれこみ、ティロスから貰った応急処置用の包帯をぐるぐるに巻いて血を止める。

この程度では気休めにしかならないだろうが、しないよりマシだろう。

今もまだじんじんと痛む脚を根性で無視して、今度は大蜥蜴の脚にも包帯を巻いていく。


近くで見るとやはりその傷は深く、傷口からは焼け焦げた肉が見え隠れしていた。

それは、奏多を乗せて歩けるとは到底考えられない程の重傷だ。


「くそ、どうすれば……!」


八方塞がりの状況に追い込まれ、思わず頭を抱える奏多の前にーー


「ぎゃう、がうあ?」


木の上から、鮮やかなピンク色の何かが転がり落ちてきた。

反射的に奏多は剣を抜き、大蜥蜴も激痛を堪えながら謎の物体を威嚇するように唸る。


「がうがう!ぎゅあ!」


わかりやすい程の敵意を向ける奏多達に慌てたのだろうか、焦る様な声をあげるそれは、よく見ると蜥蜴のような身体をしている。


大蜥蜴に似たフォルムだが、それよりも2回りか3回りは小さい。

奏多がぎりぎり両手で抱えられる程の大きさで、尻尾は大蜥蜴より比率的には長いだろう。

きらきらとした目は愛嬌があるが、後ろ足と比べて短い前足にはかなり鋭い爪が生えていた。


捉え方によっては凶悪な外見ではあるが、見たところ敵意はない。ひとまず様子を伺ってみる事にした奏多は、剣を握る力を少し緩める。


そもそも、こんな魔物がいるなどあの全身鎧の兵士にも聞いていない。情報が少ない魔物に挑みたくは無かったし、敵意が無ければ敵対する必要も無い。


それどころか、今の奏多の状態ならこれと闘って勝てるかどうかすら怪しいのだ。

少しでも危険は減らしておいて損は無いだろう。


ひとまず警戒する大蜥蜴を宥めると、奏多は剣を構えたまま少しづつ近づいていく。

だが、この生き物は殺されると思ったのだろうか、奇声を上げながら体を丸め、いわゆる防御の体制をとっていた。


そして、この生物の背中が顕になりーーー


「羽が、生えてる……?」


そのピンク色の鱗に覆われた背中には、真白の毛で構成された羽が堂々と鎮座していた。

明らかに小さく、到底飛べるようには見えないが、それでも羽は羽だ。


飛行が可能であるか等どうでもいい。

重要なのは、この魔物の正体だ。


「まさか、こいつ……」


蜥蜴の様なフォルムに、背中に生えた羽。


この姿に、奏多は心当たりがあった。

魔物の王にして象徴、奏多の世界でも伝説として語り継がれてきた生き物、それはーーー


「ドラゴン!?」


絶体絶命の状況で現れたドラゴンが、果たして奏多達に何をもたらすのか。

それはまだ、誰にも分からない。

1時に次話投稿するんで良かったら見てくださいん

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