帰郷
マリの町は以前と変わらない穏やかなものだった。森の傍にある街は畑や農園が目立ち、中心地以外は家は疎らである。
「帰ってこれたのね…」
リリアは物憂げな瞳で道の先を見つめた。
ここから少し歩けば自分の家がある。
お兄様と住んでいた家。
けれど、もう帰るのは一人。
「……大丈夫。帰らなきゃ。」
リリアは自分に言い聞かせた。
家の近くを歩いていると、一人の老婆が驚いた顔でこちらに向かってきた。
「リリア…!!」
「町長様!」
リリアは駆け寄り、町長と抱き合う。
「無事だったんだねぇ…!シュウがあんなことをしてリリアも行方不明だし、心配してたんじゃよ。」
「違うの!お兄様がしたんじゃない!違う人なの!」
「えぇ、そうなのかい?しかし、国からはシュウが単独でテロを起こしたって通達が出てしまってのぉ…」
「そんな!違うの!!ほんとにお兄様じゃないの!どうして…」
「ふぅむ、国は一切関係ないと明確にしておかねば、セスティアと戦争になるからの。国王様は早々に発表したんじゃろう。」
「そんな…!だからって、何も調べないでお兄様をテロ犯と決めつけるなんて!お兄様は殺されたのよ!」
ふと傍を通りがかった一人の男が、リリアを指差し叫んだ。
「オイ!リリアだぞ!」
辺りから人が集まってくる。
「お前の兄貴が余計なことをしたせいで戦争になるかもしれないじゃないか!」
「なんてことしてくれたんだ!!」
「よくしてやってたのに一体なんの恨みが…」
「おまえも今まで姿を消してたってことは二人でやったのか!?」
「…な!違う!」
リリアは激しく首を横に振る。
「皆、落ち着くのじゃ…」
「町長、そいつは危険だ!離れるんだ!」
男に町長の腕が強く引かれる。
動揺するリリアの元に、たくさんの石や物が投げ込まれた。彼女が周りを見れば、そこには見知った顔ばかり。隣に住んでいた夫妻、子供のように二人を可愛がってくれた老婦人、リリアに懐いていた子どもたち……
「やめろ!彼女の話を聞くんだ!」
ハーティがリリアを庇う。
しかし勢いは止まらない。
「くっ、駄目だ!リリア、一旦街を出よう!」
ハーティは落胆しているリリアを庇いながら、来た道を走って戻る。
涙で顔をグシャグシャにしながらリリアは故郷の街を後にしたのだった。
「なんでっ、なんでっ…」
リリアは嗚咽を漏らしながら泣き続けた。
街の皆はお兄様のことも自分のことも信じてくれなかった……。
生前、シュウは街の皆に慕われていた。昔から器用で話上手、街の交渉事もシュウが入れば上手く進むことが多かった。両親を早くに亡くした二人だったが、シュウの人望のおかげで、何不自由なく生活をしてこれた。またリリアも心優しく、大人達の手伝いは率先しておこない、子ども達には本を読み聞かせたり縫い物をしてやったりと、周りから愛される存在であった。
「リリア、ここにいるとまた蛇男達に襲われるかもしれない。マリの町の外を回って城下町を目指そう。」
泣き続けるリリアを立ち上がらせ手を引き、ハーティは歩き出した。本当はもう少し落ち着くまで待ってやりたい。でもいつまた狙われるかわからない状態に、ゆっくりはしていられなかった。
少し歩いているとガサッと草木が揺れた。
そこにはリョクの姿。
〈町から外れているが、何かあったのか〉
「リョク!」
ハーティはリリアを少し離れたところへ座らせ、リョクに今しがた起こったことを話した。
〈なんと酷い…〉
リョクはリリアを見やった。
〈では、お前達をバーツェードまで連れて行こう〉
ハーティはリリアを後ろから抱くように乗り、彼女を落ちないよう支えた。
自分と同じくらいの年齢の彼女に、これだけの辛い現実が立て続けに振りかかっている。それなのに……自分には何かできないのだろうか。