別れ
城に帰るとすぐにマーはハークの部屋へと向かった。長い黒髪を揺らしながら足早に廊下を進む。扉をノックすると「どうぞ。」と穏やかな声が返ってきた。
「ハーク!体は…!」
ベットで横になっていたハークは上体を起こし笑顔で迎える。
「横になってて!」
「ふふ、大丈夫ですよ。」
「でも安静にしてなきゃ。エリーズが蔦から染み出した液があまりよくないものじゃないかって調べ…」
「マー、落ち着いて聞きなさい。私は………私は、もう長くありません。恐らく数日で死ぬことになります。」
マーは頭が真っ白になった。そんな、そんなこと。
「確かに蔦は私の心臓を外しました。でも肺を貫いたようで、肺自体の穴は塞いだのですが、何かが侵食している感じがあって…呼吸が難しいのです。」
「そんな…!その侵食してるものを取り除くことは…」
「無理です。私の肺に深く繫がっている…染み込んでいると言うのが妥当でしょうか。」
「なにか、なにか…方法はないのですか!!」
ベッドサイドに崩れ落ち泣き出すマーに、ハークは優しい笑顔で頭を撫でる。
「また敬語が出ていますよ。」
マーが三賢人になった時のこと。
「まだまだ青二才ですが、どうぞ宜しくお願い致します。」
マーはハークの前で深々と頭を下げる。
「頭をあげなさい、マー。貴方は今この時から国を守る三賢人です。そこに上下関係は無い。尊敬はしても恐縮は不要です。うーん、そうですねぇ…まずは敬語から止めましょうか。あ、私はこれが地ですので、あしからず。」
クスクス笑うハークにマーは目を丸くした。ハーク様にこんなことを言われるとは…。
―――これは大切な大好きな思い出。
お願い、私の大事な人を奪わないで。
「……私の後はジンに任せるつもりです。彼の実直さが貴方達を支えてくれるでしょう。ジンにも話はしています。」
ハークの元で泣き続けるマー。ハークは彼女に視線を合わし、厳しい顔をむけた。
「強くありなさい、マー。貴方は三賢人でしょう。貴方の下には多くの者がいるのです。心の迷いがその者たちに伝わってしまってはいけない。私の愛したこの国のこと、宜しく頼みますよ。」
流れる涙をぐっと堪えながら、マーは強く頷いた。
これがマーとハークの最期の会話となった。
翌日ハークは目を覚ますことがなくなり、呼吸数を徐々に落としていき、3日後に静かに息を引き取った。
ハークの葬儀は盛大に行われた。深く愛されていた彼の元には、国中から多くの参列者が訪れた。そして、多くの人々の心を深い悲しみに染め上げ、またラグバーツへの憎しみを植え付けたのだった。