第14話 アークが泣かす
俺は皆が対面で座っている中、出入り口を背にした下座に皆の顔が見える感じでカドの席に座っている。まああれだ、会議室で言う議長席だ。
そして、座ったままの俺の襟首を立ち上がったアークに捕まれている。心の中では、アーク、殴るなら殴れ! そう思っている俺は、アークから目を逸らさずに真っ直ぐと見ている。まあ、目を逸らしたら負け……てな、変なプライドもあるのだが……。
アークの方はというと、本気でこいつはぁあああ、怒っている!!! というのが手に取れる。力の入った俺の襟首を掴む右手、拳を握り込んで震えているのであろう肩らへんの腕の震え、眼鏡の奥の目は、俺を軽蔑しているのか? あ、いや……、悲しんでいるのか? 哀れんでいるのか? 冷たい炎のようなものを感じる。
時が流れる、堪えきれなくなった俺は、
「殴れよ、アーク」
と、口に出す。
「ああ、アーサー」
と、アークの低く冷たい声が部屋に伝わる。その時、ジェイドが立ち上がった。
ガシッとアークの右腕を掴む。
「利き腕で、相手の襟首を掴んでどうすんだ? アーク、それじゃぁあ殴れねえだろう?」
ドスの利いた声で言い始め最後は小馬鹿にしたように言葉を言い終わるジェイド。
「左手があるさ」
俺から視線を外さないアークが言うと、
「駄目だから!!!」
アークの隣の席に座っていたルカが、両手でアークの左手を抱え込む。
「……」
無言のまま、俺を睨み付けるアーク。
「止めろ」
普段、聞いたこともないような低い声でリカルドは言うと、ジェイドのアークを掴む手の上に手を乗せる。
それでも俺とアークは睨みあったままで……。
アンジェリールが立ち上がり、無言のままリカルドの手の上に手の乗せた。
ガタッ。
堪えかねたように、グレタが立ち上がると、ルカ同様、アークの左腕を両手で掴む。そして、
「アーク様、止めて下さい。アーサー様は何も悪くないのです」
「庇うのか? アーサーを……」
「いいえ」
「グレタを泣かせたアーサーが悪くないはずないだろう! 大切な俺のグレタを!!!」
「え? 今……、何と仰いましたの? その……、アーク様、あの……、アーク……」
戸惑うグレタの様子に、観念をしたのか、アークが俺の襟首を掴む手の力を緩めた。そして、襟首が離されて……、ジェイド、リカルド、アンジェリールの手も一緒に離れていった。三人は席に座り、ルカは恐る恐るという具合にアークの腕から自分の絡めた両腕を解いた。
グレタは両腕で持ったアークの腕が離せずに……。
「アーク、もう一度……」
「腕を、離して貰えませんか? グレタ」
普段の声色に戻ったアークがグレタに言うが……、
「アーク、もう一度、仰って下さい!」
「何をですか?」
「その、あの……」
「その、あの、では、僕は解りかねます」
アークはそう言いながら、右手の指先で眼鏡をクイッと上げる。
大粒の涙が、零れそうなくらいグレタの目に溜まった時、俺は……、
バン。と軽く両手の平で机を叩き立ち上がると、アークを睨み付けてこう言った。
「アークよ、それはねぇえええんじゃぁあねえのか? グレタの方を見ろよ! 今、この春の女神の目から雫が零れたら、てめぇええ。どう、責任、とんだよ? あ゛? 男だろうが、あ゛? 一度口にした言葉はなぁああ、引っ込まねぇえんだよ、なあ? 決めろよ、アーク、ビシッとよぉおおお。零しちゃなんねぇえええ、なあ? グレタのこの清らかで美しい目に溢れてた、気持ちの雫のためによぉおおお」
そして、俺は上着からハンカチを出して、グレタに渡そうとした。すると、その手を制したのはアークで……、
「結構、アーサー。僕もハンカチくらい持っていますよ」
涙が溢れそうなグレタの目元をアークは押さえて、
「アーク様、私、大丈夫ですわ。その、涙なんか、零しませんから……」
「あ、いや、その……」
「あの、アーク、に、ご迷惑はお掛けしませんから……、私の目から、ハンカチを、お取り下さいませんか?」
「あ、グレタ。そのままで聞いてくれ」
「このままでは、アーク、の、お顔が見えません……」
「いいんだ……。僕が悪かった。グレタ」
「え……」
「僕が悪かった、グレタ。そして、君は僕の大切な人なんだ。誰よりも誰よりも、ね」
「今、何と?」
「僕の大切なグレタ。と……」
「アーク……」
「好きなんだ、グレタ」
「アーク、アーク、アーク!!!」
うわぁぁぁああああんっ!!!!
グレタは、洋装店で泣いた時よりも派手に泣き出した。
「アーク、私も大好きです」
うわぁぁぁああああんっ!!!!
アークに好きと言い切ると更に泣き出すグレタ。アークはハンカチでグレタの目元を押さえたまま、俯いている。
シーンと静まった室内。ヤローどもはおたおたとしている。そこへ、
「アーク様、レディのお顔をそんなに押さえるものではありませんわ」
アンジェリールが、包むような微笑みを浮かべて言った。
「ああ、すまない、すまないね、グレタ」
グレタは目元を押さえられていたハンカチが外されて……、
「大丈夫です、アーク」
と、濡れた瞳でアークを見詰めて言った。その顔は、薄化粧が取れ、残った唇の春の色が、いたずらでもして泣いている春の妖精のようで可愛らしく。その春の妖精に見詰められたアークは、即効、顔から火を噴き、真っ赤になって行く。
そこへ、何を思ったのかリカルドが、パチパチパチと拍手を贈った。俺たちも釣られて、拍手を贈ると、二人は照れまくり、真っ赤に頬を染めた。
俯く二人の指が絡まり合っているのを俺は見た。
えぇええぃいいいい、ちくしょうぉおおおお。青春してんじゃぁあああねぇえかっ!!! こんちくしょうぉおおお。まあ、心の中で吠えた俺は、『アーク、グレタ、仲良くやれよ』と言った。春だぁあねぇえ……。




