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#8、ランカーシス博士



◆◆


帝都名物大通りの一つ、ランカーシスアベニュー。

帝都最大の大企業であるランカーシス技研の正面に伸びる、巨大な大通り。


多くの店やビルが立ち並び、普段から大勢の人が行き交い賑わっている帝都自慢の大通りだが、今夜はいつもと違う趣向の賑わいを見せていた。




ランカーシス技研本社ビル。

饕餮城に負けず劣らずの巨大さを誇るこの建物の正面入り口前広場に、街中から多くの人々が押し寄せている。

溢れ返る蒼氓そうぼうの波は敷地内には到底収まりきらず、ランカーシスアベニューにまではみ出している。


大通りでは、次々と集結する群衆を目当てにした出店の屋台も多数立ち並んでいる。



ランカーシス技研本社ビル前広場の中心に、ギラギラ輝く電飾をふんだんに施された、悪趣味な特設ステージが建てられ、異様な存在感を惜しみなく放っていた。




突如として、帝都の夜空に小さな光が一つ発生した。

まるで星のように見えるそれは、流星よりも遥かに速く、光の如き速度で広場に接近。

瞬きする間も無く、ドスンと音を立てて特設ステージ上へと降り立った。




「「「ウオォォォォォッッ!!」」」


「「「ランカーシス博士ェェ!!」」」



辺り一帯が、一瞬で熱狂に包まれた。



それに呼応するかのように、ステージに立つ〝大男〟も絶叫する。




「ォォお待たせエェェァアアァァァアァッッ!!」


大男は、群衆の轟くような歓声をものともせず、それを上回る程のシャウトで周囲を黙らせる。


ステージ上の大男、ランカーシス博士はひたすらに、派手さを極めたような男だった。

5メートル前後はあろうかという高身長、灰色の髪は稲妻のような形状のロングヘア。舌や唇、耳や頬など顔面の至る箇所に大量のピアスを付け、幾何学模様の黒いフェイスペイント、かなり痩せてはいるが筋肉質な体に、ボロボロの白衣らしき衣服を纏い、全身に大量のシルバーアクセサリーをジャラジャラと身に付けている。



「オレ様がァァァァッ!帰ってェ来たアアァァァッッ!!」


「「「お帰りィィィィ!!」」」


ランカーシス博士がスタンドマイクを片手に宣言すると、熱狂した群衆は諸手を挙げて彼を歓迎する。


「約ッ!三日ぶりのォ帝都ッ!オレ様を待っててくれてありがとオオォォォォ!!

みんなありがとオオオオオォォォォォ!!」


「「「どういたしましてェェェェ!!」」」


ランカーシス博士と群衆との熱烈なコールアンドレスポンスが、帝都中に響き渡る。



「今回の出張はよォ、大変だったが実りあるモンだったぜェ!

お前ら夏は好きかァ!?」


「「「割と好きィィィィ!!」」」


「じゃあ泳いでるかァ!?」


「「「たまに泳いでるゥゥゥゥ!!」」」


「それじゃ早速行くぜ新曲ゥゥ!!

『冬の饕餮城はちょっと臭い』!!」


「「「夏じゃないんかーい!!」」」


それから、ランカーシス博士は自慢の超ヘビーボイスで歌い始めた。

冬場の乾燥による饕餮城の匂いが、実家のお婆ちゃんの家の匂いによく似ているというしょうもない歌詞の歌で、どんどんヒートアップしていく群衆達。

中には興奮し過ぎて倒れてしまい、控えていた救護班に搬送される者もしばしば。




「ウオォォォォォ!!帝都のみんな、大好きだアアァァァ!!

続けて行くぜェ、『いつでも牛丼・マイラブ』!!」



今宵の帝都は誰も彼もが眠る事を忘れ、有象無象が狂喜乱舞する不夜城と化していた。













◆◆



「何ですか、これ?」


アカシさんのビルで一夜を明かして目を覚ました私は、事務所の応接間で話し合っているコロちゃんとアカシさんを発見した。

向かい合う二人の間のテーブルには、謎のディスクが入ったケースが幾つも並べられている。


「アディーナ、起きたんだ。おはよう。」


「今、コロちゃんに俺のコレクションを見せててな。

ランカーシス博士の音楽ディスクだ。」


「音楽ディスク…。」


「ねえアディーナ、アカシさん凄いのよ。

今までランカーシス博士が出したディスク、物凄い量持ってるの。」


コロちゃんが、興味深そうな顔つきで、テーブルの上のディスクの山を眺めている。

私も帝都に住んでた頃は、至る所でランカーシス博士の歌が流れていたので、ファンではないけど曲ならある程度は知っている。


「コロちゃん、ランカーシス博士のファンだったんですか?」


「まあ、ライブとかには行ってないけど、自宅でたまに聴く程度にはね。

アディーナも、帝都に住んでたんならよく知ってるんじゃない?」


「まあ、曲名とかは知らないですけど、曲を聴いたらピンとくる位ですかね。」


「ふーん…

あっ、これ幻の『カリュウちゃんのおっぱい マジ肉饅』じゃない!

発表直後に、カリュウ様が怒って販売禁止になった、世に数十枚しか出回ってない伝説のディスク!」


「そうだ、凄いだろう。

実は俺とランカーシス博士は、旧知の仲でな。特別に譲って貰ったんだ。」


「ええッ!?凄いッ!」


あのランカーシス博士と知り合い…。

同じ帝国軍の人間だとしても、それが事実なら恐らく凄い事だ。

あの人と直接会える人なんて、そうはいない筈。


そして、コロちゃんが珍しく興奮を隠そうともしない。



「お楽しみの所悪いですけど、そろそろ朝ご飯食べたいです。」


「あ、そうね。それじゃ行こっか。」


「行く?」


「レストラン。」


「ああ…。」


そう言えば、このビルの一階にあるんだった。

あのレストランのアボカド牛丼は、是非とも食べてみたいと思ってた。


「外食なんて久し振りね!何食べようかな。」


コロちゃん、やけに嬉しそうだ。

いや、私の事好きって言ってたし、二人で食事に行くのは嬉しいものなのかな。

いつも私は怒られてばかりなので、こんなに上機嫌なコロちゃんは正直新鮮だ。


「コロちゃんは確か、トマトを使った料理が好きでしたよね?」


「ええ、そうだけど。

…この際、大量のサラダとかも良いわね。トマトのたっぷり入った。」


コロちゃんが、笑顔で思案している。

さて、私も楽しみにしてたアボカド牛丼を堪能するとしますか。



「あ、お前らちょっといいか?」


「はい?」


事務所を出ようとしたら、アカシさんに声を掛けられた。



「分かってるとは思うが、一応釘を刺しとく意味で言っておく。

俺とこのビルの人間が、お前らに協力してるって事、くれぐれも帝国にはバレないようにしてくれよ。

もしバレたらこのビルなんてひとたまりもないし、俺は出世出来ないどころか国外追放も有り得る。」


アカシさんが、ヒソヒソ話をするように私達に忠告する。

まあ、流石にそれ位は私達も理解してたけど、アカシさんは気になってたんだろう。

意外と心配症な人だ。



「安心して下さい、アカシさん。私達だってここを使えなくなるのは大きなデメリットです。

バレないよう、細心の注意を払いますよ。」


「おう、頼むな。」


さて、気を取り直してアボカド牛丼アボカド牛丼!











◆◆



「うぅぅ…アボカド牛丼…ッ!」


「ど、ドンマイ…。いつかまた食べる機会あるわよ。」



結論から言うと、アボカド牛丼は無かった。

どうやら期間限定メニューだったらしく、しかもそれが昨日まで。

仕方無く、普通の牛丼定食を食べた。美味しかった。


…でも、何か物足りない。


落ち込む私を、コロちゃんが励ましてくれる。

ちなみにコロちゃんは、ボリューミーなサラダとカレーを食べていた。



「こうなると分かっていたらあの時、コロちゃんよりもアボカド牛丼を優先するべきだった。」


「は?どういう事?」


「あ!いえ、何でもございません事よッ!?」


「あ、そう。」


「いやー、コロちゃんが食べてたサラダ、美味しそうでしたね。トマト沢山入ってて。」


「…うん、まあ。美味しかったけど。」


一瞬コロちゃんに睨まれた気がするけど、何とか危機回避する。

でもまだ、若干怪しまれているよう。


「そ、それじゃあお腹も満たされた事ですし、旅を再開しましょう。旅を!」


「…ええ、そうね。」


コロちゃんがちょっと笑顔を見せてくれた。

良かった、どうやら気を逸らせたみたいだ。











◆◆



私達はどこでも事務所を使い、マックス君と共に、元いた森の中へ戻って来た。


「さて、確かあっちに向かってましたよね。」


「そうね、間違ってはいないわ。」


私のように記憶と勘を当てにする事なく、コロちゃんは地図とコンパスを使って手堅く行き先を見定める。

流石はコロちゃん、頼りになる。


私達は馬車に乗り、再び目的地であるガイラの街を目指した。











◆◆



「ええ、はい。例の二人は、ガイラの街に向かいましたよ。

多分、今日の昼過ぎ頃には着くんじゃないですかね。」


アディーナとコロちゃんが出発したすぐ後、アカシは事務所に設置されている箱型立体ホログラフィー通信装置を起動し、何者かと会話していた。

会話相手の肩から上が、立体映像として機械装置の上に投影されている。

どうやら、長く白い髭を立派に生やした、龐眉皓髪ほうびこうはつの老翁のようだ。


「ホッホホホッホ、成る程ご苦労。」


老人は表情を変えずに小さく笑い、アカシを労う。


「しっかしまあ、貴方の言う通り、アイツらにどこでも事務所を渡して、このビルを拠点にするように言いましたが、どうも考えが読めないんですよね。

貴方は何故、帝国に乗り込もうとしてるあの二人を、援助するような真似をしてるんです?」


怪訝そうな顔をしながらアカシが聞くが、老人は相変わらず笑い声混じりに返答する。


「ホッホホ、そんな些末な事は今はまだ、君が気にする必要はないのです。

いずれ嫌でも知る事になるのですからね。

そんな事より、貴方には引き続き彼女達のサポートをお願いしますよ。特にアディーナというあの少女には、帝都に辿り着くまでに最大限強くなって貰わないと、非常に困るのですから。

それも我々、千両役者フルコースよりも強く、カリュウ様に匹敵するまでになって貰わないと。ホホホ。」


老人の言葉を聞いたアカシは、これでもかと言う程眉根を寄せて、不信感を隠そうともしていない。


「…あの娘が、ですか?

確かに、この村に来てからのたった二年間で俺を倒せる程の実力には目を見張るモンがありますが、それでも貴方や姫皇帝様を上回るってのは、いくら何でも買い被り過ぎじゃないですかねぇ。」


アカシにそう反論された老人は、無表情を少しだけ崩し、髭の間に歯を覗かせながら笑い声を上げた。



「ホホホホホ!ホッホホホッホッホ!いや君は実に正直で気持ちが良い。他の者からは中々得られない奇譚なき意見、しっかりと受け止めるとしよう。」


「そりゃどうも。

まあ、俺としても、アイツらがどこまで行けるか気になるってのは嘘じゃないですし。

貴方こそ、姫皇帝様にバレたらマズいでしょうから、くれぐれも気を付けて下さい。」


「ホッホ、心配してくれてるんですか?お優しい事だ。

では、そろそろ時間なので失礼しますよ。」


「…はい。」


アカシの返事を最後に、ホログラフィー映像は通信を終了し、老人の姿は消滅した。

それを見届けたアカシは、疲れを取るように肩を回し、大きく溜め息を吐いた。




「ハァ……、牛丼でも食い行こ。」













◆◆



「あっ!ほらアディーナ、ガイラの街が見えてきたわよ!」


「ええ、あと少しですね。」


私達は森を抜け、広大な草原へと出た。

生い茂る草が一面に広がり、ちらほらと動物達が視界に映る中、地平線上に街らしきものが小さくポツンと見える。

あれこそが、目的地のガイラの街に他ならないだろう。


そこからしばらく、私達は草原を進み続けた。

途中で行商の馬車に出会した時は、向こうから挨拶されたので、念の為あまり目を合わせずに挨拶を返した。

既に私達が街でお尋ね者になってる可能性があるので、注意は必要だと思う。



草原をひたすら進む事、二時間程でガイラの街の門前に辿り着いた。

街全体が背の高い外壁に囲まれていて、外からでは中の様子が全く分からない。

門の前には、軽装の鎧を着た帝国軍のクローン兵が二人並んで立っていた。



「さて、どうしようかしら。下手な動きしたら怪しまれそうだし…。」


「コロちゃん、ここは私に任せて下さい。」


「え?何か良い手があるの?」


「これです。」










「そこの馬車止まりなさ…ッ!?」


私達と目が合ったクローン兵の門番が、二人揃って硬直した。



「…貴女達、顔のそれは?」


門番の一人が、勇気を出して聞いてきた。



「見て分からないんですか?ストッキングです。」


私とコロちゃんは、ストッキングを顔に被っていた。

こんな事もあろうかと、変装用に用意していたアイテムだ。

普通に履くという選択肢もあるけど、敢えて被る事で人の目を誤魔化す事も出来る優れ物だ。


何より、こんなの真顔で被ってる人がいたら、誰も関わりたくないだろう。

人除けにも使えるのだ。凄い!


「ちょっとアディーナ、こんなんで上手くいくの!?」


コロちゃんが、バレないように小声で聞いてくる。


「安心して下さい。後は私の説得術でどうにでも出来ます!」


我に策あり!期待してて下さい、コロちゃん。


⚪︎コロちゃんのメモ帳


帝都グラドポリス


グラットン帝国最大の都市にして、世界最大の大都会ね。

見上げる程大きな摩天楼が所狭しと立ち並んでて、数え切れない程多い人の波、夜になっても昼間のように明かりの絶えない眠らない街。

そんな帝都での成功に憧れて、田舎からやって来る人も多いわ。帝都ドリームってやつね。

人が多い分、チャンスも多い。反面、リスキーでもある。

帝都は、無数の人間ドラマを濃縮した街でもあるのね。深い。

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