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#7、ゴールデンテーブルマナー



「グヘヘへ、観念しろぉ〜。お前のダブル肉饅揉ませろ〜!」


「い、いやぁぁ!」


馬鹿っぽい男が馬鹿っぽい台詞を吐きながらカリュウと戯れようとするのを、他の男達は見向きもせずに会議を始める。



「さて、まずは身代金を手に入れてからどうするか、だな。」


ボスがそう言うと、部下の一人が意見を口にする。


「姫皇帝様で充分遊んだら、情報吐かれても面倒だし、殺して海にでも沈めるのが得策だろう。」


「うん、じゃあそれで。」


「グヘヘへ!肉饅!」


「いやぁ!」







「いや、待てよ。もしかしたら、こいつを人質にさえ取ってれば、俺達が皇帝になれんじゃないか?」


「おっほ!ボスそれナイスアイデア!

そしたら毎日ハーレムし放題で、美味いモンも食い放題でさぁ!」


「いやボス、流石にそこまで上手くはいかないだろ。」


太鼓持ちの部下と、インテリっぽい部下がそれぞれ意見をする。


「肉饅ッ!?」


「ズルズルズル。」







「まあ、確かにそんな上手くはいかないかもな。政治とかも面倒そうだし。」


「流石ボス、面倒な事は先延ばしぃ!」


「褒めてんのかそれ?」


「……。」


「ズルズルズルズルルル。」








「そういや俺、今朝のならず者占いの結果あんま良くなかったんだよな。

誘拐運が悪いらしくてさ、誘拐した相手に手を噛まれるって言われた。」


「占いを気にするなんて、ボスにもキュートな一面があるんですねっ!」


「いや、ならず者占いって何なんだよ。初耳だぞ。」


「……。」


「ズルズルズルズルズルズル!」


「いやおい、さっきからズルズルズルズルうるせえんだよッ!

何なんだいった……ぃ……?」


カリュウと戯れている筈の馬鹿っぽい男の方に振り向いた三人の男達は、目の前の光景に絶句した。


馬鹿っぽい男は仰向けに地面に倒れ気絶していて、その口には比喩ではなく本物の肉饅二個が無理矢理捻じ込まれている。

更に、拘束されていた筈のカリュウは既に自由の身となっており、彼女の四肢を縛っていたロープは消え、その代わりに何故かどんぶりに入った天ぷら蕎麦を熱心に啜っている。



「…は?いや、何その蕎麦?一体どこから…!」


「おい、ボケッとしてる暇あったら早く予備のロープ持って来い!」


「は、はいッ!」


太鼓持ちの部下はボスにどやされ、急いでロープを取りに走るが…




「ご馳走さま。」



既に天ぷら蕎麦を完食したカリュウが、空になったどんぶりを無造作に投げつけ、太鼓持ちの部下の頭に命中させて昏倒させた。



「…お、お前、何やってんだ!非力なお姫様の癖によぉッ!」


「んあ?何やってんだはこっちの台詞だよ全くぅ。

トンチキな部下に、無軌道な誘拐計画。せめて、あたしを捕まえた後のプラン位きちんと考えときなよぉ。クヒヒヒ。」


先程までとは打って変わって、カリュウの態度は激変していた。

ニヤニヤ不気味な笑みを浮かべ、変に間延びした喋り方。

まさか、この性格が彼女の本性だとでも言うのか!?


「フン、馬鹿にしやがって。」


冷静に怒っているインテリっぽい部下が、懐からナイフを取り出してカリュウに迫る。


「ニヒヒ。あたしをさぁ、殺しちゃったらマズいんじゃないのぉ?」


「安心しろ、流石に殺しはしない。その鼻っ柱を圧し折るだけ…ッ!?」




…見えなかった。


傍観していたボスの、率直な感想である。


一つ前のコマではインテリっぽい部下がナイフを突きつけ、カリュウは尻餅をつきながらその切っ先を見上げていたのに、次のコマでは鈍い音と共にインテリっぽい部下が白目を剥いて地面に捻じ伏せられ、彼の腹部をカリュウが踏み付けにしている。

そんな漫画みたいな現象が、目の前で起こった。



「…能ある鷹は爪を隠すってヤツか。お前、よくも騙しやがったな。」


部下三人を瞬く間に鎮圧されるも、まだボスは冷静さを保っていた。



「ニヒヒヒィ、君さ、達人でしょぉ?

あたしの目はぁ、誤魔化せないよぉ。」


「…よく見破ったなお前。仕方ない、見せてやるよ!」


そう叫ぶと、ボスはポージングしながら自身の体に力を込め、全身をパンプアップ!

膨れ上がる筋肉に着ている服は裂け、黒いハイレグ姿が露わになった。


「キャァッ、変態!」


カリュウは思わず両手で視界を塞ぐ。


「よく誤解されるが断じて変態などではない!

この俺は裏社会の大型ルーキー、〝筋肉ニワトリのジェイコブ〟こと、『ハイレグの達人』ジェイコブ様だ!

この俺のハイレグ筋肉闘法、しかと味わえッ!」


「クヒ…、いやモロに変態じゃんさぁ…。

予想外の展開に、あたしとした事がビックリを隠せないよぉ。クヒヒ。ドン引き。」


「黙れ!そうやってどいつもこいつも俺のハイレグを馬鹿にしやがって!

コイツは俺の、神聖なる正装だってのによ!」


ボスことジェイコブが、珍妙な構えと共にカリュウへ襲い掛かる!






ジェイコブは、決して弱くはない。

頭は多少弱いが、独自に編み出したハイレグ筋肉闘法はかつて、様々な修羅場で彼を勝利に導いた。

ジェイコブも、この戦闘法を身に付ける為、過酷な修行と衆人環視による羞恥心を克服し、達人としての境地に至った。






でも、見えなかった。



目の前の気持ち悪い少女は、自分とは強さの次元がまるで違った。

襲い掛かると同時に不可視の反撃を喰らい、強烈な衝撃と共に地面に倒れていた。

自分が何をされたのかすら、全く理解出来ない。


「うん、でもさぁ、筋は悪くないよねぇ。

もし良かったら、ウチの軍に入れてあげるよぉ。」


ジェイコブに、カリュウからの勧誘を断るという選択肢は無かった。


「…はい、喜んで…。」


断ったら監獄行きだろうとか、そんなちゃちな考えではない。

彼女の強さに、無限の魅力を感じ取った。ただ、それだけである。


「はい、オッケー!それじゃあ一件落着でぇ。ウヒヒヒ。」


倒れながら倉庫の天井を見上げるジェイコブを背に、カリュウはニヘニヘ笑いながら出て行った。










◆◆



「カリュウ様、こんな所で何してたんですか。」


倉庫から出て来たカリュウを待ち構えていたのは、黒いスーツ姿の女性だった。

七三分けのショートヘアに、黒いストッキング、ハイヒール、眼鏡といった、いかにも秘書然とした大人の女性。


「んあ?マゼンタちゃんこそ、どうしてあたしの居場所分かったのぉ?」


「…私は貴女の秘書です。探し出す手段など幾らでも存在します。

それより、何をしてたのか答えて下さい。」


マゼンタと呼ばれた女性の圧力に、カリュウの笑顔が引きつる。



「…い、嫌だなぁ、マゼンタちゃん。あたしは自ら率先して囮捜査をしててだねぇ。

最近あたしの事を狙ってた犯罪集団を一網打尽にしてただけだよぉ。」


「…ハァ、全く。そういう雑務は他の者に任せて下さい。

仮にも皇帝が直接出張るような案件じゃないでしょう。」


「えぇ〜、だって暇だったんだもん。」


カリュウが不満そうに口をすぼめるが、マゼンタの刺すような視線に、つい身を縮めてしまう。


「兎に角、もう帰りますよ。食事の用意も出来てますので。」


「お、楽しみだねぇ。今日は苦手なドレスなんか着て疲れたしぃ、早く帰ってご飯食べてお風呂入って、漫画読んで寝るとしますかぁ。ニヒヒ。」


呆れた様子を隠そうともしない秘書と共に、カリュウは自らの居城へと帰って行くのであった。










◆◆



「ご飯ご飯〜♪」


饕餮城へと帰宅したカリュウは、真っ先に着替え、食堂に向かった。

窮屈そうなドレスを速攻で脱ぎ捨てた彼女の格好は、胸の部分に〝雑踏〟とだけ字が書かれた白地のTシャツと、下着のみ。

Tシャツはサイズが合っていなくて非常にダボダボで、袖から殆ど手が見えないレベル。

そして、皇帝の証でもある立派な王冠が、だらしなく斜め45度に頭に載っている。


髪も何故か着替えた瞬間、癖っ毛だらけになった。



「う〜ん美味そう。いただきまぁす!」


場内屈指の広さを誇る広大なホールに、数えるのも億劫な量のテーブルが並べられ、更にその上に途方も無く大量の料理が並べられている。




そんな大ホールの片隅で、警備に当たっている二人のクローン兵の少女が、食事中のカリュウを眺めながらヒソヒソと会話していた。

なお、城内のクローン兵はラスコフ村にいた者達とは違い、スカート付きの女性向け軽装鎧を着用している。

これは饕餮城の警備を任されたエリート帝国兵の証明であるのだ。


更に言えば、クローン兵の服装は配属先によって異なる場合が多く、大体は彼女らの上司である達人の趣味によるものだ。



「君、今日が初めてだよね?カリュウ様の食事の警護。」


先輩のクローン兵が、隣に立っている後輩にそう聞いた。


「あ、はい。正直、カリュウ様に警護なんて必要無いと思いますけど。」


「…うん、我々としてはちょっと複雑な気持ちだけど、事実だね。

カリュウ様より強い生物なんて、この世に居ないだろうし。」


ハハ、と苦笑しつつも、先輩クローン兵はすぐに真剣な表情を取り戻す。


「カリュウ様はいつも温厚で誰に対しても優しいけど、食事中だけは絶対に邪魔しない方がいいよ。

カリュウ様から声を掛けられない限り、こっちから話し掛けるのも、触れたりするのもNG。」


先輩からの警告を聞いた後輩は、あまりの気迫に思わず息を呑んだ。



「…もしNGを冒したら、どうなるんですか?」


「…カリュウ様は、途端に不機嫌になるわ。

怒りを収めるには、ハグしてあげたり、キスしてあげたり、一緒にお風呂入ったり添い寝してあげたり、膝枕して耳掃除してあげれば大丈夫よ。」


「…い、いっぱい方法があるんですね。」


後輩は再び息を呑み、身震いする。


「ただし、それらは女の子に限った話だけどね。

男性の場合は即座に処刑台に送られて、滅茶苦茶こちょこちょされるわよ。」


「ひぇぇ、怖ぁ…。」


露骨に怖がる後輩を横目に、先輩は食事中のカリュウに視線を送る。



「それにしても、カリュウ様はよく食べるわね。

あの量だったら、5分で食べ終わるかしら。」


「5分!?あ、あの量をッ!?」


「うん、カリュウ様って尋常じゃない大喰らいだから。

あの人を私達の常識で測ったら駄目だからね。」


「…は、はい。」









◆◆



「はあぁ〜、気持ちいい。」


食事を終えたカリュウは、今度は入浴タイムに突入した。

勿論ただの風呂ではなく、帝都の煌びやかな夜景が一望出来る上、豪奢な飾り付け、一人で入るにはどう見ても持て余す程の広さを誇り、まさに驕奢きょうしゃというものを欲しいままにした、豪華絢爛な露天風呂である。

この浴場だけでも充分凄いが、風呂好きなカリュウは他に幾つもの浴場を城内に作っており、日替わりで入る浴場を変えているとの事。


さながら、巨大なスパ施設のようだ。

その日に使っていない浴場は、城内の他の者達が利用している。



「フヒ、今日は柚子風呂かぁ、良いねぇ。」


浴槽に浮いている柚子を一つ鷲掴み、香りを楽しむ。



「お気に召して頂いたようで、何よりです。

私の実家で採れた柚子なので、間違いないのは当たり前ですが。」


一人の女性が大浴場に入り、カリュウの隣に腰を掛け、肩まで湯船に浸かると「フゥ…」と小さく息を吐いた。


「おぉ、マゼンタちゃんの実家のねぇ。

クヒヒ、今度また挨拶しに行こっか。」


「そういうのいいですから。ウチの両親が気の毒です。」


「それもそだねぇ。」


以前、カリュウがマゼンタの実家を訪ねた際には、彼女の両親が無理して見栄を張り過ぎて、色々と手痛い失敗をしてしまったのだ。

世界を牛耳る皇帝が家に遊びに来るとなったら、緊張したり、普段よりも着飾ったりするのが普通だが、それが行き過ぎてしまったのであろう。


「あれは面白かったねぇ。ウェヒヒヒィ。」


「もう、笑わないで下さい。今でも思い出すと恥ずかしいんですから。」


一頻りカリュウが笑い、マゼンタが何度目か分からない溜め息を吐く。


「そんなどうでもいい話は置いといてですね、カリュウ様。

例の件、考え直す事は出来ないんですか?」


マゼンタがそう聞くと、カリュウの表情も変わる。

相変わらずニヤついているが、その瞳はどこか遠くを見つめているように見える。


「…うん、現況で一番の最善策だしねぇ。その為にクーデター起こして皇帝になったり、アディーナちゃんを島流しにしたりしたんだからぁ。」


カリュウは一息ついて、再び開口する。




「〝ゴールデンテーブルマナー〟を回避するにはね、もうそうするしかないんだよぉ。」


「…そうかもしれませんけど…ッ!」


そこまで言いかけて、マゼンタは言葉を止めた。

もう自分が何を言っても意味がないと、悟ったような表情をしていた。






「…そう言えば先程、ランカーシス博士が帰って来たそうです。」


「ああ、だからいつもより帝都が賑やかなんだねぇ。

博士は人気者だからなぁ。クヒ。」


カリュウは湯船から上がり、眠そうな双眸で眼下の街並みを見下ろす。

猥雑とした混沌の街の大通りに、一際目立つ巨大な光の集団。彼女の視線はそちらに向けられていた。


⚪︎コロちゃんのメモ帳


カリュウ・ラヒメ


グラットン帝国の現皇帝様ね。通称、姫皇帝。

兎に角、三度の飯より食べるのが好きらしくて、いつも大体何かを食べてるわね。

城内では凄くだらしなくてヘラヘラしてるけど、外に出たら一応正装して、しっかりとした喋り方や態度をしてるらしいわね。

アディーナと並々ならない因縁があるみたいだけど、今後どういう展開になるのかしら…。

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