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#4、勝っちゃったんだね




2年前。


まだ私が、家族と一緒に帝都で暮らしていた頃。


私がまだ、ごく普通の少女として帝都の学校に通っていた頃。



私には、好きな女の子がいた。


その人の名前は、カリュウ・ラヒメ。

私とは幼い頃からよく遊んでいた幼馴染みで、物心ついた時からずっと一緒にいた。


彼女は、この〝グラットン帝国〟を治める皇帝の実の娘でもある。


でも、そんな圧倒的な身分の差を、彼女に対して感じる事は皆無だった。

カリュウちゃんは誰に対しても朗らかで、対等で、強く、少し変な所はあるけれど、とても優しい子だった。


私はカリュウちゃんに日に日に惹かれていき、積もり積もった感情が堰き止められなくなったある日、私はカリュウちゃんに告白した。



「好きです、付き合って下さい!」


と。


死ぬ程緊張したし、物凄く怖かった。

恋愛とは無縁だと思っていた私が告白するなんて、ずっとあり得ないと思っていた位だし。


勇気を振り絞り告白した後、恐る恐るカリュウちゃんの顔を見た。

すると、彼女も私と同様に顔を真っ赤にして、俯いていた。


でもその直後、今度は苦虫を噛み潰したような顔に変わった。

複雑な感情が幾つも彼女の胸の中で渦巻いているような、そんな感じだった。


カリュウちゃんは消え入りそうな程か細い声で、こう言った。



「返事は、少しだけ待ってて。」


それだけ言い残して、去ってしまった。

そしてその台詞が、私とカリュウちゃんが直接交わした最後の会話となった。



翌日、複数人の帝国兵が、私の家に押し寄せた。

何の前触れも無く現れたこの人達は、次々と私達に睡眠薬を嗅がせ、拘束し、連れ去ってしまった。



後で聞いた話だけど、その日はカリュウちゃんがクーデターを起こし、一瞬にして当時の皇帝である父親を失脚させ、その地位を得たらしい。

姫皇帝と呼ばれる事になる彼女が家臣に下した初の命令が、私とその一家の拘束だったらしい。



…私に告白されたのが、そんなに嫌だったのか。

だからって、そこまでするかと何度も思った。


でも、正式に返事を貰っていないのも事実。

きっと、カリュウちゃんには何か深い事情がある筈なんだと、強く自分に言い聞かせた事もあった。


でも、先程の私の家族の処刑の所為で、私の我慢は限界に達した。


今すぐにでもカリュウちゃんの元へ急ぎ、本人に問い詰めたい。


私達が何をしたのかと。

何でこんな仕打ちを受けなければいけないのかと。


そして、あの日の告白の返事を、何としても聞きたい。


彼女が何を考えているのか、私は知らなければいけない!






「兎に角、貴方を倒してコロちゃんを返して貰います。」


「いや、それは流石に俺を舐め過ぎだ。

次期『主役メインディッシュ』入りの有力候補でもある、この俺だぞ。お前程度じゃ役不足だ。」


「主役…?」


「あ?知らないのか?帝国軍に所属する、達人の階級だよ。

標準的な強さの達人が『前座オードブル』、その上の幹部クラスが『主役メインディッシュ』、更にその上の最高幹部が、『千両役者フルコース』、更に更にその上にいるのが、カリュウ・ラヒメ姫皇帝だ。

本当はもっと細かいんだが、大雑把に区分するとそうだな。」


「じゃあ貴方、一番下っ端じゃないですか。」


「うるせえ。その中でも特に強い方なんだよ。次期幹部候補だしな。」


「まあ、丁寧に説明して頂いた所悪いんですが、幹部がどうとかは私には関係ありません。

邪魔する者は全員、私の割り箸の餌食になって貰いますので。」


私はすっと、ローブの内側から一膳の割り箸を取り出す。


「ほう、こいつはまたおっかないガキだな。

だからこそ、俺みたいな大人がきちんと現実を教えてやらにゃならん。」


おじさんが、拳を構える。

構えると言っても、だらりと脱力した握り拳を、ブラブラさせているだけだけど。


「一応初対面だし名乗っておくか。

俺の名はアカシ・キョウヘイ。通称『喧嘩の達人』。」


驚異的なフットワークで一瞬にして距離を詰められ、気付いた時にはアカシさんの左ジャブが私の右頬に叩き込まれていた。


「ッッ!?」


直後に襲い来る右ストレートは、ギリギリ反応して紙一重で回避。


聞いた事がある。

この村の監督官は、拳一つでのし上がった喧嘩無双の無頼漢。

彼の一撃一撃が、殺人級の威力を秘めている。

だとしたら、接近戦は非常にリスキー。距離を取らねば。


「その前に潰してやるよ。」


心を読まれたかのように、アカシさんは私に詰め寄る。

防御も間に合わず、今度こそ右ストレートが私の土手っ腹に命中する。


「…がッ…は…!」


血反吐を吐きながら吹き飛んだ私の体は、そのまま事務所の窓に激突。

窓ガラスを破砕し、宙空へと投げ出された。


(…ま…ずい…!)


普通の建物ならまだしも、投げ出されたのは地上五階のビルからだ。

当然、このまま自由落下して地面に激突したら只じゃ済まない。


私はすぐさま、ローブの内側からまだ割られていない、予備の割り箸を取り出す。


地面にぶつかる寸前に、その割り箸を割る。

見事に割られた割り箸は超振動を巻き起こし、発生した衝撃波が地面に衝突し、私の体は一瞬フワリと浮き上がる。

落下によるダメージはしっかり打ち消したものの、うつ伏せに倒れた私にはまだ、先程殴られたダメージが残っている。



これが、喧嘩の達人の一撃。何て重さ。


だけど、こんな所で挫けてる暇は無い。

これから先、私は人外魔境の達人達が待ち受ける、帝都に向かうのだから。


私は血の混じった唾を吐き捨て、ビル五階の割れた窓を見上げる。


「ほぉう、あの一撃を喰らってまだ意識があるか。

華奢な割には頑丈だな、お前。」


「…よく言われます。」


「おう、少し待ってろ。今そっち行くから。」


アカシさんの姿が部屋の奥に消える。

言われた通り少し待ってたら、わざわざ階段を降りて来たアカシさんがビルから出て来た。


「待たせたな。」


「カッコ悪いですね。窓から飛び降りて、スタッと着地するのかと思いました。」


「いや、そんな事して着地失敗して、足でも挫いたら困るだろ。

真の強者は、安全面にもしっかり気を配るもんだ。」


「…まあ、確かに一理ありますね。」


「だろ?だから万が一の事態も考えて、俺は一切油断せずにお前を鎮圧する。」


再び距離を詰めて接近戦が始まるのかと思いきや、アカシさんが取り出したのは拳銃。

当然、銃口は私に向けられている。


「あれ?ロカビリー☆タダオさんは私を生け捕りにするって言ってましたけど。

殺しちゃったらマズいんじゃないですか?」


「安心しろ、殺傷力は無い麻酔銃だ。」


「ああ、成る程。」


銃声が響き、麻酔入りの弾丸が私の髪を掠め、ローブのフードに風穴を空ける。

本当に麻酔銃なのか怪しいけど、どっちみち喰らうのはよろしくない。


「大人しく当たってろ。」


「痛そうだから無理です!」


私はアカシさんに向かって駆け出す。

避けられそうな銃弾は避け、無理そうなのは弾道を見切って割り箸で弾く。


達人として特殊な修行を積んだ私は、普通の人間よりも身体能力が高く、頑張れば弾丸を見切る程の動体視力を発揮出来る。


「『割り箸殺法…」


「何?」


「…渦紫陽花』!」


「ぐおッ!?」


アカシさんは私の奥義を躱せず、両腕をクロスして正面から攻撃を受けた。

一撃で倒すのは不可能としても、それなりのダメージは与えた筈。


「くそ、やっぱ一筋縄じゃいかねえか。

折角の一丁羅が台無しだ。高いんだぞこのスーツ。」


私の望みは打ち砕かれたようで、アカシさんはほぼ無傷だった。

スーツは斬り裂かれているけれど、ガードするのに攻撃をまともに喰らった筈の両腕は、傷一つ無い。

どれだけ頑丈な腕なんだ。まるで鋼鉄。


「なんかのトリックですか?

私の斬撃を受け付けないなんて。」


「残念ながら、お前の割り箸よりも俺の腕の方が屈強だったって話だ。」


麻酔銃を投げ捨て、結局接近戦モードに入るアカシさん。

攻撃が通用しない以上、私の勝ち目は限りなく薄いものになった。


さて、どうしようか。


「絶望したか?」


「いえ、対抗策を考えてた所です。」


「戦いの最中に考え事とは、随分余裕だな!」


私の連続攻撃を、アカシさんは両手でガードしながら上手くあしらう。

そしてアカシさんのカウンター攻撃を、私は持ち前の身軽さで何とか躱し続ける。


その間、私は出来る限りアカシさんを観察し続けた。

あの腕でのガードによる防御力は、余りにも常軌を逸している。

どこかに弱点があると信じて、私は頭と体をフル稼働させ、打開策を探し出す。


「いい加減大人しくしろ!」


賭けに出た私は、アカシさんの渾身の右ストレートを正面から受け止める。




そう、割り箸で!


「なッ!?」


瞬間、動揺したアカシさんの僅かな隙を突いて、私は体を捻るように回転蹴りを繰り出し、アカシさんの腹部に命中させた。


「がッ!」


「『割り箸殺法・渦紫陽花』!」


再び、同じ技を打つ。

でも、先程とは手応えが明らかに違った。


「グ、てめェ、気付きやがったか。」


「ええ、どうやら両腕以外は普通の強度らしいですね。」


私が斬ったのは、アカシさんの左肩から右脇腹にかけてだった。

大ダメージとまではいかないけれど、アカシさんは血を流しながら苦虫を噛み潰したような表情をしていた。


私が見つけた弱点は、アカシさんの異常な頑強さは、彼の身体の限定的な箇所のみだという事だ。

全身が頑丈なら、そもそも両腕でガードする必要が無い。

だから、その推理に行き着き、結果当たっていた。


私はすかさず追撃する為、アカシさんに連続攻撃を仕掛ける。


「両腕だけじゃねえ、両足もだ!」


迫る前蹴りが私の割り箸を弾き、回避しきれなかった私の脇腹に当たる。

痛いけど、踏ん張れない程じゃない。


「りょ、両足もですか…」


「ああ、これが喧嘩の達人の真骨頂。

俺の四肢はあらゆる攻撃を受け付けない、鋼鉄の筋肉。

刀で斬られようが、銃弾をぶち込まれようが、マグマに入れようが、硫酸を掛けられようが、怪我一つ負う事はない。」


「成る程、つまりガードに成功さえすれば、無敵という訳ですね。」


「まあ、そうなるわな。」


「じゃあ、ボディーを狙います。」


「それはやめた方が良い。俺が困る。」


「ボディーを狙います。」


「……。」


相手の弱点が判明した以上、そこを狙わない手は無い。

という訳で、私は執拗にアカシさんのボディーに攻撃を仕掛ける。


「クソッ、ボディーを狙いやがって!」


アカシさんは当然ボディーを守る為に両腕でガードするも、腕二本で体を守るのにも限界がある。

それに攻撃と防御の面ではアカシさんが優っていても、素早さでは私の方が上だ。

調子に乗り始めた私の連続攻撃を止める事は出来ず、防戦一方となったアカシさんのボディーには、少しずつダメージが蓄積されていく。



「うぐ、クソがぁ!」


カウンターの一撃が私の鼻先を掠めるも、それが命取りとなった。



「『割り箸殺法・渦紫陽花』」



一閃。


横一文字の銀閃が、隙を突き、アカシさんのボディーを斬り裂いた。



「…ガッ…ハァ…ッ!」


苦悶の表情を浮かべたアカシさんが、そのまま仰向けに倒れた。








「大丈夫ですか、コロちゃん。」


アカシさんを倒した私は、コロちゃんを救出すべくビルの五階、明石組事務所へと戻った。

急いでコロちゃんへと駆け寄った私は、少し違和感を感じる。


「コロちゃん…?」


「アディーナ、勝っちゃったんだね。アカシさんに。」


コロちゃんは、私が助けるまでもなく拘束が解かれていて、目も覚まし、事務所の窓際で立ち尽くしていた。


「どういう事ですか?何で自由になって…」


「答えは簡単だ。

最初からちゃんと拘束してないし、気を失ったフリをしてただけなんだよ、そいつは。」


背後から聞こえた声は、アカシさんのものだった。

満身創痍の体に鞭打って、事務所まで来たのだ。


警戒する私に、アカシさんは両手を上げてこれ以上戦う意思が無い事を暗に告げる。



「貴方とコロちゃんは、グルだったという事ですか?」


「ああ。俺だって人質なんて趣味じゃなかったんだが、そいつがどうしてもと頭を下げて来たんでな。」


まさかコロちゃんが、自ら人質になった?


「何で、コロちゃんそんな事…」


「……。」


沈黙するコロちゃん。


「…教えてくれないんですか?」


「…嫌だからよ。」


「え?」


「アンタがどっか行っちゃうのが、嫌で嫌でしょうがないからよ!

突然家を出てって、アタシなんか眼中に無いみたいに…!

折角仲良くなれたと思ったのに、何であんなにあっさり居なくなっちゃうのよ!」


成る程、今ので大体察しはついた。

私が村を出て行くのが嫌で、引き止める為に人質を演じてたのか。


コロちゃんは泣きじゃくりながら、必死になって私に訴えかける。

普段から強気な性格のコロちゃんからは、ちょっと想像出来ない。


「アタシが、こんなにもアンタの事好きになっちゃったのにッ!

何で気が付かないのよ!馬鹿!馬鹿!」









……マジですか。


⚪︎コロちゃんのメモ帳


ロカビリー☆タダオ


帝国軍所属ラスコフ村副監督官にして前座オードブルの、炭酸飲料の達人ね。

炭酸飲料の入った缶を物凄い速さで振って、レーザーみたいに中身を噴出するのが得意技みたい。

…あまり褒められた戦い方じゃないわね。

金髪のリーゼントヘアー、上半身裸の上にジャケットを羽織るっていう独特なファッションね。

好きな食べ物は、ポテトチップスにハンバーガーらしいわ。何か、炭酸飲料と一緒に食べたくなる食べ物よね。

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