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#3、教えてよ



現代人ならば、誰しもが一度はやった事があるだろう。


そう、炭酸飲料の振り振り。

まるでバーテンダーの如く炭酸飲料の入った缶をシェイキングし、それを友達や家族に渡して、開けた瞬間中身が吹き出し、驚いているところを見て楽しむ魔性の悪戯。

かく言う私も、コロちゃんに何度も仕掛けた。

帝都に住んでた頃は、妹にもかました。

その度に、凄く怒られた。


「フッフッフッフ、驚いたろウ?

この村、やたら自販機が多いよネ?その理由は勿論、このボクの力を十全に発揮出来るようにする為なのサ!」


そうだったのか。

私はてっきり、この村の住人全員が、常に異常なまでに喉が乾いているからだと思っていた。


「そらそらそらァ!タネが分かったとこデ、対処出来るモンでもないよォ!」


再び、強烈な炭酸レーザーが射出される。

よく見ると、ロカビリー☆タダオの足元に、大量の空き缶が転がっている。

そして、炭酸レーザーが一発撃たれる毎に、空き缶が一つ増える。


成る程、一発につき一缶か。


「避けるだけしか能が無いのかナ!?」


「こんな事の為に使われて、折角のジュースが勿体無いですね。」


「何ダ、そんな心配してたのかイ?

問題無いヨ。この真・強烈サイダーはねェ、このボクの為に開発された特別な商品なんだかラ!」


「だからって、飲み物を粗末にしちゃいけません。」


「五月蝿イ!チミはこのボクのマミーかヨ!」


なかなか攻撃が当たらない私にイライラしているのか、ロカビリー☆タダオの攻撃のペースが上がっていく。

しかし、当然ながらその分精細さを欠いていく。


こんな雑な攻撃、冷静に対処すれば問題無く回避出来る。



「クッソ…!弾が切れたカ…」


遂に、ロカビリー☆タダオの手持ち炭酸が底をついた。

そしてこの瞬間こそが、私が狙っていた反撃のチャンス!


「割り箸殺法…」


「待テ!」


反撃の姿勢に入った瞬間、私は攻撃の手を止めた。

いや、止めざるを得なかった。





「今買ってル。」


ロカビリー☆タダオが、すぐ側の自販機でジュースを買い始めたからだ。

思いっ切り私に背を向けて自販機の前に突っ立ってるけど、今攻撃するのは流石にマズい。


ジュースを買ってる最中に攻撃するのは、そう…


何というか、やっちゃいけない気がするからだ。


「くっ、これじゃ貴方がサイダー切れを起こしても、攻撃出来ないじゃないですか。」


「仕方ないだロ、世の中そういうもんダ。」


ロカビリー☆タダオがそう言い捨てる。


それから暫くの間、ロカビリー☆タダオが強烈サイダーを買うのをひたすら見ていた。


いや、見ているのは良いにしても、ロカビリー☆タダオがサイダーを買うのがあまりにも遅過ぎる。

弾切れした分を補充する為、必然的に買う量が多くなってしまうのは仕方ないけど、やたらとモタモタしていて、気の長い私ですらもいい加減イライラしてきた。


「ぬうゥ、本当この財布、小銭が取り出し辛いナ。」


「あーもう、何やってんですか!」


痺れを切らした私は、ロカビリー☆タダオの側まで駆け寄り、彼の財布をふんだくった。


「ちょっト、何してんノ!」


「それはこっちの台詞です!いつまで待たせるんですか!

こっちは急いでるんですよ!」


「だからって人の財布取るなヨ!ア、ちょッ!」


私は間髪入れずに、ロカビリー☆タダオの財布を物色し始めた。

その中身はまさしく、私の予想通りだった。


「全く、ダメ財布の典型的な例じゃないですか!

口が狭くて小銭が取り出しにくいし、小銭自体の数もやたら多い。

面倒臭いからって、紙幣でばっかりお金払ってますね?」


「だって面倒じゃんカ。」


「お店の人だって面倒なんですよ。

小銭がこんなにあるんだから、なるべく小銭も使ってあげて下さい。

あとこれ、こんなにスタンプカードやらポイントカードやらクーポンも貯め込んで…!」


「いやそれ使うやつ…!」


「そんな事言って、殆ど使わないまま期限が切れてるのばっかりじゃないですか!

こういうのを整理しないから、こういう場面でもたつくんですよ!」


「うるセー!だったらチミの財布はどうなんだヨ!」


「あっ、こら!」


逆ギレしたロカビリー☆タダオが、私がさっき、戦いの邪魔になりそうなので地面に置いた布袋まで、全力ダッシュをし始めた。

しかも意外と足が速く、反応が遅れた私は、布袋の奪取を許してしまう。


「ちょっと、乙女の荷物を勝手に漁るなんて、重罪ですよ!」


「チミだってこのボクの財布奪っただロ!厚かましイ、おあいこだおあいコ!」


ロカビリー☆タダオが布袋に手を突っ込む。

この男、万死に値する!


「あっター!これ財布だロ!」


運悪く、沢山ある荷物の中から一発で財布を引き当てられてしまった。

私のお気に入りの、クマさんのイラスト付きキャラクター財布が…!


「ププー、チミこんな可愛らしいお財布使ってたんでちゅカー。」


「…うっさい!いいじゃないですか別に!」


「つーカ、チミの財布もメッチャ汚いじゃン!

何こレ、あんだけこのボクに言っといてこれっテ……この恥知らズ!」


「い、いーんですー!私の財布は小銭取り出しやすいやつですもん!

貴方の財布よりは遥かに格上ですから!」


「ウェーイ、こんなんこうしてやル!」


「あっ!」


ロカビリー☆タダオが、私の大事な財布を空高く放り投げた。

クマさん財布は放物線を描き、ガサガサという音と共に少し離れた背の高い木の枝葉に絡まり、落ちてこなくなった。


「ハハッ、これに懲りたラ、もうこのボクの事を馬鹿にするのは金輪際…ッ!?」


ロカビリー☆タダオの台詞が、唐突に途切れた。

それもその筈、私の全身からダダ漏れしている怒気を感じ取ったからだ。


「あの財布は、私が幼い頃に、今は会えない妹から貰った、誕生日プレゼントなんですよ。

あの子がなけなしのお小遣いを叩いて買ってくれた、思い出の財布なんです。

それを、貴方は…ッ!」


「エ…?いヤ、そんなの知らんシ…!

大体、そっちがこのボクの財布弄りだしたのが悪いんだシ。」


私の怒りのオーラに圧され、後退りする愚かなロカビリー☆タダオ。

そんな彼の姿を見かねたクローン兵の隊長の人が、極めて冷静な口調で一言言った。



「タダオさん、これは貴方が悪いです。今すぐ彼女に謝って下さい。」


「エ?いやいやいヤ、おかしいだ…」

「いいから謝りなさいッ!!」


隊長の人が、ロカビリー☆タダオの頬に平手打ちして、怒鳴りつけた。

何故彼女がこんなにキレてるのか、私にもよく分からないけど、他のクローン兵達もロカビリー☆タダオの事を冷めた目付きで見ている。

飼い犬に手を噛まれるとはまさにこの事で、完全にアウェイな立ち位置となったロカビリー☆タダオは、物凄くバツの悪そうな表情で戸惑っている。


何だか、怒っている私までいたたまれない気持ちになってきた。





「…ゴ、ごめんなさイ…。」


「…いえ、私も少し怒り過ぎました。

よく考えたら、あとで引っ掛ってる木を揺らして、落とせば回収出来ますもんね。

私も、自分の事を棚に上げて、貴方の財布を弄ってしまったのは、悪かったです。」


冷静になった私は、ついついロカビリー☆タダオを許してしまう。


「じゃア、もっかいやり直すカ。」


「そうですね。」


私はロカビリー☆タダオと少し距離を置き、一呼吸してから互いに向き合う。





「ヒャッハー、今度こそこのボクの炭酸レーザーデ、チミを蜂の巣状のミートパイにしてやるゥ!」


よくあんな空気感の中、テンションここまで切り替えられるなーと思いつつ、私は炭酸レーザーの隙間を縫って、ロカビリー☆タダオとの距離を一瞬にして詰める。


「何!?」


「『割り箸殺法・渦紫陽花うずあじさい』」


態度は元に戻っても、先程の件の精神的ダメージは大きかったのだろう。

ロカビリー☆タダオの隙は、明らかに大きくなっていた。


その隙を巧みに突いた私の一撃は、彼を戦闘不能にするには充分な威力だった。








「フフ、見事ダ…。

このボクを倒すなんてナ。」


仰向けに倒れたロカビリー☆タダオが、見下す私に向けてそう言った。


「私は急いでますので、今度こそ行かせて貰います。」


「それはどうかナ。」


ロカビリー☆タダオの意味深な言葉に、先を急ごうとする私の足が止まる。


「どういう意味ですか?」


「…チミと一緒に暮らしてタ、あのクローン兵の子。

あの子が今、ウチの監督官の元にいるとしたラ、どうすル?」


「…まさか、人質ですか?」


「〝あの人〟は用心深い人でネ。

チミが達人というのも知ってるシ、万が一このボクが負けた場合に備えテ、保険を用意していたのサ。

何が何でもチミを村から出すなというのガ、我々に与えられた使命なのだかラ。」


成る程、私がコロちゃんを見捨てられないというのも、向こうは折り込み済みか。

もしかして、単なる世話係ではなく、いざという時人質にする為、帝国側は私とコロちゃんを同居させたのか?


だとすれば、考えた奴は相当性格が悪い。


「いいでしょう、寄り道位してあげますよ。」


「監督官ハ、〝事務所〟にいル。

この村に住んでるなラ、場所は分かるだろウ?」


「ええ、無駄に目立ちますからね。」


私は来た道を戻り、事務所と呼ばれる場所へひた走った。










◆◆


立ち止まった私が見上げるのは、自然豊かなこの村で明らかな違和感を放っている、五階建ての鉄筋コンクリートの雑居ビル。

そんなのが、村の奥地にでんと建っている。

ただでさえイカつい建物なのに、五階部分の窓に書かれた『明石組』の文字から異様な威圧感を感じる。


でも、ビビってる暇など私には無い。


「コロちゃん、もう少しだけ待ってて下さい。」


私は意を決して、ビルの中へ足を踏み入れようとした。



「あー、美味かった。

やっぱこの店のラーメン最高だわー。」


「分かる分かる。パスタとかも美味いし、麺類最高!」


ビルの一階部分に店舗を構えているレストランから、二人組の男性客が出て来た。

行った事の無いお店なので気になるけど、今はそれどころじゃない!


いやでも、美味しそうな物の事を考えると、無意識に足がそっちに向かいそうになる。

ついさっきガッツリステーキ食べたばかりなのに、不思議なものだ。


「…く、くゥゥ…!」


これも、帝国が仕掛けた悪辣な罠に違いない。

しかも、店の前ののぼりには新商品のアボカド牛丼が実に美味しそうに描かれている。


牛丼かコロちゃんか、今最大の選択を迫られている!



「…何やってんスか?」


店の前で必死に踏ん張っている私に、ゴミ出しに来たレストランの店員が声を掛けて来た。

お陰で、我に帰る事が出来た。


「ありがとうございます!」


「はァ…」


ポカンとしている店員にお礼を言い、今度こそビルの中に突入した。





ビルの一階はレストラン、それは突破した。

でも、二階の漫画喫茶、三階の猫カフェと、残忍非道な誘惑が私を襲い、その度に扉に吸い寄せられそうになるのを、強靭な精神力で何とか振り切る。

四階はテナントが空いてて助かった。


ともあれ無事に五階まで階段をダッシュし、明石組事務所と書かれた扉の前へと辿り着いた。


「お邪魔します。」


ガチャリとドアノブを回して扉を開き、中へ入る。



中は、一見普通の事務所だった。

幾つかの事務机が並び、応接用のスペースもある。


「よう、やっぱ来たか。」


事務所の奥から、低くドスの効いた声が聞こえる。

声のする方を向くと、最奥の一回り大きな事務机の上に、真っ赤なスーツを着て無精髭を生やした、パンチパーマでグラサンのイカついおじさんが座っていた。


その強面おじさんの足元に、ロープで手足を拘束され、目を瞑ったまま動かないコロちゃんが転がっている。


コロちゃんの見た目は他のクローン兵と一緒だけど、一つだけ違う点がある。

コロちゃんの前髪は、以前私がプレゼントした青いリボンの髪飾りで留めてある。

それを付けているのが確認出来るので、間違いなくコロちゃん本人だ。


「こ、コロちゃん…!」


「心配すんなや、ちょっと寝てるだけだよ。」


よっこらせと、気怠そうにおじさんが机から降りて、私と視線を合わせた。


「タダオの奴、やられちまったらしいな。」


「ええ、私を止めるには役不足でしたね。」


「ハッ、また随分と自信過剰なお嬢なこった。」


「コロちゃんを解放して下さい。」


「お前さんが大人しく家に帰って、もう二度と村から出ないと誓うのなら、すぐにでも解放するぜ?」


…またこれだ。

帝国軍の誰も彼もが、私を村から出させまいとする。


「…もうウンザリなんですけど。

何で皆、私をこの村に隔離しようとするんですか?意味が分からないんですけど。」


私の質問に対して、おじさんは肩を竦めて薄ら笑いを浮かべていた。


「さあな、俺らだって知らねえよ。

前に一度聞いてみちゃいるが、お上は機密事項の一点張りで何も教えちゃくれなかった。」


「機密事項って…」


単なる〝あの子〟から私への嫌がらせではないみたいだ。

ここまで徹底しているという事は、何かしら意味があるに違いない。



ねえ、どうして何も教えてくれないの?


何で、私がこんな目に遭わなきゃならないの?





…教えてよ、カリュウちゃん…。


⚪︎コロちゃんのメモ帳


兵番562021(コロちゃん)


アタシの正式名称ね。皆からは56の部分からコロちゃんって呼ばれてる。

アディーナの世話係に任命されたけど、彼女の事情については詳しく知らないから、何で帝国兵のアタシがそんな任務を与えられたのか、全くもって意味不明だわ。

でも、まあ…、そんなに悪くはないけど、ね。

見た目は他のクローン兵と同じ顔で、長く伸ばした黒髪。アディーナから前に貰った、青いリボンの髪飾りをいつも前髪に付けてる。

好きな食べ物は、トマト料理とチクワかな。

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