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#1、帝国名物





少女は、無数の敵に囲まれていた。


長閑な田舎の村の広場の中心に立つその少女は、オーバル型の細長く楕円形に近い銀縁眼鏡をクイっと右手の人差し指で上げ、自身の周囲を見渡した。

少女は土色のフード付きローブを羽織り、そこから覗く頭髪は薄緑色のセミロング。一房の三つ編みを左肩から前に垂らしている。

服装は上半身は白いワイシャツ、下半身はホットパンツに革製のショートブーツといった格好である。



彼女の瞳は、決意に燃えていた。


安佚あんいつな日常を捨て、果てを知らない戦いの日々へと身を投じる覚悟を決めた、修羅の眼だ。




「退いて下さい。私は行かなくちゃいけないんです。」


少女は、自分を囲む敵の群れに向かって、冷静な声色でそう言った。


少女を囲む敵達もまた、ほぼ全員が少女である。

しかし、驚くべきはその少女達の顔である。


一人残らず、まるで複製したかのような同じ顔。

髪の長さや髪型、服装なんかは個人差が多少あれど、基本的には黒髪に、黒い男性用のスーツを着用している。


「私達が何者か知ってて尚、退くと思ってるのか?」


同じ顔の少女の一人が、代表して言った。

その少女だけ他とは違う白いスーツを着ていて、どうやらリーダー格のようだ。


「帝国軍の、クローン兵でしょう?

今や帝国の兵力の殆どは、クローン人間で賄っているらしいですからね。」


「まあ、そういう事だ。田舎に引き篭もってた割には、よく勉強してるじゃないか。」


「好きで引き篭もってた訳ではないので。」


眼鏡の少女は至って冷静に喋っている。

しかしながら、その声には隠し切れない怒気が浮き出ているようだった。



「フン。お前達、かかれっ!

絶対にこの女をこの村から出すな!」


リーダー格の少女の一声と共に、思い思いの得物を持ったクローン兵達が一斉に眼鏡の少女へと襲い掛かった!















そもそも何故、眼鏡の少女がこれ程まで四面楚歌となっているのか。

その理由を語るには、1時間程時を遡る必要がある。



◆◆





重たい瞼をゆっくり開いて、私は目を覚ました。

果てしなく怠い体をけしかけて、上半身を起こし、目を凝らして部屋の中を見渡す。


脱ぎ散らかした服と下着、他にも漫画本や菓子袋、空になった缶ジュースが散乱しているのが大まかに見える。


「ん…」


不明瞭な思考と視界の中、私は枕元の眼鏡を手に取り、身に付けた。

うん、だいぶハッキリ見えてきた。


視界が良好になるのと同時に、思考もクリアになってきた。



「…あぁ、そっか。昨日部屋で宴会してたんだっけ…」


昨日、仕事で大物を〝狩れた〟から、纏まった収入が入って、調子に乗って宴会してたんだった。

緩慢な動きでようやく立ち上がり、部屋を出る為にフラフラとドアへ向かう。


ちなみに、フラフラしてるのは別に酔っ払ってる訳じゃない。未成年だから、お酒は飲めないし。

ただ、極端に朝に弱いだけなので、ほぼ毎朝こんな寝起きだ。


そんなこんなで部屋から出て、のそのそとリビングへ向かう。


この家はいわゆるログハウスというやつで、自然と調和した雰囲気の家造りが結構気に入っている。


まあ、正確には私の家じゃないんだけれど。



「ちょっとアディーナ、昨日騒いでたからって寝過ぎだよ。

あーもー、また全裸で寝てるし。風邪引くからやめなさいって言ってるのに!」


リビングで待ってたのは、青いシャツを着た黒髪の少女だった。

彼女の名前は、〝兵番562021号〟。

帝国軍によって作られたクローン兵の一人で、私こと、アディーナ・ユアのお目付役で、同居人でもある。


「あぁ、コロちゃん、おはようございます。

今日も良い天気ですね。」


私は彼女の事を、番号の56からコロちゃんと呼んでいる。


「…おはよう。

って、挨拶はいいから服着なさい、服!

今からお昼ご飯作るから、それまでに服着て、部屋片付けてきてね、分かった?」


「ふぁい…」


…お目付役というより、お母さん役だ。

コロちゃんはとても面倒見が良く、だらしない私の代わりに家事全般をこなしてくれている。


仕事で私を監視しているとはいえ、コロちゃんは本当に真面目で良い子だと評価せざるを得ない。

同じクローン兵でも普通の人間のように個性は様々で、怠け者もいればコロちゃんみたいな真面目な子もいる。


そんなコロちゃんと二人で暮らす生活は、正直悪くない。


悪くないけど、私はいつかこの生活から脱却しなければならない。

今のこの状況は、私にとって居心地が良いのかもしれない。

でも、このままずっとこの生活を続けるのは駄目なんだよ。どう考えても。


そんな事を考えてる内に、着替えを済ましていた。

白いワイシャツとホットパンツの上に、フード付きのローブを羽織る、いつも通りの外出用兼仕事着。

過去に動きやすさと実用性を追求し続けた結果、こんな服装に行き着いたのだ。



「今日もお仕事なんでしょう?

はい、体が資本なんだから、肉食べなさい、肉!」


リビングに戻ると、既にコロちゃんが料理を作り終えていた。

今日の朝…

じゃなかった、お昼ご飯はがっつりステーキらしい。


「…お、起きていきなりステーキですか?」


「夕飯の残り。アンタ昨日、宴会でお菓子ばっかり食べてて、そっくりそのままステーキ残してたでしょう?」


「ああ、そう言えば…」


そう言われて昨夜の記憶が一気に蘇る。

大量のお菓子やら飲み物を買って来た私は、コロちゃんを誘って部屋で二人宴会を催してた。

それで夕飯前にお菓子食べ過ぎて、私が残した夕飯をコロちゃんが呆れて冷蔵庫にしまってたんだった。


だとしても、寝起きにステーキは少しキツい。

まあでも、食べるか。頑張って。



「いただきます。」


ステーキをご飯と一緒に食べる私の目の前で、コロちゃんが市販のパンを食べている。

食べ終わって食器を片付けてから、私は仕事に行く為に家を出る。


「行ってらっしゃい。今日も気を付けてよね。」


行く時には、必ずコロちゃんが玄関で見送ってくれる。嫁か。


「はい、気を付けて行って来ます。」



私の仕事は、所謂〝賞金稼ぎ〟というやつだ。


この世界には、〝魔害獣〟と呼ばれる凶悪な生物が跋扈している。

その名の通り人間を含めた様々な生物、環境に対して害を為す、この世界にとって不倶戴天と言える存在。


そんな魔害獣を討伐し、その首に掛けられた懸賞金を報酬として受け取るのが、私達賞金稼ぎの仕事。

賞金稼ぎは昔はフリーランスが多く、荒っぽい人が多かったらしいが、今は帝国が直接賞金稼ぎギルドを設置し、賞金稼ぎは私が産まれる少し前位に、帝国公認の公務員となった。

と言っても、私はただのアルバイトだけど。


アルバイトだから挑戦出来る依頼の難易度に限界はあるけど、生活には何ら困らない収入を得られるので、特に問題無い。

そもそも、このラスコフ村という辺境の田舎周辺には、強い魔害獣は殆どいないし。



「あれ、新商品?」


賞金稼ぎギルドに向かう途中、近くの飲み物を売っている自動販売機に目が付いた。

自販機は科学産業が発展した帝都で十年程前に開発された機械で、お金を入れてボタンを押すだけで飲み物が買える便利な物だ。

その利便性から帝国中にあっと言う間に普及したんだけど、この村は辺境なのにやたら自販機の量が多い。


「真・強烈サイダー、かぁ…」


新商品を見掛けると、つい買ってしまうのは私の悪い癖なのかもしれない。

早速買って飲んでみた真・強烈サイダー、炭酸は確かに強いけど、味はそれ程でもなかった。


まあ、そんなもんか。


何はともあれ、賞金稼ぎギルドに到着したので中へと入る。


賞金稼ぎギルド・ラスコフ支部は、一階建のそれ程大きくない木造の建物で、賞金稼ぎ用のカフェも併設されている、小洒落た空間だ。

清潔感もある上に静かで心地良い音楽も流れていて、居心地は悪くない。

それもこれも、命を張って仕事をしている賞金稼ぎ達への、国からのせめてもの心遣いらしい。

他にも様々な福利厚生も充実していて、賞金稼ぎを目指す人は常に多い。

そこまでして人員を確保しようとする位、魔害獣の被害が多いという事にもなるんだけど。


「今日はどの依頼にしましょうかねぇ。」


ボードに貼り出された手配書に目を向けた、その時だった。


「おい、アディーナちゃん!大変だ!」


突然、大声で名前を呼ばれたので振り返ると、顔見知りの賞金稼ぎのおじさんが、血相を変えて走って来た。


「大変だ!アディーナちゃん!大変なんだ!」


「お、落ち着いて下さい。何があったんですか?」


この後、賞金稼ぎのおじさんの口から発せられた言葉が、私の運命を変えた。










「い、今すぐテレビを見てくれ!

アディーナちゃんの両親が、生放送で公開処刑されるらしい!」




私の思考が一瞬、ブラックアウトした。




◆◆



『えー、それではこれより、国家反逆罪として極刑の罰が言い渡されました家族、ユア家の皆さんの公開処刑を執り行いたいと思います、はい。』


賞金稼ぎギルドのカフェに向かい、設置されているテレビを見ると、そこに映し出されているのは帝都の中央広場。そしてそこに群がる有象無象の民衆達と、広場の中央の処刑台へと歩かされる私のお母さん、お父さん、妹の三人。


三人とも顔に生気が無く、あらゆる全てに絶望しきったような表情をしている。



「…ぁ…ぅ、嘘、だ…!」


私には、テレビの内容をすぐに受け入れる事はできなかった。


最後に家族と一緒だったのは、二年前、帝都から強制的に追放されたあの日以来。

何の前触れも予告も無く、ある日突然帝国のクローン兵が何人も自宅に押し寄せて、両親と妹を連れて行ってしまった。

私も抵抗する前に睡眠薬を嗅がされ、目が覚めたらこの村だった。

側にいたコロちゃんから家族と妹は帝都の地下牢に幽閉され、何故か私だけこの村に島流しされた事を聞いた。

初めは理不尽に家族を奪った帝国兵であるコロちゃんを憎んでたけど、彼女は私に同情してくれて、理不尽の埋め合わせをするように必死に私の面倒を見てくれた。


そして私はこの村で賞金稼ぎをしながら体を鍛え、修行し力を蓄え、いずれは帝都に潜り込んで家族を取り返そうと、そう思っていた。



でも、まさかいきなり処刑だなんて、完全に予想外だった。

まさか、帝国がここまでするなんて…


いや、〝あの子〟が、ここまでするなんて…!



『えー、今回の処刑人の入場です!』


進行役の陽気な男がそう言うと、不気味なホッケーマスクを装着した、筋骨隆々で3メートル位身長のありそうな巨躯の大男が、自身の身の丈程もある大斧を手に処刑台に上がった。

ボロボロの服とエプロンを着ていて、その全身は夥しい量の返り血のような真紅の液体が付着している。

明らかに危険人物だ。


そんなヤバい男が、処刑台の上で横一列に並んで手足を拘束された私の家族の前に立つ。

そして、躊躇う事無く大斧を振り上げた。



「…やだ、やめて…!」


絶望の最中、私が絞り出した声が届く訳もなく、無情にもテレビ画面の向こう側でその時は来た。














『こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ!』


『うひぃあひゃひゃあひゃぁァァひィうひゃひゃひゃ!!』


「やめてェェェェ!!」


私の叫びも虚しく、私の大好きなお母さん、お父さん、妹の三人は、処刑人の大男に脇や横腹なんかをくすぐられてた。

ギルドでその映像を見ていた人達も全員、あまりにも凄惨な光景を前に目を背ける。


私だって目を背けたい。

でも、普段はお淑やかで優しいお母さん、真面目でクールなお父さん、ちょっぴり生意気だけどデレると可愛い妹。

その三人が揃って、大口を開けて下品な叫び声を上げて、巨体の男に器用に擽られ悶えているのだ。

しかも、全国のお茶の間に生中継で。


「おお、何と恐ろしい事じゃ…」


ふと、私の隣に立っていたお爺さんが呟いた。

この老人は、長い髭とか喋り方とかいかにも村の長老っぽい振る舞いしてるけど、実際には若い時分からニートしてる近所で評判の駄目ジジイだ。


「駄目ジジイさん、知ってるんですか?」


「ああ、知っているとも。あれは、帝国名物『誇張胡蝶乱こちょこちょうらんの刑』!

ああして、こちょこちょに特化した処刑人に実に1分間もの間擽られ続け、挙げ句の果てには手の平をこう、ワキワキさせる仕草を見ただけで身体中が擽ったくなってマトモな日常生活を送る事が出来なくなってしまう、帝国で最も残忍な処刑法じゃ。」


「うぅ…そんな…」


「儂も昔、帝都で暮らしていた時に、遊ぶ金欲しさによくその辺の老人からカツアゲしておってな。

何度か繰り返してたら、帝国兵に見つかって裁判にかけられ、あの刑で処刑されたもんジャブッッ!?」


取り敢えず、クズ過ぎたので一発ジャブで殴っときました。老人だけど。



「にしても、国家反逆罪か…」


「一体、どんな過激派家族だったのやら…」


ギルド内で、私の家族を悪く言う者が現れ始めたので、思い切り睨み付ける。


「ウッ…!?」


田舎とは言え、このギルド内で最強と言われる実力を持つ私の怒りを前に、黙らない賞金稼ぎはこの村にいない。

そんな連中を尻目にギルドから出た時には、私の目標は既に固まっていた。





「行かないと……帝都に!」


⚪︎コロちゃんのメモ帳


ラスコフ村について


帝国の遥か西の辺境に位置する、森の中の長閑な村。

アタシとアディーナが暮らしてる村で、自然と調和した建物なんかが名物。

主に、木をくり抜いて作った家とか、ログハウスとか。

これと言って危険な魔害獣も近くに生息してないし、治安も良くて安全ではあるけれど、便利なお店や娯楽が少なかったりと、田舎あるあるな不便さは避けられない感じ。



◆◆

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