第9回 合コン1
受験生に夏休みなんて関係ないなんて言葉があるが、本当にそうなのかもしれない。終業式が終わった次の日から、いきなり補講なんてものが始まり、これじゃぁいつもとなんの変わりもなかった。
南勢高校は進学校だ。冷房のきいた部屋でありがたい授業を受けることができる。
「あっつー!ほんとにこれ冷房きいてんのー!」
教室のスイッチでは冷房の温度を変えることができない。そのため、どんなに暑くても設定温度を低くすることができないのだ。
彩香はさっきからこんな感じだ。汗でマスカラが落ちるとぼやいている。化粧をしていないひなたには無縁の悩みだった。
「・・・にしても、今日は念入りな化粧だね。どっか行くの?」
「――うん。ちょっと友達と会う約束してるの。ねぇ、ひなたは今日ヒマ?」
「ヒマだけど・・・なんで?」
少し嫌な予感がしてきた。なんでだろう。彩香と遊ぶのは別に珍しいことじゃないのに。
「ひなたも今日一緒に遊ばない?小学校のときのまっちゃんとか来るんだけど」
「へぇー・・・」
小学生のときの友達だった女の子の名前を言われて安心してしまったところもある。深く考えることなくひなたは頷いた。
「よしっ!じゃぁ、夜の6時に駅前に集合ね!約束だからね!」
何度も何度も彩香は確認をしてくる。それが余計に怪しかったが。
◇
騙された―――
「合コン」
「違うって!ただ一緒にごはん食べましょーっていう会だよ!」
慌てて言い繕う彩香。だけど、男女4人ずつ集まれば合コンのように思えなくもないのだが。たぶんひなたは誰かの代わりに人数合わせとして呼ばれたのだろう。
「私、帰ってもいい?」
「それは困るよ!1人減っちゃうじゃん!」
やっぱり合コンだってわかってて誘ったな・・・
ひなたはため息をつく。どうせ自分がいたところで盛り上げることもない。適当にごはんだけ食べて、さっさと帰ろうかなと考えた。
その舞台は和食のお店だった。すでに相手が席を取っていてくれているらしくて、まっちゃんは(本名は松井美穂)は店員に名前を言うと、すぐに席に案内してくれた。
「お待たせしましたー!」
まっちゃんの声に反応した4人の男は、べったりと作った笑顔で出迎えた。
ひなたはそれに嫌悪感を抱いたが、他の3人の女子も愛想笑いを浮かべて席に座る。最後まで渋っていたひなたも彩香に強引に座らされる。
「じゃぁ、まずはじめに自己紹介でもしますか!」
誰が言い始めたのかは知らないが、男子から何か言い出した。もちろんひなたは聞いていなかったが。
◇
楽しそうな会話が繰り広げられる。いつのまにか席替えも行われていて、ひなたの隣には彩香ではなく、見知らぬ男が座っていた。ひなた自身会話する気がまったくないので、この男の人もかわいそうだと思っていたが、そういうわけでもなさそうだ。
「もしかして浅月さんもこれが合コンだって知らなくて来たんじゃないですか?」
「えっ・・・なんでわかるんですか?」
思わず質問してしまう。
「俺もなんです。だから、なんてゆーか、雰囲気が俺に似てるなーって思って」
「お互い災難ですね」
男(名前聞いていなかった)は苦笑して目の前のウーロン茶を飲む。他の男は酒を飲むのに、彼だけはなぜかウーロン茶しか頼まなかった。
「お酒は飲まないんですか?」
「飲むとすぐに寝ちゃうんです。あいつらもそれわかってて無理にすすめたりしないから助かるかな」
確か県内の大学生だと言っていたような気がする。お酒が飲めるんだから成年なんだろうが、怪しいものである。
ひなたは男を観察してみる。茶色に染められた髪をワックスで立たせていて、現代風の印象を与える、ような気もするが、どこかで見たことのあるような顔にも見えた。
「浅月さんって南勢高校なんだよね」
「え、あ、はい。そうですけど・・・」
いきなり話しかけられたことで観察していたことがバレたのかとハラハラした。だけど、男は特に何かを気にすることなく喋りだす。
「俺もそこ出身なんです」
「へー・・・そうなんですか」
少しだけ興味がわいたそのときだった。視界の片隅に、たった今入ってきた2人組みの客が目に映る。それを見てひなたは硬直してしまった。
――川口と林有奈だった。
別にやましいことはしていないのだが、なんとなく見つかったら困る。
2人はひなたたちの座る席から少し離れた所に座った。幸いなことに、ここは死角になって向こうからは見えないだろう。
しかし、見つからないように祈り始めたときだ。いきなり他の男子が大声を出して、
「よっしゃー!じゃぁ飲みまーす!!」
誰も頼んでないのに、いきなりジョッキを片手に立ち上がり、そのまま一気飲みしてしまう。何が楽しいのか彩香とひなた以外の面々は喜んでその男をあおる。
今の声が聞こえていなければいい・・・と思っておそるおそる川口たちを見ると・・・・・・
明らかにこっちを見ている2人と目が合った。