第8回 バイクに乗って
バイクの後ろに乗るなんて初めての経験だった。
まずどうやって乗ればいいのかわからない。かわいらしく足をそろえて横向きに座るべきなんだろうかと考えたが、そんなことは性に合わないとすぐに打ち消した。ひなたはスカートをはいているのにもかかわらず、堂々とバイクにまたがる。
次に困ったのは手の置き場だ。
「しっかりつかまっててね」
何に?いや、つかまるところがないわけでもないのだが、正直振り落とされそうで怖かった。
前に座る川口が振り返る。ヘルメットをかぶっているためか、顔はよく見えなかった。
「振り落とされない?俺につかまっててもいいよ」
それはそれで困る。だけど、他に持つべき場所もなくひなたはおそるおそる川口の体に手を回す。
「変なところ触んないでね」
「・・・変なところ?」
「俺の大事な部分」
「触るか!」
思わずつっこみを入れたところで、原付は発進する。ブーンと独特の音を立てて学校を飛び出していった。
走り出すと、スカートがめくれてしまうことに気づいた。元々ひなたはスカートの下にスパッツをはいているため見られて困ることはないのだが、みっともないことこの上ない。太ももではさむなりして、なんとかめくれないように工夫する。
「浅月さん、門限とかってあるー!?」
エンジン音に邪魔されて、上手く聞こえない。だけど、言っていることは理解できたため、ひなたも大きな声で返事をする。
「一応!」
「今ちょっこと寄り道しても大丈夫!?」
「うん!」
どこへ行くつもりなのだろうか。一応自分の家の近所のわかりやすい場所を川口に教えてある。
夏の風が心地いい。汗ばんだ体もいい感じに涼しくなってきているのがわかった。
そのうち、ひなたは風の中に潮の匂いを感じるようになった。もうすぐ海が近いのかもしれない。
◇
「はいっ!とーちゃく!」
バイクのエンジンを停めると、波の音が聞こえてきた。ひなたはヘルメットを取って、波打ち際まで走る。
「わぁぁ・・・海だ・・・」
海なんて何年ぶりだろうか。なんだか嬉しくなってきた。
太陽が沈みかけていて、水面がキラキラと光っている。眩しくてひなたは目を細めた。
「いいでしょ、ここ!特に太陽が沈む今なんかは特に綺麗なんだ!」
隣に川口が立つ。彼は遠くを見てまるで何かを懐かしんでいるように見えた。ひなたは笑顔で頷く。
「よくここに来るの?」
「たまにね。浅月さんにふられたときとかよく慰めてもらってます」
そんな自嘲気味に言われると、ひなたは返す言葉がなくなってしまう。
川口のことは好きだ・・・と思う。嫌いじゃない。確かに彩香の言うとおり、ルックスだっていいし、性格だって悪くはない。むしろ性格にかなり問題があるのはひなたのほうで、それが原因でまたふられたりするのが怖かった。
「―――ひなた・・・」
一瞬、ひなたはどきっとしてしまった。
「・・・が好き。あったかいし!」
「あ、なんだ・・・」
自分の名前を呼ばれた気がして緊張してしまった。そうだ、さっきも名前では呼べないと川口が言っていたのを思い出した。それにしてもびっくりした・・・
一方、川口はちらりとこちらの反応を窺ってくる。きょとんとしてひなたが見返すと、全身の力が抜けたかのようにその場にうずくまった。
「・・・!?川口君?」
「もー・・・・」
「どうしたの?」
「いいよー・・・わかんなくて」
まったく意味のわからないひなたはしばらく混乱していたが、やがて川口が起き上がったので気にすることをやめた。
「いいや。浅月さん笑ったし!」
「え・・・?」
「最近元気なかったから。何か・・・悩んでるように見えて」
たぶん元カレの窪田に会ったときのことだ。あんまり表情に出さないようにしていたつもりだが、川口にはわかっていたらしい。
敵わないな・・・やっぱり川口はすごいや・・・
いつのまにか太陽はだいぶ沈んでいた。夏だから6時を過ぎてもまだ明るいが、川口は門限のあるひなたを気遣ってそろそろ帰ろうと言い出した。
「もうすぐ夏休みだね!」
帰り道、不自然なほど大きな声で川口が叫ぶ。ひなたも負けじと「そうだね!」と大声で返す。エンジン音よりも大声だったかもしれない。
「勉強しなきゃね!」
「そうだね!」
「息抜きしたいね!」
「そうだね!」
まるで昼のバラエティー番組のような掛け合いを繰り返した後、バイクが信号で停止した。そのとき、意を決したかのように川口が振り返った。
「デートしよっ!」
「いいよ!」
あっさりと返事すると、逆に川口からの反応がなくなってしまった。顔がよく見えないため、何を考えているのかわからなかった。
「・・・・・いいの?」
確認するかのように言われると、なんだかひなたはすごく恥ずかしくなってしまった。
「・・・うん」
「ほんとに、ほんとにいいの?」
「いいって言ってるじゃん!あぁもう!前向いてよ!変なとこ触るよ!」
「浅月さんなら触ってもいいよ」
「ヘンタイ!」
ヘルメットを叩いたが、ダメージがないのが悔しい。
信号が青に変わる。太陽が沈んだ海沿いの道をバイクはゆっくりと進んでいった。