第5回 元カレ
ひなたの元カレの登場です。
なんでもない日の昼休みの時間、ひなたはぼーっと窓から運動場を眺めていた。
「ひーなーた!どうしたのー?」
横に友達の彩香が現れる。彼女は運動場へと目線を下ろし、何かを企むかのようにははーんと言った。
「わかった。川口君のこと見てたでしょー?」
「違うし。たまたまここにいたらあいつらが現れただけだよ」
眼下にはサッカーをやる男子の姿があった。その中に川口もいた。
「照れんな照れんな」
「いや、照れてないから」
本当に偶然だったのだが、何度言っても彩香は信じてくれないだろう。それ以上言う気にはなれず、ひなたはまた運動場へと目線をそらす。
と、そのとき、たまたまサッカーをやっていた川口と目が合った。くどいようだが、偶然である。
「浅月さーん!」
体全体でぶんぶんと手を振ってくるハイテンションな川口。まさか目が合うとは思わなかったので、とっさにひなたは隠れてしまった。
しまった・・・これじゃぁほんとに隠れてるみたいだ。
事実そうなのだが、なんとなくそれを認めたくなかった。しかし、今さら出て行く気にはなれない。
「ええぇぇぇ・・・・・」
下からは情けない声と共に、名前が連呼される。隣では彩香が笑いをこらえているのが見えた。
「うるさーい!名前を連呼するなー!!」
思わず叫んだとき、再び顔を出してしまった自分に気づいた。それと同時に、川口がにこっと笑う。
してやられた気分になった。
◇
「いい加減つきあっちゃえばいいのに」
サッカーをやる男子を見ながら、彩香が大人びた口調で言う。
「だからあんなん本気じゃないって」
「いやー・・・あれは本気じゃないとやらないでしょ」
あれというのは、今まで川口がやってきた数々の告白や恥ずかしい言動のことを指している。思い出しただけで、ひなたは恥ずかしくなってきた。
「正直、悪い気はしてないんでしょ?」
「や。ありえないから」
「意地っぱりー。窪田君よりずっといいのに・・・」
そこまで言って、はっとして彩香は口を閉じた。その理由をひなたは知っていた。
窪田とは、ひなたが前につきあっていた彼氏の名前だった。彼に対して良い思い出はない。
「ごめん、私」
「いいよ。もう気にしてないから」
気にしない・・・・・そのときはそう思っていた。そのすぐ後に窪田に会うまでは―――・・・
◇
南勢高校には食堂があり、そこには自動販売機が設置されている。昼に行くととても混雑しているが、時間帯によっては人が1人もいないときもある。
ひなたがその時間を狙って飲み物を買いに来ると、ちょうど見知った人物がそこにいるのが見えた。
一瞬、もう少し遅く来れば良かったと後悔した。
「ひなた――?」
なんとなく悪寒が走った。まだ下の名前で呼び捨てにしてくるなんて・・・・
「うん」
ぶっきらぼうに返すと、なぜか苦笑いされた。バカにされたような気分になった。
窪田とつきあっていたのは高校1年生のときだ。同じクラスで席も近いことが多かったため、自然とよく喋っていた。根暗なひなたが気軽に話せる唯一の男子だった。
「最近元気か?」
「うん・・まぁね。そっちは?」
「俺も元気」
少しだけ遠慮するように窪田は言った。別れてからまともに話していなかったため、お互いに気まずい空気が広がっていた。
「なんかウワサで聞いた。生徒会の人間にめっちゃ告られてんだって?」
「別に・・・そんなんじゃないよ」
ひなたはこれ以上話したくなかった。だから、ジュースも買わずに教室に戻ろうとしたときだ。二度と聞きたくないような皮肉を込めた声が聞こえてきた。
「良かったじゃん。お前のことちゃんと好きだって言ってくれる奴がいて」
その言葉で思い出した。ひなたがフラれたときのことを。
――――
『なんつーか冷たいっていうか・・・・かわいげがないっていうかー・・・・もっと頼ってほしかった。もうお前とつきあうの無理だ』
わかってる。冷たいし、かわいげがないのも。言われなくてもわかってるよ。