第24回 カウントダウン1
「むー・・・なんか足んないですー」
マフラーの両端を無意味に引っ張りながら、生徒会のメンバーである雪乃が呟いた。
その傍らには寒さで固まっている安藤と、反対に軽装の有奈の姿があった。
「なにが?」
安藤が答える様子がないので、有奈が返事をする。
「いつもはここにぐっちゃんがいたのにー・・・」
今日は大晦日。それももう少しでカウントダウンが始まる。
去年と一昨年は、生徒会のメンバーで一緒に初詣に行った。来年も一緒に行こうねと約束したことを有奈は思い出した。
「まぁ、しょうがないじゃん。諒は彼女と一緒に行ってるんだから」
「それはわかってるんですけど・・・なんかぽっかり穴が開いたような気がして・・・」
雪乃の言いたいことはわかる。ほとんど生徒会で行動していたせいか、1人欠けるとその分穴を感じてしまうのだ。
でも、雪乃はまだましなほうだと思う。有奈は小さい頃から川口と一緒にいたから、急にいなくなったその穴はもっと大きかった。
そのとき、今まで黙っていた安藤がゆっくりと顔を上げた。
「やっべ・・・凍死する」
「もー!安藤は気楽です!もう大学も決まっちゃったし!」
「ごめんって。なんかうまい具合に決まっちゃってさ」
安藤は在学中の部活動の成績によって、すでに大学の推薦試験に合格している。この辺りでは有名な慶明大学だ。
ちなみに、雪乃もずいぶん昔から慶明大を目指していた。しかし、模試の結果がいまいち良くないことと、安藤が先に合格したせいで少し焦っているのだろう。
それから――――もう1つ理由があることを知っているが、有奈はそれを言おうとはしなかった。
「そろそろ行こ。神社混んできちゃうよ」
有奈がそう言うと、急にぱっと表情を明るくさせた雪乃が「レッツゴー!」と言って先導していった。
◇
「うわー。人いっぱいです」
予想通り。神社は大勢の参拝客でごった返していた。
「あ、あっちで甘酒もらえるみたい。行こうぜ」
「私も行きます!」
安藤の後を追っていく雪乃。
有奈は2人の後姿を見ていたが、ふと視界の片隅に見知った人間を見つけて、思わず息を呑んだ。
―――高島玲だった。
彼は寒そうに手をポケットに入れて猫背で歩いていたが、こっちの存在に気づいて手を振ってきた。
「久しぶり。元気だった?」
「元気です。高島さんこそお元気でしたか?」
「あいかわらずだよ。1人寂しくカウントダウン」
高島は笑って肩をすくめた。茶髪で容姿も整っているため、その仕草は様になる。
「有奈、友達は?」
きょとんとした表情で高島は訊ねてくる。当然だろう。
「甘酒もらいに行ったみたいです」
「そうかぁ。じゃぁ、戻ってくるまで俺とデートしようか」
大学准教授だとは思えない言動。昔からちっとも変わっていない。
有奈が高島と知り合ったのは、川口の父親が開業している病院で、高島が何年か前に働いていたときだ。川口について病院に行ったときに、恋人同士なんじゃないかとからかわれたことをよく覚えている。
「今年ももう終わりだなー」
空を仰ぐように高島が呟く。
「今年はいいことがあったな、俺。諒を医大に行かせることができた」
「・・・正直、驚きました。諒が慶明行きたいって言ったときは」
10年以上前のことだ。小学校1年生のとき、川口は1人の女性の死を目の前で見た。彼女は妊娠していて、元々母子共に危険だったそうだ。周囲から反対されていて、何かあったらすぐに母親の体を優先するという約束で産むことを許されたらしい。
そして、あの日、助けを呼びに行こうとする川口を、彼女は止めた。
そういう人だった。高島玲の奥さんは―――
「・・・・・親の後を継ぐんだって張り切ってたのに、あの日以来一切そんなこと言わなくなったし・・・あいつは俺に負い目感じてたみたいだけど、もしあのことで誰かが悪いとしたら・・・・そこまで彼女を追い詰めた俺なんだと思う・・・」
有奈は何も言えなかった。どう答えても、それは慰めにもならないことをわかっていたからだ。
「だから、諒をその気にさせてくれたあの子に感謝してる」
それが誰なのか有奈は知っている。
自分はできなかった。どうするべきなのかもわからなかった。だけど、後から出てきたひなたは、きっと何もわかっていないのにそれをやってのけてしまった。
正直悔しかった。
「―――ごめん。こんな話するつもりじゃなかったんだけど」
ぽんぽんと頭をなでられると余計に身に染みる。
高島は自分の気持ちに気づいていることに。
わかってた。最初から。今さら気づいたわけじゃない。
川口諒が好きだったなんてこと―――――